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郷田の誠意

 表彰式の放送が町側に反響し、海側には抜けていく。

 冬希と郷田は、船津がステージ優勝の表彰でステージに上がる姿を見ていた。

 全国高校自転車競技会の総合優勝者として臨んだインターハイだったが、総合2位という結果になった。

 ステージ優勝と総合2位という結果で、最低限の体裁を保つことは出来たのかもしれない。

 冬希は、露崎から頼まれていたことを、いつ郷田に話すか、ずっと考えていた。

 まず、チームとして船津の総合優勝を目指して戦っている間は、言えない。そして、最初に郷田にだけ伝えなければならない、と考えていた。

 そして、その2つを満たしている今の状況で話すしかないと、踏ん切りをつけた。

「郷田さん、海外とか興味あります?」

「なんだ、藪から棒に」

 郷田は優しく笑いながら、冬希の方を見た。

 冬希は、郷田に決して厳しいことを言われたことはない。あれこれと指示されたこともない。温厚で思慮深く、本当にいい先輩だと思った。

「露崎さんが、ヨーロッパで一緒に戦うチームメイトを探していて、郷田さんにアシストとして一緒にフランスに来てほしいと」

「露崎が俺をアシストにしたいと?」

「はい、コンチネンタルチームへの加入が決まったものの、自分のアシスト選手がいないために、レースにも使ってもらえないって」

「なるほどな」

 郷田も、欧州のエース級の選手達が、自分のアシストやサポートスタッフを引き連れて移籍するという話は、よく雑誌などに書かれていたため、知識としては持っていた。まさか、自分がそういう話に関わり合いになるということは想像していなかったが。

 冬希は、郷田の取り巻く環境を考えれば、それは無理だということはわかっていた。

 郷田は、3年だが情報システム科なので進学せず、来年は就職予定となっている。全日本選手権前には、既に一部上場企業で内定をもらっている。

 そして何より、病気の母がおり、がん専門の病院に入院している。

 最近では、リハビリの病院と行ったり来たりしているようだが、とてもじゃないが、置いて海外に行ったりはしないだろう。

 しかし、それでも冬希は海外行きの話を郷田の耳に入れることにした。勝手に自分で止めることは出来ないと思った。心のどこかで海外で活躍する郷田というものを見てみたい気持ちもあったのだ。

「その話、神崎先生や船津は知っているのか?」

「いえ、まだ言っていません」

「わかった。露崎と直接話そう。その前に、神崎先生や船津にも言っておかなければな」

 まだ大会期間中なので、チームメイトや先生に対する筋を通すという意味で、露崎と話すことを、神崎先生や船津にも伝えておくべきだと郷田は言っているのだ。無論、冬希にもその認識はあったし、それを知った上で冬希が一番に郷田に話を伝えたということは、郷田も理解していた。


 表彰式を終えた船津と合流し、理事長兼顧問の神崎と共にホテルに到着した。

 神崎は、終始上機嫌だった。

 露崎という、数段上の自転車ロード選手に対して、ステージ2勝、総合2位というのは、神崎からすると、もはや総合優勝したも同然の結果だった。

 出場選手が急遽変更になるというトラブルもあり、ステージ1勝も出来ず、総合成績も下位に沈むことも十分考えられる状況だった。

 そういう意味で言うと、翌日の筑波サーキットで行われる周回レースは、総合成績もスプリントポイントも山岳ポイントも、新人賞の移動もない、本当にスプリンターがステージ優勝を目指すだけのためのステージになるため、既にステージ2勝を挙げている神崎高校としては、ぐるぐる回って帰ってくるだけでいい、非常にのんびりしたステージになる。

 明日のレースに対する作戦会議も特になく、会議室を借りたミーティングでも、コースのカーブが急な箇所、滑りやすい箇所の注意ぐらいで、すぐに終わる予定だった。

「そんな感じなんだけど、誰か、何かあるかい?何もなければこれで終わりにするけど」

 神崎が、PCに接続したレーザーポインタの電源を落としながら聞いてくる。

 冬希は、自分が持ってきた話だから、自分が切り出すべきと、神崎と船津に、露崎からの郷田への誘いの件を説明した。

「そんな話があったのか」

「まぁ、郷田くんをアシストに欲しいというのはわかるけどね」

 船津は、心底驚いたという様子で、神崎は、納得の様子だ。

 しかし、神崎にいつもの陽気さがないのは、郷田のおかれている状況では、承諾したくても承諾できないという現実を理解しているからだ。

「この後、露崎と直接話をしようと思います」

「ああ、いいと思うよ」

 神崎は頷いた。露崎とて、生半可な気持ちで郷田を勧誘しようと思ったわけではないだろうから、郷田自身からちゃんと返事をするのが、礼儀というものだ。

「青山、露崎に連絡をしてくれるか」

「はい、わかりました」

 連絡先は、既に露崎から聞いていた。冬希は、メッセージで場所と時間の調整を露崎と始めた。

 

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