高校総体自転車ロード 第5ステージ(鹿島神宮〜磯浦海岸)④
中間スプリントポイントまで残り5kmを切ったところで、冬希達の逃げ集団と、露崎達のメイン集団とのタイム差は、きっちり1分半となった。これは、残り10kmで2分、中間スプリントポイントで1分という露崎の計算に見事に一致する。
ここで神崎高校の郷田がペースを上げ、エースの船津を引き連れて逃げ集団から飛び出した。
中間スプリントポイント1位通過を目指すのであれば、坂東はここで動かなければならない。
天野は、じっと坂東を注視した。
表情、一挙一動に注意を払う。坂東がどう動くかで、天野も先を読んで次の展開に備えなければならない。
「おい、青山」
直前まで逃げ集団の先頭を曳いていた冬希が、役目を終え下がってきた。
冬希は、ペコリと坂東に会釈する。
「どういうことだ?中間スプリントは俺に1位通過させるんじゃなかったのか」
坂東の鋭い眼光が冬希を射抜く。
「嫌だなぁ、坂東さん。俺は自分が中間スプリント争いに参加しないと言っただけですよ」
冬希は、悪びれた様子もなく、平然と受け答えをする。
坂東の眼光に鋭さが増した。
この坂東の視線に耐えられる1年生は、佐賀大和高校にはいない。泣き出してしまう部員もいるだろう。
「いいじゃないですか。俺と露崎さんより先に中間スプリントを通過できれば、坂東さんのスプリント賞は確定するんですから」
冬希のこの指摘を聞いて、天野はその正しさを認めざるを得なかった。
少なくとも、冬希と露崎の前で中間スプリントポイントを通過すれば、完走すれば、という条件付きではあるが、坂東のインターハイでのスプリント賞は確定する。1位通過する必要はない。むしろ、3人とも0ptでもいいぐらいなのだ。
ふう、と小さく息をつくと、坂東はそのままゆっくりと冬希の前で中間スプリントポイントを通過した。
第6ステージの筑波サーキットでは、坂東もステージ優勝を狙うスプリンターの一人となる。
坂東は無駄な争いを避け、体力を温存したまま明日に備えることを選んだ。
もうこれで十分だ。スプリント賞はもうその手に掴んだのだから。
逃げ集団が2つに割れたという情報は、メイン集団の前方を走るモトバイクにより露崎達にももたらされた。
逃げ集団と、グループ青山・坂東と表記されている。
「先頭集団は13名、追走グループは14名だそうです。先頭集団は登りに入っています」
植原が露崎の元に、ニュートラルカーのスタッフから仕入れた詳しい情報を伝えてきた。
「妙だな。なんで船津はゾロゾロと引き連れて登ってるんだ?」
傾斜は平均5%、そこまで厳しくはない。
先頭交代してくれる選手がいるならまだしも、総合優勝を狙う船津は積極的に動かざるを得ないので、あえて先頭を代わってくれる選手がいるとは思えなかった。
逃げ切りを狙うなら、早々に後続を引き離すべきだ。
「船津が何を企んでいるかはわからないが、早めに動くべきだろうな」
露崎は、既に20位通過までポイントが確定した中間スプリントポイントを通過すると、チームメイトの植原と阿部を残してメイン集団からアタックをかけた。
清須高校の岡田、洲海高校の丹羽、千秋、日南大附属の有馬らが反応する。
しかし、露崎は彼らには目もくれず、船津に遅れること1分半で10kmほどの登りに入って行った。
斜度5%の登りを、船津は淡々と登り続けている。
後ろを振り返ると、まだ11人ほどが残っている。
郷田は登り始めるところまで十分引っ張ってくれた。その後、先頭集団から下がっていった。
後続の連中は、先頭交代を替わってくれる気配はない。セオリーで言えば、脚を使ってでもさっさと引き離してしまうのがいいのだろうと思う。置き去りにしてしまえば、彼らはステージ優勝という目標を失い、バラバラになるだろう。
しかし、船津だって目的もなく連中を引き連れているわけではない。
「そろそろだな」
山岳ポイントまで残り1kmとなった。
この山岳は2級にカテゴライズされている。1位通過でも5ptで山岳賞ジャージを手に入れることはできない。
しかし、船津は一気にアタックを仕掛けた。
後続11名が、慌てて追走しようとするが、脚がある者、限界ギリギリだった者が入り乱れて、混乱状態に陥った。
船津は、一気に山頂を通過し、そのままの勢いで下りに単独で入っていった。
登りの途中で、露崎は冬希、坂東を含む追走集団に追いつき、簡単に抜き去った。
力を失った追走集団の中で、冬希は抜いていく露崎に声をかけた。
「めちゃくちゃ元気そうですね。もっと疲れてるんじゃないかと期待していたんですけど」
「俺、回復力はめちゃくちゃ自信があるんだよ」
露崎は、どれほど疲れていても、翌日に疲れを残したことがなかった。
それは、フランスで多くのレースに出続けていた時に鍛えられた長所なのかも知れない。
露崎は、さらにペースを上げる。岡田、千秋の姿もどんどん小さくなっていく。
山岳ポイントを通過した露崎は、そのまま下りに入る。
船津の下りも、下手な方ではないが、露崎の下りは、今大会の参加選手の中でもダントツで上手かった。
日本よりずっと路面の悪い国で走り続けた経験が、露崎に圧倒的な下りスキルを与えていた。
ネジが何本か飛んでいるような露崎の下りは、見ているほうが怖くなるレベルだったが、本人は平気そうな顔をしている。
「余裕を持って船津を捕まえられそうだ」
そう思った瞬間、露崎は急ブレーキとハンドル操作で一気に勢いを止められた。
「なんだぁ!?」
船津が登りの途中まで引き連れていた選手の一人が露崎の通過しようとしたライン上を走っていたのだ。
くねくねと曲がった高速の下りで、一本しかないライン上に急に現れた「走る障害物」に、露崎は慎重にならざるを得なくなった。
一人抜いてはまた一人現れ、4人ほど処理したが、まだ最低7人は残っている。
得意の下りで露崎は、完全に勢いを止められた。
考えなしに突っ走って追突したり、無理に抜いて接触したり、そんなことで怪我をするわけにはいかない。フランスに戻ってチームと契約しなければならないのだ。
普段なら何も考えずに時速80kmを超えるスピードで下ることもある露崎だが、一度恐怖心が芽生えると、無心で下ることが出来なくなっていた。
誰もいない先頭を自分のペースで下っていった船津に対し、露崎は次々に現れる選手達を慎重に抜きながら、スピードに乗れないまま下り続けることになった。
船津が連れて登っていた11人は、下りに入ったところで「走る障害物」として露崎の行手を次々と阻んでいった。
「まさかあいつ、これを狙っていたのか」
露崎の背筋に冷たいものが走った。
露崎は、船津が用意した最後の罠に嵌まった。




