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高校総体自転車ロード 第5ステージ(鹿島神宮〜磯浦海岸)③

 逃げ集団の中で、船津自身は先頭交代に加わらずに走っている。

 郷田、冬希の二人がその分長い時間先頭を曳いている。その姿に、他のチーム達も一応納得している。

 露崎は、どこで仕掛けてくるか。船津はそのことばかりを考えていた。

 このまま逃げ切れるなどとは、当然思っていない。

「俺は、自転車ロードレーサーとしては、凡庸な選手だ」

 厳しいトレーニングで鍛えられた無尽蔵のスタミナを誇る岡田、そして圧倒的な登坂能力を持つ尾崎。彼らは強力な選手であるが故に、勝機を感じ取った時に露崎に勝負を挑み、敗れ去った。

 そして、現在はメイン集団に取り残されている。

 凡庸な選手である自分が、現時点で1番総合優勝に近い位置にいるのが不思議だった。

 船津がいる逃げ集団は、露崎のいるメイン集団を5分引き離しており、第5ステージスタート時に総合成績で24秒しか差がない露崎と船津は、逆転してバーチャルで船津が総合リーダーになっていた。

 しかし、ゴールするまでこの状態が続くとは思っていなかった。

「俺は、俺のやり方で戦うだけだ」

 船津は思考を巡らせ、残り距離と逃げ集団の選手の能力、メイン集団の追走能力などから、メイン集団はどのタイミングで動かざるを得ないか、それに対して自分はどう防御すればいいか、作戦を立て始めた。


「頭脳戦は、そこまで得意ではないのだがな」

 メイン集団の中で、露崎は植原に言った。

 若いうちは、可能な限り肉体を鍛え上げようとトレーニングに励んだ。渡欧し、実践経験も多く積んだ。しかし、第2ステージで冬希に敗れ、頭脳もトレーニングだということを教えられた気がした。

「中間スプリントまで、30km地点で4分差、20kmで3分差、10kmで2分差だ」

 10km1分の法則というものがある。平坦では10kmの差を縮めるのに1分かかるという。それは、選手達の実力や、風向き、微妙な斜度やコーナーの多さなどによっても変わってくるが、概ね外れのない法則となっている。

「これ以上差を詰めるのが早ければ、坂東は逃げ集団に協力してしまう」

 坂東の目的はあくまでスプリント賞であり、冬希と露崎より中間スプリントポイントで先着してしまえば、スプリント賞は確定となる。

 神崎高校の目的が船津の総合優勝ならば、冬希は中間スプリントを獲りに行かない事を条件に、坂東の佐賀大和に逃げに協力を取り付けているだろう。

 そして露崎のいるメイン集団が、中間スプリントポイントまでに逃げ集団を捕まえる勢いを見せると、途端に坂東は積極的に逃げ集団のペースアップを図る可能性がある。

 早く追いすぎてはいけないのは、それが理由だ。

「だが、それ以上遅ければ、船津に逃げ切られてしまう可能性がある」

 船津は、まだこのインターハイで本気で走ってはいない。

 巧みに露崎に実力を隠し続けている。

 それが露崎にとっては、大きな不安材料となっていた。

「俺が、ここまで追い詰められるとはな」

 船津に動かされている、と露崎は感じていた。


 メイン集団がペースアップして追走を開始した。

 中間スプリントポイントまで残り40km、タイム差は5分。

 慶安大附属の阿部、植原、露崎の並びで先頭集団を曳き始めると、逃げ集団に選手を送り込めなかった各校の選手達が上がってきて、先頭交代に協力し始めた。

 最初は、佐賀大和の坂東裕理が先頭交代を邪魔するように、4番手ぐらいまで上がってきていたが、兄である坂東の中間スプリントポイントまでは、40km5分は安全圏であるとみたのか、すぐに大人しく下がっていった。

 逆に、逃げ集団の動きは次第に鈍重になっていた。


 一方の逃げ集団では、メイン集団の露崎に対して中間スプリントポイントまで十分なタイム差を広げたとみた坂東が、天野を先頭交代から引き上げさせた。

 スタート時からずっと先頭交代に加わっていた選手達も、さすがに疲労が溜まり、先頭交代に加われなくなってきていた。

 先頭交代に加わる選手達が減れば減るほど、参加し続けている選手が先頭を曳く時間が長くなる。

 先頭交代に加わらない選手が20名近くいる中で、次第に逃げ集団はうまく回らなくなり、先頭交代に参加する選手は、冬希、郷田を含めても5名ほどになっていた。

 逃げ集団のペースが一気に落ち、メイン集団との差が一瞬大きく詰まった。

「おいおい」

 これに驚いた坂東は、天野へ先頭交代に加わるように指示し、自分も逃げ集団の最後方から、比較的前の方のポジションに移動した。

 これは、いざとなったら先頭交代に加わったり、場合によっては一人で中間スプリントポイントまでアタックをかけることも視野に入れた動きだった。


 一方、慌てたのはメイン集団も同じだった。

 露崎は、メイン集団の先頭を曳く他校の選手達のところまで上がり、ペースを落とすようにゼスチャーで指示をした。

 このままでは佐賀大和も含め、目が覚めた逃げ集団が協力して回り始めてしまう。

 神崎高校の脚を削るためには、まだ追いつくのは早すぎる。

 生かさず殺さず、十分に追いつくペースと距離を保ちつつ、嫌な言い方だが「可愛がる」必要がある。

 ペースを落としたメイン集団では、走りながら脚の回復に努めてきた清須高校、洲海高校の選手達が上がってきた。

 メイン集団では、逃げ集団を捕まえる準備が整った。

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