高校総体自転車ロード 第5ステージ(鹿島神宮〜磯浦海岸)②
先頭は神崎高校の郷田、その後ろに冬希、船津がいる。
その3人が作ろうとしている逃げ集団になんとか潜り込もうと、メイン集団から追いかけてきた選手達が、一列に延々と続いており、その根本はまだメイン集団につながっていた。
メイン集団の前方は、神崎高校の船津と総合2位を争っている清須高校の岡田のアシスト、赤井と山賀、そして慶安大附属の阿部、洲海高校の丹羽も出てきた。
しかし、彼らも疲労のためか脚が回っておらず、逃げようとしている選手達の最後尾に、なんとか食らいついている状態だった。
「ひぃふぅみぃよぉ・・・こんぐらいおりゃよかやろ」
郷田からメイン集団につながっている1列の中にいる、佐賀大和の3人、天野、坂東、そして坂東の弟裕理。その裕理が、自分より前の選手の人数を数えて言った。
坂東裕理は、後続に気づかれないように、少しずつ兄輝幸と距離を置き始める。
そして、5mほど離れた時、一気にペダルを踏む脚を緩めた。
1列でつながっていた隊列は、裕理のところで、綺麗に中切れを起こした。
「テメェ、何やってんだ!」
「中切れ起こしてんじゃねえよ!!」
後続から怒号が飛んでくるが、裕理は気にした様子もなく、左手の小指で耳をほじくりながら、メイン集団へ戻っていった。
裕理が起こした中切れの間隔を、なんとか詰めようとする選手達もいたが、それには正面から風の抵抗を受けつつ、先頭を走る全日本チャンピオン郷田隆将と同等の出力で踏み続けなければならない。
中切れを起こしたところで、逃げ集団とメイン集団の差は、驚くほどあっという間に広がっていった。
「もうだめだ」
裕理より前の選手達は、逃げに乗ることに成功し、裕理より後ろの選手達は、メイン集団に吸収されていった。
こうなると、メイン集団の有力勢も、もう逃げ集団を追う余力は残っていない。
これ以上逃げの選手が増えないように、洲海高校、清須高校、慶安大附属の3校が中心となり、集団のコントロールを始めた。
「思った以上に、全員ヘロヘロだな。こりゃ俺が自分でいくしかないか」
辛そうな顔をしている植原に、露崎は言った。
逃げ集団とメイン集団の差は、1分を超えようとしていた。
郷田の前を走るモトバイクが、ホワイトボードでメイン集団とのタイム差を示してきた。
それを見た冬希達は、そこで初めて自分達の逃げが成功したことを知った。
「船津さん、どうやら逃げが決まったみたいですね・・・どわっ!!」
船津の方を振り向いた瞬間、冬希はまだ逃げが決まってなかったのか錯覚するほど多い選手達に気がついた。
「これ、30人ぐらい居ません?」
「数えてみたが、26名いた」
船津が苦笑する。
全選手の1/4もの選手が逃げに乗ってしまった。幸い、総合上位の選手は含まれていないが、佐賀大和高校からは、天野と坂東の2名が入っている。
メイン集団の脚が止まったのを見て、逃げ集団内でも郷田が一旦下がり、先頭交代を開始した。
逃げ集団の中でも、先頭交代に加われる選手、加われない選手が出てきた。逃げ集団を牽引するとなれば、間違いなくTVに映る。一花咲かせてやろうという目的で逃げ集団に入ったため、先頭交代に加わらなければ、何のために逃げ集団に入ったかわからない、という選手も一定数いたが、ここまでで脚を使い切ってしまい、今にも逃げ集団からちぎれてしまいそうな選手達も少なからずおり、神崎高校の呼びかけで先頭交代に加わってくれた選手は、全体の半分ほどだった。
「坂東さん、相談なのですが」
坂東のところまで下がってきた冬希に対して、最初は無視を決め込もうと思っていた坂東だったが、揉み手をせんばかりの謙った態度があまりに可笑しかったので、話だけは聞いてやることにした。
「先頭交代に加わっていただけませんか」
冬希の依頼は、坂東の想像した通りのものだった。
「それで、俺に何のメリットがある?」
「先頭交代に加わっていただけるなら、俺は中間スプリント争いには参加しません」
坂東が先頭交代に参加していないのは、同じ逃げ集団の中に冬希がいるからだ。
坂東が先頭交代に加わり脚を使うと、中間スプリントで冬希との争いになった場合、真っ向勝負では分が悪いと思っていた。
そのため、船津を逃げさせたい冬希に逃げることに脚を使わせ、自分は脚を温存しようとしていた。
冬希が、勝負することなく中間スプリントを坂東に譲るというのは、坂東にとっても魅力的な提案だった。
明日の第6ステージは、総合成績だけではなく、山岳ポイントもスプリントポイントも存在しない。つまり、今日中間スプリントを坂東が取ってしまえば、坂東のスプリント賞は確定する。
「露崎さんから逃げておくのも、坂東さんにとっては良いことかと」
スプリント賞に限って言えば、中間スプリントの1位通過20ptで坂東を逆転できる可能性があるのは、冬希と露崎しかいない。
露崎は、今の所はスプリント賞に興味を示してはいない。
しかし、こうも考えられる。
中間スプリントポイントは山岳に入る直前にあるので、露崎がライバルを引き離すために山岳の入り口手前でアタックをかける。そうなると意図せず中間スプリントを1位通過してしまう。
そこまで考えて、その可能性は皆無とは言えないと、坂東は思った。
「まあいいだろう。天野、先頭交代に加わってやれ」
「はい」
「ですよね〜」
佐賀大和は、天野を先頭交代に出した。坂東自身は曳くつもりは無いということだ。
そうなるだろうと、冬希も船津も予想はしていた。今の所は一人でも人手が欲しい。
今はこれで満足するしかないと思い定めて、冬希は坂東に謝意を伝え先頭の方に戻っていった。




