合格通知
神崎高校から冬希の中学校宛てに、冬希の合格通知が届いた。
冬希は特に驚きはしなかった。予想されていたことだ。学年主任の浜池先生と、冬希のクラスの副担任の橋口先生は、喜んでくれた。しかし、冬希の目の奥は、人も羨む進学校へ合格できた喜びよりも、期待に応えるために背負わなければならない事への緊張の色の方が強かった。
担任の安田には、報告にも挨拶にも行かなかった。
願書提出の際に、なぜ担任である自分を通さないのか、筋を通せと叱責を受けた。冬希は一言謝罪し、それ以来会話が無かった。
表向き、学校で冬希の神崎高校合格は、一切何の波風も立てなかった。浜池も橋口も、むろん安田も、冬希の合格を喧伝するようなことは無かった。冬希もこれからの事で頭がいっぱいで、誰かに話すこともなかった。
冬希の想い人、荒木真理は成績が伸び悩んでいた。模擬試験で算出された偏差値は、ハッキリと彼女の合格が厳しいことを告げていた。
親戚から優秀だと褒められ続けてきた。もしかしたら神崎高校にすら合格できるかもしれない。両親の期待も高まった。真理は、大好きな両親の期待にこたえたい。それをモチベーションとして今まで頑張ってきた。
志望校をどうするか、真理は担任に相談に職員室を訪れた。真理の担任の40代女性教諭は、真理にとって衝撃的な一言を告げた。
「隣のクラスの青山君は、神崎高校への合格がもう決まっているそうよ。もうちょっと頑張ってみたら」
真理は絶句した。冬希には、神崎高校を志望していることを冗談交じりに伝えていた。もしかしたら、自分と同じ学校を目指してくれたのかもしれない。だが、一言も何も言ってくれないのは酷いではないか。
そして、彼だけ先に合格して、私が諦めたりしたら、私はなんと惨めな気持ちになるだろうか。
諦められない。そして自分だけ不合格など、あってはならない。そんなことがあったりしたら、私はどんな顔をして彼と顔を合わせることが出来るだろうか。その時の私は、きっと情けなくて、恥ずかしくて、負け犬のような目をしていることだろう。
言いたいことは山ほどできた。だが、自分も同じく神崎高校に合格しなければ、それを言ってもただの僻みにしかならない。そのことが余計腹立たしい。
真理は自宅に帰り、引き出しに隠してある写真立てを取り出す。中学2年生の時の修学旅行で、こっそり買っておいた冬希の写真だ。奈良公園で鹿に囲まれて困惑している。
怒りと憎しみと愛情の入り混じった感情で写真を見ると、真理は机に向かい勉強を始めた。
そんな事とは露程も知らない冬希は、神崎高校に電話をしようとしていた。
入学案内に書かれている説明会は、それこそ来年の3月に入ってからになる。だが、理事長である神崎先生は遊びに来いと言っていた。冬希は、応とも否とも返事をしていないが、さすがに3月まで音沙汰無しというわけにはいかない。
だからと言って、額面通りに受け取って本当にフラリと遊びに行くわけにも当然いかない。
神崎先生のニュアンスからは、入学までに鍛えてやるぞと言っているように聞こえた。ならば、覚悟を決めて早めに問題にぶち当たった方が気が楽だと考えた。
代表の電話にかけると、理事長室に繋いでくれた。
「合格おめでとう」
ニヤけた顔が、電話越しに思い浮かぶ。形だけ、ありがとうございますと答える。
調子はどうだとか、過去に冬希が出たレースの動画が動画サイトに上がっていたから見ただの、試験の時と同じジャージだったからすぐわかっただの、どうでもいい話が続く。10月ともなれば理事長と言えど暇のようだ。
冬希は、合間を見て、何時どこに伺えばいいかを尋ねた。
「じゃあ、次の土曜日の10時にうちの学校の部室棟の自転車競技部の前まで来てもらえるかな。あ、学校の規則で、部外者が入る時は受付で仮入館証を発行してもらわないといけないんだよ。受付に話を通しておくので、受付で学校名と氏名を告げて、仮入館証を発行してもらってから来てもらえるかな」
「承知しました」
要点をメモして、失礼しますと電話を切る。
「いよいよ始まるのか。地獄の特訓が・・・」
不味いことに、プレッシャーを通り越して、少し楽しみになり始めていた。