高校総体自転車ロード 第4ステージ(八溝山ヒルクライム)③
「尾崎、貴様!」
尾崎の捨て身のアタックに、岡田が歯を食いしばりながら食らいつく。
露崎も剥がれない。
しかし、植原はここで力尽きて、先頭集団から脱落していった。
数十メートル走った先で尾崎は、大きく左にハンドルを切って岡田、露崎から距離を置くと、自転車を降りた。
両足に乳酸が溜まり、もう坂を登れるほどペダルを踏む力が入らない。
一度膝を曲げると、もう立ち上がれないことはわかっていた。だから、立っているしかなかった。
30秒ほどすると、一定ペースで走り続けてきた丹羽、千秋、船津の3人が尾崎の前を通過した。
「丹羽、千秋を頼んだぞ」
丹羽は、自転車を降りた尾崎の姿に、泣きそうになる表情を見せないよう千秋を牽引して行く。
3人の後ろを走っていたニュートラルカーが尾崎の前で止まった。
「トラブルかい?」
「いえ、昨日の落車の怪我の痛みでこれ以上走れないと判断しました。リタイアします」
ニュートラルカーのスタッフは、尾崎の体を一通りチェックした後、急を要する怪我がないと判断した。
「そうか、じゃあ後ろに乗って」
スタッフは、手際よく尾崎の自転車を車の屋根のキャリアに固定すると、尾崎を後ろに乗せて走り出した。
尾崎が離脱して岡田と2名になった露崎は、背中に冷たいものが流れるのを感じていた。
「参ったねこれは」
岡田ほどではないが、露崎もそれなりに消耗していた。
岡田と二人、一気にペースを落として呼吸を整えようとする。脚の筋肉の回復は、すぐにというわけにはいかないが、呼吸ならば短い時間である程度回復できる。
しかし、後ろから丹羽、千秋、船津の3名が上がってきた。休憩もここまでだ。
インターハイを甘く見ていた部分はあった。
日本の高校生に負けることはないと思っていたが、第2ステージでは冬希に敗れ、この第4ステージでも、勝利が危ういぐらいまで追い詰められた。
尾崎の間断ないアタックに、岡田も露崎も、重いペダルを踏むのではなく、軽いペダルを早く回転させることで対応してきた。重いペダルを踏むと筋肉に乳酸が溜まり、回復に時間がかかる。それに対して軽いペダルを多く回転させることで加速することで、筋肉ではなく呼吸に比重を置いて走ることで、それだけ早い回復を得ることができる。
露崎も岡田も、その心得は十分ある。
しかし、それでも平均10%近い登りでは、脚の筋肉を全く使わないというわけにはいかなかった。
呼吸も、完全に回復させるほどの時間を、洲海高校は与えてくれなかった。
丹羽、千秋、船津の3名に追いつかれた。
露崎は、これ以上の回復を諦め、岡田と共に3人の後ろについた。
船津は、千秋、岡田、露崎の3者を観察していた。
岡田は、一見厳しそうに見えるが、清須高校の選手はスタミナ切れで落ちていくということがない。過去3年間のインターハイで、全ステージで清須高校の選手が勝ってきたわけではない。しかし、彼らが登りのステージ負けるのは、第3ステージのような切れ味勝負になった時か、逃げ集団による逃げ切りの時だけだった。岡田もおそらく同様で、ゴール前に千切られるということはないだろうと、船津は見た。
千秋は、昨日も露崎のアタックに対して早々に諦めていたので、それほど脚も消耗していない。今日も丹羽の作り出す無理のないペースを守って登ってきたため、比較的、脚も余力を残している。
「丹羽さん、もうダメっす。ギアが壊れて変速できないっす」
千秋は、ガチャガチャとシフトレバーを動かしているが、変速する気配がない。
「千秋、1つ上げてみろ」
ガチャ
「あ、変わりました」
「馬鹿野郎、1番下まで下がってて、それ以上、下げられなかっただけだ!」
この男はそこが知れない、と船津は思った。
ゴールまで残り1km地点、
丹羽がアタックを仕掛け、そのまま千秋を発射した。
「行け、勝って尾崎の引退に花を添えろ!」
「勝てるんなら勝ちますよ!」
千秋は本気を出した。
ゴール前の瞬発力勝負では、露崎に勝てない。それは分かり切っていたことだった。
だから、早めに仕掛けて、引き離すしかない。
千秋を発射した丹羽は、役目を終えて下がっていく。
一瞬遅れて露崎が千秋を追っていく。
岡田は反応できず、船津も追おうとしてやめた。
ゴールまで距離もなく、追っても追わなくても、そこまでタイム差は広がらない。
この日は、体力を温存し、明日勝負することに決めた。
露崎は、千秋を追っていく。千秋は軽快に登っているが、まだ射程圏内で、露崎は余裕で捉えられると思っていた。
「なんだぁ!?」
しかし、ゴールまで残り400m、信じられないものを見た。
展望台側への分岐を進んでいくと、道路の左側は大会関係の車両の路上駐車でコースが狭くなっており、車1台がやっと通れる幅しかないアスファルト部分は、半分が通れない状況になっていた。
千秋はその中央部分を巧みに進んで露崎に抜くスペースを与えない。
露崎は、何度か追い抜こうとするが、千秋が少しだけ進路を変えるだけで、追い抜くスペースは無くなってしまう。無理して抜こうとすれば、露崎は右側の崖から転げ落ちてしまう。
「おい、危ないぞ!」
「偶然っすよ、偶然!仕方ないでしょう。道が狭いんだから」
残り100m、ゴールラインが見えてきた。
ゴールラインにも審判車両が停められており、半分が塞がれている。
「勝ったぁ!」
千秋が声を上げた瞬間、舗装された道路の外側。砂利の上に積もった落ち葉の上を露崎が先にゴールした。
「あれ?」
千秋が、間抜けな声を出す。
「えっと、今のいいんでしたっけ?」
露崎も、自信なさげに審判に確認する。
露崎は、道路ではないところをゴールした。
その後、千秋が道路上をゴールした。
自転車には計測チップがあり、ゴールラインに敷かれたマットの上を通過すると、ピッという音が鳴り、タイムが計測される。
露崎が通ったのは、舗装されていない道路外の「マットの上」だった。
本大会の計測マットは、片側2車線にも対応された幅の広いものであり、狭い道では入り切らず、余った部分がアスファルトの外にまではみ出していた。
審判たちは、折りたたみテーブルの上に置かれたノートPCを確認し、露崎のゴールが計測されていることを確認した。
「えっと・・・優勝は露崎選手です」
「ずこー!」
千秋は、ズッコケた。