高校総体自転車ロード 第4ステージ(八溝山ヒルクライム)②
洲海高校の尾崎のアタックで、25名ほどの先頭集団が散り散りになっていく様を、スタート時点のTVで見て、清須高校のコーチ藤堂は焦りを感じていた。
解説『来ましたね。尾崎のこの一撃で、他チームのアシスト6人も削り落としましたね』
実況『ペースを握っていた清須高校から、洲海高校が主導権を奪い返しました』
清須高校の岡田と、福岡産業の舞川と近田、慶安大附属の植原と露崎が尾崎を追っている。
洲海高校の丹羽、千秋、そして神崎高校の船津はトップの5人から引き離され始めた。
赤井、山賀、郷田、冬希、阿部、立花の6人は、尾崎のアタックと同時に先頭集団から離脱していた。
尾崎は、トップから9秒差の総合2位につけている。
各校の総合エースたちが尾崎を追うのは自然なことだ。
しかし藤堂には、尾崎のペースアップはゴールまで走り続けられるようなものには見えなかった。
「神崎高校のエースは、流石にステージレース慣れをしている」
追おうと思えば追える、しかし、少し距離を置いて様子を見ている、藤堂にはそう見えた。
赤井、山賀についても不満はある。確かに、集団を絞れという指示は出した。しかし明日もレースがあり、ある程度余力は残しておかなければならない。
尾崎を追っている岡田もそうだが、インターハイ一本に絞っている清須高校の、ステージレースに対する経験の少なさが、大きな不安材料になっていた。
選手たちに経験を積ませる機会を奪ってきた、清須高校のつまらない伝統を、藤堂は恨めしく思った。
尾崎は、驚くべきペースで先頭を走り続ける。
痛み止めが切れるまで、時間との戦いだった。
慣れないスタート方式で、スタート時間が遅れたため、尾崎のタイムリミットは一層厳しくなっていた。
本当なら、斜度がキツくなる残り6km地点あたりからペースを上げたかったが、このままではそこに辿り着く前に、尾崎は走れなくなってしまう。
尾崎は後ろを振り返る。
5人がついてきているが、船津はいない。だが総合リーダーの露崎がいて、インターハイ最強校の岡田がいる。
「釣果としては十分だな」
尾崎の目的は、千秋の総合優勝のため、可能な限りアシストと、エースの脚を削っておくことにあった。
今のところ、岡田も露崎も、尾崎がエースであり総合優勝を狙っての動きだと疑っていない。
「露崎を倒すには、アシストの植原は最低でも削り落としておく必要がある」
レース前、尾崎が丹羽に言った言葉だ。
丹羽は、尾崎がこのステージでレースを終えるつもりだということを知って、言葉を失った。
丹羽にとってもそうだが、尾崎にとってこれは高校最後の大会だ。3年生はインターハイで引退する。こういう形でレースを去ることが本意のはずがない。
長い間、共に戦ってきた。国体では、優勝を譲ってくれた。
悲壮感あふれる丹羽に対して、尾崎は明るく笑っていった。
「何人道連れにできるか、楽しみだ」
残り6km、斜度10%近い登りに入ったが、尾崎のペースは衰えない。
「常軌を逸している」
岡田の脚はずっと苦しい状態だ。尾崎を追ってしまったことを後悔し始めたが、総合リーダーの露崎がいる以上、この集団から退がることもできない。もはや引き返す道などないのだ。
「近田、すまん」
近田のアシスト、舞川は昨年の全国高校自転車競技会で山岳賞を獲ったほどのクライマーだが、尾崎のペースについていけず、先頭集団からちぎれていった。
しかし、その近田も脚と呼吸が限界に達し、落ちていく。
尾崎は後ろを見る。ついてきているのは、岡田、植原、露崎の3人だ。
植原はアシストとはいえ、今年の全国高校自転車競技会でステージ1勝、総合2位の実力者だ。簡単には剥がれない。
尾崎の右腕の痛みが酷くなってきた。脚も呼吸も限界に近い。
残り3km、斜度の厳しい上りに入り随分と走った。
流石にペースも落ちてきた。
腕の痛みは、我慢できないレベルのものだった。痛みが走ると、反射的にハンドルから手を離してしまいそうになる。
だが、高校生活最後のレースだと思えば、どうということはなかった。
中学から始めた自転車ロードレース。
長いこと走ってきた。
高校に入り、自転車ロードレースが本当にチーム競技だということを知った。
丹羽や、チームメイトと多くのレースを戦い、勝ってきた。
露崎との長かった戦いも、決着がついた。
悔いのない自転車人生だった。
尾崎は、大きく息を吸い込んだ。
「お前ら全員、地獄へ道連れだ」
尾崎は、残る全ての力を込めて、渾身のアタックを仕掛けた。