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プランB

「うおおおおおおお!!」

 会津若松高校の松平が、両手を挙げながら歓喜のゴールを迎える。

 しかし彼は、別に優勝したわけではなく、先頭のゴールタイムから+15%以内にゴールできない場合、失格というタイムアウトのルールの制限時間内に間に合った喜びのガッツポーズだった。

 制限時間内にゴール出来たのは、松平のグルペットが最後で、それ以上遅れた選手たちは、明日の第4ステージ以降の出場も許されない。

 松平より遅れるとゴール出来ない、という格言があるほど松平が毎回制限時間ギリギリにゴールできるのは、会津若松高校のアシスト、日向が緻密な計算により、ゴール予測時間や、余裕を持ったペース配分、先頭がゴールしてからの帳尻合わせまで、精密機械のようなコントロールを行なっている為だった。

 松平のグルペットに入っていた18名の選手たちは、お互い長年の戦友であるかのように抱き合って、無事にゴール出来たことを喜んだ。

 第3ステージでは、落車による怪我や体調不良による棄権が3名、そして制限時間内にゴール出来なかった12名が失格となる、厳しいステージとなった。


 表彰式の無かった冬希は、郷田、船津と共に早めに筑波山を下山できた。

 ホテルに着くや否や、今日のレースの振り返りなどはなく、すぐに第4ステージの作戦会議に入った。

「第4ステージは、八溝山ヒルクライム。距離は17kmとかなり短いが、後半の6kmは平均勾配10%前後と、かなり厳しいコースになっている」

 理事長兼監督の神崎がノートPCに繋いだプロジェクターで映し出したコースを、プレゼン用のレーザーポインターで指し示しながら船津がコースの概要を説明する。

「中間スプリントポイントは設定されていないので、スプリンターチームも明日は大人しくしているだろう」

「また、山岳系の選手たちが逃げるんでしょうか」

 中間スプリントポイントがなければ、坂東が逃げに入ることもないだろうという程度の予測で冬希は言ったのだが、神崎の回答は予想外だった。

「明日は、逃げは多分発生しないよ。総合上位勢がずっとハイペースで先頭を走ることになると思う」

「それは、距離が短いからですか?」

「それもあるけど、明日のスタート方法が大きいかもしれないね」

「スタート方法?」

「F1は見たことあるかい?」

「自動車のレースですか?TVでなら」

「明日はスターティンググリッド方式でのスタートなんだよ」

「あ、なんか線が引いてあって、順番に並んでる」

「そう、それ。総合成績順に前からスタート位置に並んで行って、一斉にスタートするんだよ」

 神崎が、ホワイトボードに線をひきながら、

 [露崎    [岡田

    [尾崎     [船津

・・・と互い違いの位置に選手たちの名前を書いていく。

「なんか、かっこいいですね。でもそれだと・・・」

「ああ、チーム毎にまとまってスタートするということが出来ない」

 船津が、光を消したレーザーポインターを顎に当てながら、考え込むような仕草で言った。

「総合上位の誰かが、スタートダッシュを決めたら、前の方からスタートする選手たちは、それを追わざるを得ない。後方からスタートするチームメイトを待っている余裕はないだろう」

「厳しいですね」

 後方からスタートするチームメイト2号の冬希が深刻な顔をする。

「けど、うちはあえて、3人で先に合流する方向で戦おうと思うんだ」

 神崎は明るい表情で言った。

「スタートして10kmぐらいは、そこまで斜度がキツくない。その間は、チームで動いていた方が有利だからね」

「なるほど、スタートダッシュを決めた選手がいても、俺たちで船津を引き上げた方が、船津自身の脚を使わずに済むということですね」

「そういうこと。というわけで、郷田くん、青山くん、明日はよろしく頼むよ」


 ホテルの洲海高校の宿泊部屋で、尾崎は痛めた右手を握ったり、開いたりしてみた。

 痛み止めが効いているのか、そこまで強い痛みではなくなったが、不安を残す痛みを右肘に感じていた。

 救護テントで診てもらった結果、骨折の疑いがあるということで、下山後に外科病院でレントゲンを撮ってもらった。

 結果、骨折は見つからなかったが、痛み方からして、レントゲンに映っていないところで折れているかも知れないと言われた。

 一旦、痛み止めと湿布薬を処方されたが、根本問題として、痛みは継続してあった。

 痛み止めの持続時間はそれほど長くないのか、しばらくすると、手を握るたびにまた厳しい痛みが出始めた。

「問題は、ブレーキだ」

 尾崎は、心配そうな表情の丹羽に言った。

 明日の第4ステージは、ヒルクライムなので、ほとんどブレーキを握ることはないだろう。しかし、第5ステージは普通に登りも下りもあるので、まず今の尾崎が出場するのは難しい。ブレーキを握れないのであれば、自分ばかりか周りの選手をも危険に晒してしまうことになる。

「俺は、明日で最後のインターハイを棄権することになるだろう」

「そうか」

 丹羽は、苦渋の表情を見せた。全国高校自転車競技会の時は、丹羽が体調不良で棄権した。完走できずにレースを去る無念さは、痛いほどよくわかる。

「だが、幸いにも我が校には俺以外に、総合上位の選手が1名いる」

「え?」

 ベッドの上でゴロゴロしながらポテトチップスを食べていた千秋秀正が振り返った。

「千秋、明日からはお前がエースだ」


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― 新着の感想 ―
[一言] ここで千秋くんがくるとは驚いた 他のキャラとは一風変わっているのが良い味出してるから、これからの活躍が楽しみ まあ、素直にエースとして頑張るかは未知数だけどね そこは先輩の説得に期待かな …
[一言] >スターティンググリッド方式でのスタート ツールでの失敗を繰り返さないで欲しいですね……
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