難しい会議
第3ステージの朝、冬希たちはスタート地点近くの体育館で、第6ステージについての説明を受けることになっていた。
その前に、監督会議で大会運営者から各校の監督やコーチ陣に事前説明は行われている。
ただ、同伴してきている先生が、自転車ロードレースに詳しいとは限らないため、無用の混乱を防止するため、遺漏なく伝達する目的で、選手たちへの直接の説明を行うことになっていた。
冬希たちは、少し早い時間に到着し、大量に並べられた自転車ラックに自分達の自転車を掛けると、体育館の方へ向かった。
途中、何人かが集まっており、そこを選手たちがビクビクしながら避けていっていたので、なんだろうと思ってよく見てみると、確かに避けて通りそうな一団があった。
前年度優勝校でインターハイ3連覇中の清須高校のエース岡田、去年の全国高校自転車競技会総合優勝の洲海高校の尾崎と、国体総合優勝の丹羽、4大スプリンターと呼ばれる函館第一の土方、富士吉田工業の柴田、会津若松高校の松平、八雲商業の草野、そして今大会の総合リーダージャージを着用した露崎、露崎に無理矢理巻き込まれたと見える昨年度全日本チャンピオンの坂東までいる。
「お前ら、重役出勤だな」
松平に声をかけられ、自然な感じで輪が開いて、冬希たちを招き入れる。
一緒にいる郷田は全日本チャンピオンだし、船津は今年の全国高校自転車競技会の総合優勝者なので、このメンツの中に入っても堂々としていられるかもしれない。
しかし、冬希は唯一の1年生だし、全員圧がすごいので、なるべくならこの輪の中には入りたくないと思っていたが、グリーンジャージを着用した冬希は、ナチュラルに輪に招き入れられた。
「事前に話し合うだけ無駄だ。運営側が決めたのであれば、俺たちがどうこういう話ではない」
坂東は、ハナから興味がないといった姿勢だ。
「第6ステージのルール、何かわかったのか?」
冬希は何の話し合いなのかさっぱりわかっていなかったが、船津がそう切り出してくれたお陰で、なんとなくこの集まりの趣旨がわかった。
「いや、第6ステージが、筑波サーキットの周回になるという点については確定らしいが、詳細はまだわかっていない。監督会議でも意見が出されているだろうと思うが、選手たち側から、どのレベルなら許容できるかという点で意識合わせをしておこうという話だ」
突然、選手たちが不利な扱いを受けるルールを突きつけられた時に、バラバラに抗議をしても霧散するだけなので、選手の総意として方向性を決めておこうという集まりということだ。
「恐らく論点は、周回遅れを失格、DNF扱いとするかどうかだ」
インターハイに出場した選手たちは、自分達も含め、家族や親戚、学校から期待されながら出場している。ただ、最後まで完走できずに失格となった場合、その名誉は半減してしまう。完走は選手全員が目指したい最低ラインだ。
インターハイを完走したか否かは、翌年の全日本選手権の出場資格や、自転車競技で進学する選手達の大学への推薦入学の合否にまで影響が及ぼされる。
では、周回遅れをDNFとしない場合、どういう問題が出てくるかというと、ゴールスプリントで周回遅れの選手にアシストしてもらって勝負する選手達が現れるということだ。
何周遅れでもコース上に留まれると、アシスト選手は真面目にレースを走らずに、足を溜めたままゴール前で待機して、フレッシュな脚でエーススプリンターをリードアウトすることが可能となる。
筑波サーキットは、1周の距離はそれほど長くなく、周回遅れはかなりの人数出てくることが予想される。
逆にいうと、戦略的に動けば、ライバル選手を周回遅れにして、失格させることすら可能になるということだ。
それは、総合リーダーにとって、確実に不利になる。
他の学校達は、協力して総合リーダーを周回遅れにして、失格に追い込もうとする。
総合リーダーを失格に追い込めば、残った学校に逆転の総合優勝のチャンスが巡ってくるのだ。
「参加選手が多い分、多くの周回遅れと一緒に走るとリスクは出てくる。だが、DNFとするのはあまりに厳しすぎるな」
船津が腕を組んで考え込む。
「俺たちの意見も同じだ。失格はやりすぎだ。逃げ集団に全員周回遅れにされる可能性も出てくるから、逃げは決めさせられないし、そうなるとレースはずっとハイペースになる」
柴田が、違った角度から指摘をする。
「だが、総合成績についても同じだ。アシストをずっと走らせずに温存しておいて、後半にアタックして総合タイムでも逆転というパターンもありうる」
尾崎が、総合系チームとしての意見を述べた。
事前にそういうことは止めようと、選手達同士で協定をむすんでも、どこか1校に破られたら、協定を守ったチームが損をしてしまう。
「周回遅れは失格にしない、そして第6ステージ自体を総合成績から除外するというのが、現実的だろうな」
岡田の中では、ほとんど結論は出ていたようだった。
露崎は思う。自分達が考えているようなことを、大会の運営や監督達が気づかないわけがない。恐らく同じ結論に達しているのではないか。
「選手達は、体育館へお入りください」
係員に促されて、冬希達は、体育館へ入った。
そして、彼らが受けた説明は、ほぼ彼らが想定していたルールになったということだった。