高校総体自転車ロード 第2ステージ(銚子大橋〜大洗港)③
中間スプリントポイントは、逃げの4人以下の5位争いとなったが、メイン集団の中では、八雲商業の草野が先頭で通過した。6位会津若松の松平、7位に函館第一の土方、8位が富士吉田工業の柴田で、この4人はほとんど横並びだった。
草野は、筋肉だるまと異名をとるだけあって、全身筋肉の塊のような男で、平坦での瞬発力は、他の3人より秀でていた。
その後は、スプリンターチームのアシストが9位から20位まで入り、露崎、赤井、冬希といった前日のステージ上位3人のポイントを潰す目的を果たした。
ただ、赤井はスプリントへの参加をコーチから禁じられており、冬希も今日のゴールのために無駄な足を使う気はなかった。露崎に至っては、最初からスプリント賞など眼中にない。
ゴールまで残り30kmを切った時点で、タイム差は4分弱。逃げ集団は4人のままで、中間スプリントを終えた後も、坂東が逃げ集団から離脱してきていないことから、スプリンターチームたちは、坂東が逃げきりでステージ優勝を狙っていることを、この時点で初めて確信した。
露崎でさえ
「今日の相手は、坂東だ」
とチームメイトの阿部と植原に言った。
再び慶安大附属の阿部と植原がメイン集団を牽引し、神崎高校の郷田、清須高校の山賀、洲海高校の丹羽ら総合有力チームが加勢する。
山賀は、岡田から
「本気で加勢する必要はない。加勢するポーズだけ見せてこい」
と言われてメイン集団の牽引に加わったが、山賀の平坦での走行能力は、全日本チャンピオン経験者の坂東や郷田に大きく引けをとるものではない。本気ではなくても、かなりの力を発揮し、逃げ集団との差を縮めていった。
次第に発生してきた向かい風も、メイン集団への助けとなった。
向かい風は、ブルドーザーと異名をとる山賀の最も得意とするところだった。
メイン集団を、総合上位勢が牽引している間に、中間スプリントで使った脚を回復させたスプリンターチームのアシスト達が、坂東に勝たせてなるものかと、先頭に戻ってきて、逃げ集団を追い始めた。
スプリンターチームのアシスト達は、向かい風の中を、全力で先頭を走り、力を使い果たして千切れていく。
逆に逃げ集団の4人は、ゴールまでのスタミナ配分を計算しつつ、向かい風の中で体力も温存しながら走らなければならず、ハイペースなメイン集団に次第に差を詰められてきた。
坂東が、ニュートラルカーに下り、逃げている他の3人の分もボトルを受け取り、秋葉、四王天、小玉の3人に配った。坂東がそういうことをすると思っていなかった秋葉と四王天は目を丸くして、小玉は坂東に丁寧にお礼を言った。
「このペースでは3km地点までにメイン集団に吸収される。せめて大洗市街地までもたせるぞ」
坂東が3人を叱咤する。
「そうだな、大洗市街地は、コーナーが連続していて、追う側のメイン集団にとっては、集団の力をうまく発揮できない分、不利だ。持たせれば逃げ切りも見えてくる」
四王天がうなずいた。
だが、どちらかと言えば山岳向けの選手である秋葉と小玉は、穏やかな向かい風に体力を奪われており、坂東はどこかでこの二人に見切りをつけなければならないと思っていた。
だが、残り20kmを四王天と二人で走るのはまだ厳しい。
ボトルの水を飲んで多少体力を回復させた4人は、ローテーションをしつつ、再びゴールを目指していった。
メイン集団は、怒涛の勢いで逃げ集団を追っていた。
スプリンターチーム、総合有力校に加え、今日逃げに乗るつもりで乗れなかった各校も、協力して逃げ集団を追った。
ペースはかなり早く、徐々にメイン集団は人数を減らしていった。
冬希は、展開を見ながら郷田に話しかけた。
「郷田さん、どのあたりで行きますか?」
「そうだな、残り3kmあたりで先頭に出たいが、逃げている坂東が気になる。もしメイン集団のペースが落ち始めたら、そのタイミングで出よう」
「わかりました、注意してみておきます」
郷田の後ろに冬希が下がると、横から小さな歌声が聞こえてきた。
よく聞くと、冬希が子供の頃によく聞いた「はたらくくるま」のメロディだった。
「のりものあつまれ、いろんなくるま、どんどんでてこい、はたらかないくるーまー」
逃げ集団を捕まえられるかどうかの、緊迫した状況で、誰がそんな歌を歌っているのかと思ったら、洲海高校の千秋という1年生だった。
「あさから車でおひるね、えいぎょうしゃ、えいぎょーしゃー」
ひどい替え歌だ、と冬希は思ったが、歌を歌いながら、ずっと40kmを超えるペースで走っているのだから、尋常じゃない。先頭を引いているわけではないので、余力がないと言ったら嘘になるが、ご機嫌で歌を歌いながら走れるような状況ではないはずだ。
ゴールまで残り10km、逃げ集団との差は1分20秒まで縮まった。
冬希は、一旦千秋のことを忘れ、メイン集団のペースと、郷田の動きに集中することにした。
逃げ集団では、踏める選手と踏めない選手の差が明確になりつつあった。
坂東、四王天は、苦しいがまだ踏めて、秋葉、小玉はもう限界を迎えていた。
後方から、向かい風の中を相変わらず信じられないようなペースでメイン集団が追ってきている。
「ここまでだな」
坂東が言って、四王天が頷いた。
坂東、四王天は、秋葉と小玉を残して、ペースアップした。