高校総体自転車ロード 第1ステージ 表彰式
待機エリアに戻り、ローラーでクーリングダウンをしていた冬希のもとに、インターハイの大会関係者が表彰式が始まると呼びに来た。
冬希は汗を拭いて新しいジャージに着替えると、同じくローラーに乗っていた郷田と船津に、いってきますと、一言挨拶をして、霞ヶ浦総合公園に作られた特設ステージの方へ向かった。
冬希が締まらない顔でボケッとステージまで歩いていると、坂東とすれ違った。
冬希が知っている坂東は、全日本チャンピオンジャージを着ているイメージだったので、すぐには気づけなかったが、間違いなく坂東だった。というか、汗ひとつかいてはいないが、自転車を押しながら待機エリアへ歩いている姿は、どうみてもゴール直後だった。
冬希は公園の時計を見る。冬希達先頭集団がゴールして10分近く経過している。
落車で遅れたのかと思ったが、綺麗に整った、もしかしたら全日本選手権の時よりも仕上がっているようにすら見える体には、傷ひとつついていない。
「なんでだろ・・・」
この時、冬希には坂東が遅れた理由がさっぱりわからなかった。
ステージの前には、多くのお客さんが集まっていた。
17歳にして海外のコンチネンタルチームに加入した、グランツールで日本人初の優勝が狙えるかもしれない最強の高校生ロードレーサーを一目見ようと、全国から多くのファンが集まっていた。
自分が負けたことで、この人たちは喜んでくれたのかもしれないな、と冬希は一瞬思ったが、普通に実力で負けたのだから、それでよかったと思うのも違うな、と考え直した。
第1ステージ前は、国内無敗の露崎と、ゴールスプリントに参加したレースでは全勝している冬希の直接対決で、どちらが勝つのかと散々盛り上がっていた。
8対2ぐらいで露崎の勝ちを予想する声が大きかったが、全日本選手権からの間隔のないスケジュールでの冬希の体調を危惧して露崎を予想する声も1割ぐらいあったので、事前のオッズは冬希としては、大健闘と言ってよかった。結果は、真っ向からスプリントしての惨敗だったのだが。
ステージ優勝と総合1位の表彰をされて、イエロージャージを着た露崎が舞台袖から降りてきた。
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
すれ違いざまに挨拶をする。
「あ、あの」
冬希が言いかけて、露崎が振り返る。
「脚、触ってみていいですか?」
「え、嫌だよ。気持ち悪いじゃん。なんでだよ」
「いや、脚にモーターでも入っているのかと思って」
「普通、モーター入れるなら自転車にだろ!なんで直接脚に入れるんだよ!」
怖えよ、と露崎がドン引きしている。
「え、自転車にモーター入ってるんですか?」
「入ってないよ!」
「青山、あまりうちのキャプテンを刺激しないでくれ」
苦笑しながら植原が止めに入る。露崎は、表彰式で受け取ったトロフィーや花束を植原に渡す。
「失礼しました」
山岳賞の表彰が終わったようで、ステージで名前が呼ばれ、冬希は階段を登っていく。
露崎は、普通に良い人そうだ。見下して馬鹿にしてくるような性格だったら付け入る隙もあったかも知れない。
むしろ、嫌な奴の方が倒し甲斐があったかもしれない。だが、強いスプリンターや総合上位に来るような選手達は、みんな良い人ばかりだ。だからこそ、アシスト達は献身的に仕事をするのだろう。
敵意で戦うのは難しそうだと、冬希は思った。
露崎は、ステージの表彰台を見る。
冬希がスプリント賞のグリーンジャージを着せてもらっている。
露崎の時に劣らないほど声援を受けており、彼がスプリント賞を獲得するのは、ファン達にとって期待していた結果だったのだろうと思った。
メイン集団から抜け出した時、露崎は80%程度の力でアタックをしていた。
仕掛けが早いのはいつものことだ。フランスでのアマチュアレースでも、賞金狙いの一団がおり、中間スプリントポイントでは、団子になって抜け出せないこともある。
そういう場合は、誰よりも早く仕掛けて、団子を抜け出すということをやっていた。
今日は、後ろを振り返った時、1名だけ差を詰めてくる選手がいた。
露崎は、力の差を見せつけるために100%のスプリントを見せた。
相手は、すぐに諦めてスプリントを止めた。
面白い選手だと、露崎は思う。だが、露崎の求める選手ではない。
ふと、選手専用のエリアの柵の向こうに、ショートボブの美しい女の子を見つけた。
スプリント賞と新人賞の表彰式を終え、白ジャージに身を包んだ冬希がステージから降りてきた。
明日は、スプリント賞のジャージを着用し、新人賞の白ジャージは、繰り下げで赤井が着用することになる。
「冬希君!」
柵の外で、真理が手を振っているのが見えた。
「荒木さ・・・真理」
慣れない呼び方でまだ少し恥ずかしさはある。冬希は真理の方へ駆け寄った。
「応援に来てくれたの?」
「うん、希望者は学校のバスで応援に行けるって校内放送があって」
真理は、土曜日でも部活と自習のため学校に来ていた。
春奈は、今日は乗馬クラブで練習があると言っていたので、来ないだろうとは思っていた。
だが、真理が来てくれたのも、冬希は嬉しかった。
「あ、これ花。どうぞ、さっきそこでもらったんだ」
「うん、みてた」
冬希は、表彰式でもらった花を真理に渡した。
「初めてゴール前でレース見たよ。すごいね。一瞬で通り過ぎていった」
吹奏楽部で応援に福岡に行った時は、ゴール前数キロの地点だった。
「惜しかったね、また明日も頑張ってね」
「ありがとう、明日もまた来てくれるの?」
「またバスがあれば来るかも」
「じゃあ、期待してるよ」
「また明日もお花がもらえるかな」
「それは難しいなぁ」
今日の調子では、スプリント賞は露崎に奪われそうだし、新人賞も赤井に抜かれそうな気がしている。
そろそろバスが出るということで、ヒラヒラと手を振って戻っていった真理の後ろを見送ると、待機エリアの方に向かって歩こうとする。
すると露崎から話しかけられた。
「あの子かわいいな、お前の彼女か?」
「違いますよ。残念ながら」
最近、また話すようになったばかりだ。
「じゃあ、俺があの子から連絡先聞いてもいいよな?」
「ダメです」
「お前の彼女じゃないなら良いだろ?」
「なんか嫌だからダメです」
「いいよ、明日のステージで優勝したら、勝手に話しかけて勝手に聞くから」
冬希は、不快感を感じた。確かに露崎の言う通り、冬希には何の権利もない。
だが、何か自分が大切にしてきた場所に、土足で他人が入り込んでこようとしているような、不愉快さを感じていた。
「明日、ステージ優勝できなかったら、彼女のことは諦めてください」
「お前が俺を止めるのか?」
誰が聞いても、今のフィジカルの差では絶対に無理だと言うだろう。
「露崎さん、レースに絶対がないことを、思い知ってもらいますよ」
冬希は、露崎に強い敵意を持った。
「露崎さん、なんであんなこと言ったのですか?」
ことの成り行きを見守っていた植原が、咎めるように言った。
「普通にあの子、めちゃくちゃ好みだったし、あれで、青山だっけ、奴が本気で俺に勝ちに来るのであれば、それも面白いしな」
今のところ、露崎には勝ちようがない。
そんな中、冬希がどのような闘い方をするのか、植原も興味があった。