高校総体自転車ロード 第1ステージ(霞ヶ浦一周)②
逃げが決まり、メイン集団は前年度優勝の清須高校がコントロールを開始した。
先頭は、2年生の山賀。「ブルドーザー」の異名を持つルーラーで、集団の先頭を長時間、力強く牽引する能力に長けている。続いて、キャプテンの「鋼鉄のオールラウンダー」岡田、そしてその後ろを1年生でスプリンターの赤井がつけている。
先頭は6人で、集団と差を広げたいところだが、山賀が一人で先頭を引いているにも関わらず、差を広げさせない。それほどまでに清須高校のペースコントロールは、完璧だった。
同じルーラータイプで、全日本チャンピオンの郷田も、日本にはまだまだ優れた選手がいる、と舌を巻いたほどだ。神崎高校も、全国高校自転車競技会で散々集団をコントロールしたので、なおさら清須高校と山賀の凄さを理解することができる。
冬希を含む神崎高校の3名は、先頭付近にいた。清須高校の真後ろには、丹羽、尾崎、そして1年生の千秋ら洲海高校が続いており、その後ろに慶安大付属の阿部、露崎、植原、同じような位置に神崎高校の郷田、船津、冬希がおり、総合有力校が前の方に固まっている。
前方の方が、落車に巻き込まれにくいという、リスク回避の側面からそういう位置取りになっている。
冬希は、後方を見る。
中間スプリントポイントは、霞ヶ浦大橋の上に設定されている。
上位15名にポイントとボーナスタイムが与えられる。
1位 20pt ボーナスタイム3秒
2位 17pt ボーナスタイム2秒
3位 15pt ボーナスタイム1秒
4位 13pt
5位 11pt
6位 10pt
7位 9pt
8位 8pt
9位 7pt
10位 6pt
11位 5pt
12位 4pt
13位 3pt
14位 2pt
15位 1pt
冬希は、中間スプリントを獲りにいくつもりだったが、それはスプリント賞を取りに行くのが目的というより、今日の自分の調子を確かめるためのものであり、勝負する相手もいないままメイン集団内でトップ通過しても、それではあまり意味がない。
なので、他のスプリンター達にやる気を出してほしいのだが、現在のところ、まだスプリンターチームは動く気配がないようだ。
中間スプリントポイントまで、残り15km。逃げ集団とメイン集団の差は2分半で安定している。そろそろスプリンター達に前に上がってきてほしいと冬希が思っていると、佐賀大和高校の坂東弟が一人で上がってきて、下卑た笑みを浮かべながら、清須高校の岡田に話しかけている。
岡田が黙って頷くと、坂東弟は、先頭に立ち、かなりの勢いで牽引し出した。
「郷田さん、あれって・・・」
「ああ、佐賀大和が、というより坂東がスプリントポイントを取りに行くために、恐らくだが逃げ集団を捕まえようという動きだ」
先ほどは、坂東裕理が集団をコントロールする清須高校のボス、岡田に逃げ集団を捕まえる許しを得るために話しかけていたのだろう。岡田としては、当然自分達のチームが足を使わないで済むようになるので、止める理由はない。
逃げ集団を捕まえた後に、またアタック合戦になるかもしれないが、そちらはもう今日のステージを狙いに行くスプリンターチームに任せても良いはずだ。
だが、冬希にも郷田にも、いくら坂東裕理が頑張っても、一人で逃げ集団に追いつけるとは到底思えなかった。ただ思うのは、万が一坂東裕理が逃げ集団を捕まえてしまった場合、中間スプリントポイントは、佐賀大和高校が優先して獲りにいくような流れになるだろう。
清須高校も、逃げを捕まえるのに協力しなかった他校がスプリントポイントだけ取りに行くのを容認しないかもしれない。
「俺も逃げ集団を捕まえに行くのに協力するため、先頭を行ってこよう」
郷田が坂東裕理の前に出て、二人でローテーションし始めた。
すると、それに追従するように、次々とスプリンターチームが選手を送り込んできて、7人ほどのメンバーでメイン集団の先頭交代を始めた。
すると、みるみるうちに逃げ集団との差が縮まり、スプリントポイントに入る最後のカーブの手前で最後まで逃げ続けていた四王天、小玉を吸収して、集団は1つにまとまった。
カーブを抜けると、2.5kmほどの直線があり、霞ヶ浦大橋の終点あたりがスプリントポイントになっている。
中間スプリントポイントまで残り1kmを過ぎると、集団の緊張は高くなり、集団前方は、10名ほどのスプリンターと、5名ほどのアシストで占められた。
郷田は、もうすでに下がっており船津のそばにいる。船津を孤立させないための配慮だ。
次々とアシストが離れていき、先頭は坂東弟となった状態で残り500m、冬希はコースの左側でチャンスを伺っている。残り150m過ぎてからスプリントを開始するつもりだ。
先頭は、坂東弟、その後ろに会津若松の日向、松平、そして土方、草野、柴田、他にもスプリンターが続いている。
ここでスルスルと右から坂東が上がってきた。少し早いスプリントだが、それを見た坂東弟、日向が下がっていく。
ここで下がっていく時に、日向は土方、草野の進路を塞ぐように下がっていき、二人は余計な距離を走らされる。
坂東弟に至っては、大きく左に避けることで、冬希の進路を妨害してきた。
冬希は、坂東弟と道路端に挟まれる形で行き場を失い、下がっていく。
残り150m、坂東が先頭に立ち、松平、少し遅れて柴田が追走する。土方、草野も必死にスプリントをしているが、会津若松のアシスト、日向が下がってきた時のロスが原因で、前の3人には追いつけない。
冬希は、左に寄せてきた坂東弟の後ろを回って、右側に出ると、残り70mぐらいでスプリントを開始する。これは、いつも遅めの仕掛けを行う冬希にしても、このタイミングは遅過ぎる。
だが、坂東、松平、柴田、草野、土方の順でスプリントポイントを通過しようとした時、坂東の左から一気に全員をまとめて抜いて、冬希が1位通過した。
抜かれた3年のスプリンター達は絶句した。確かに、ゴールスプリントではなく、中間スプリントなので、100%でのスプリントはしていない。精々80%や90%ぐらいだ。だが、そこまで簡単に抜かれるほど手を抜いたわけでもなかった。
だが、1番驚いたのは、冬希だった。自分でも考えられない加速をした。
冬希は集団に戻ると、船津と郷田に対して言った。
「なんか今日、めっちゃ調子いいかもしれません」