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全日本選手権④

 藻琴峠を下った時点で30名ほどいた先頭集団は、数々の脱落者を出しつつ美幌峠の登りをハイペースで登った。この時の脱落者の中には、会津若松高校の日向政人、洲海高校の沢田慎太郎もいた。

 日向は全国高校自転車競技会で、スプリンターの松平がタイムアウトで失格にならないように、山岳でアシストするなど、十分に登れる力を持ったオールラウンダーであったが、生粋のクライマー集団についていくには、登坂力が足りていなかった。

 そういった意味では、洲海の沢田も同じで、同じ洲海の尾崎や丹羽に比べると登坂力では劣り、平坦アシストという役割を与えられていた。一般的な選手から比べると、かなり登れるオールラウンダーではあったが、やはり全日本のクライマー達に比べると、力不足は否めなかった。

 登坂時に先頭を牽引していたのは、福岡産業の舞川と京都月山工業の「山岳逃げ職人」秋葉の2名で、どちらも国内屈指の登坂力を持つクライマーだった。

 それ以外の選手も、よく二人について行った。

 ただ、美幌峠の下りに入ると、藻琴峠の下りでも遅れていたTFCの大城公洋が、再び遅れ始めた。大城に蓋をされる形で、大城の後ろにいた5名ほどの選手も一緒に遅れる羽目となった。

 しかし、大城の前を行く10名は、今度は藻琴峠の時のようには待たなかった。もう残り距離も44kmほどしかない。しかし、後ろから坂東が迫っている。大城以下を待って時間をロスするよりも、出来るだけ早く坂東から逃げたかった。


 坂東の下りは神業だ、と天野は思っている。

 何度か坂東の下りの練習に付き合ったことがあるが、その度に天野は頭がおかしくなりそうだった。

 坂東は、本気で下るときに後輪をスライドさせながら走るので、それを見ていると単純に酔うのだ。それでなくても、ドリフトさせるように曲がっていく坂東のライン取りは普通の選手とは違うので、それに付き合っていてはかなり危険なのだ。

 坂東と下る時に1番大切なのは、坂東の後ろを走らないことだと、天野は思っている。屋久島で青山が無事だったのは、純粋に坂東の後ろを走るほどの下りの腕がなかったからなのだ。

 しかしそれを前を走るシャイニングヒルの菊池や大里に忠告したところで聞き入れないだろうし、そもそも天野には忠告する義務も意志もない。

 坂東は、下りに入る。菊池、大里も離されまいと必死についていく。この二人も下りに関しては日本でも上位の腕を持っていた。天野は、大里から少し離れたところを、これも坂東から鍛えられた下りの腕を駆使して下っていく。


「なんだってんだよ!」

 菊池が叫ぶ。坂東の後ろを、恐怖と戦いながら下っていく。少しずつ離れていく坂東の背中を見ながら、菊池は下りの恐怖と、坂東の理不尽さへの怒りで目から涙がこぼれる。

 坂東は強い。巡航能力も高く、スプリントも日本トップクラスだ。ワンデーレースなら山岳だって登れてしまう。だから、堂々と戦えばいいじゃないか、そう思うと、菊池は悔しくて仕方なかった。

 大里は、菊池ほど理不尽さは感じてはいなかった。大里も4大スプリンターと呼ばれる松平、土方、柴田、草野に匹敵するほどのスプリンターだった。だが、大里も真っ向勝負では勝てない敵というのに出会う度に、どうすれば勝てるのかを考え続けてきた。菊池のように、真っ向勝負だけが戦いではないことを知っている程度には、挫折も経験してきた。

 登り始めから水分の補給ができていない菊池は、集中力が途切れ始めた。リズムが崩れ、走行ラインが乱れた。

「おい、翔馬!!」

 外に膨らむ菊池を避けようとして、大里も膨らむ。

 菊池は、べダルに足を固定するビンディングペダルのクリートを内側の足だけ外し、大きく開いて内側のバランスを取る。なんとかコースアウトは免れたが、その内側を天野が抜いて行った。

「翔馬、落ち着け。確実に下ってから、また追いかけよう」

 うつむいた菊池から返事はなかったが、大里が下り始めると、後ろからついてきている音がした。

 こうしてシャイニングヒルの二人は、坂東との戦いに敗れた。


 郷田と冬希は、美幌峠を下っていく。郷田の安定感のある大味な下りに曳かれ、冬希の下りも安定してきた。

「いいなぁ、この下り方。この大会が終わっても覚えておこう。ていうか、帰ったら練習しよう」

 冬希は、ぶつぶつ言いながら下っているが、これは冬希なりにリズムを取っているのだ。

 一方、郷田は真っ直ぐ前を見て次のコーナーのラインどりを考えながら、丁寧に下っていく。一瞬でもよそ見をしようものなら、冬希を道連れにコースから飛んで行ってしまうところだ。ミスは許されない。

 人間は本能的に視線を向けた方に寄っていくのだという。だから、車でも自転車でもよそ見は絶対にするなと、トラック運転手の父から郷田は教えられていた。

 郷田と冬希がしっかりと美幌峠の下りを終えた時、前方を走る2台の自転車を見た。

「郷田さん」

「ああ、シャイニングヒルの二人だ」

 郷田と冬希は、菊池と大里に追いつき、第3の追走グループとなった。

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