チームシャイニングヒルズ
冬希が、坂東の異様な肉体に圧倒されていると、ホテルのエレベーターを降りてきた二人組の男が歩いてきた。
「坂東じゃないか、久しぶりだな。全国高校自転車競技会は見てたぜ。1年生にやられるところをな」
小柄で整った顔をしているが、どこか口の片端だけ上げて話しているせいか、冬希はいい印象を持てなかった。
坂東は動じることなく、一人で勝手にしゃべっている男を一瞥している。
「小手先の技に頼ってるからそんなことになるんだよ。1年生に負けるようになっちゃ、お前もおしまいだな」
やれやれ、という仕草をしたとき、冬希は我慢できなくなり、つい口を挟んでしまった。
「坂東さんはそういう人ではないですよ。学ぶことの多い、尊敬すべき選手です」
坂東は、驚いたような表情で冬希を見た。なぜあなたが驚くんですか、と冬希は動揺する。
一人で早口で喋っていた男は、冬希を怪訝な表情で見る。
「なんだお前は、口を挟むなよ」
不機嫌そうに冬希を睨みつけながら胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
「翔馬、こいつが光速スプリンターだ」
翔馬と呼ばれた男に、もう一人の大柄な男が耳打ちする。大柄だが体は細く、気迫が体を大きく見せているようにも見える。
「こいつが、坂東に勝ったやつか」
翔馬という名前に冬希は見覚えがあった。スタートリストに載っていた、チームシャイニングヒルズの菊池翔馬だ。だとすると、もう一人の男が大里誠だろう。
菊池は、冬希に伸ばしかけた手を止めると、冬希の顔を覗き込む。
「あんまし、強そうに見えないけどな。まあ、俺らが出てないところで活躍した奴らのことなんか興味ねえよ」
菊池は、興が削がれたとばかりに、坂東や冬希に背を向けてロビーから出ていった。大里もその後に続く。
坂東は、傍に立っている男に自転車を渡す。渡された人物に冬希は見覚えがあった。確か全国高校自転車競技会の佐賀大和の1年生選手でもあった、天野優一だ。今回も選手としてエントリーされているはずだ。
「おい、青山」
「はい」
「お前は、俺らの世代に勝った男なんだから、あんな奴らに黙って良いように言われるなよ」
坂東は、不機嫌そうにエレベーターのほうに歩いて去っていった。
天野が自転車を押して後に続こうとするが、途中、小声で冬希に話しかけた。
「青山くん、なんか坂東さん、凄い嬉しそうです」
「そうなのですか?」
「はい、自分が見た中では、あんな嬉しそうな坂東さんは見たことがないぐらいです」
冬希からすると、いつもの仏頂面にしか見えないが、一緒にいる時間が長いと、わかるものなのかも知れない。
「おい、天野、早く行くぞ」
坂東が、3基あるホテルのエレベーターのうち、大きな荷物も積み込める広いタイプのエレベーターの前で、開くボタンを押しながら天野を呼んだ。
「はい、行きます」
坂東の自転車を押しながら、天野がエレベーターに乗り込んでいく。
その背中を、冬希は黙って見送った。
冬希と郷田は、自転車の後輪を外してローラー台に固定させると、汗が落ちないようにハンドルにタオルをかけ、固定された自転車にまたがり、ペダルを踏み始める。
翌日が本番であるため、無理なトレーニングをすることはない。ただ、足を動かしておくというイメージだ。
ひと汗かくと、冬希と郷田、それにサイクリングから帰ってきた潤と柊が神崎理事長の部屋に集まり、ミーティングが開始された。
「今回の出場選手の傾向は、前回のこのコースでの結果が色濃く反映されているんだ」
テレビ画面では、今日走ったコースで撮影した映像が流されている。
「前回のこのコースで行われたのもワンデーレースだったんだけど、スプリンターとアシストという組み合わせを用意してきたチームは、共倒れになっている。スプリンターが登りで遅れ、それを引き上げようとしたアシスト選手も、スプリンターと一緒に後方に沈んでしまったんだ」
今回、うちもスプリンターとアシストでは?と冬希は疑問に思う。しかし、神崎は話を続ける。
「そのため殆どのチームは、クライマーをエントリーしてきている。ただ、後半は平坦で、ゴール前はスプリント勝負になるため、ある程度スプリント能力のあるクライマーでなければ、優勝争いには絡めない。だから、今回は船津君ではなく、青山君で勝負することにした」
ただ、他の学校がエースクライマーを全日本選手権に送り込んでいないのは、各校の理由があるようだ。
静岡の洲海高校は、恐らく神崎高校と同じで、尾崎のスプリント力で勝負するのは難しいという判断だろうし、慶安大附属の植原も恐らくそうだ。
福岡産業高校は、現在の時点で近田より調子の良い舞川の方をエースとして送り込んだと公言している。近田は、全国高校自転車競技会で、尾崎にスプリントで勝っているが、舞川の方にも十分その心得はあるということだ。
その後、各セクションでの注意事項を神崎から受けた。
登りでも、下りでも、オーバーペースに気をつけるようにと、再三念を押される。
神崎は最後に
「最初から最後まで頑張りっぱなしになると思うけど、怪我だけはしないように気をつけてね」
と軽いノリで締めくくった。
申し訳ありません。1つ前の話が途中で切れていると言うご指摘があり、慌てて修正しました。
最後までご覧になれていなかった方は、お手数ですが再度見ていただければと思います。