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第10ステージのレース後

 地べたに座り込んだ冬希の横を、メイン集団が駆け抜けていっている。

 沿道では、

「立花が勝った!!」

 と叫びながら観客がゴールの方へ進んでいく。地元選手のステージ優勝に、大盛り上がりだ。

「はぁ、どうやら勝ってくれたか」

 冬希は、安堵しながら立ち上がった。ジャージは破れてはいなかったが、肩の部分など各所が擦り切れている。ジャージをめくってみると、赤くなってはいるが、擦過傷というほどひどくもない。

 振り返ると、切れたチェーンが落ちているのが見えた。

 冬希は、自分の膝をさすってみた。

「あのまま無理をしてスプリントを続けていたら、膝とか壊してたかもなぁ」

 チェーンが切れたことで、逆に救われたのではないかという気さえしていた。

 ロードバイクを見る。ハンドル部分とシート部分を繋ぐトップチューブに、真ん中あたりと、シートととの接合部分近くの2箇所でヒビが入っていた。どうやら落車した際に、股で挟んだ状態になってしまったようだ。

 とりあえず、またがって、両足で地面を蹴りながらゴールを目指す。

「青山、大丈夫か?」

 チームメイトの誰かかと思って振り返ると、そこには、去年の総合優勝者で、静岡のエース。そして山岳賞を確定させている水玉ジャージを着た尾崎がいた。

「尾崎さん、ゴール急がなくていいんですか?」

「ああ、もう総合の表彰台も無理だからな。ゆっくり帰ってきた」

「えっと、船津さんは」

「彼は、メイン集団に合流してたから大丈夫だ」

 冬希は安堵した。メイン集団でゴールできたなら、総合タイムで差がつかず、総合優勝も確定だろう。

「チェーンが切れたのか?」

「はい」

「じゃあ、押していこう」

 冬希は跨ったまま背中を尾崎に押してもらい、ゴールを目指す。

 山岳賞ジャージの尾崎が、スプリント賞ジャージの冬希の背中を押しながらゴールする姿を見て、ゴールは一際大きな拍手に包まれた。

 冬希も、尾崎も、照れ臭い気持ちで一杯だったが、温かい拍手は純粋に嬉しかった。

 冬希は、ゴールでのスプリントポイントを1ポイントも取れなかった。しかし、坂東は2位でゴールし、30ポイントを獲得したのだろうから、27ポイント差を逆転して、坂東が今年のスプリント賞を獲得した計算になる。

「結局何もなくなったか。まあ、スッキリしていいか」

 冬希が自転車を押して歩いていると、立花がやってきた。

「青山、大丈夫だったか」

「おめでとう、立花」

「あ、いや、青山のおかげだよ。それより、怪我は?」

「ああ、大丈夫。擦り傷もほとんどない」

 時間が経てば、どこか痛くなるかも、と思いつつ、このお祝いの場では、それをいうのを控えた。

「青山、本当にありがとう。この大会に参加できてよかったと思えるのは、おまえのおかげだ」

 そういいながら、立花は冬希を抱きしめた。クールなイケメンだと思っていた立花にも結構熱いところがあるんだなと、冬希は感心した。

「約束は守れたようで、何よりだよ」

 立花を勝たせることができて、冬希は心から満足していた。

 無事に集団でゴールした植原とマネージャーの沢村雛姫、そして2人に連れられて立花の幼馴染の堀あゆみもやってきた。

「立花、おめでとう!」

 植原が爽やかに言う。

「ああ、植原、おまえも新人賞と総合2位だそうじゃないか」

 その横では、雛姫に背中を押され、泣きそうな顔をした堀あゆみが立花に歩み寄る。

「道之くん、おめでとう」

「ああ、ありがとう。あゆみ」

 2人だけの世界入って行きそうだった。

「立花、ステージ優勝の表彰式の準備しないと。その靴じゃ出れないから」

 冬希が忠告する。立花は、まだビンディングシューズを履いたままだ。表彰台に登ろうとすると、かなり無様な歩き方を強いられる。

 初の表彰式で、勝手のわからない立花は、慌ててあゆみと自チームの待機エリアへ向かった。

「じゃあ、僕たちも」

 植原と雛姫も、表彰式の準備のため、自分たちの待機エリアへ戻っていった。


 冬希は、1人壊れたバイクを押して歩く。最初の第1ステージでは新人賞、スプリント賞、総合リーダーまで獲得したが、最後には全てなくなってしまった。残念だと言えば残念だし、寂しいといえば寂しいが、ただそれだけだった。ただ、この大会は本当に大変だった。

 冬希が下を向きながら、とぼとぼ歩いていると、目の前に人が立っているのに気がついた。

 そこに立っているのは、浅輪春奈だった。

 冬希は、顔を上げてはっと息を飲んだ。約二週間ぶりだが、もう1年以上会ってなかったように錯覚する。

 冬希が何も言えずに立ちすくんでいると、春奈は優しく微笑んで一言いった。

「帰ろ」

 春奈は両手を差し出し、冬希の手に持っていたヘルメットを受け取った。

「ああ」

 冬希は静かに頷いた。

 そして、2人は並んで歩き始めた。

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