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全国高校自転車競技会 最終第10ステージ(宗像〜博多)④

「ゴールまで残り13kmで、先頭との差は1分です」

 先頭集団に続いて和白から国道495号線に入ったタイミングで、平良潤はそう言い残して追走集団から千切れていった。

 冬希たちを横風区間で守ってくれた古賀、黒田、郷田はすでに力を使い果たし、追走集団から千切れていった。追走集団も、冬希、船津、立花、近田の4人と、舞川、平良柊のみだ。舞川も柊も、千切れこそしていないが、もう限界に近い。

 2人で先頭交代しながら、4人を牽引してくれたが、そこから2kmほど進んだ九産大前付近で、2人とも力を使い果たして千切れて行った。

「青山、相手はあと何人だ?」

「相手も4人です。船津さん」

 ここに至るまで、佐賀のアシスト4人と、静岡のアシスト1名を抜いた。残りは静岡のアシスト2名と、坂東、尾崎の2名。残り距離は11kmで、タイム差は変わらず1分となっている。

 ここで冬希が先頭を牽引し始めるが、近田と船津も先頭交代に加わり、3人でローテーションして先頭グループを追う。

「10kmで1分か。通常ならギリギリ捕まえられるタイム差ではあるが・・・」

「こっちも同じ人数で追いかけていますし、逃げてる相手は全日本チャンピオンと前回総合優勝者ですからね」

 その後、ゴールまで9.4km地点の香椎で、さらに2名のアシストを捕まえた。

「よし、これで残りは尾崎と坂東だけだ」

「近田さん、俺もローテーションに加わります」

「ダメだ、立花。お前は最後のスプリントのために脚を溜めておけ」

「近田さんのいう通りだ。スプリンターってやつは、如何にゴール前まで脚を使わないかが勝負だからな」

 えっへん、とドヤ顔で冬希が語る。

「お前、そんなこと考えながら走ってたのか」

 立花があきれた表情をした。立花は、冬希が特別なスピードとスタミナを持ってスプリントを勝ってきたと思い込んでいた。

「楽することにかけては、誰にも負けんよ」

「自慢することじゃないだろ」

 そんな立花を近田が嗜める。

「今の青山君の言葉、覚えておくんだ。俺も大切な事だと思う」

「はい・・・」

 立花は、先頭交代を3人に任せ、後方で脚をためることに専念した。


「おい、尾崎。交代しろ。ゴールまで持たんぞ」

 静岡の最後のアシスト2名が脱落してから、坂東を牽き続ける尾崎に、さすがに先頭交代を要求した。

「珍しいな、坂東。こういう場合は、意地でも俺に牽かせる男だと思っていたが」

「勘違いするな。途中から俺1人で走るのが嫌なだけだ」

 しかし、尾崎は知っている。巧妙に脚を溜め続けた坂東は、元来無尽蔵のスタミナを備えており、その優位性で全日本チャンピオンまで上り詰めた男なのだ。

「尾崎、お前こそ、このままだと最後まで持たんぞ」

「どの道、俺はダメだ。もう追走の連中とのタイム差は1分を切っている」

 船津との総合タイム差は、1分51秒だった。たとえこのまま1分差をつけてゴールしても、51秒差で船津の総合優勝は決まってしまう。ここから坂東と先頭交代しながら、ゴールまで行って、船津にさらに51秒以上の差をつけてゴールできるとは到底思えなかった。それが無理だということは、縮まりつつある追走グループと自分達先頭グループの差が縮まり続けていることが示していた。

「尾崎。お前なんで俺の誘いに乗った?平坦のみのこの最終ステージで船津を逆転できる可能性などとほとんど無いことは分かり切っていたはずだ」

「誘ったお前がそれをいうのか」

 尾崎は笑った。

「多分、最後まで戦っていたかったんだと思う。楽しかったんだ。追いかける立場でいることが」

「楽しかった?」

「ああ、去年は、露崎が第4ステージまで勝った後、棄権して海外に行ってしまって、実感のないまま総合リーダーになった。そこからはずっと追われる立場だった。苦しかったんだよ。色々なチームのエースを相手にしなければならなかったしな」

「わからんな。トップに立っていた方が嬉しいだろうに」

「今回は違っていた。どこでどうやって差を詰めるとか、どこで仕掛けなければ逆転までいかないとか必死に策を練ったり、植原や近田と一緒に船津を追い詰めるのは、本当に楽しかった。敵同士なのに、戦友みたいだった」

 坂東は何も言わずに聞いている。

「だから、最後まで楽しみたかった。総合リーダーを争っていたかった」

 尾崎の目から涙が溢れていた。

「坂東、お前と2人で青山と船津を倒そうと走ってきて、本当に楽しかった」

 坂東は目を見開いた。尾崎は笑っている。

「だから、俺はここまでだ。坂東。青山を倒せ・・・」

 尾崎のスピードが一気に落ち、坂東が交わして単独先頭になった。

 最後の瞬間、坂東には尾崎の口が何か言っているように見えた。そしてそれは、ありがとう、ではないかと、坂東は思った。

「バカヤロウ」

 坂東はつぶやき、ペースを上げた。


「タイム差が広がっている!?」

 追走グループの4人は、モトバイクのホワイトボードを見て、自分たちの目を疑った。

 残り5.9km。一時期30秒まで詰めたタイム差が、あっという間に40秒まで広がった。先頭集団の追走を開始して初めての事態だ。

 そして、冬希たちが第3グループと表示されたことで、先頭の2名。全日本チャンピオンの坂東と前回総合優勝者の尾崎のうち、一名が脱落したこと。そしてそれが恐らく尾崎であろうということを船津は悟った。

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