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全国高校自転車競技会 最終第10ステージ(宗像〜博多)②

「静岡は、前方にいました。位置はバラバラでしたが、いつでも動けるポジションに全員がいました」

 冬希は、自分が見てきたものを船津に説明した。

「青山、尾崎もいたか」

「はい、船津さん。神奈川の白ジャージに紛れていて気づきにくかったですが、山岳賞の水玉ジャージの姿も確認しました」

「よく気づいたな」

 先ほどまで船津と談笑していた福岡のエース、近田が感心している。

「白いジャージが6人いたので」

 冬希は苦笑しながら言った。今回は、1チーム5人編成になっていて、似たジャージが6人いる方が不自然なのだ。しかし、普通はそこまで注意して見ない。

「海の中道に入っていく。恐らく、そこで佐賀の坂東たちは、横風分断を謀る気だ」

「しかし近田さん、天気予報では、風向きは向かい風のように見えていましたが」

 近田と一緒に固まって走っていた福岡のチームメイト、立花が口を挟む。

「海の中道だって、綺麗に東から西に通っているわけではない。どちらかというと、南西に向かって伸びている。北北西から風が吹けば、あの長くて海の真ん中を通る道では、右からの強烈な横風になる」

「まずいな、しかもあの道を往復するから、復路は左からの横風だ」

 福岡の山岳アシスト、舞川が深刻な表情でいった。

「ああ、和白から志賀島までの往復30kmぐらいはずっと横風だと思っていた方がいい」

 船津も焦りを隠せない。

「おそらく、坂東さんは横風分断をやるにしても、1チームでは厳しいと見て、尾崎さんたちの静岡を誘ったのだと思います」

 冬希たち千葉にとって最悪の事態とは、船津の総合リーダーを失うことだ。坂東が総合2位の尾崎を巻き込んで横風分断を謀るというのは、冬希たちにとって最悪のシナリオだった。

「しかしなぜ尾崎さんたちを・・・」

 立花が疑問を口にする。

「誘う相手がスプリンター系のチームでは、結局坂東はゴール前で共闘してきたスプリンターに負ける可能性が出てくる。強力なスプリンターである立花君がいる福岡も、当然誘えない」

 総合リーダーの船津から、強力なスプリンターと言われて、立花は少し背筋を伸ばした。

「東京の植原君は、1年生だから、坂東は単純に頭を下げて共闘を申し込むのが嫌だったんだろう」

「30km超の横風区間で分断か・・・集団は大混乱になるな」

 メイン集団は、まだ気が抜けた状態で、集団前方はまだチームでまとまっている選手たちはほとんどいない。横風区間では、風上側、つまり道路の右側から左側に、順番に風よけになる役を決めながら、ペースを維持しなければならない。しかし、道幅は限られており、200人を超えるメイン集団で、その恩恵を受ける選手は多くない。しかも、メイン集団ではほとんどのチームがまとまっていないため、みんな自分が風下側に入ろうとして、集団のスピードが一気に落ちてしまう。

 船津は、冬希を見る。冬希も頷く。

「近田さん、相談があるのですが・・・」


「よくこんな方法を考えつくものだ」

 尾崎は、素直に坂東に感心していた。

 静岡の選手たちを、バラバラに配置して気付かれにくくする案も、山岳賞ジャージを着用する尾崎を、色の近い神奈川のチームに紛れ込ませる案も、坂東が考えたものだ。

 尾崎は、常に強者側だったため、堂々と戦ってきた。なので、坂東が提示してきた「小技」の数々が、尾崎にとっては斬新で面白かった。

「尾崎、青山に見つかった。少し早いが、もう行くしかない」

 坂東が沈痛な面持ちで言ってきた。横風分断は、最初が肝心だ。メイン集団が落ち着いて、スプリンター系チームがまとまって協力しながら追ってくれば、2チームのアタックなど、ひとたまりもない。

 まとまった2チームVSバラバラのメイン集団という構図にしてこそ、勝ち目があるのだ。なので、千葉にメイン集団を統合して追いかけさせる時間を与えてはならない。時間をかければ、千葉はスプリンター系チーム全てに声をかけて、数の力で追ってくる。なので、坂東たちは、それまでの間に、可能な限り差を開く必要があった。

 坂東の計算では、横風分断で、チームごとにまとまってないバラバラのメイン集団は、みんな風下に入ろうとして、コースの左側に細長くなる。そして、その細長い隊列から、チームごとに纏まろうとするまで、かなり時間がかかると見ていた。さらにスプリンターチーム同士が話し合って協調する頃には、坂東たちは安全圏と言えるだけの差を開いているだろうということだ。

「わかった。行こう」

 尾崎が、スッと手を挙げると、リタイアした丹羽を除く3人のアシストたちが尾崎のもとに集まった。そして、もともと先頭付近で集団をコントロールしていた佐賀が、一気にペースを上げ、それに、集まった静岡がついていく。

 佐賀と静岡の混成集団は、左側から右側に斜めに隊列を組んでメイン集団を引き離していく。

 メイン集団は、ポカン、とそのアタックを見送り、呆然としているところに、右からの強烈な横風に襲われた。

「にいちゃん、台風のごたっと風やん」

 坂東の弟、坂東裕理が叫ぶ。

「いいぞ、もっと吹け」

 坂東は、自分の策が成ったことを悟った。

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