全国高校自転車競技会 最終第10ステージ (宗像〜博多)①
最終、第10ステージのスタート地点は、今までのステージのスタート前の緊張感が嘘であるかのように、和気藹々としていた。
第10ステージは、70km強の距離で、山岳ポイントは一切なし。スプリントポイントも前半に1つだけという構成になっている。レース自体がパレードランであるかのように、ほとんど争いが起きようがない構成になっている。
チームメイト同士、別チームだがレース中に仲良くなった選手同士でスマートフォンで記念撮影などに興じていた。
冬希も、東京代表慶安大附属のマネージャー沢村雛姫に呼ばれ、植原や立花、そして立花の幼馴染の堀あゆみも含めた5人で記念撮影に収まっていた。
スタート地点の道の駅のすぐ近くの橋を、10頭以上の馬が通っていく。
「すごいなぁ。かっこいい」
冬希は、素直に感心した。近くの乗馬クラブが海岸に外乗に来たようだった。
「おっきいなあ」
冬希は、春奈が乗馬をやっていたということを思い出していた。彼女の話では、1m50cm以上の障害も飛んだことがあるそうだった。そんな物を飛んでいたら、人間は高さ4m以上の高さになるんじゃないかと言ったら、実際には馬は足を折り曲げて飛ぶので、そんな高さにはならないという話だった。
「もうこっちについてる頃かな」
冬希はつぶやいた。
平良柊がやってきた。こちらも緊張感のかけらもない顔をしている。
「青山、この辺りは、海が近くていいな」
先ほど馬が渡っていた橋からは、もう目の前が海だ。
「柊先輩も海が好きなんですか?」
「ああ、腹が減ったら直ぐに貝とか捕まえられるだろ?」
「柊先輩。それは密漁です・・・」
冬希が呆れていると、召集がかかった。
スタートではないのだが、パレードランも兼ねて選手達は、一度近くにある大きな神社、宗像大社へ向かった。全員駐車場に整列し、神職の方から安全を祈願をしてもらう。海の航行安全を守ってくれる神様ということで、交通安全の御利益もあるということだった。
その後、選手達は道の駅むなかたに戻り、そこからスタートが切られた。
スタート直後に逃げたのは、「逃げ屋」京都の四王天、「山岳逃げ職人」山形の秋葉、そして最近よく逃げに乗っている宮崎の小玉の3人だった。
この3人の逃げは容認され、今日のレースで勝ちを狙うスプリンターたちのチームが、後続の逃げを全部潰したので、あっという間に逃げが決まってしまった。
その後は、ある程度逃げ集団との差が開くまでスプリンターチームや神崎高校の選手達が蓋をして、差が開いてからは、ダラダラとした追走が始まった。
集団は、坂東の所属する佐賀がコントロールし、北海道、福島、山梨、島根らの各スプリンターチームなどが、1名ずつアシストを出して、先頭をローテーションしていった。
しかし、先頭集団が3名と少ないこともあり、どのチームも本気で集団を引っ張るようなことはしなかった。早めに逃げを捕まえようとすると、他のチーム達から怒鳴られることになる。
「なんか、平和ですね・・・」
冬希は、船津に話しかけた。
「ああ、このままいってくれるといいんだけどな」
神崎理事長から冬希達への指示は、和白の付近に設定された中間スプリントポイントを1位通過して、早めにスプリント賞を決めて、あとは丁寧に集団の中でゴール、というものだった。
そして神崎からは、中間スプリントは、冬希1人で戦うように言われている。他のアシスト3名は、船津のトラブルに備えろということだった。
中間スプリントポイントも近づき、冬希は1人で前の方に上がっていった。
相変わらずメイン集団は、佐賀がコントロールしている。その中には、見間違うことのない全日本チャンピオンジャージの坂東輝幸がいる。
「ん・・・?」
ここで冬希は疑問に思った。坂東はなぜ逃げに乗らなかったのだろうかと。
中間スプリントポイントは、5分前に先頭集団の3人が通過してしまい、ここで冬希に勝っても4位の13ptしか獲得できない。冬希と坂東の差は、40pt開いており、1ptでも詰めたい場面のはずだ。
冬希は胸騒ぎを感じ、周囲を見渡した。
固まっているのは、坂東たち佐賀の5人だけだ。他はスプリンターチームのアシストがポツポツいるぐらいで、まとまって走っているチームは、船津たち千葉を含め大体集団の後方にいる。
「・・・いや、これは」
「青山、スプリントはどうした?」
中間スプリントを獲りに行ったはずの冬希が、するすると後方に下がってきた。
「船津さん、不味いです。坂東さんたち仕掛けてきます。しかも最悪の形で」
佐賀の坂東輝幸は、スプリントを仕掛ける直前に、同じく中間スプリントを狙ってくるであろう青山冬希の姿が見えなくなっていることで、自分の仕掛けが露呈したことを悟った。
「おい、青山にバレた。スプリント獲ったらそのまま行くぞ」
坂東は、周囲に聞こえないように、その選手に近づき、小声で言った。




