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走り続ける理由

 第9ステージの夜、冬希はホテルの窓から博多湾を見つめていた。窓からは、福岡ドームも見えている。

 冬希は、人生でこれほど家を空けたのは初めてだった。休息日を含め11日も家に帰っていない。だが、この長い旅で、冬希は色々と自分のことがわかってきた気がしていた。

 その一つは、自分が海を見るのが好きだということだった。

 海上のブイの灯が光っては消え、光っては消えしている。漁火も見える。

 九州は素晴らしいところだった。海が近く、阿蘇のパノラマも本当に綺麗だった。

 阿蘇を走っているときは、何も考えずにサイクリングで来たいなどと言っていたが、冬希は多くの人たちと自転車で一緒に走るのも、好きになっていた。

 多くの知己を得ることも出来た。

 スプリンターの選手達とは気軽に話せる仲になったし、静岡の尾崎、丹羽、そして同じ1年の植原、立花、有馬、小玉らとは、中学校時代になかなか友人に恵まれなかった冬希にとって、うれしい出会いだった。

 神崎高校のメンバーと信頼関係を深められたし、良いことばかりな旅だった。


 隣の部屋から船津がやってきた。

「青山、とうとう明日で終わりだな」

「はい、船津さん」

「双子は?」

「ホテルの見学に行っています。これほど高級なホテルは泊まったことがないらしく、完全に楽しんでますね」

「君は行かなくていいのか?」

「もう見てきました」

「そうか」

 船津も外へ視線を移す。

「神崎理事長は、明日も来られないのですか?」

「ああ、家族・・・正確には、先生の祖父の体調が思わしくないらしい」

「そうですか・・・」

「先生の自転車競技での活動を1番応援していた人らしい。うちの学校に自転車競技部を作ってくれた人でもある」

 きっと先代か先々代の理事長なのだろうと、冬希は思った。

「残念ですね」

「ああ、だが、第1ステージで青山がイエロージャージを獲ってくれたことで、それほど結果自体に執着しなくなった印象はあるな」

「そんな気がしますね。船津さんなんかずっと着てるし」

「青山からすると、一杯あり過ぎて、ありがたみが薄れているかもしれないけど、こっちは毎回守るのに必死で、着続けるのも大変なんだぞ」

 船津は冬希の方を見て笑った。

「明日守り抜けば、総合優勝ですね」

「ああ、中学時代のクラブチームの有力選手が、このジャージのためだけに自転車競技部のある高校に入学するぐらいに、この全国高校自転車競技会の総合優勝というのは、大変なものだ」

 冬希は、今日有馬から同じような話を聞いていた。有馬の場合は、どちらかというと植原と、どちらが上か白黒つけるために出場しているという感じだったが。

「尾崎との差は、まだ2分以内だ。逆転される可能性もまだ残っている。何よりまず完走しなければならないからな。それは、青山のグリーンジャージも同じことだ」

 冬希は、グリーンジャージの話から、佐賀の全日本チャンピオン坂東に言われたことを思い出していた。

「船津さん、神崎理事長は1日でもイエロージャージを着用するために、俺を推薦入試で入学させたんですよね?」

「そうだな」

「今回の大会が終わったら、神崎理事長にとって、もう俺が自転車競技を続ける理由はないんでしょうか」

「神崎先生にとってはそうなのかも知れないな。だが、それをいうなら、第1ステージが終わった時点でチーム全員棄権してしまってもよかったことになる」

「極論ですね」

「だが、そういうことだ。青山自身はどうなんだ?」

「俺は、船津さんが総合優勝目指している限りは、アシストとしてサポートする義務がありますから」

「そうだったな」

 船津は苦笑した。冬希は、船津を理由にして、自分自身がどうしたいかをはぐらかしたのだが、船津はそれに対して何も言わなかった。

 冬希は、逆に少し居心地が悪くなったので、諦めて本心を話すことにした。

「楽しかったんですよ。集団で自転車に乗るのも、スプリントでレースに勝つのも、坂東さんとずっとグリーンジャージを争っているのも」

 戸惑っているような表情の冬希を見て、船津は笑った。

「なら、いいじゃないか。神崎先生も、自分の目的を達したからといって、部を廃止したりはしないさ。逆に、青山が部を辞めても、それを理由に学校にいられなくしたりもしないだろうし」

「そこはあまり心配していないのですが、自分自身に、自転車に乗り続ける理由が曖昧になってしまったので、一度ちゃんと考え直さなければと」

「真面目だな。まあ、チーム全員神崎先生の目的のために居たようなもんだったからな」

「それほど、自分自身が勝つことに執着してきた訳ではないので、この大会が終わったら、ダラダラして幽霊部員になりそうで」

「いいじゃないか、理由がなくても。その理由を探しながら走っていれば、そのうち何か見つかるさ」

「そういうものですかね」

「ああ、たとえば、幼馴染に存在感をアピールするためとか」

 船津は、自分のことを冗談めかして言った。

「アピールしなきゃいけない状況に陥るのが、そもそも辛い・・・」

「悪い事ばかりじゃなかったよ。そのおかげで、自分に自分を高めることを課して、それに対する努力を継続することにもなった」

 船津は、少し遠い目をした。

「そういえば、浅輪さんに電話したのか?」

「いえ、明日は始発の便で福岡に来るらしく、朝早いのでもう寝てると思います」

「はは、だから1人で色々考え込んでしまったんだな」

 冬希にとっては図星だった。

「今日はもう寝よう。明日、坂東は色々仕掛けてくるぞ」

「はい、間違いなく何かやってきますね。ちょっと楽しみです」

「余裕だな。明日は、総合優勝とスプリント賞の2つで勝つぞ」

「そうですね。がんばります」

 その後、潤と柊の2人が部屋に帰ってきて、ホテルの設備がいかにすごいかを話し始めたので、船津は自室に戻り、冬希は根気強く双子の話を聞いていた。

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