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第一話 転移


巣穴(ノード)第二層に入ったぞ! 読心官、敵の数は変わらずか!?」


「敵はおよそゴブリンが200、人狼30、オーク10で変わらず。反応からして、指揮官と思われる者はおそらくオークロード」


 名前はなんといったか忘れたが隊長の男がそう叫ぶと、読心官と呼ばれている男が目を閉じながら静かに答えた。


 どうやらこの男には地下奥深くに待ち構えてる敵の数や種類などを感知する能力があるらしい。まるで未開の地の占い師とその信奉者のようだと俺は思う。


 ここがどこで何が起こっているのかこの三日間ほど考えていたが、ぞれぞれに答えを出す前に新たなとんでも現象が発生し続け、結局何一つ理解できないまま今日に至る。


 今の状況も正直理解できていない。


 どうやらこの500人ほどの集団は皆兵士であり、”巣穴”と呼ばれる地下迷宮のような場所をゆっくりと進んでいる。


 彼らはまるでゲームの世界に出てくる人物のように、剣や盾、槍や弓を持っている。最初はコスプレの類かと思ったが、罪人とされた人物の首を刎ねるところを目撃してからはそれ以上何も考えないようにしている。


 さらに不可解なのは魔導士や神官と呼ばれる人々で、この人たちは手から火やら雷やら光やらを出す。さらっと言ったが実際にこれを見たらそう表現するほか無いし、本当に思考が停止する。


 どうしてこうなったのか、何度も思い出そうとしたのだけれどはっきりとはわからない。


 あの子と二人でいつものように遊んでいたはずだ。たしか俺は大学の講義が四限までだったから、終わってから彼女の高校へ行ってそこで待ち合わせたんだ。


 そう、「今日は珍しく、りくちゃんがお迎えの番だね」って彼女が言ったのを覚えてる。そうそう、あの笑顔で。陸広って呼ぶのは逆に恥ずかしいからとかなんとか、少し照れ臭そうに。


 そこからなんだ、記憶に霞がかかったようで思い出せないのは。


 気がついたら俺はこの世界にいた。


 はじめは夢かと思ったがもう三日も経っているのだから夢ではない。夢の中で寝て起きて日付が過ぎるなんて経験はないだろう? 夢の中で寝れば目覚めた時は現実のはずだ。だからこれは夢じゃない。


 夢じゃないのだとすると異世界にやってきたのか、もしくは現実がこうなったかのどちらかしかない。前者は考えにくいが、後者はもっとありえない。


 だからここは異世界なのだということにしている。腑に落ちるところは何ひとつないが、ともかくそうやって意味不明なものに名前をつけて理解した気にならないと頭がどうにかなってしまいそうなのだ。


 それで金も食い物もなく腹を空かせていたところを「仕事のあてがある」と言う男に連れられて、この集団に入った。見学に行っただけだったのだがガタイの良い兵士に取り囲まれて半ば強引に契約書にサインをさせられ、粗末な武器と防具(本物の剣や鎧で少し興奮した)を与えられ、次の日には城を出発して野原を行進させられていたのだ。


 まるで北海道を思わせるだだっ広い草原で、北海道には絶対にいない生物の集団に襲われたときは、かつてない量のおしっこをちびった。


 緑色の皮膚をした子供ほどの背丈の小人の集団で、周囲の兵士たちはゴブリンと呼んでいた。ああ確かに、ゲームに出てくるゴブリンそのものだった。


 が、そんなものが数百匹は現れ、集団で奇声を上げながらこちらに突進してきたのだから頭がまっしろになった。


 そしてそこからの光景は”凄惨”の一言に尽きた。


 一見するとゲームの世界のようなファンタジー感あふれる光景だったのに、視界が血の赤で染まったんだ。


 剣や盾がぶつかり合う音。その度に聞こえる悲鳴。飛び散る赤い人の血やゴブリンの緑の液体が俺の顔面に何度もはねてくる。手でこすっても、またすぐに。


 手足を斬り飛ばされのたうち回るゴブリンと、腹を裂かれて飛び出した内臓を手で抑え込む兵士。


 こんな光景の真っ只中でぽつんと立ち尽くしているうちに、俺は気を失った。


 で、兵士に蹴り起こされて我に戻った。


 どうやら頭を鈍器で殴られて気を失ったようだった。神官のお姉さんが手から暖かい光を出して俺の頭にかざすと痛みが遠のいていった。それでまた今度は別の理由で気絶しそうになった。


 彼らが言うには()()()()()()ので次は()()()()()()()()()()()()()()()()のだそうだ。


 なんのことやらだが、ともあれ巣穴とやらでもう一度戦えばこの悪夢のような状況から逃げ出せるようだ。


 ともかくそういう過程を経て今俺はこの巣穴と呼ばれる巨大な地下迷宮の中に、一人の兵士としてやって来ているのだ。



「おい、ぼっとしてんなよ、おっさん」


 そう誰かに呼びかけられて、俺ははっと我に返った。


 振り返ると若い少年のような歳の兵士が一人、少女の兵士が一人いた。


「誰がおっさんだ──」


 そう言おうとして、俺は心臓がぎゅっと絞られるような感覚を覚えた。


 話しかけてきた兵士の後ろからこちらの様子を見ている少女の兵士、彼女のの姿があまりにも”あの子”に似ていたからだ。


 黒く綺麗で長い髪。ぱっちりとした目。すらりと伸びた四肢。高校の制服を着たらいつもの彼女そっくりだ。


 もしや彼女なのか。そう思って声をかけようとしたとき、その少女がこう言った。


「ねえ、他の人に構うのやめなって。みんな苛立ってるんだから。またアタシが絡まれたどーすんのよ」


 ──違う。あの子じゃない。彼女はこんな話し方をしない。気のせいなのか。


「なあおっさん」


 少年兵が構わず話を続ける。


「あんた戦は初めてなのか?」


「え? いや、初めてじゃないけど」


 昨日の()()に参加していた。ほとんど何もしていないが……。


 少年兵士は納得いかないというふうで、眉を潜めた。


「本当か? 歳食ってるわりに動きが全然だけど。おおかた昨日まで畑でも耕してたんだろ?」


「やめなよ」


 少女が再び静止したが、「いいから」と少年兵士は続けた。


「大方仕事が見つからなくて食い詰めてたんだろ。まあ俺らも似たようなもんだけどさ」


 少年はそう言って自分たちの身の上話を語り始めた。


 俺はそんな話がまったく頭に入らず、彼女によく似た少女の横顔を眺めていた。


「──だからさ、おっさんもしっかりないと、あんたも糞塚に積み上げられる羽目になるぜ」


「糞塚……?」


「見なかったのか? この迷宮ダンジョンの入り口に積み上げられてた糞でできた山さ。あの糞を捻り出したのはここにいる魔物どもで、その材料は人間。迷宮に迷い込んだ奴とか、お宝狙いの奴とか、ともかく奴らに負けた者の成れの果てがあの糞塚ってわけ。迷宮の入り口には必ずあれがあるから、その規模で中の魔物の数や強さを測るんだ。まあここの迷宮は大したもんじゃなかったが──」


 なんとも素晴らしくおぞましい話だ。俺はそういえば入り口付近にあった異臭を放つ()()を見たことを思い出し、吐きそうになった。


「警戒しろ! 敵は数が少ないとはいえ、ここは奴らの縄張りだ」


 隊長が声を上げる。確か良いところの貴族だと言っていた。たしかに、自分やその周りにいる者たちとは服装から顔つきまでまったく違う。


 本当に物語の中に出てくるような騎士様じゃないか──。


剣兵ソードマンは私と共に前衛に、弓兵アーチャー魔道士ウィザードは中列。神官プリーストおよび非戦闘員は後方へ!」


 ああ、俺は確か剣兵だ。ええ、最前列だって? 冗談じゃないぞ。なんとか、こう、最前列の中の最後列みたいな命令は聞いているが一番安全なポジションを探さなくては……。


 それにしてもあの少年兵、なんて失礼なやつだ。


”おっさん”


 俺はいまだかつてそんなふうに呼ばれたことはない。当然だ、まだ大学生なんだから。それに老け顔でもない。どちらかといえば幼い方で──。


 俺はそのとき、ふと右手に握っていた剣を顔の前に持ち上げ、そのきらりと光る刀身を眺めたんだ。鏡のように見えるかもしれないと思ったから。


「敵襲! 敵襲ー!」


 兵士の誰かがそう叫んだが頭に入らなかった。


「狼狽えるな! 敵は少数だ!」


 この世の物とは思えないような獣たちの咆哮が周囲に響いた。


「いいえ隊長! 敵は大軍、大軍です! この足音、この雄叫び、こちらよりも遥かに数がいるものと……!」


「なにぃ……おい読心官、敵はゴブリンがせいぜい200じゃなかったのか!」


 隊長が振り返ったその先に立っていたのは、読心官の男、()()()()()()だった。


 男の顔が歪んでいたのである。まるでこぼした絵の具を指でなぞったかのようにぐにゃりと顔の部分の空間が歪み、そして口だけは笑みをたたえていたのだ。


 それをみとめた兵士の一人が悲痛な叫びをあげた。


「”すり替わり”だ! ゴーストのすり替わりだぞ!」


「馬鹿ないつの間に紛れ込んだ!? 畜生、これは罠だ!」


 隊長が悲鳴に似た声を上げると同時に、けたたましい獣の吠え声が暴風のように殺到した。


 俺たちは取り囲まれ、辺りはまたたく間に血と断末魔に満ちていったのだ。


 だが俺はそれでも手にした剣から目をそらすことができないでいた。


 ──なぜなら、剣の横腹に写ったその顔は、俺のものではなかったから。


「誰だ……?」


 俺がそうつぶやくと、剣に写った男も同じように口を動かした。


「誰だよ、このおっさん……」


 ある日見知らぬ異世界で俺は、この剥げかけた頭髪と冴えない顔をした中年と見つめ合っていたのだ。


 そしてそれが自分自身の姿であると気づいたとき、俺の視界にようやく他の認識可能な現象が入ってきた。


 それは先程の少年兵士が人狼の群れに取り囲まれて切り刻まれる様子と、あの子によく似た少女がオークに握りつぶされる瞬間だった。


「あ……」


 そんな気の抜けた声を俺は上げた。


 すぐに背後に重たい衝撃を感じた。


 そして俺は気を失った。


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