負けられない戦いがそこにはある
とある高校の冬休み明けの朝。
志水紺太は席につくなり、隣の席の幼馴染、小名川新菜に話しかけた。
「なあ、なあったら」
「あけおめ、シスコン」
「ああ、おめでと……って、新年早々、人を妹ラブの変態男子みたいに呼ぶなよ」
「だって事実でしょ」
「言っておくがな。『鬼のような幼馴染の隣に座っているより、可愛い妹と一緒にコタツでぬくぬくしてる方が数倍幸せなのになぁ』なんて考えてないんだからな」
「数倍? 数百倍の間違いでしょ」
「数千倍だ」
「うげっ。キモっ。近寄らないで」
「へんっ。なんとでも言え。妹だって『ライバルにはおにいちゃんを渡さないもん!』って言ってるからな。こっちは相思相愛なんだよ」
「余計にキモいから」
「それを言ったら、おまえだって同じだろ」
「はぁ?」
「変態シスコン幼馴染の隣に座っているより、甲冑ラヴァーズのイケメンフィギアに囲まれながらベッドの中で、イケナイ妄想してる方が数万倍幸せ……」「それ以上言ったら殺す」
「冬休みが名残惜しいってのは、どうでもいいんだよ。ちょっと困ったことになってな」
「まさか、あんた。また間違えて妹のパンツを履いてきちゃったんじゃないでしょうね!?」
「その件なら問題ない」
「どういう意味よ」
「パンツという呪縛から解き放たれたから」
「ちょっと言ってる意味が分からないんですけど」
「つまり何も履いてないってことさ」
「…………」
「じょ、冗談だから! なんだったら今確かめてみるか? 純白でピッタリサイズのブリーフ履いてるからさ」
「いいからもう話しかけないで。私、忙しいの」
「それはウソだな。だってクリスマスイブの夜に窓を全開にして叫んでたじゃないか。『サンタさん! 暇でしょうがない私に、来年こそは素敵な彼氏が……」「それ以上言ったら殺す」
「とにかく暇じゃなくても俺を助けてくれよ。幼馴染だろ」
「あんた都合のいい時だけ幼馴染を引っ提げてくるわね。まあ、いいわ。話くらいは聞いてあげてもいいわよ」
「おお、さすがわが幼馴染。お尻だけじゃなくて器も大き……」「それ以上言ったら殺す」
「でな、困りごとというのは、冬休みの宿題のことだよ」
「宿題? ああ、書初めのことね。うちの先生、ガングロマッチョな割には古風だもんねぇ。確かお題は……」
「先生に対するメッセージ、だろ」
「ええ、そうだったわね。もしかしてやってこなかったの?」
「バカにすんな! ちゃんと元旦の朝一でやったっつーの! 無駄に爽やかな先生のスマイルを思い浮かべながら!」
「へぇ。ちなみになんて書いたの?」
「黒光り」
「ぷっ‼ まんまね!」
「うっせー。おまえは何て書いたんだよ」
「私? それは……」
「ああ、言わなくていい。当てるから。そうだなぁ。最近おまえはラノベにはまってるだろ。ラノベと言えばやたら長いタイトルだから……。
『筋肉だけが取り柄のおっさん教師、キモイと言われて教室を追放され、たまたまたどり着いた異世界の辺境でひたすら木を切ってたら、いつの間にか最強になったので、無双しながら村おこしする~一緒に異世界に飛ばされた生徒たちが「先生、戻ってきて!」と懇願してきた。だが今さらもう遅い~』って書いたんだろ!」
「半紙に書けるわけないでしょ」
「じゃあ、略して『キンタ……」「それ以上言ったら殺す」
「もう余計なおしゃべりしてる暇なんてないんだよぉ!」
「だったら早く、あんたが困ってることを言いなさいよね!」
「だから間違えて、妹のミサが書いた書初めを持ってきちゃったんだっつーの!」
「はぁ? そんなの別にいいじゃない。しれっと提出しちゃえば」
「これを見てもまだそんなこと言えるのか!?」
――果たし状 しすい
「Oh……」
「なぜそこでアメリカン?」
「ご愁傷様。戦場の華となって散ったあかつきには、線香の一本でもあげにいくわ」
「待て待て! 嫌だからな! 俺はこんなところで死にたくない! まだ恋がかなってないんだぞ!」
「へっ? 恋がかなってない?」
「そうだよ! 俺だってなぁ。恋ぐらいしてるっつーの!」
「い、い、いったい誰に、よ」
「……ったくこれだから鈍いヤツはまいるぜ」
「も、も、も、もしかして……」
「分かってるはずだろ。ちっちゃな頃からずっと一緒にいたんだからよ」
「う、うん……。でも、急にそんな……。ううん。そうよね。よし、決めたわ! 私も自分の気持ちに素直になる!」
――ガラガラガラッ!
教室のドアが勢いよく開く。
「あ、ミサ!」
「おにいちゃぁん!!」
「どうしたんだ? こんなところに」
「書初め! わたしのと間違えて持っていっちゃったでしょ!」
「ああ、ちょうど困ってたんだ」
「ふふ。わたしもちょうどよかった」
「ん? どうしてだ?」
「だって――」
――バンッ!
ミサが『果たし状』と書かれた紙を新菜の机に叩きつけた。
「うちのクラスのお題はね。『ライバルに一言』だったの!」
(了)