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今日の午後は湖に住んでいる蟹さんにご教授していただく日です。そんなわけで蟹さんのいる湖まで3人で移動中です。ジャングルは広大なのでいつも高速移動がデフォルトです。
蟹さんのお願いは体に付着している汚れの除去作業です。高圧洗浄機をモデルにした水流魔法とデッキブラシで体を洗う感じですね。特にデッキブラシでの体磨きがお気に入りで、おっさんのレベルが上がるまでは苔を落とすのも一苦労でした。
レベルといえばおっさんのレベルがなんで「600」くらいになっているかというと、経験値の概念のせいなのです。
ゲームなどで一般的にレベルを上げる場合は敵を倒すか特殊なアイテムで上げるかの2種類くらいだと思うのですが、この世界では本当に「経験」値なのです。
例えば誰かと模擬戦をしたとしよう。その模擬戦でたとえ負けたとしても、その過程で得られたものが多ければそれが経験値扱いされるのだ。もちろん敵を倒しても経験値を得ることができるが、おっさんがこのジャングルで倒せるのは食料にできる弱い動物ばかりなので、経験値は微々たるもの。おっさんのレベルがここまで上がったのは熊師匠をはじめとするジャングルの猛者達からの教え(扱き)の賜物である。
ちなみに防御力系の数値が異常に高いのは、一方的にボコボコにされる機会がほとんどなので気がついたら上がっていたというオチです。
湖に到着! 虎鉄と小雪もまったく息があがってない。鍛練の成果ですな。
岸から「蟹さーん!」と叫ぶと、湖の中心部がボコボコと泡立ち始める。直後に水飛沫が上がり全長15メートル近い群青色の蟹が姿を現した。
蟹さんは岸近くの浅瀬まで上がって、胴体を地面に下ろす。ハサミでおっさんを指差し今度は自分の背中を指す。今日のリクエストは背中からですね。了解です。
デッキブラシを担いで蟹さんの背中に飛び乗る。魔法でお湯を出しながら根気よく擦っていく。前回からそんなに経ってないのに結構苔がついてるな。2時間くらいかけて全身を磨いて最後に高圧洗浄魔法で仕上げをする。こんな感じでよろしいでしょうか? ハサミを掲げたので「OK」らしい。
というワケで蟹さんにご教授して頂く時間です。蟹さんからは主に水中戦や水魔法関係を教わっています。
ちなみに今日は浅瀬での模擬戦だそうです。水や砂に足をとられながらの戦闘訓練なので結構シンドイです。
流石に蟹さんを相手に生身で戦うのは無理があるので、おっさんフル装備にドレスアップです。
アイテムボックスに登録してある装備をイメージして呼び出す。
熊師匠をはじめとする猛者のみなさんから頂いた素材を惜し気もなく使用した一張羅。黒を貴重としたコーディネートの軽鎧です。急所関係は比較的強度がある素材で防御力重視で補強してあるが、その他は動きやすさを第一に作りました。
メイン武器は「斧」です。なんで斧かって? 単純に薪割りとかで一番使う機会が多かっただけです。
メインで使用する斧は3種類。1つ目は用途の広さが特徴の「ハルバード」。2つ目は三日月状の曲線を描く斧頭が特徴の「バルディッシュ」、3つ目は対称形の両刃斧の「ラブリュス」。サブ武器として近接用の片手斧「ハチェット」、中間距離用の投擲斧「フランキスカ」。
ハチェットは腰の後ろに2本装備、フランキスカはアイテムボックスに大量に作って入れてあるので投げる時にその都度取り出す感じ。
今回のメイン武器は「ハルバード」でいきます。理由? 特になし!
呼吸を落ち着かせてハルバードを構える。じりじりと摺り足で蟹さんの間合いギリギリまで近づいていく。間合いのギリギリ外まで近づきそうになった瞬間、蟹さんが口から大量の泡をはいて牽制してくる。この泡は触れると衝撃を伴って割れるので、非常に厄介なうえに避けずらい! 蟹さん性格の悪さがよくわかる攻撃だ。
泡を跳躍してかわし、落下の勢いにをのせてハルバードを蟹さん目掛けて降り下ろす。左のハサミでハルバードを受け止めると辺りに衝撃がはしる。右のハサミですかさずおっさんを挟もうとするので、そのまえに顔面目掛けて極限まで魔力圧縮した火炎弾をぶちこむ。顔面に着弾する寸前で右のハサミでガードされた。爆風で視界が遮られる。着地と同時に足に力を込めて前方に踏み込んで再び顔面目掛けてハルバードで突きを放つ。硬質な音とともに顔面に直撃! がしかしダメージなし。おっさんの力では蟹さんの装甲は貫けません。
蟹さんと目があった。うん、距離をとろう。そう決意してバックステップしようとした矢先にそれはおこった。足首辺りまで凍ってる。蟹さんや、氷結魔法でこっちの足を殺しにきましたか。これだけ実力差があるのに慎重なことで。目の前にハサミが迫ってくる。あ、終わった。直後おっさんの頭部、上半身、下半身が切断された。
一瞬意識が飛んだが超速再生効果ですぐに体は元通り。意識と体が戻ったところで全身を白熱化させて足の氷を溶かし火炎弾と雷槍の魔法を連射する。魔法の間にフランシスカを混ぜて投擲する。フランシスカには爆発のエンチャントを施しているので、接触と同時に爆発する。魔法と爆炎が視界を奪いつつ、その間に白熱化した全身のエネルギーを手のひらに集中して一気に放つ。この攻撃は流石の蟹さんもサイドステップで回避する。水系統の生物には相性悪そうな魔法だしね。回避先に拘束魔法を3重に展開。蟹さんの動きを止めた隙に体を1回転捻り遠心力をのせたハルバードによる一撃をお見舞いする。攻撃が当たった瞬間に蟹さん体が水に溶けてなくなった。ここにきて水分身。弱者のおっさん相手にそこまでします!?
後ろに気配を感じ振り返ろうとして、おっさんの意識は完全に飛んだ。
目の前に虎鉄と小雪のドあっぷの顔。顔をべろべろ舐められてました。もう起きたよ、ありがとう。
体起こすと蟹さんが両手のハサミを掲げて勝ち誇っていた。蟹さん流石に大人げなくないですか!?
おっさんは敗者だから何を言っても負け犬の遠吠えなんだけど、あえて言おう悔しい!
浅瀬で蟹さんとさっきの模擬戦の反省会です。これは熊師匠にもよく注意されることなのだが「超速再生」のスキルに頼りすぎな部分があると。大体の攻撃を受けてもすぐに回復してしまうが故に相手の攻撃に対する恐怖感が薄く、攻撃を自ら受けにいく癖があるらしい。避けるより受けることばかり上手くなっているそうだ。おっさん自身にその自覚はないのだが、熊師匠達が言うならそうなのだろう。おっさんの今後の最大の課題と言える。
蟹さんからは「自分より格上の相手からは一瞬たりとも目を離さないこと」、「もっと相手の死角を的確につくこと」、「地形や環境をもっと活用すること」とアドバイスを頂きました。アドバイスを生かせるようにおっさん日々精進していきます。日が傾いてきたので蟹さんにお礼を言って家路を急ぐ。
ちなみにおっさんが蟹さんに指導を受けている間、虎鉄と小雪は岸辺で観戦してました。
森の中を疾走しながら先程の戦闘について考える。
負けるのは悔しいが、その都度色々とアドバイスをもらえるのでそれを生かしていつか一矢報いてやる。おっさんこうみえて結構負けず嫌いなのです。
さて気分を切り替えて晩御飯は何にしようか。最近麺類食べてないからパスタとかどうだろうか? あとピザもつけて。
そうと決まればさっさと家に帰ろう。
こうしておっさんの1日は過ぎていく。今日もつつがなく日々平穏。