TAKE 1
まず俺は玄関の前に立ってインターホンのスイッチを押した。チャイムの音が邸内で大きく鳴りひびく。
「誰だ?」――男の声がした。
おそらくターゲットの手下だろう。しかし開口一番に正体を尋ねるとは……。さては俺のことを知らないな。まあいいさ。じきに分かることだ。
「伝令だ。ボスから言伝を預かってきた」
「そうか。少し待て」
俺は指示にしたがい待った。いま頃、あのクソ野郎は報告を受けている最中だろう。やがて俺の顔を確認する。インターホン越しに映像を見て――そして、ヤツは恐怖する。俺の面は割れている。ヤツは俺のことを知っている。
俺が組織お抱えの殺し屋であり、ボスの忠実なる猟犬だというのは幹部クラスにとっては周知の事実だった。そんな男が伝令に送られてきたと思うと心中穏やかではいられないはずだ。後ろ暗い人間なら尚のこと、震え上がる。
もしや背信行為がバレたのでは? ボスは自分を始末するつもりなのでは?――クソ野郎の脳内で疑念が渦巻く。
そして実際に俺がぶっ殺しに行くまでの間、ヤツは自身の想像力によって何度も殺される。何度も何度も、頭の中で……。俺に殺される様子をありありと思い浮かべながらヤツは死に続ける。まったくいい気味だな。
「入れ」
カチリと鍵の開く音がして、ようやく入室の許可が出た。けっこう長いこと待たされた――ということは、ヤツはすでに戦う覚悟を決めたと見ていいかもしれない。俺が殺しに来たことはバレている、そう考えるのが自然だ。だったら行動は早いほうがいい。
ドアを開けると目の前には、黒スーツ姿の男が一人立っていた。かれの後ろには、同じような格好をした男が三人。かれらは距離を置いてバラけるように待機している。
個性のないゴミどもめ。図体はいっちょ前だが、頭はにぶそうな連中だ。しかしいくら愚鈍な相手でも、こう数が多いと少々難儀ではあるな。
さすれば先手必勝か――。
俺は右手に隠し持っていたナイフをすばやく構えると、目の前に立つ男の喉元に向かってそれを突き立てた。するどい切先が音もなく喉笛に入り込む。これで一人始末できた。ありがたいことに周りの連中はまだ気づいていない。ちょうど死角になっている。だがバレるのは時間の問題だろう。
俺は間を置かずに次の行動へと移った。左手をジャケットの内側へ滑り込ませて、ホルスターから愛銃を取り出す。消音器付きの拳銃――殺し屋にとって最良の相棒だ。
それを胸元に構えて、次に取るべき行動を瞬時にイメージする。一人目を無力化してから約2秒。残りを倒すには――あとプラス1.6秒程度か。よし!
俺はこの場で一番有効な戦術を試すことにした。目の前で死にかけている男を盾にするのだ。死体を支え、その肩越しから狙いを定める。そして華麗なる銃さばきでもって、残りの連中をたちどころにズドン、ズドン、ズドン――と俺の計画は当初そういう予定だったのだが……。
破裂音。
破裂音、破裂音、破裂音。
それが銃声であると理解するのにそう長くはかからなかった。いったい何が起こったのか?
俺が支えていた死体は、いつの間にか蜂の巣のように穴だらけになっていた。そして同じく俺自身も穴だらけ――つまり俺は、死体越しに銃で撃たれちまったってことで……。
完全に誤算だった。一人目の男は明らかに捨て石で、後方に待機していた護衛たちは、あらかじめ示し合わせていたように小型のサブマシンガンで俺を撃ちまくっている。
そして――なんてこった。驚いたことに、この人間盾の護衛の男は防弾チョッキを身に着けていなかったのだ。ガードマンがガードマンとしての役割を放棄している。この大ばか野郎め。普通に考えたら職業がら着ていて当然の装備だろうが!
一方、俺自身は防弾チョッキを装備していたものの、浴びせられた銃弾の猛攻を防ぎきることはできなかった。単純に数が多すぎた。やつらはバカみたいに撃ちまくった。次から次へと、激しく降り注ぐ雹のように、バチバチと音を立てながら俺は撃たれまくった。
南無三。いくら俺がプロの殺し屋でも、こう近くで弾幕を張られたんじゃあ為す術がない。
死にゆく刹那のなかで俺は考える――。
向こうの覚悟を舐めていた。やつらには仲間を一人切り捨てる覚悟があった。このガードマンは防弾チョッキを身に着けていなかったんじゃない。最初から何も与えられてなかったのだ。
そして初手で必ず俺を撃ち殺すという覚悟が、俺の技術力を上回った。まさか玄関先でいきなりブチ殺しにくるとは意外だったな。あのクソ野郎は、ボスの真意を見極めてから行動を起こすタイプだと思っていたが、完全に読み間違えてしまったようだ。
結果、俺はターゲットの顔を拝むどころか、建物内に一歩も足を踏み入れることなく殺されてしまった。ゲームオーバーだ。