第5話 十三夜月
月。それは、魔性のもの。見ているだけで僕たちの心を奪い去り、釘付けにする。月のせいでどれだけの人間が自分の時間を奪われてきたのだろう。他の星々は地球の、人間の光によって遮られ、その姿を隠しているというのに月だけは、その姿を僕たちの前にさらす。そこには、自分は地球や人間なんかに負けないとでも言いたげな、強烈な自負心が感じられる気がする。
今夜は、十三夜月だ。古来より満月に次いで美しいとされていた月。感性は人それぞれだと思うが、今この目で見ると確かに美しい。
「ご主人様は本当に月が好きですね」
「落ち着くし、綺麗だからな」
世界には美しいものが二つあると僕は思っている。それは、月とアイちゃんだ。月は夜にならないとその姿を見せる事はない。しかし、一度姿を現したなら僕の心を捉えて離さない。逆に、アイちゃんは常に僕の側にいる。だから、常に僕の心はアイちゃんによって捕まえられていて、離されることがない。それは、とても幸せなことだ。
僕は月を見て日々の辛さを悲しみを怒りを忘れてきた。だけど、月が隠れてしまっている間は太陽が顔を出すかのように、入れ替わり立ち替わりで、負の感情が、辛い出来事が僕の心に顔をだす。それが、とてつもなく僕には苦しかった。だけど、アイちゃんがきてくれたおかげで僕は、負の感情を忘れることができた。いや、むしろ正の感情をたくさん作ることができた。
明けない夜はない。そんなことはないと思っていた。僕の心は常に夜で、太陽なんてでてくることはなくて、だからこそ僕は夜が好きで月が好きなんだと思っていた。だけど、それは違った。アイちゃんという存在が僕に朝を作ってくれた。明けない夜はないということを僕に教えてくれた。
「そんなに、ボーッと見てると危ないですよ」
「え、なんで?」
「月に魅入られると気が狂うって言うじゃないですか。ご主人様にはまだまだしっかりしてもらわないと」
「そうだな。まだ、結婚もしてないしな」
アイちゃんの顔がポーッと赤く染まる。でも、今回は恥ずかしそうに下を向くのではなく、まっすぐ僕の方を見てニコリと微笑んでいる。
「そうですね。だから、月なんかに魅入られないでくださいよ。ご主人様には私がいるんですから。ね、未来の旦那様」
僕はアイちゃんを太陽ではなく月だと思っている。だって、僕はこんなにもアイちゃんに魅入られて、他のことを考えられないほど夢中になってしまっているのだから。