第3話 上弦の月
雨が降っていた。鉄をも溶かす強酸の雨が。世界は灰色に包まれ、僕の心すらも灰色に包み込んでしまった。
昔、人は雨に対し敬意を払い、恵みの雨とか慈雨とか潤いの雨とか言っていたらしい。
世界は変わった。工場から立ち上る煙の筋は、恵みの雨を破壊の雨に変えてしまった。
希望は壊された。雲から降り注ぐ、破壊の化身が僕たちの希望までも破壊してしまった。『今日は』アイちゃんとデートをする日だったのだ‼︎‼︎
デートをぶっ壊された怒りや悔しさから、イライラが募る。横を見るとアイちゃんの悲しそうな顔が目に入る。
「今日一日、降り続くそうです」
「…そっか」
悔しい。僕に力があれば。なんて僕は無力なんだ…!愛する人の笑顔さえ守れないなんて…!
「ご主人様、星でも見ませんか?」
「…そうするか。ごめんな。それくらいしか出来なくて」
いえいえとアイちゃんがかぶりを振る。
プロジェクションマッピングの装置を起動して部屋に星空を映す。青、赤、白。様々な星々が部屋に映し出される。ちょうど、天上の辺りに天の川が見える。彦星と織姫を見つけて、僕たちはずっと一緒にいようね、なんて呟いてみる。
「綺麗ですね。昔の人はこんな空を見ていたなんて羨ましいです」
「ああ。…綺麗だな。……本当に」
人工の光ですらこんなに美しいのに、実際に見てみたらどんなに美しいんだろう。僕にはわからない。でも、愛する人とみる星空なら、きっとどんな空だって美しく見えるんだろう。
「私、いつか見たいです。ご主人様と一緒に宇宙に行ってもっと星を見てみたいです」
「そうだな。出来るといいな。いや、きっと出来るさ!愛さえあればなんでも出来る!」
アイちゃんは、恥ずかしそうに笑った。そして、僕にキスをした。
「じゃあ、約束ですよ」
薄暗い部屋でよかった。きっと、今の僕の顔は真っ赤になっていて、とても見せられたものじゃない。まさか、アイちゃんに顔を赤くさせられるなんて。一生の不覚だ。
「ああ、約束だ。いつか、必ず」
部屋が暗いせいでアイちゃんの表情はわからない。だけど、僕には満開の桜のような純潔で、儚くも美しい笑顔が見えた気がした。