第15話 三十日月
ある程度体力も回復し、家を出ることにした。これ以上ここにいると、危険だという判断をしたからだ。名残惜しい我が家を後にする。
結果的にこの判断は正解だった。といっても、多少の延命措置にしかならなかったわけだが。
家から出て一、二時間経ったくらいの頃だった。外にある電光掲示板が一日のニュースを忙しなく映し出す。そこには載っていた。爆煙が上がる僕たちの家が。電光掲示板は三十秒ほどで他のニュースに切り替わった。もう帰れない。その事実は僕の心に重くのしかかった。
風も音も自分自身さえも置き去りにして、僕たちは立ち尽くしていた。
「いたぞ!追え!」
追い討ちをかけるかのように、追っ手が僕たちを追いかける。周りの人間たちの白い眼が僕たちに突き刺さる。
何だ?何だ?何が始まるんだ?僕たちのことを何も知らない野次馬供が僕たちを興味と好奇の目で見る。やめろ。僕たちを見るな。お前らのせいで僕たちは!
あっ。
「ご主人様!」
本当に一瞬だった。階段を踏み外し僕は派手にこける。階段を転がり落ち、地上に叩きつけられた頃には全身が悲鳴をあげて泣き叫んでいた。
進まないと。逃げないと。守らないと。僕が、僕が、僕が、僕が……動かないと……。
「チェックメイトだ」
クソッ。どうしてだ。頼む。神よ。僕はどうなってもいい。だから。だから!アイを助けてください。
「やめてください!」
バッとアイが僕の前に飛び出した。どうしてだ。どうして神はここまでして僕を試すんだ。今までだってそうだ。幸せが与えたられたら神は常にそれを僕から取り上げてきた。どうしてだ!僕が何をしたって言うんだ!
「アイっ!やめてくれ!僕はまだ……まだ…!」
「ご主人様。ありがとうございます。でも、大丈夫ですから。私はこれ以上ご主人様が傷つくところを見たくないんです。私の最後のお願いです」
アイちゃんは微笑んだ。身体が小刻みに震えている。……ズルイじゃないか。そんな顔でお願いされたら断れるわけないじゃないか。そんなに震えた身体で、声で言われて断れるわけないじゃないか。
「アイちゃん……!」
「大丈夫です。私がいなくてもご主人様は大丈夫」
そう言ってアイちゃんは僕に抱きついて、よしよしと頭を撫でた。アイちゃんは男たちの方に行き毅然とした声で言った。
「絶対にご主人様には手を出さないでください」
一番大柄の男が頷くと、男たちはアイちゃんを引き寄せて、プラグを差し込んだ。アイちゃんは桜のごとき大輪の、満開の笑顔で言った。
「今までありがとう。ご主人様」
桜は散ってしまった。
許さない。許さない!許さない!凄まじい形相で空を睨みつける。
「僕はお前を許さない。僕を創ったお前を。アイちゃんにあれほどの痛みを、苦しみを味あわせたお前を」
その突き刺すような怒りと殺気を孕んだその双眸は、暗い空を、暗い月を超え、その世界を超えたどこか遠くを睨んでいた。
この小説は「リア充死すべし慈悲はない」という作者の理念(個人的な恨み)を前面に出して書かれています。読者の皆様はお気をつけください。




