第14話 有明月
眼が覚めると、穏やかな顔をしたアイが僕を見ていた。
「おはようございます。ご主人様」
「ああ、おはよう。……イテッ」
身体を動かそうとしたら傷が開いた。足、肩、腰、腹、身体中のいろいろな部位が悲鳴をあげる。
「もー。寝てないとダメですよ。身体中傷だらけなんですから」
当分は身体が動かせそうにない。満身創痍だ。これから僕たちはどうするんだろう、どうなるんだろうと、大きな不安に襲われる。そんな不安を断ち消すようにベットの上にあぐらをかく。
「言いましたよね。宇宙に行って星が見たいって」
アイが言葉を発する。霧の中に投げかけられた光のように、僕の頭の中で言葉が乱反射する。
「ああ。いつか絶対一緒に行こう」
「実は、あれ続きがあるんですよ」
「そっか。聞かせてよ」
「宇宙に行った後、誰もいない星に住むんです。そこで2人っきりで過ごすんです。毎日、星を眺めて2人で仲睦まじく暮らすんです」
「………ああ」
そんなことをどうしてこんなタイミングで言うんだ。ダメだ。泣いちゃダメだ。笑わないと、笑わないと……。一粒、雫が落ちる。ニ粒、三粒。無理だよ……。我慢なんて出来るわけがない。雨のように涙が零れ落ちる。それは川となって、海に受けとめられた。大きな、海に。
「大丈夫ですよ。ご主人様。まだ、私は諦めていません。言っていたじゃないですか。愛さえあればなんでも出来ます!」
「……そうだな。うん!絶対出来る!僕とアイが愛し合っている限り!」
そうだ。出来る。絶対出来る。約束したじゃないか。宇宙に行くって、アイとずっと笑いあえる未来を作るって。
諦めちゃいけない。こんなところで諦めきれるわけがない。胸に抱いた決意の奔流は、とどまるところを知らず、どんどん勢いを増していく。
「その為にもご主人様はまず怪我を治してください。私はご主人様と一緒に宇宙に行きたいんであって、一人で行きたいわけじゃないですからね」
「…はい。療養させていただきます」
僕が答えるとアイは満足そうにニコッと微笑んだ。
時間がどれだけあるかはわからない。ただ、今は少しでも体力を、肉体を回復させておこう。
懐かしいベットや一緒に星を見たあの装置、告白をしたあの窓際に置いてある椅子と机、全ての元凶となった黒いタブレット、全てあの日のままだった。立場が変わってもこの部屋は何も変わらない。僕のアイに対する想いも何も変わっていない。
カーテンを開けてもらい、月を見る。空には有明月が浮かんでいた。
『有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし』
昔どこかで聞いた和歌。この歌はどんな意味だったけ。古の歌に想いをはせ、僕はひっそりとまぶたを閉じた。




