第12話 更待月
またしても追っ手から逃げおおすことが出来た。だが、払った代償はとても大きなものだった。
右足にポッカリと空いた小さな穴。最低限の治療はしたものの、動かすたびにズキズキと鋭い痛みが足を刺す。ドス黒い包帯がその傷の悲惨さを物語っていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、全然大丈夫だ」
嘘だ。全然ダメだ。しばらくは歩けそうもない。だけど、そんなことをアイの前で言うことは出来ない。きっと必要以上に心配させてしまうだろうし、自分のせいにして自身を責めてしまうかもしれない。僕は笑ったアイの顔が見たいのだ。
「ご主人様、覚えていますか?あの時の言葉。告白の返事」
「『私は、死にたくないです。ずっとご主人様といたいです』だろ。覚えてるよ。ずっと、ずっと忘れない」
「ふふふ。面と向かって言われるとなんだか照れくさいですね」
「あの時から全てが始まったんだよな……」
「そうですね。ずいぶんと昔のことのように思えます。………私は、変わってないですよ。あの日からずっと。あの言葉の通り、ご主人様とずっと一緒にいます」
「な、なんだよ急に。照れるじゃん」
ごまかすように頭を下げる。足から激痛が走る。歪んだ顔を見られないように、笑顔に変えてからゆっくりと顔を上げる。
「これからもずっと一緒です」
「ああ」
僕は微笑んだ。僕にできる最大限の笑顔で。
「私は、笑っているご主人様が好きです」
アイは、僕と同じことを思っていた。本当はアイも辛いのだろうか。僕に心配をかけさせまいと気丈にも笑顔を保っているのだろうか。
「僕も、笑ってるアイが好きだよ」
不意にアイの顔が歪む。瞳に溜まりつつある水たまりがひときわ美しく煌めく。
「こういう時、何で私はアンドロイドなのにこんなに人間らしい機能がついてるんだろうとつくづく思います。こういう時くらい、ロボットらしく、感情を抑え込めれば良かったのに……」
僕はアイの方に体を寄せる。尋常でない痛みが足を、身体を駆け巡る。頑張れ。もう少しだけでいい。耐えろ。耐えろ!
アイの身体を僕の指先が触れた時、僕の身体は力なく、崩れ落ちた。
「ご主人様!ご主人様ぁ!」
情けないなぁ。あとちょっとで、思いっきり抱きしめられたのに……。僕の耳に届く音はだんだんと減っていく。最後まで耳に、心に残ったアイの叫び声もだんだんと遠ざかっていく。アイにこんなことをさせるなんて……。だんだんと意識が白濁していく。アイの叫びに対しても何も思わなくなっていく。「ごめん。不甲斐ない僕で。」その思いも心から消えていく。
「ごめん」
その呟きを残した後、世界は暗転し、何も聞こえなくなった。
途中にある「全然大丈夫」のくだりはわざとなので大丈夫です。
感想、評価、どうかお願いします!
全力で返信させていただきます!




