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AI  作者: 陰宗
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第11話 臥待月

世界で一番愛している人がいなくなってもこの世界は続いていく。だけど、その世界に僕は存在できるのだろうか。


はぁはぁと漏れる息の音。迫るいくつかの足音。僕の足からは血が流れていて、地面にまで伝わる川がもう走れないことを示していた。コツンコツンと響く足音はまるで時限爆弾のタイマー音のように、一音一音耳に届くたびに僕の心を震え上がらせていた。やがて、男達が僕らの前に姿を表した。ただの、人間であるはずの男一人一人が僕にはまるで悪魔のように、巨大な絶望の塊のように見えた。その中でも一際体格の良い男が右手を伸ばしてアイを掴む。左手に持ったスタンガンのようなものを首筋に当てる。アイはガクッと力なく倒れ臥す。男が何かを僕に言って、そこでプツリと糸が切れるように僕は目を覚ました。


アイは隣で座っていて、おはようございますと声をかけてくれた。何気ない日常。朝のやりとり。だけど、それがなんだかとてつもなく大切で、愛おしく思った。


僕は確信した。アイのいない世界で生きることなど出来ないと。アイが死んでしまうことは、自分が死んでしまうことと等しいことなのだと。僕の全てはアイで出来ている。もし、アイが死んでしまって、その記憶の全てを、アイのことを全て忘れ去ることが出来たとしても、僕の傷が癒えることはないと思う。だって、アイは僕そのものなのだから。


そんなことを考えて、これ以上後ろ向きにならないように、前を、アイを見ていられるように僕はアイのそばに行って、そっとキスをした。


「ヒャア!きゅ、急に何するんですか!?」


「元気を出そうと思ってさ。これからも愛の逃避行を頑張るぞー!ってな」


「も〜」


頰を赤くして恥ずかしそうに俯いていても僕には見えている。緩んだその口元が。まんざらでもなさそうなその表情が。


文字通り、一命を賭して守っていこう。アイは僕そのものなのだから。


そんな決意を試すかのように突然、銃声が辺りに鳴り響いた。鈍い痛みを感じて下を向く。足から血が流れていた。あの夢と同じ。ただ、あの夢と違うのはその瞬間から走り出したことだ。


アイと一緒に同じ方向に駆け出す。路地裏から路地裏へ。銃弾の風圧を肩で感じながらあの時と同じ、大通りへの最短ルートを走り出す。右、左、そして右に行くところを今回は左に曲がった。追っ手も、僕らが最短ルートで大通りに出ることは察しがついているだろう。だから、今回はあえて遠回りをしてみる。さっきまで、元気に飛び回っていた銃弾は消え、代わりにバタバタと何人かの慌てたような足音が耳に入る。だが、もう遅い。僕らは再び人の群れに紛れ、男たちはお気に入りのボールをなくした犬のようにしょんぼりとうなだれた。


人生を狂わせるものがあるとするならば、それは“愛”だ。恋愛、家族愛、友愛、博愛、自己愛。ある意味、僕の人生は狂ってしまった。しかし、それに怒りや悲しみといった負の感情はない。むしろ、喜びや幸せといった正の感情しかない。アイに会うまで僕は生きることに疑問を感じていた。全てアンドロイドが解決し、自分で解決することなど何一つない世界。自分の存在価値など何一つない世界と言い換えてもいい。僕は何も持っていなかった。だけど、アイは僕に生きる意味を、愛を与えてくれた。何も持っていない僕に、なんとしても守りたい者、放したくない者を与えてくれた。だから僕は、アイを守り抜く。足を撃ち抜かれても、心を打ち砕かれても。それが僕の愛の証明だ。


辺りは明るく、月は出ていない。臥待月の名のように、月は横になって待っているのだろうか。月が僕らを待っているのか、それとも関心をなくして隠れてしまったのか、それを確かめる術を僕たちは持たず、明るいような、薄暗いような空を僕たちはただ、ぼんやりと見上げていた。

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