運極〜最弱の冠をかぶった最強のステータス
運極。それは最弱の冠をかぶった最強のステータス。
確率の低いドロップアイテムなんて苦労せずとも入手可能。
偶然を必然に変えるのはお茶の子さいさい。
だけども死に戻りは当たり前。
冒険者登録を瞬時に済ませ、ポイントを割り振りいざ出陣。
雑多をかき抜け門を抜ければ、頬を撫でる一陣の風。
視界いっぱいに広がるのは地平線がくっきり見える広大な草原。
排気ガスを一切感じさせない新鮮な空気を大きく吸い込み、私は期待の1歩を踏み出した。
「おぉー!」
地面を踏みしめる感触が足の裏から伝わってくる。
ほんの些細なことだが、これがたまらない。思わず頬が緩んでしまう。
それを引き締めることなく、辺り一面を敷き詰める雑草を三本ほど抜いてみた。
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種類:雑草 品質:C 耐久:4/5 容量:1
そこらに生えている草。生命力が非常に高く、根絶は不可である。
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根絶は不可、ね。
確かに雑草はしぶといからなぁ。
顔の高さまで上げて匂いを嗅ぐ。
「…土の匂いだ」
それにプラスして微弱だけども草独特の青臭い香り。
まじまじと手のひらに乗る数枚の草を見つめる。
お、葉脈まであるや。
一つ一つ手が凝ってますなぁ。
表裏を交互にひっくり返し、ふと思った。
味、どうなってるんだろ。
そう思い立ったが吉、流れるような動作で雑草を口に咥え、そのまま咀嚼。
「えぐぃ……」
うがっ、舌が…!
何とも形容しがたいこのえぐぃ味。
私は盛大に顔を顰めて悶絶した。
ということはないけど、かなり苦しんだ。
吐き出すのも淑女としては躊躇われるので、そのまま飲み込むしかないのだけど、体が拒否反応を起こしている…! みっ、水……!
腰についているポーチをガサゴソ漁り、チュートリアルで貰った麻布の水袋を取り出す。
次いで蓋を外して口に押し付けた。
「ぷはっ……い、生き返ったぁ」
まだ口内に嫌な味が残っているけど、さっきよりは断然マシだ。
雑草は当分食べたくない。
まずい。とにかくまずい。口に入れるべきものじゃなかった。
というか、なぜ食べようと思った私。
口元を拭い、ざっと周囲を見渡す。
雑草の他にも違う種類の草が生えてる。
危ない色をしているものは、触らないでおきましょうね。
プチッと何本か抜き、手のひらに乗せていく。
右から順に、雑草、痺れ草、雑草もどき。
何だ雑草もどきって。
見た感じ、ザ・雑草。ミスター雑草だ。
そのままの雑草表記でいいのに。なんて不便な雑草さんだろうか。
さてはここで手を抜いたな? 運営よ。
手当たり次第に草を抜き、ポーチに収納する。
すると、半径1メートル程が更地となった。
大丈夫。雑草はしぶといから、代わりに生えてきてくれる。明日の今頃にはひょこり芽でも出してるんじゃなかろうか。
今日一日草抜きで占めてしまってもいいかな、なんて考えていると、握っていた雑草がそよ風に連れ去られ遥か遠くへ消えていった。
それを追いかけるように立ち上がると、まるで進めと言わんばかりに柔らかい風が背中を押す。
「まずは鉄板のモンスター狩り、基、レベル上げかなぁ」
軽く屈伸しながら遠くの方を見ると、プレイヤーとモンスターが戦闘を繰り広げているのが見えた。
パーティーを組んでいるようで、危なげなくモンスターを囲み、一網打尽にしている。
ふむん、立ち回りがいい。さては上級者だな?
強そうな装備をしている。
「パーティーか。ふっ……」
実はここに来る前、『集いの広場』にてパーティー募集をかけてみた。
結果から言うと、誰一人として組んでくれる人はいなかった。
ちょっと悲しい。
声をかけてくれた人はいたにいたのだけど、ステータスを表示すると、「コイツ、地雷プレイヤーだ」などと大声で酷評され、周りから向けられる視線は冷たく。
ソロ活動を余儀なくされてしまった。
よって、集団を見ると、少しの嫉妬心が芽生えてしまうのは仕方のないことなのだ。
誰だって一人でいるのは寂しい。寂しいのだ。皆とワイワイしたいのだ。
つまり、つまりだね、私が何を言いたいかというとだね。
……ホントはパーティー組みたいんだよ馬鹿ヤロー!
今思い返すとフツフツと腸が煮えくり返る。が、私は大人だ。
仕方ないと割り切るしかないわな。はははっ。
仕方ない仕方ない。
そもそも、一つのステータスに全ポイントを振り分けた私の問題だ。後悔はしてないさ。
それに、こっちの方が面白いに決まっている。
……覚えてろよ、名は知らんが赤い髪の男。
いや、パプリカよ!!
この恨み、いつか果たしてくれるわっ!
「うっし、行くか」
まずは経験値を稼いでレベル上げ。ついでに資金の調達だ。
時折すれ違うプレイヤーと挨拶を交わしながら、整備された街道を黙々と歩いていると、視界右にある叢がガサガサ揺れた。
目を凝らせば逆三角の赤マーカーが浮かんでいる。
それが示唆するのは、そこにモンスターがいるということだ!
ゴブリンかな?スライムかな?コボルトかな?
ネット小説で知り得たモンスターを想像して、口角を上げる。
どれも想像上の生き物だから、それが実際に目の前に現れると思うと、なんというか感動だ。
人間、ここまで進歩したのか的なアレと全く同じものだ。
叢を見つめ、ポーチに手を突っ込む。
実はこのポーチ、アイテムボックスのような存在で、プレイヤーの必需品だ。
容量は決まっているけど、レベルが上がることによって中身も拡張されていく仕組みなのだとか。
便利だ。将来的に、一家に一ポーチは欲しいところ。
…まぁ、私が生きているうちには無理だろうけどさ。
ロングソードのグリップを握り、ポーチから引き抜くと、ポーチの大きさでは到底仕舞う事が出来ないような剣がその身を現した。
太陽光を僅かに反射する鉄の刀身。ずっりしと重みを感じさせる一振の長剣。
「ファンタジーだ!!」
思わず拳を握り、ガッツポーズ。
込み上げる興奮、背中を走るゾワゾワ。両手で柄を握ると、ヒンヤリ冷たくて手汗が止まらない。
まさか自分が剣を握る日が来るなんて思いもしなかったから、嬉しすぎて泣きそう。
あ、既に目尻に涙がっ!
『キィィィィ!!』
ゴシゴシと目を擦っているうちに、叢からモンスターが飛び出してきた。プレイヤーの隙をついたうまい奇襲である。
突然の出来事に反応が遅れるが、何とか体を反って避ける。
これぞ、イナバウアー。
腰がぎっくりいかなかったのは、日頃の柔軟体操の賜物だ。
これが出来なかったら直撃してたかも。
ナイス、私。
内心安堵のため息を零しながらロングソードを地面に突き刺し、それを支えに上半身を起こしてクルリと体を反転。
そして、私と対をなして立ち塞がる相手を見据えた。
最初に目に入ったのはもじゃもじゃな根っこ。多分ひげ根だ。
その中心部から伸びるのは青白い茎で、その頂点から生えるのはスラッと伸びた葉。
これは間違いなくどこから見ても、
「単子葉類……?」
うじゃうじゃとまるで一本一本が生き物のように動くひげ根を除けばまさにそれだ。それしかない。
どういう原理で植物が動いているのかは気になるけど、襲い掛かってくる凶暴な植物にそれを求めちゃアカン気がする。
ロングソードを構え、今度こそ隙を作らないように脇を閉める。
何故素人な私が脇を閉めるという行為を行ったのか?
答えは単純明快。
漫画でよくある「脇を閉めろ! 詰めが甘いっ!」を思い出して、素直に脇を閉めてみた。
何が変わったのかと聞かれると、ぶっちゃけよく分かりません。
流派は、自己流で行く。
剣の使い方なんてチンプンカンプンだ。1回死に戻りしたら、その足でギルドに行って、剣の稽古をつけてもらおうかな。
「ふぅ……」
初のモンスター戦で緊張と興奮で胸がいっぱい。アドレナリンはドバドバ。
なまじ、ゴブリンとかを期待していたために落胆の色は隠せないけど。
互いに睨み合っていると、単子葉類の頭上に吹き出しが現れた。
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グラスルート Lv1
状態:困惑 マーカー:赤
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何故に困惑。
逆に私が困惑してるよ! 奇襲を仕掛けてきたやつが困惑するんじゃない!
剣先を地面から引き抜き、手首を回して正面に構える。
へっぴり腰なのは気にするな。
なにせ生まれてこの方剣なんて一度たりとも握ったことがなくてね。
それに、重いのは腰に来る。この年でぎっくり腰は笑えない。
ジリジリとグラスルートとの距離を詰め、先に先制攻撃を仕掛ける。
奇襲は先制攻撃にカウントしてないから、初手は私ということで。
地面を蹴って、下から上に剣を切り上げる。
ブォン、と空を切る音。手応えなし。
それもそのはずで、グラスルートはひげ根の脚力を使って空に逃げていた。その姿を追おうと顔を上げると、顔に影がかかり、顔面に強い衝撃が走る。
「いッー〜〜!!」
頭が割れそう!!
キィィンってきた!! グワングワンするけど立てなくなる程じゃない。
脳震盪は回避っぽいかな。
歪む視界の片隅に、緑が入り込む。
どうやら葉で顔を叩きつけられたらしい。多芸なやつだ。
一気に体力を持っていかれた感じがする。
うぁー、だるい。鼻痛い。
やっぱり耐久が0だと、もろに相手の攻撃が自分に入ってしまうみたいだ。かすり傷でも結構なダメージを負うっていうのに、直撃とは。
もう一発でも受けたら死に戻りの未来が私を待っている。
これはマズイ。
非常にマズイぜ。
序盤だからって油断してた。初戦で敗退は御免こうむりたいね。
鼻を押さえてフラフラ後ずさり、グラスルートから目を離すことなくポーチから淡い緑の液体が入った試験管を取り出す。
コルクをキュポンと抜いて、一煽り。
じんわり体中に力が漲るのを感じた。
あ、これはヤクではないから安心を。
体力を回復させる不思議道具、ポーションだ。
ちなみに味はオレンジ。
空になったポーションは、ポリゴン状に変わって空に吸い込まれていく。
戦況は振り出しに戻った。
さぁ、相手はどう出るかな?
『キィイ!!』
先に動きを見せたのはグラスルート。
数十の足を使って飛び上がり、茎を捻って私の顔面を狙ったはたき。
だがしかし、それを二度も受ける私ではないのだ!
「その攻撃、見切ったッ!」
一歩横にずれ、グラスルートの着地ポイントに向けて水平に剣を引き、
バコンッ!
剣の腹でフルスイング。衝撃波のような軽いモーションが出た。
今度こそ手応えはあり。ちょっと腕が痺れた。
《クリティカルヒットが決まりました》
2メートルほど吹っ飛んだグラスルートは、地面に打ち付けられた衝撃でポリゴンに変わり、散った。
「っしゃぁ!!」
爽快だー!
達成感半端ない!!
初戦は見事、白星だ!
《スキル【剣術】を取得しました》
剣術のけの字もないフルスイングでスキルを貰えるなんて、幸先がいいぞぉ!
ささ、詳細確認をしよう。
ステータスを開いて、【剣術】が表記されている場所をタップ。
…反応なし。
あれ? も、もう一度。
ワンタップ。
ツータップ。
スリータップ。
ほ、ほほう? 詳細は自分で見つけろとな。奥が深い。
ステータスを閉じて、グラスルートが果てた場所に何気なく目をやると、不思議な色をした石と、形の変わった葉が落ちていることに気づいた。
「ドロップアイテムだ!」
そさくさ駆け寄り手に取ってみる。
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種類:魔石(極小) 品質:D 耐久:5/5 容量:1
モンスターの核。
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種類:可能性の葉 品質:C 耐久:5/5 満腹度:ー5% 容量:1
調合すると、ステータスの最大値を上げる薬を作ることが出来る。そのまま食べると、満腹度が下がるので、要注意。
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魔石……! 使用用途は、確かギルドのカウンターでの換金。
つまり、石の形をしたお金!
「これでやっと、脱貧乏に近づく!」
耐久値が減らないように優しく優しくポーチに入れ、可能性の葉に関しては一度拝んでから入れた。
ふっふっふっ、いい拾い物をした。
可能性の葉はこのままじゃ使い物にならないけど、調合すると、化ける。
となれば調合に手を出すべきなのだろうけど、私としてはまだ戦い足りてない。消化不良というやつだ。
だからひとまずここは調合のことは頭の隅に追いやっておいて、狩りの再開と行こう。
ロングソードを仕舞い、ポーチのボタンを閉じる。
筋力0だから持ち歩くのは疲れるんだよなぁ。持ち上げるのも、一苦労だ。
万が一億が一、モンスターが襲ってきたら、その時は潔く死に戻りしよう。
ロングソードを帯剣する選択はなしです。腰がやられます。
さて、ポーチの残り容量はどれくらいになっただろうか。
ちょくちょく見ないと気になって仕方がない性質なのだ。
ポーチを凝視する。
《・ロングソード×1
・可能性の葉×1
・魔石(極小)×1
・ポーション∞
・麻布の水袋×1
・痺れ草×60
・薬草×70
・雑草もどき×15
・マジックポーション∞
容量 13/20》
あと7か……。二個以上は容量としてカウントされないところはいい。けど、この調子で行くとすぐにポーチがパンパンになりうだ。
そうなると、レベル上げに重心をおいて行動しなくちゃいけなくなる。
でも、ガッツリレベル上げする気はないからなぁ。生産とかにも手を出してみたい。
まぁ、いざとなれば手で持って行動するのも一つの手だ。
「んー!おぅし、次行こう次!」
ポーチについては、調合と同様に一旦保留で。
あれこれ考えてたらキリがない。
グッと背を伸ばし、真上に輝く太陽の光を浴びて足を進めた。
エリアNー2に入る間際のところに、鬱蒼と茂る森、『ワンダーの森』がある。軽快な足取りでそこに足を踏み入れた私は、入り口付近に巨大な蜂の巣を見つけた。
周りに働き蜂がいないようなので、近寄ってみる。
「甘い匂いがする」
ハチの巣っていい匂いするっけ?テレビで見たことしかないからよく分からないな。
つつくのもアレな気がしてロングソードでハチの巣をぶった斬ってみる。
綺麗な横一線とは言えないまでも、いい感じに切れ目が入り、少しのラグで下半分がずり落ちた。
黄金色の蜜が糸を引き、限界まできたところでプツリと切れる。上半分からはタラタラと重力に従って蜜が流れ落ち、地面を染め上げていく。
「っと、もったいない!」
このまま放置しておくとせっかくの蜂蜜が無駄になってしまう。三秒ルールの範囲内には入らない液体甘味なので、急いで行動に移る。
落ちた半分を手早く回収し、腰ベルトからポーチを外す。それを残った上半分の下に置いて、ロングソードで木との接着部分を削ぎ落とすと、そのまま吸い込まれるようにポーチの中に収納された。
「これでよしっと」
我ながらにスピーディーな対応だった。
パンパンッと手を払う動作を行うと、少しヌメっときた。見ると蜂蜜が付着していたよう。
好奇心から指先を舐めてみると、
「甘ッ!!」
かなり糖度が高い。これは食べすぎると糖尿病まっしぐらだ!
食パンがあれば何枚でも食べられそう。これまたいい拾い物をした。
ほっこりしながら森の中に足を踏み入れると、ブワッと木の匂いが広がった。
同時に、どこからともなくなにかの気配がする。息遣いというか、カサカサッて聞こえる細かな足音というか。
いつか家族と一緒に山にハイキングに出かけた時に感じたものと全く同じものだ。
まさかここまで再現されてるなんて、ホント、感動の一言に尽きるよ。
むせ返るような緑の香りに圧倒されながら、歩みを止めることなく空を見上げる。そこにあるのは澄み渡った空ではなく、所々から光が漏れるくらい天井。この森の木々は育ちがいいのか、空を塞ぐほど成長してる。
栄養、行き届いてるなぁ。
適当な木の幹に触れると、長い年月生き続けているかのような温かみが手のひら越しに伝わってきた。
安心感が湧いてくる。
木漏れ日を頼りに獣道を進み、時折横たわっている老木を飛び越える。
苔がびっしり生えてたから転びそうになった。ちょっとヒヤッとした。
黙々と歩き続け、気がつけば正午を回っていることに気づいた私は、手頃な切り株を見つけたのでその上に腰を下ろした。
「モンスターがいない」
所詮以降モンスターの姿が見えないのだけど、一体全体これはどういうことだ。
新手の嫌がらせ?
いやいや、そんな悪質な嫌がらせあってたまるか。
たまらず天を仰ぐ。
うーむ、私のオーラに当てられてモンスターが姿を現さないっていう可能性は限りなく低いとして。
というより皆無だとして。
なにかに怯えてたりってことは……?
いやそれもないか。そも、そんなに難易度高いエリアじゃないからね、ここ。
凶悪なモンスターとかいないでしょ。
となると、元からモンスターがいないセーフエリアだってことになる。確証はないけど。
だって、判断材料少なすぎるし。
はぁ、と溜息をつき、ゴロリと寝転がる。
天井から降り注ぐ光がちょうど顔に当たって眩しい。数回瞬くと、光に慣れたのか、天井の向こう側に青が見えた。
ぐぅ〜。
「お腹空いた」
ステータスを開くと、満腹度が10%になっていた。確かこれが0になるとジワジワ体力が減っていくんだっけ。
早くなにか口にしないと危ないや。赤い警告がピッコンピッコン出てる…!
ガバッと起き上がり、がさごそポーチを漁って取り出したのは、入口付近にて偶然ゲットしたハチの巣の片割れ。
これが無かったら餓死してたかもだ。
ははははは………笑えんな。
空腹で死に戻りは洒落にならんですわ。
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種類:ハチの巣1/2 品質:B 耐久:3/5 満腹度:30% 容量:3
市販の蜂蜜よりも糖度が高い蜂蜜を内包。食べすぎると状態異常を引き起こす恐れあり。中は蜂蜜、外はサクサクのワッフル仕立て。
原産『ワンダーの森』。
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ツッコミ所が何ヶ所かあるけど、そこはあえてスルーを決め込む。
ロングソードをハチの巣片割れに突き立てて、縦横に引くと、ちょうどいい感じに四つに割れた。
耐久が一減ったけど、まだ2あるから気にしない気にしない。
三つをポーチに仕舞って、残る一つは口いっぱいに頬張る。
「ん〜!! おいしぃ!」
説明に書いてあった通り中は蜂蜜、外はサックサクのワッフルだ! どうなってんのこれ!
口の中で完璧なハーモニーが織り成されてるよ!
あっという間に食べ終えてしまった私は、思わずポーチに伸びていた自分の右腕を取り押さえた。
我慢しろ私。もう一つもう一つと手を伸ばしていたらいつの間にかお菓子がなくなっていたことがよくあっただろう?
そんな過ちをこの年になってそう何度も犯すわけにはいくまい。
自重だ。これを機に自重を学ぶんだ。
そう説得すると、私の右腕も渋々といった感じで引き下がってくれた。物わかりのいい子で大変助かる。
口元についた残りをペロリと舐め取り、ロングソードにべったり付いた蜂蜜を切り株に擦り付ける。
聞いた話によると、このままの状態しておくと耐久値がどんどん減って、最後にはポッキリいってしまうらしい。
それはさすがに困る。まだお金がロクに集まっていない状態でポッキリいかれてしまうと、モンスターに立ち向かうための武器がなくなってしまう。
だから、この初期武器であるロングソードは大切に使わないと。
鈍く光る刀身を覗くと、ぼんやりと自分の影が写りこんだ。
あ、まだ微妙にテカってるところがあるや。とってもとっても取り切れぬ。
これはもう、最終手段を使うしかない。
残り少なくなっている麻布の水袋を取り出し、水をトプトプかけながら刀身を撫でるように手で洗い流す。
すぐに綺麗になった。
使い切った麻布の水袋は、耐久値が切れてポリゴン状に変わる。
『キャメロット』に戻ったら水を補給することを忘れないでおこう。
木に立てかけたロングソードを見つめて、そう言えばと思考を数十分前に巻き戻す。
瞼の裏に浮かんだのはあのハチの巣だ。
あんなに甘い蜜を蓄えているハチの巣にしては警戒が薄い、というより無さすぎた。
罠ってことはないんだろうけど、無人ってわけでもなさそう。
大量の蜂蜜が生成されている時点で、通常の何倍もの大きさの蜂がいるとは思うんだけど。出入りの穴もサッカーボール二個分くらいだったし。
ーーなら、何で一匹も姿が見えないんだ?
なんてことない素朴な疑問が浮かぶ。
ようやく事態の奇妙さを受け入れた私は、ゴクリと唾を呑んだ。
な、なんだか急に寒くなってきたな……。一人ぼっちなだけあって、ひしひしと孤独の辛さが身に染みてきた。
こうも周りに人がいないと少しの物音でも敏感に反応してしまう。
まるでお化け屋敷の中にいるみたいだ。無意識に耳をそばだててしまう。
脳内で恐怖を掻き立てるBGMが流れ出してきた。
こ、怖くない。怖くないぞぉ。怖くない…!
そう自分を鼓舞し始めた時、
ブゥン。
不意にかすかな羽音が鼓膜を撫でた。
バッと視界を周囲に張り巡らせるも、これといった変化は見られない。あえて言うなら、静かになったというべきか。
「気の、せい?」
そう思った瞬間、首筋をキチキチと噛み合せるような羽音が襲った。
何か、いるッ!
振り向きざまに剣のグリップを握り、思いっきり振り抜く。硬い皮を突き破るような嫌な感覚に眉をひそめつつ、拙いながらにバックステップを踏む。
当然、慣れないことをするもんだから、自分の足に足を引っ掛けて盛大に転ぶ。お尻が痛い。
《クリティカルヒットが決まりました》
《レベルが上がりました》
《任意のステータスに2ポイント振り分けて下さい》
ポンポンポンッと文字が可視化され、薄くなって消えていく。ステータスにポイントを振り分けるための小窓も現れるけど、今はそれどころじゃない。
「マジか」
視界を埋め尽くすほどのハチの群れ。細かな羽音が集まり大合唱となって耳に響く。
危険信号がチカチカと点滅。
これは逃げるが勝ちっていう展開だ。
ロングソードをゆっくり持ち上げ、ポーチに入れる。空いた両手は腰にくっつけ半回転。
いち、にの、さんで、脱兎のごとく駆け出した。
マップを開き、現在地を確認する。
「Nー1のちょうど真ん中辺りかなッ…!」
ここは初級エリアだから比較的モンスターを倒しやすい。レベルが2に上がったばかりの私にはぴったりの場所だ。
息を切らしてチラリと後ろを振り返る。
ハチの集団と目がかち合う。すぐに前を向いて足の回転をあげる。
距離はだいぶ縮まってきているから捕まるのは時間の問題だ。目算で5メートルも離れてなかった。
「ハアッ……ハァッ…」
『キチキチキチキチッ!!』
何体私の背を追いかけてきてるんだろう。もう一度振り返って確認したいけど、それはそれで恐ろしい。
多分十はいる。二十はいないと思いたい!
ドガッ、と本の数センチ後ろで地面を抉る音が。見たくないのに首が自然と回る。
腰から生える艶やかな尻尾の背景に、ハチの鋭利な針が地面を貫通しているのが見えた。
「うそん……」
あまりの威力の高さに嘆きが漏れる。
このハチ、グラスルートと同じエリアにいるモンスターとは思えないほどの攻撃力の高さだ。これは掠るだけで一発KOだ。
「うあぁぁぁぁ!!」
「ゼンドーグ!?」
「ヤベぇ!! ゼンドーグがモンスタートレインに巻き込まれたぁぁ!!」
「ゼンドーグぅぅぅぅ!」
《MPKを確認しました》
《スキル【外道】を取得しました》
《称号【モンスタートレイン】を獲得しました》
ブスブスと針で刺されたプレイヤーがDeathの表示とともに白くなり、ポリゴンに変わった。
うわぁ、ごめんなさい。
巻き込むつもりはなかったんだ。恨むならハチを恨んでくれ。
額から流れ落ちる汗を拭ったその時、ぐらりと視界が傾いた。
前方に注意を払っていなかったせいか、小石に足を取られてしまったみたいだ。
「うおっ!?」
おっと、思わずおっさんみたいな声が出ちゃったよ。やり直しを要求したい。
テイクツーを所望します。
などと、この状況に似合わないことをつらつら考えながら、土に塗れた顔をあげる。
「ふっ、空が青い、な」
私に出来る精一杯の強がり。
悲鳴をあげながら死に戻りってのは、性に合わなくてな。
初めての死に戻りくらい、かっこよく散りたいもの。
次の瞬間、衝撃という名の痛みが背中を襲い、空に伸ばした手はそのまま地に落ちた。
運極。それは最弱の冠をかぶった最強のステータス。
確率の低いドロップアイテムなんて苦労せずとも入手可能。
偶然を必然に変えるのはお茶の子さいさい。
だけども死に戻りは当たり前。
回避しようのないデスパレード。発端はほぼ私。
死亡フラグ、バッチコイ。
恋愛フラグ、ノーサンキュー。
王道を進み、獣道まで探索せよ。
さぁ、始めよう。
唯一無二のタイトル探しを。