08:その名は
固まった受付嬢さんが、ギギギと首を動かしこちらに顔を向ける。
「あ、あの!」
「はい?」
「こ、こ、こ、この、お名前わあ」
「えーと、この国でその名前を名乗れるのは一人だけだと思いますよ」
「そ、そ、そ、そうですよねええ」
うーん、緊張し過ぎ!
「ほ、ほ、ほ、本日はお日柄もよく」
「ロザリーィィ、どうしたぁぁ!」
奥から叫びながら男の人が駆けて来る。
受付嬢のロザリーさんの肩をつかみガクガクと揺すりながら、こちらを睨む、ときょとんとしてさらにロザリーさんを揺すっている。
「ロザリーィィ、なにがあったんだぁぁ!」
「お、お、お、おじいちゃん」
「ロザリー、ここではギルド長と呼べといっただろぉぉ」
「こ、こ、こ、これ」
私のギルドカードの一点を指差すロザリーさん。それを覗き込むギルド長さん。
ギルド長さんも固まる。
ちょっと面白くなってきちゃった。
黙って見ているとロザリーさんとギルド長さんが、ギギギと首を動かしこちらに顔を向け聞いてくる。
「お、お、お、王族の方ですか?」
「まあ、そんなところです」
正確には違うんだけどね、説明する気も無いからそのままにしておく。
「ハフゥ~」
二人で変な声を出しながら倒れこみ、口から何か白いものが天へと登っていく。
「ぷっ!」
思わず噴出してしまう。
ギルド長室:
「先ほどはお見苦しいところをお見せして失礼しました」
謝ってくるギルド長のセザールさん。
「いえいえ、こちらこそ驚かせてしまったみたいで」
「スキルの迷宮に潜りたいと聞きましたが、王都からどなたかお見えになるのですか? 英雄殿とか」
私が潜るんだけど、やっぱりそう見えないのかな。まあ、王族のところを詮索してこない気遣いはありがたいけど。
「私が潜るつもりなんですが」
「は?」
「はあ」
本気で心配するようにセザールさんが私に聞いてくる。
「あの、失礼ですが、スキルの迷宮がどのような場所かご存知で?」
「はい、ソロ専用の迷宮ですよね。十層ある全ての階にボス部屋が存在しそこにはソロでしか挑戦出来ないとか」
迷宮の情報は、王都のある学園に存在する特殊な本に全て書かれていた。そこに書かれた情報は嘘偽りの無い事実のみ。
「ご存知でしたか、ならばお解かりでしょう。ギルドカードで見ましたがリン様は光魔法と水魔法がお得意な後衛職、これはソロの戦闘においてとても不利です。ギルドとしては王族の方に危険とわかっている行為を無為に許可する事はできません」
ああ、そういえばギルドカードの情報はそうなっていたね。困ったな。
「えーと、その辺は大丈夫なんでご心配なく、で通してくれませんかね?」
「そういうわけには...」
うーん、面倒くさい。
「じゃあ、通さないとこの町潰しちゃうぞ、でどうでしょう?」
「あの、笑えません」
「ですよね、ごめんなさい」
「あ、いえ」
さすがに笑えない冗談だったね。
だけど、セザールさんは良い人だなあ。
不興を買うとわかっているのに譲る気が無い。まあ、私の見た目がどう見ても戦闘が出来るように見えないと言うのもあるんだろうけど、貴族どころか王族相手にそれでも譲らないというのは立派だ。そういえばさっき受付嬢のロザリーさんがおじいちゃんって言ってたね、お孫さんかな? 彼女と私を重ねて見ているとかなのかなあ。
「うーん、心配してくれるのはありがたいんですけど、大丈夫なんで...」
「そういわれましても...」
(リン)
(んー?)
(我に秘策あり!)
(えー、また何かとんでもない事言い出すの?)
(わたくしには王家の秘めたる力がありますの、ご存知でして作戦!)
(いやあ、無理でしょ?)
(イケる! これなら絶対!)
(無理だって)
(とりあえず、言ってみれ!)
(えー、)
無理だって。
「こほん、あのセザールさん。秘密にしていましたが実は、わたくしには――」
上手くいった。
(我こそは謀略の化身クロ!)
(いや、こんな世の中間違っているから! こんなみえみえの嘘を信じるセザールさんも間違っているから!)
(くくく、リンよ、我はこの部屋をみた時ピンときたのだ)
(この部屋?)
ギルド長の部屋は飾り気の無い、質素な部屋。壁に飾ってある戦斧は使い込まれていて、その下に飾ってある鎧も年季が入っている。
セザールさんが元冒険者だった事は容易に想像がつく。けどそれだけ、元冒険者のギルド職員なんて珍しくない。
(斧で戦う奴などノウキンのみ! 脳ミソまで筋肉のヤツラなど実は秘密していたが、とか言えば簡単に騙せるのだ! 無能なノウキンどもめ!)
(同族嫌悪?)
(なんだとぉぉぉ!)
迷宮の入り口に向かい歩いているとガチャガチャと音を鳴らし、見覚えのある鎧が走ってくる。
「お待たせしたしました」
「は?」
「お供いたします」
「へ?」
何言ってるのセザールさん。あなた冒険者ギルドの長でしょ?
「ちょっと迷惑なんで、お断りしていいですか?」
「またまた、ご冗談を」
え、なにこの人。本当についてくる気なの? ヤメテ!
迷宮の入り口には、こちらを向いて膝をついている騎士の集団が...えーやだー、近付きたくないんですけど。
「む、あれはゴルジフ卿」
誰それ、ていうか、セザールさん。私のことは秘密にてしておいてってさっき言ったよね?
なんでもうばれてるのさ!
このノウキンめ!