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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第三章 分かたれた道
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残された者たち

遅くなりました、すいません!

  なんの冗談だ、と龍厳は思う。

  それは先程まで行われていた二人の若者の公開決闘に対する感想だった。

 

  まず第一に、リュウガの成長が早すぎる。

  技の練度が非常に高く、しかも思考の柔軟性も申し分ない。

  “機応大槍“一つとっても言える事だが、龍厳が今のリュウガ程の歳の時、あそこまでの練度まで達してはいなかった。

  むしろ今のリュウガの練度に達するまでにさらに五十年かかったほどである。

  龍厳は確かに天才であったが、それは言わば教科書通りの天才だった。

  習った通りに技を習得し、習った通りに運用する。

  使い方や戦い方を考え、戦いに組み込んだことは当然あるが、リュウガのようにスキルを利用したオリジナルの技を考案し、実戦運用したことは一度もない。

  己の孫ながら、恐ろしい。

  実力はどんどん追いつかれているし、才能だけで言えば自分を遥かに超えている。

  恐らく今戦っても自分に食らいついてくる程には、実力を伸ばしている。

 

  だがまだリュウガは納得出来る。

  彼は最強の種族である竜人種のさらに頂点である龍厳の孫なのだから。

  しかし、そんなリュウガに対し互角以上の戦いを見せたあの少年、悠斗は一体何なのだろうか。

  武器を使った戦闘では序盤リュウガが手を抜いていたとはいえ、悠斗が終始圧倒していたし、格闘戦になってからは体格差がある相手に果敢に殴りに行き、龍厳でさえも習得したのが四百歳頃である『狂竜闘気』の完全制御を成し遂げたリュウガとの熱戦を見せた。

  その際、後天的に得たという竜人の力の一端、《竜人化》を見せていたが、仮にも百年の時を過ごし、竜人として修行を重ねてきたリュウガ相手に、竜人になって一年も満たない上に戦いを知らない地球という異世界からやってきた少年が互角など、普通ではない。


  脆弱で種族として強いとは言えない人種だが、中には【剣聖】レイラ・シグルスや【賢者】シャルル・スタンフィアを初めとする種族を超えた力を持つ存在、“超越者“が多く生まれる種族でもある。

  だが、超越者達は例え発展途中であっても特有の雰囲気を持つものだ。

  しかし、悠斗から何も感じない。

  強そうとか、弱そうとか、見た目ではなく纏う雰囲気から、そういった大まかな区別も感じない。

  全くの『無』なのだ。

  それがより一層、底知れなさを際立たせる。


  ……ただ、龍厳にはその雰囲気に覚えがあった。

  人種でありながら圧倒的な実力を持ち、にも関わらず彼の雰囲気もまた、そこが知れない闇のようなモノであった。


  竜人種の里にやってきた異世界人、桜田悠斗。

  彼には妙な縁を感じずにはいられなかった。

  故にーーー


「何をぼうっとしている。二人を運び出し、治療院へ搬送しろ。急げ!」


  熱戦に心奪われた竜人種達を我に返し、二人を運ぶよう命ずる。

  この縁の果てにあるかもしれない、何かに期待を抱いて……。






 ☆☆☆☆☆


  フィル・セレクティア。

  悠斗の従者として竜人種の隠れ里に同伴したグリセント王国のメイド。

  ーーーというのは表の顔であり、裏の顔はもっと複雑である。

  メイドであることには変わりないのだが、ただのメイドでもないのだ。

  ……よく考えれば、国の国家機密である竜人種の隠れ里に一介のメイドを送り込む時点でおかしい話である。

  そう、彼女はグリセント王国総合騎士団長レイラ・シグルスの直属の部下の一人であった。

  レイラはその戦闘力に加え、高いカリスマ性やデスクワークスキルを持ち、色んな意味でグリセント王国に欠かせない人物となっていた。

  そんな彼女の人徳などが重なり、レイラの元には優秀な部下が多くいる。

  その中でも特に優秀で、ただの騎士や兵士に留まらない能力を有した人間を、レイラは男女種族問わず数名直属の部下として置いているのだ。

  フィルはその一人であった。


(不思議な子……)


  リュウガとの決闘で両者引き分けになってから、決闘場から運び出されて治療院と呼ばれる病院のような場所のベットで寝かされている悠斗を眺めながら、フィルは思う。

  この少年、悠斗は何かが他と隔絶している。

  道中フィルと話している悠斗は、年相応の少年といった印象を受けたのに対し、竜人種の長でたる龍厳を前にして一歩も引かず、どころか逆に試すような真似までする始末。

  フィルはレイラの命令により、異世界転移組の面倒を見るメイドの一人として彼らを観察し、その様子をレイラに報告する仕事を行っていた。

  故に、悠斗のことも何度か見ているが、やはりどうしても【光の勇者】に目が向いてしまう上に、悠斗自体あまり目立つような行動はしないのでよく忘れてしまっていた。

  だから、フィルは悠斗のことをレイラからいくつか聞いていた。


  まだまだ子供でありながら、圧倒的な戦闘能力と戦闘勘を有し、こと戦いの才能は【光の勇者】すら凌ぐ。

  時折年相応の少年らしい顔を見せるが、根っこに強い芯を持つ優しい少年である。

  というのが、レイラからの悠斗への評価だった。

 

  なるほど、確かに悠斗は強くて、年相応の反応を見せる。

  しかし、ここまで共に旅してきて、フィルは何度か見かけたのだ。

  ありとあらゆる感情が欠損したかのような、光も意思も感じられない、闇だけを湛えた虚ろな瞳を。

  生まれて二十余年。幼い頃から色んな人間を見てきたが、あの眼をする人間は数回しか見たことない。

  しかし、そのどれもが人生と世界に絶望した人間であった。

  異世界転移という最早災害に近い現象に巻き込まれてしまった、という点では確かに絶望するのも無理はないかもしれない。

  しかし、それを踏まえてグリセント王国は彼らになるべく不自由がないようにしたつもりだし、実際他の転移組に悠斗のような眼をした人間はいない。

  彼だけ異様に悲観的ならば話は別だが、ならばそもそも竜人種の隠れ里にまで来ないはずだ。

  となれば考えられる理由は一つ。悠斗という少年は故郷で既に絶望している(・・・・・・・・)、というものだ。


  ……もしそうならば、それは一体どのような人生なのだろう。

  世界が違くとも、不幸の中身はおおよそ同じだ。

  家族が、友達が死んだ。信じていた人に裏切られた。殺された、犯された、搾取された、エトセトラ。

  違うのはせいぜい、中身までの経緯くらいだ。

  本当の不幸を背負ってしまった人間に、その大小なんて存在しない。

  本当に不幸な人間は、等しく皆不幸なのだ。


  だからこそ、だろうか。

  フィルは悠斗が心配で仕方なかった。

  最初はレイラの命令で付き添っただけだったが、今日に至るまでの何日か、誰よりも近くで悠斗を見てきて、フィルの中に悠斗に対する一つの感情が生まれていた。

  好意……とは少し違う。愛情……に近いかもしれないが、それは異性に対するそれとはベクトルが異なる、そう、言わば家族に対する親愛の情みたいなものだ。

  少し歳が離れた、弟の様に見えてくるのだ。


  時には年相応の顔を見せ、優しく、仲間思いの少年。

  そんな子供が、一体どんな不幸に巻き込まれたと言うのだ。

  ただでさえ、異世界転移という災害に巻き込まれたのに、これ以上彼にどんな不幸が襲ったと言うのだ。

  それはーーーあまりにも理不尽ではないか。

  彼らを召喚した世界側の人間が言うのはなんだが、できることなら彼らを元の世界に帰してやりたい。出来ないのなら、せめて政治や大人の悪意が絡まず、平和に生きて欲しい。

  しかし、それが叶わないのは分かっている。

  【光の勇者】という称号と、異世界人という存在はそれほどまでに重いものだ。


「どうか今だけは、幸せな夢を見てくださいね……」


  起きたのなら、悠斗は厳しい現実と、過酷な試練に臨むのだろう。

  だからせめて今だけは。眠っている間位は、少しでも安らいでいて欲しい。

  フィルは仕事ではなく、ただ一人の大人として、心からそう願った。





 ☆☆☆☆☆


「お目覚めですか」


  目が覚めた悠斗の前に、フィルの顔があった。


「……近くないですか?」


「いいえ、適正距離です。いつまで経っても目覚めない主を心配して顔を覗いていましたご主人様」


「そんなからかい全開の顔で言われても嬉しくないし、そういうの(主従キャラ)はうちのミーシアで間に合ってます」


  何やらふざけたことを抜かす淑女メイドの言葉をバッサリ切り捨てる。

  それでも反省した様子を見せず、フィルは笑っているだけであった。


「どれくらい寝ていましたか?」


「二、三時間程でしょうか。あれほどの戦いをしておいて、よくもまあそんなに早く復活できますね」


「気絶するのには慣れてますから」


「……」


  冗談めかして言ったつもりだが、フィルにはウケなかったらしい。

  しらーっとした目で見られた。


「ああ、忘れていました。目が覚めたら、族長の家に行くよう、龍厳様が仰せになっておりました。直ぐに向かわれますか?」


「忘れてたって……。分かりました、直ぐに行きます」


  今更体を起こすと、まだ寝てから大して経っていないにも関わらず体中が軋んだ。

  痛む体を無視してベットから脱し、悠斗は最低限の装備を整えて部屋を後にした。


  治療院の人に礼をして、悠斗は建物を後にした。

  フィルを後ろに従えて(というか勝手に後ろでついてくる)族長の家に向かう悠斗だが、その道中はあまりいい気分とは言えなかった。

  というのも、竜人種の人らが、やけにこっちをチラチラ見てくるのである。

 

「見てますね、皆」


「ええ、見てますね」


「僕、なんかしましたか?」


「ええ、ド派手に族長の孫と殴り合いしてました」


「……」


  視線が痛い。

  できれば唯一の知り合いくらいには味方して欲しかったのだが、呆気なく全部言い返された。

  とは言え、周りが向けてくる視線はどれも好意的なものであり、悪感情的なものはない。

  が、地球ではほとんど目立たない様に暮らしてきた人間である悠斗は、赤の他人からの視線に慣れておらず、下を向くしかなかった。

  こうして、悠斗達はひたすら針のむしろになりながら族長の家までたどり着いたのだった。





 ……

 ……

 ……


「随分と早く目覚めたな」


  族長の家へついて、龍厳から貰った第一声がそれだった。


「気絶には慣れているので」


「……??」


「冗談です。気にしないで下さい」


  場を和ませる為に冗談混じりに割とガチなことを言って見たのだが、龍厳には意味不明過ぎたようだ。

  さっと謝って本題を促した。


「それで、ご要件は……」


「そう急かすな。まずはリュウガとの決闘、ご苦労だった」


  労われた。

  悠斗は「ありがとうございます」と簡潔に礼を言い、次の言葉を待つ。


「忙しないな。それほどまでに力を欲するか?」


「はい。出来るならば、一刻でも早く」


  長命種たる竜人種からすれば、悠斗の行動は生き急いでいるようにも見えるだろう。

  いや、実際生き急いでいるのだ。

  しかし、悠斗にとって禁忌研究所の撲滅及び仲間たちの安全確保は、命を燃やしてでも行うべき至上命題なのだ。

  それを達成する可能性に、一秒でも早く到達したいと思うのは悪いことだろうか。


「ならば、結論から言おう」


「……」


  間を置かれた。

  しっとりした汗が額から垂れるのを感じる。

 

「貴様を、竜人種として認める。我らが里で過ごし、その力を養うことを許そう」


「ーーーっ!!!」


  表情を動かさず、体を動かさず、しかし握っている手の力だけを強くして、悠斗はその喜びを噛み締めた。

  リュウガとの決闘で改めて理解した『技』の強さ、それが自分の物になる。

  これ程嬉しいことがそうあろうか。


「貴様が何を求めてこの里に来たかは分からんが、竜人種と認められた以上、貴様には相応の心構えをしてもらう。誇り高き我ら竜人種の名に恥じぬよう、粉骨砕身努力せよ」


「はいっ!!!」


  たまらず、悠斗は頭を下げた。

  目標への足がかりが、どんどん出来つつある。

  龍厳の顔を見つつ、悠斗はどこかにいるであろう禁忌研究所の人間へ心の中で宣戦布告する。


  悠斗の修行が、今始まった。









 ☆☆☆☆☆


  時は流れ一月弱。

  悠斗がいなくなったグリセント王国の王城はいつもとあまり変わってはおらず、穏やかな時間が流れていた……なんてことはなかった。


「クレド〜、仕事はいいのかい?」


「ぁ〜んなもん後でいいだろうよ。めんどくせぇから後でやるよ」


  王城の宮廷魔道士に与えられた部屋では、クレドがやる気を無くしたような顔でーーーまあ実際無くしているがーーー机に突っ伏していた。


「いくらユウト君がいなくて暇でもさぁ、仕事はやろうよ」


「うるせーよ。あいつのことは関係ないだろう……。いつも通りだよ……」


  最近、悠斗がいなくなってからクレドはこのようにだらけた態度が見れるようになっていた。

  いや、正確には元に戻ったと言うべきか。

  これがクレド本来の性格であり、今までのシャキシャキしていた態度は悠斗という弟子あってこそのものだった。

 

「はあ……。どうしても仕事しないつもりだね……」


  シャルルは呆れた顔を見せつつも、ニヤリと笑い叫ぶ。


「レイラ〜クレドが仕事しないよぉ〜」


「っ!?」


「ははは、冗談だよ」


  一瞬、本気でやべぇみたいな表情になるも、その声に反応する者は誰もいない。

  秒で激化する感情に任せてクレドはシャルルに詰め寄った。


「お前っ、やっていいことと悪いことがあるだろ!?」


「だから悪かったって……いや、ホント悪かった。謝るよ。だから……ご愁傷さま?」


「はぁ?」


  急にシャルルの目線が泳いだ。

  変な所を見ている。クレドに目を合わせようとしない。

  クレドは急に背中を襲った嫌な予感に、体を震わせる。


「お、おいシャルル。それはどういう意味ーーー「こういう意味ですよ、クレド」ーーーっ!?」


  今度こそ、クレドの体はビクゥッ!と跳ねた。

  なぜなら、いるはずのないレイラが彼の後ろに立っているからである。


「ま、まてレイラ。これはだな、今からやろうとーーー」


「言い訳はそれだけですか?」


「ごめんなさいッ!」


  一瞬の土下座だった。

  まるでその道を何年も極め続けた、本職のように流麗な動き。

  その速さたるや、後衛とはいえ一介の実力者であるシャルルをして、初動が見えなかったほどである。


「なるほど誠意は分かりました。

  ではーーー木剣百叩き位で勘弁して上げましょう」


  サー、とクレドの顔から血の気が引いていく。

  いつの間にかレイラの手には一本の木剣が。

  木を削っただけの簡素な剣だが、使っている素材はそこそこいいモノであり、なんならゴブリン位なら殴り殺せる威力はある。

  つまり、死にはしないが死ぬほど痛い。

  特に、使い手がレイラの場合は……まあ、考えるまでもないだろう。


「ちょっと待てレイラ。話し合おう。人間は会話できる生き物だ、いきなり暴力を行使するのは有知性生物として如何なるものかと俺は思う、うん」


「ーーー問答無用、です」


  フォンッ!と軽やかな音と共にレイラの斬撃が開始される。

  一太刀目を辛うじて避けたクレドは『身体強化』すら用いて全力逃走を試みた。


「やってられっか!俺は逃げる!!」


  その速さ、まさに高速。

  あっという間に見えなくなったクレドだが、レイラは悠然と微笑むのみである。


「……いいでしょう。久しぶりに、鬼ごっこと致しましょうか」


  そう言うや否や、レイラの体が霞んで消える。

  どこに言ったかは言うまでもないだろう。

 

「ははは……。頑張れ、クレド」


  乾いた笑いを浮かべて、シャルルは全てを見なかったことにして自分の研究室に帰っていくのであった。




  ……その後、王城に青年の情けない悲鳴と、打撃音が多数聞こえたとか聞こえなかったとか。

  その真偽はご想像にお任せしよう。





 ……

 ……

 ……


  王城敷地内の転移組の専用寮。

  悠斗が消えて早一月ほど経つが、今日も今日とて、その様子は変わっていなかった。


「ぁー、暇だ」


「「「……」」」


  食堂で朝食を摂った大輝は、椅子にもたれかかってだらけた声を上げていた。

  しかし、その周囲の少女たちから帰ってくるのは、冷たい視線……どころか一瞥さえ無い完全なる無反応であった。


「……なんか言ってくれよ」


「「「……」」」


  やはり全無視。

  このいたたまれない空気が非常に居心地悪いのだ。

  というのも、この空気は今に始まったものでは無い。

  悠斗がいなくなって以来……いや、その前からか。より細かく言えば、大輝が凛紅、双葉、ミーシアの三人を諭し、凛紅が悠斗から拒絶された時から、この四人の間には溝ができ始めていた。

  元々、悠斗を中心にして成り立っていたパーティーなので当然と言えば当然ではある。

  ただ、たった悠斗一人がいなくなった程度このザマとは、何とも情けない話だ、とは思っていた。


「部屋に戻るわ」


  食器を持ち、席を立った凛紅はそれだけ告げてそのまま歩いて行った。

  それに続いて無言のまま双葉とミーシアもその席を後にした。

  一人残された大輝は、淹れたてのコーヒーをちびちび飲みながら、思案する。


(とは言え、俺だって思うことが無いわけじゃないんだがな……)


  悠斗がいなくなって一番冷静な態度を取り続けていたのは、以外にも大輝であった。

  悠斗のことを好いている四女子の荒れようは凄まじいものだったが、白刃と瑛士の動転も、中々なものだった。

  以前の修練の魔境探索時に分かった事だが、現異世界転移組を引っ張っているのは白刃、瑛士、大輝の三人であった。

  白刃を中心に行動し、彼がいない時は大輝が表に立ち、その二人のフォローを瑛士がしていた。その連携のようなものが功を奏した結果が、帰還であったと言っても過言ではないだろう。

  しかし、そこで忘れては行けないのが悠斗の存在である。

  そもそもの話、転移ポータルが使えなかった際の脱出法を事前提案していたのは悠斗である。

  探索の際も悠斗がもたらした魔道具に助けられたし、戦闘では一部隊のリーダーを引き受けてイレギュラーの排除に尽力していた。

  そこまで考えれば分かる通り、悠斗という存在は、本人が思ってる以上に大きいものであった。

  少なくとも、彼がほとんど何も告げずに去ったことで混乱が起こるくらいには。


  そんな中で、悠斗に一番近しいにも関わらず、ほとんど動揺していない大輝は、冷静に見ればかなり不審に見えただろう。

  しかし、実のところ、大輝にもそこまでの余裕は無い。

  その時に冷静さを保っていられたのは、何も言わずに出ていくことを悠斗に直接告げられたからであった。


  天井を見上げ、口に残る苦味を味わいながらその頃の記憶を想起した。


『大輝、僕は何も言わずに君達の元を去る。そして多分、顔を合わせる機会もほとんど無くなるだろう』


『……は?お、おい、ちょっと待て!どういう事だそりゃ!?』


『僕の目的は禁忌研究所の壊滅。そのためには力が必要だ。だから僕は竜人種の里に行って力を得た後、グリセント王国の特務機関に入ろうと思ってる』


『……』


  絶句だった。

  その時の大輝は、頭の中が真っ白になっていた。

  あまりにも唐突で、しかもそれが間違いなく訪れることを本能的に理解させられる言葉が、余計に心に刺さったのだ。


『後のことは頼む。君にしか頼めない事なんだ』


  そう言って、悠斗は話を切り上げた。

  大輝本人には知りえないことであったが、悠斗の信頼と信用を一番買っているのは他ならない大輝であった。

  それ故の唐突な告白であり、頼みなのだが……その時の大輝には知る由もなかった。


「俺にどうしろってんだよ……」


  今となっては、その混乱は落ち着いている。

  しかし、果たして、悠斗は一体大輝に何を任せたと言うのだろうか。

  大輝とて、表向きは飄々としつつも内心は精一杯なのだ。

  小説の産物だと思っていた異世界に転移させられ、化け物と戦い、ついには友達すら姿を消した。

  如何に心身共に鍛えられたとは言え、ただの十五歳が平生を保てる訳がない。


「ホント、冗談キツイっての……」


  吐き出すように悪態をついて、コーヒーをグイッと呷る。

  喉を通り、食道に入って行く黒い液体は未だに熱かったが、今だけはその熱が心地よかった。

  そうして大輝もまた、心を落ち着かせて席を立ち、ルームメイトがいなくなった二人部屋へと歩を進めて行くのであった。












 ☆☆☆☆☆


  以上の通り、悠斗が抜けた穴は思いの外重く、大きなものであった。

  異世界転移という異常事態において、怯むことも怯えることもなく、絶体絶命の危機を幾度も乗り越える要となった悠斗だからこそ、その損失は計り知れない。

  取り残された少年少女は、皆思い思いの方法で心を鎮め、悠斗がいない現実と向き合おうとしていた。


  しかし、現実とは非情で残酷なもの。

  彼らの事情なんてお構い無しに、時計の針は時を刻む。

  そしてついに、その時は訪れた。


  彼ら、異世界転移組にとっての大きな転換期。

  彼らの『冒険』は、修練の魔境(ダンジョン)の攻略を以て既に終了している。

  しかし彼らの、【光の勇者】とその一行の『戦い』はまだ終わってはいなかったのだ。


  これより始まるは動乱の序章。

  異世界より召喚された存在が、なんの騒ぎもないなんて、そんなの世界が許さない。

  誰も彼もが世界と言う名の舞台で滑稽に踊り狂う。

  苦しかったこれまでは全てチュートリアルに過ぎないのだ。

  一時の平和を謳歌した世界は、『勇者』という火種を以て再点火される。

  一度着いた火は誰にも止められない。

  楽しい楽しい、混沌の幕開けだ。


  そしてついに。

  【光の勇者】の異世界英雄譚に、最初の一頁が刻まれる。

 

  さあ勇者よ、ここが始まりだ。

 










ここまで見てればわかる通り、自分は基本的にジャ〇プ漫画のように修行の中身を書いたりしません(メタいこと言うと、純粋に書くのがニガてなとこもある)。しかし、竜人種の隠れ里編はこの作品の根幹に近い編である為、実はまだ終わってません。一先ず悠斗の話は先送りにして、白刃達の話を片付けてから悠斗編に戻るつもりです。

そしてここから暫くは白刃達のターンッ!

これから色んな展開が繰り広げられるでしょうが、その辺楽しみにしていてください!

ではッ!


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