戦士の矜恃
すいません……久々の戦闘回でハッスルしてたら大変長くなり、終わらせるのが難しくて時間がかかりました。
竜人種とは。
彼らは人型で、竜の如き肉体を持ち、絶大な魔力を宿し、強力な魔法を操る。
人型でありながら皮膚は堅く、変色し、瞳は爬虫類のそれであり、背には竜の翼を背負う。
膂力は人を何人も押し潰せる巨岩を砕くほど。
爪は鉄を軽々と裂き、放つ魔法は戦況を覆す。
最強無敵の人型異形。
それが、世間一般的な竜人種のイメージである。
だが、そのイメージは残念ながらほとんど当たりである。
確かにその気になれば爪で鉄を裂いたり、岩を砕ける。
羽も生えるし、見た目も一般的な人間とはかけ離れている。
ただ少し違うのは、竜人種が常にそんな状態である訳では無い、ということだ。
正直な話、もし本当にそのイメージ通りなら、竜人種は果たして蜥蜴亜人とどう違うと言うのか?
竜人種にあって、リザードマンに無いもの、それは圧倒的にまで『知性』と『理性』である。
少し踏み込んだ話をしよう。
そもそもリザードマンは、竜の落伍者である亜竜の一種である。
亜竜と言えば亜飛竜などが有名だが、リザードマンはそのさらに劣等種だ。
亜種や特殊個体などを除き、基本的に飛行は出来ず、戦闘力もワイバーンに劣る。
ただ唯一勝っているのはーーーあくまで亜竜のカテゴリの中での話ではあるがーーーその繁殖能力である。
亜竜としては比較的弱いとはいえ、基礎能力は人間らのそれを遥かに超越し、一定以上の知も持ち合わせる。
石を荒削りした手斧から始まり、鉄の件、槍等と次第に持つ武器も進化していき、亜竜の中でも場合によってはワイバーン以上に恐れられる程まで成り上がったのが、リザードマンという種である。
だが、いくら一定以上の知を持っているとは言え、所詮は竜が不純魔力によって汚染された結果生まれた魔物。
どこまで言っても魔物以上にはなれず、ほとんど本能によって行動している。
では続いて竜人種を語ろう。
竜人種のルーツは、とある龍が気まぐれに人との間に子を儲けたことから始まったと言われている。
人と龍のハイブリッド。しかし人の脆弱な体は、龍の圧倒的な力に耐えられず、進化することも叶わなかった。
故に、その子供は選んだのだ。
己の中にある龍の因子を、格下げーーー竜の因子へと弱くした。
そうすることで、強すぎる力に耐えきれない体を、無理やり適合させた。
その結果、最強である龍の力を継げず、その劣等、竜の力だけが手に入った形になったのだ。
因みに、この話は竜人種の全隠れ里に伝わる神話、伝承の様なものなのだが、最初の竜人種を彼らは畏敬をもってこう呼んでいる。
ーーー原初の龍人、と。
聡い者なら気づいたかもしれないが、先の伝承にはまだ続きがある。
原初の龍人はその時、まだ竜人であった。
しかしまだ竜人であった原初の龍人は龍人になることを諦めきれずに、父である龍に頼み込み、己を強くするための鍛錬を始める。
毎日父である龍と殴り合い、膂力で勝てぬならと技を身につけた。
龍の吐息を吐けぬならとそれに対抗するための魔法を学んだ。
龍の真なる力を発言出来ないかと模索し、竜の因子を引き出す魔法を発案した。
とにかく原初の龍人は父龍に協力してもらう形で強さを求めた。
そして同時に、自身が強くなればなるほど暴れる竜の因子所以の強烈な破壊衝動を彼は精神力だけで完封することで魔物に近かい本能を完璧に制御し、竜の力を高めていった。
そうして辿り着いた到達点が、龍人。
人の身でありながら龍の力を宿し、決して驕らず、『知性』と『理性』を以て人を超越した力を正しきことのために行使できる、そんな気高き意思と力を持った、最強であった。
さて、そんな伝承があるくらいなのだから、当然、その子孫である現代の竜人種が目指すのは原初の龍人に続き真なる龍人に到達すること。
そのために彼らは竜人を名乗るに相応しくあるための訓練を常日頃から欠かさないのだ。
無論、その中には理性を強める訓練ーーー即ち、精神訓練なども含まれる。
大分話が脱線してしまったようだが、つまり何が言いたいのかと言うと……
……竜人種は俗世のイメージ通りに戦う様な、野蛮な種ではないということだ。
☆☆☆☆☆
竜人種の長、龍厳の命令によって竜人種の若者であるリュウガと戦うことになった。
龍厳とリュウガが先に族長の家を発ち、その後を悠斗達が続く。
道中、悠斗達の隣を歩いていた竜人種の女性ーーー出迎えの時にも龍厳の横に居たーーー人が色々と教えてくれた。
曰く、リュウガは龍厳の孫であるらしい。
かつて、隠れ里最強の位に君臨していた龍厳の血を引く、才能に富んだ人物。
得物は槍で、その技術は一瞬でここらの魔物を穴だらけにできるほど。
そのここいらの魔物のランクが5以上であることを考えると、その凄さは推して測るべし、といったところだろう。
とにかく疾く、鋭く、力強い。
魔法はあまり得意ではないらしいが、それでも中級魔法(Lv3〜5)までは自在に使いこなし、竜人種固有の竜魔法もほとんど修得しているという。
そして彼は弱冠百歳(竜人種の寿命は五百年なので、寿命百年の人種に換算すると二十歳)で隠れ里の警備職の中でもエリートが集まる親衛隊の候補生に選出された程の紛れもない実力者である。
さて、そんなこんなで案内されたのは里の中心部の広場。
かなり広い空間のさらに中心には二十五メートル四方のリングがあった。
四隅は石で出来た聖火台の様なものが囲い、リングの周辺にはベンチイスがそこそこの数が配置されている。
それが何を意味しているのか、分からない悠斗ではなかった。
「ここは我ら竜人種が年一の祭りで行う聖なる決闘の舞台となる祭壇だ。異世界、ニホンとやらではカグラという舞を踊るそうだが、我ら竜人種は決闘が神ーーー我らが始祖、原初の龍人とその父龍である真龍エルバニス、そして龍神フェイルリュート様とその主、女神セレスティア様の四柱に捧げる供物なのだ」
「な、なるほど……」
一気に色んな単語が出てきて頭がこんがらがるが、何となく把握した。
取り敢えず、神様とそれに値する偉人が四柱いる、ということだけは分かった。
わざわざ説明してくれているリュウガは、さらに続ける。
「『武』を重んじる我ら竜人種にとって、決闘とは状況次第では命よりも重要なものだ。故に、それに恥じぬよう、そして祭儀的な意味も兼ねてこうして里の者に見えるようにしてある」
命よりも重い決闘。
そんなもの、漫画やアニメの中でしか聞いたことの無い言葉だった。
そんなもの、ありえない。
負けようが辱められようが、命が無ければ全て無意味。
死んでしまえば、あらゆるものが無に帰すだけ。
だから、命よりも重い決闘なんてありえない。
だが、最近になって分かったことがある。
敗北というのは、否定だ。
そこまで積み重ねてきたもの、これまでの自分、自分の思いや覚悟。
負ければそれらを全て否定される。
故に決闘とは、思いや覚悟のぶつかり合いである。
決して譲れない、譲りたくない思いを賭けた戦い。
それは時として、命よりも重く感じる。
思いや覚悟を否定されるのは、即ち自分自身を否定されているのと同義。
例え死ぬことになろうとも、相手打ち負かす。
例えその命が尽きても、自分自身を否定させない。
そう言った『思い』を賭けた戦いこそが、命よりも重い決闘なのだ、と最近は思うようになっていた。
とまあ、考えていたところで龍厳が二人の前に来て告げた。
「さて、試合開始は今より五分後。武具は……こちらから支給する刃を潰したものを使って貰おうか」
特に迷うことなく「はい」とだけ言う。
本当なら《魔剣創造》で刃を潰した剣を創れるのだが、恐らくこれは武器の性能を度外視した本人の実力だけを見るための試練。
ならば相手に示された条件で戦うのが一番だろう。
「ではリュウガは左、悠斗は右から登場しろ。配置につけ」
言われた通り、悠斗は右側から決闘場の入口前に立つ。
そこにはいくつかの種類の武器が配備されていた。
武具達は全て鉄製で、しかも実用性特化のデザイン。
何より驚くべきは、立てかけてある武器は全て鍛造であることだ。
竜人種の武器へのこだわりがよく分かった。
支給された武器、その中でも適当な片手直剣を二本取り、さらに両手に支給された篭手をはめる。
龍厳は、武具は支給したものを使えといった。
それはつまり、防具もそれを使えということだ。
という訳で、篭手だけではなく金属製の胸部装甲、あと動きを阻害しない程度の装脚を装備。
そこに収納がいくつかあるコートと言うのが、普段の悠斗の装いだが、今はコートは身につけず王国が用意してくれた戦闘衣だけになっている。
この服、シンプルで黒を基調とし、白いラインが走るという割とカッコイイデザインとなっている。
カテゴリとしてはスポーツウェアに近く、アンダーの上から着ているのだが体に張り付くようになって装着者の動きを阻害しない。
その上、耐物理・魔力の高い素材を使っているために服単体でもそこそこの防御力があるのだ。
「さて、行くか……」
ごちゃごちゃ考えても仕方ない。
思考を切り替えて、緊張で僅かに震える手を抑え、悠斗は決闘場に立つ。
……
……
……
「準備はいいかな?」
舞台に立つなり、龍厳は言った。
一々言わなくてもいいだろうに……と思わなくもないが、特に気にせず悠斗は返す。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。リュウガの方も大丈夫そうだな。では始めるとしようか」
そう言って、龍厳は舞台から下がり、囲いの外へ。
四方の囲いには、決闘場に結界を張る意味もあるらしく、審判は外からジャッチするらしい。
龍厳が外に出た途端、火台に火が灯り、囲いのある四方が半透明で青い壁に包まれる。
結界が作動したのだ。
悠斗は目の前で悠然としているリュウガを見る。
得物は槍。悠斗の所に立てかけてあったのと同様に鉄製で鍛造。
鎧は着ておらず、今まで同様の中国の民族衣装の様な服装だ。
「両者、構えーーー」
そうこうしてる間に、龍厳が開始の合図を上げようとする。
悠斗は剣を構えて、リュウガを見据えた。
だが、リュウガはこともあろうに構えは取らずにいる。
(舐めて、いるのか?それとも余裕なのか?)
冷や汗が浮かぶ。
勝敗が龍厳の査定に反映されるかは分からないが、ここで完膚なきまでに叩きのめされて追い出されたとなれば、馬鹿みたいに恥ずかしい上にレイラに顔向け出来ない。
緊張が増し、悠斗の体に自然と力が入った。
その時、ふと、目が合った。
悠斗のことを見るリュウガの目は、酷く見下した様なモノでーーー
その目を見た瞬間、悠斗の心と体は沸騰した。
悠斗にとて、人並みのプライドはある。
これまで培ってきたものをバカにされたような気分になって、悠斗は内心怒り始めていた。
故にーーー
「ーーー始めッ!!!」
龍厳の声が響いた瞬間、空気が二度爆ぜた。
一度目は、悠斗が地面を強く蹴って移動した音。
二度目はーーー高速で接近した悠斗の攻撃をリュウガが紙一重で受け止めた音だ。
「〜〜〜っっっ!?」
重い、とリュウガは槍で受け止めた斬撃を評価する。
完全に見誤っていた。
最初見た時は、なんて貧弱で弱々しい身体だろうか、と思った。
覇気もなく、強者特有の気配もない。
なんでこんな奴が我ら竜人種の里にいる?
場違い甚だしいと思った。
だが、蓋を開けてみれば一瞬。
ただ一瞬で、気配が変わった。
そこらに居そうな雑兵共の気配から、歴戦の強者のそれへと。
そしてその後の状況が、これである。
「がぁッ!?」
リュウガの腹部に強い衝撃。
体が吹き飛び、結界寸前で停止する。
そして今になってようやく、自分が蹴られたのだと認識した。
(っ、馬鹿な!これが人種だと!?アイツらはもっと脆弱なはずだ!何故この俺が吹き飛ぶ!?)
リュウガは強い。
才気に溢れ、環境にも恵まれ、全てが充実していた。
故に、彼は増長していた。
なるほど、確かに彼は強い。
ランク5の魔物を一息に屠るのは容易ではないし、魔法を中級まで修め、竜人種の特権である竜魔法まで操るのだ、一介の強者と言ってもいいだろう。
だが惜しむらくは、若いことだ。
彼は世界を知らない。
里とその周辺しか知らない。
ただの人間という枠組みを超えた、真なる強者ーーー銀等級以上の強さを知らない。
彼らは、その身と武器一つで世に蔓延る怪物を倒し、幾多の修羅場を潜り抜けた戦士達だ。
その強さは、そう簡単に、それも才能と多少の努力で辿り着けるようなものじゃあない。
それを今、銀等級冒険者桜田悠斗は証明する。
「っ、『火炎連槍』!」
蹴り飛ばされたままでは不味いと思ったか、リュウガは火属性魔法Lv3『火炎槍』を多重展開。
彼の周囲に多数の魔法陣が浮かび、次の瞬間には炎の槍が形成され並んでいる。
Lv3とはいえ、中級魔法を無詠唱・多重展開するとは、流石と言ったところか。
だが悠斗にとって、そんなものは児戯に過ぎない。
次々に射出される炎の槍を悠斗は最小限の動きで躱し、あっという間にリュウガの元へとたどり着く。
「クソっ!」
その時には立ち上がっていたリュウガだが、想定以上に早い悠斗の接近に、焦りが生じて槍を放つ。
とはいえ、それはお世辞にも攻撃とは言い難い、生温い突きであったが。
それを悠斗は余裕を見せつけるかのように素手で受け止め、逆に引っ張りリュウガを引き寄せる。
咄嗟のことに踏ん張らが効かないリュウガは、そのまま悠斗の方に導かれーーー拳を顔面に受けて再び大きく吹っ飛んだ。
「グッ、……ッ!」
リュウガは吹っ飛んで地面に叩きつけられた後、無言で立ち上がった。
頑丈、とは言え顔からは鼻血が垂れているため、イケメンだったお顔が少し残念なことにーーーと思ったら、その傷は直ぐに再生された。
悠斗も持つ、竜人種の特権その二、再生能力である。
「ォ、らぁッ!」
深い呼吸。
そして鋭い踏み込み。
リュウガは己の超人的な身体能力を以て悠斗に突貫する。
(なるほど速い。けど、その程度ーーー)
「甘い!」
槍の間合いに入った瞬間、リュウガは鋭い突きを繰り出す。
悠斗に掴まれたものとは比べ物にならない速度、威力を伴った一撃だ。
並大抵の者は避けることを許されず、一撃で沈むだろう。
だが、相手が悪すぎた。
何せ悠斗はーーーもっと強い相手と戦ってきた猛者なのだから。
繰り出される刺突を、ギリギリまで引き付け半身で躱す。
さらに歩法”瞬脚”で距離を詰め、左拳で顎をかち上げ、空いた胴に回し蹴り。
「がフッ!……ォおおおッ!」
しかし今度はよろめくことなく悠斗に再度仕掛ける、がその前に槍を掴まれ攻撃不可。
槍から離そうとしても、悠斗の見た目からは想像出来ない力で振り解けない。
そうしてるうちに、再び蹴り。
あまりもあっさり、リュウガは攻撃され続ける。
これを見ていた観客達は、驚いた。
最年少で親衛隊候補生にまで上り詰め、麒麟児とまで言われたリュウガが、あまりにも一方的に、それも十数年しか生きていない華奢な小僧にやられている。
まさに衝撃だろう。
武道の練習に”約束稽古”、というものがある。
組手の前にどちらが勝つか事前に約束してから通常の組手のように動いて、最後に約束した者が勝つ、といった内容だ。
そして今、まさに”約束稽古”かのようにリュウガは果敢に挑んでは悠斗は打ち倒されている。
どれだけ攻撃してもいなされ、躱され、そして反撃され、リュウガは倒れる。
しかし再生によって傷は無くなり、再び勝負になるのだ。
龍厳も、リュウガが未だ致命的なダメージを負ってないので試合終了の号令を出さない。
それがより一層の気味悪さを演出する。
「フッ!」
鋭い突きが三連。
空気を切り裂き、悠斗を食い破らんと迫る。
距離が近い、避けるの不可能、ガードは無意味。
ならば、と悠斗は手に持っている片手直剣を使い、攻撃をいなす。
そのまま体を前傾、地を蹴りリュウガと交錯する。
「何を゛ッ!?」
リュウガが振り向いた瞬間、彼の胸に強い衝撃。
すれ違い様、悠斗が仕掛けた一閃が今になって炸裂したのだ。
ぐらつき、倒れかけるリュウガ。その体を槍を杖にして何とか抑える。
しかし、それで待ってくれる程悠斗は甘くない。
「はぁッ!」
珍しく、悠斗の方から仕掛けた。
再び歩法”瞬脚”を以て距離を詰める。
挨拶代わりに横薙ぎの一閃。
リュウガは辛くも受け止めるーーーが、体勢が悪く、さらによろめいてしまう。
「まだまだッ!」
しかし、リュウガは武人だ。
例え体勢が悪かろうと、己の技を捩じ込んでくる。
不安定な体勢から、しかし体重移動を以て体を捻り、前に倒れながら突き出した槍は独特な回転を得て必殺の一撃となる。
「”機応大槍”ッ!!!」
瞬間、リュウガの腕が煌めく。
勝負ありか、と龍厳は思った。
竜人種の槍術である龍天穿槍術の壱之槍、”機応大槍”とは、全身のバネや体の捻りなどの身体運用を極め、あらゆる状況であっても最高の刺突を繰り出すという、龍天穿槍術の基本でもあり奥義でもある技だ。
この技を覚えずして他の技は習得出来ず、しかもあらゆる技が機応大槍に準ずるため、龍天穿槍術の練度は壱之槍で分かる、とまで言われるほどだ。
そんな技を初見で、しかもあまりにもベストなタイミングで不意打ち気味に発動された。
確かにさっきまでの悠斗の強さは中々のものであった。
圧倒的な速さでリュウガに詰め寄り、斬撃を止められたと分かれば直ぐに蹴りで攻撃。
その後もとにかく剣を囮にした体術の連撃でリュウガを追い詰め、いざ剣を使ってもその技は見事だった。
だがしかし、悠斗の剣は、技は全て型のない言わば実戦で身につけてきた喧嘩殺法じみたもの。
基礎となる土台の剣術はあるようだが、それをあくまで剣を振る上での基礎としか認識しておらず、技と見ていない。
悠斗の敗因は、武技というものを知らなかったことだろう。
実戦で身につけた強さは、時として純粋な技に破れるのだ。
と、そこまで考えて龍厳はーーー目の前の光景に絶句せざるを得なかった。
煌めく一槍。
竜人種が積み重ねてきた技が、吸い込まれるように悠斗の胴に届くーーーはずだった。
「ッッッ!?!?」
声すら上げられずに、驚くリュウガ。
それよそうだろう。
必中であるはずの槍を、悠斗は体を斜めに倒し、リュウガの右斜め前に倒れ込むようにして躱したのだから。
体を低くし、同時に体を斜め前に持って行ったことで、槍を回避した。
なんなることか。
ありえない。
これではまるで、こうなるのを予測していたかの様なーーー
(まさかっ、本当に読んでいた!?)
ハッと、龍厳は思い至る。
別に不可能な話ではない。
一流の戦士なら、相手の次の行動を一手も二手も先を読むのが常だ。
むしろ上に行くならそれは必須技術とも言えよう。
だが、あくまでそれは経験に経験を積んだ熟練の場合である。
少なくとも、こんな十年と少ししか生きていない様な小僧ができる芸当ではないーーーはずなのだ。
(……いや、出来るからレイラは彼奴をこちらに寄越したのかも知れん。
話にだけ聞いていたが、彼ら異世界人が経験してきたのは、我ら竜人種でも滅多に遭遇しないような修羅場。特に悠斗はその中でも常に最前線で戦っていたと聞く。それならば、或いは……)
流石は四百年以上は軽く生きている竜人種の長、といったところか。
しかし、それでは五十点である。
確かに、これまでの修羅場による経験も悠斗の強みではある。
だが、それだけでは悠斗はここまで強くはならなかった。
悠斗は少し、ズルをしている。
そう、ユニークスキル《接続》、《同調》によって、悠斗は生前圧倒的に強者だった者たちの記憶と経験、技を継承している。
国の暗部を担った男、ノクス。
復讐の道に走った男、【冒険者殺し】。
みな強かった。
一歩間違えたら、今自分はここに居ないだろうと思うくらい、強かった。
そんな人達の強さを、悠斗は受け継いでいる。
ならばーーー例え相手が最強の種族だろうが、簡単に負ける道理はない!
「遅いッ!」
煌めく白刃を躱した。
体を起こすのと同時に剣を一閃。
リュウガも回避行動をとるが間に合う訳はなくーーー
バネの勢いがついた斬撃はリュウガの脇腹に深々とくい込み、彼の体を大きく吹き飛ばした。
「がファッ!」
衝撃が内蔵にまで達したか、リュウガは血を吐き散らしながら結界壁に激突、静止した。
いくら竜人種が強靭な肉体を持ち、使用している武器も刃を潰してあるとはいえ、鉄製の剣であるだけで人を殺すに十分な殺傷力を秘めているため、まともに当たれば相当なダメージになる。
……と言っても、その程度では竜人種の再生能力で回復するので死にはしないのだが。
斬撃を受け、倒れたままのリュウガは少しするとノロノロと立ち上がろうとした。
その目は屈辱に燃え、怒りを露わにしている。
だが、悠斗から貰ったダメージは例え肉体を再生しようとも体を蝕んでいる。
そんな状態で怒りの形相を浮かべると、些か滑稽に映るといものだ。
龍厳もそれを思ったのだろう。
最早結果は知り得た、みたいな顔で勝敗を告げようとするーーー前に悠斗が先に喋り始めた。
「一つ聞きたい。リュウガさん、貴方は何故本気を出さないのですか?」
「……っ!?」
露骨に、リュウガの顔が変わった。
寡黙なリュウガは、しばらくしてからしぼりだす様に語り始めた。
「……我ら竜人種は最強の種だ。俺は最初、お前を見て弱そうだ、と思った。そして同時に、誇り高き我らが、どうしてお前のような軟弱そうな奴に技を教えなくてはならない、とも思っていた」
その気持ちは分からなくはなかった。
自分が竜人種の里で武を学ぶと言うことは、結果として彼ら竜人種の時間が減るということ。
武を極めんとする彼らにとって、それはあまり喜べるものではないだろう。
「だが、お前は強かった。最初は油断していたが、途中からは間違いなく俺の本気だ。それにお前は俺の必殺の”機応大槍”を避けてみせた。
もう、俺はお前のことを認めている。だがな、俺は誇り高き竜人種だ。自ら課したルールを破るわけにはいかない。俺はお前を見た目で弱そうと断じてスキルを封じ、最低限の魔法と技のみで戦うと決めた。だから、俺はスキルを使わないし、魔法も最低限しか使わない」
彼なりの、ポリシーってやつだろう。
人にはどうしても譲れないもの、ていうのがあるもので。
これまた『命より重い決闘』みたいな話になるが、頭が固い、武人気質の人間というのは自分に課したルールを決して破ろうとしない。
リュウガもその典型に漏れず、一度スキルを使わないと決めたから悠斗相手にスキルを使おうとしないのだ。
全て聞き終わって、悠斗の中に一つの感情が生まれた。
それ即ちーーー不愉快。
最初の値踏みされるような目で見られた時とも、見下す視線で見られた時とも違う怒り。
だから悠斗は、余計なことは言わずただ一言を言った。
「リュウガさん……僕は貴方が本気を出さないから、僕も本気を出さなかった。でも……今から、本気、出します」
刀身に手を当て、撫でるように端から端までなぞっていく。
そして再び剣を構え直した悠斗を見て、リュウガは思わず怖気を覚える。
正確には悠斗が持つ剣に、だか。
ついさっきまでなんとも思わなかった剣が、いきなり恐ろしく見える。
その剣が視界に入るだけで、酷い悪寒と寒気がしてくる。
あまりの恐怖心がリュウガの心を侵し、彼は思わず立ち上がった。
武芸者としての誇りがそれを許さなかったのか、彼は逃げることも怯えることも無く槍を構える。しかし、その手の震えは明らかだった。
「行きます」
悠斗が宣言すると同時に、彼の姿が掻き消える。
リュウガは一瞬動揺し、次の瞬間に訪れた圧倒的な怖気を感じ、その場から緊急回避した。
その行動は正解だった。リュウガが先程までいた所で剣が空を切った。悠斗の斬撃だ。
「《穿刃》!」
「っ、おおおっ!?」
《剣術》スキルアクション、《穿刃》。
体の捻りを利用した高速の突き出し。
近くにまで迫っての技であったため、リュウガはその突きを完全に捌ききれず、肩に掠めてしまう。
「ィ゛ッ!?」
その時だ。あまりにも途方もない痛みがリュウガを襲って、柄にもなく変な声が出たのは。
おかしい。たかが肩を掠めただけ、それも刃潰ししてあるので切れてはいないのに関わらず、内蔵でも引きずり出されたかのような痛みだ。
(あの武器……何か特殊な効果が……いや、使っているのは里の者が作った品。ならば付与魔法か!?)
正解である。
悠斗は刀身をなぞったとき、二つの付与を重ねていた。
一つは付与魔法『特攻付与:対竜特攻』。
そしてもう一つはユニークスキル、《魔剣創造》の派生能力《魔剣付与》。
多くの魔力と時間をかけて魔剣を生み出すのが《魔剣創造》なら、《魔剣付与》は既存の武器に魔剣としての特性や能力を一時的に付与して、擬似的に魔剣にするという力だ。
これは武器に付与する能力という一点のみで言えば、効力の強さは完全に付与魔法の上位互換である。
そして悠斗が付与したのは対竜特攻の上位属性、龍殺し。
効果の強弱が違うとはいえ、竜に対する弱点特攻を二つも重ねた剣は、竜の因子を持つ竜人種にとって最悪の武器とも言えよう。
悠斗はリュウガの本気を出そうとしていた。
言葉による説得ではなく、生命の危機にまで状況を持っていくことで、余裕を無くそうとさせているのだ。
「《魔剣解放ーーー高速連斬》」
瞬間、悠斗の姿は消える。
先の高速移動の何倍も速い。
《魔剣付与》によって剣に付与した第三の力、魔剣としての固有能力《高速連斬》。
魔剣の能力としては階位が低く、割とありふれた固有能力ではあるがその性能は凶悪だ。
魔剣保有者の身体能力、特にスピード面を大幅強化、また、攻撃速度上昇と一度の攻撃で最大五回分の斬撃を与えると言う強力無比な能力である。
欠点らしい欠点と言えば、魔力消費が激しいことと、そのあまりの速度に使用者が慣れていない場合使いこなせないことだろうか。
幸い、魔力消費は行動単位ではなく、時間経過で減っていくものなので問題は無いし、速さについてはそれこそ悠斗の専売特許みたいなものなので事実上、最早弱点はないに等しい。
「くっ、『竜鱗』、《流槍》!」
高速の斬撃の雨あられ。
竜に対する特攻が掛けられた剣による猛攻は、ただの一撃でさえも受けてしまえば死にかねない脅威だ。
それを竜魔法『竜鱗』で防ぎ、それでも防ぎきれない攻撃を《槍術》スキルアクション《流槍》で捌く。
しかし限界は近かった。
対竜特攻と龍殺しの効果を帯びた剣を前にしては、竜属性にカテゴライズされる竜魔法の防御魔法『竜鱗』は酷く脆い盾に落ちぶれる。
並大抵の者であれば、ただの一撃で魔法が破壊されてもおかしくはないのに、何度も耐えたのはひとえに、リュウガの才能故だろう。
そして、彼の盾は儚く砕けた。
「《天衝撃》!」
「っ、《機応真槍》!」
散り舞う魔力の残滓の中、悠斗は《高速連斬》の効果を上乗せしている状態で《剣術》スキルアクション《天衝撃》を放つ。
《剣術》スキルの中でも最上位の威力を誇る単撃技である《天衝撃》を、最大出力の《高速連斬》によって五回分放つその攻撃は、全て受ければ死は免れない。
しかし、その攻撃に対して、リュウガは龍天穿槍術壱之槍”機応大槍”を《槍術》の恩恵を上乗せして放つ、言わばオリジナルのスキルアクションとなった彼だけの技、《機応真槍》をぶつける。
複数の斬撃を単一の攻撃で止められるか、普通は無理だ。
しかし、それを可能にするからこそ、この技は基本にして奥義とも呼ばれるのだ。
ーーーそして、衝突。
五つの斬撃と、究極の一撃が激突し、爆発でも起きたかのような衝撃がほとばしる。
火台の炎が激しく揺れ、結界が大きく軋んだ。
後に残ったのは、ヒビ割れ、抉れた舞台とその上に立つ悠斗とリュウガだけであった。
二人の戦士は、互いに衣服こそボロボロであったが、目立った外傷は見えない。
「「はぁ、はぁっ……」」
ただ、息は上がったようだ。
そして二人の武器は、同時に砕け散る。
リュウガの槍は単純に耐久力の限界を迎え、悠斗の剣は無理な能力付与の反動で砕けたのだ。
「……お互い、武器は失ったな」
「ええ。でも、これで終わりじゃあ、ありませんよね?」
「ふっ、無論だ。例え槍や剣が無かろうと、我らには拳が、そして爪がある。お前も竜人種なら、あるだろう」
不敵に笑い、拳を構える。
リュウガの体が徐々に変化し、人型の竜へとその姿を変えていく。
悠斗もまた、彼に倣って竜人化していく。
「済まなかった。俺は本当の意味で、お前を、お前との戦いを貶していたようだ。詫びと礼と言うにはあまりに釣り合わないが、俺の本気を以て、戦わせて貰う」
そして二人の体から巨大な魔力が膨れ上がる。
悠斗は無属性魔法『身体強化』を、リュウガは何らかの方法で自身を強化したのだ。
「竜魔法『狂竜闘気』という。竜の因子を人為的に暴走させ、その力を引き出す強化魔法だが、絶大な力を得る代償に理性を失い、そして体が力に蝕まれる」
初めて聞いた竜魔法だ。
魔法を覚えるにはいくつかの方法があるのだが、悠斗は竜魔法を覚えた際に『竜鱗』や『竜爪』などの基本的な竜魔法の情報が頭にインプットされていた。
だが、逆に言えばそれ以外しか魔法を覚えられずにいた。
魔法の習得方法には、術式や詠唱を知る、魔道書やスクロールを読む、そしてスキルレベルを上げるなどがある。
竜魔法はスキルレベルが上がりにくい上に、そもそも使う機会があまりないため、悠斗は未だにこれ以上の魔法を覚えてはいなかった。
新たな竜魔法があることを知り、少し喜びつつ、理性を失い、体力を使うという点のデメリットが大きいため、使い所を思案する悠斗だが、その思考を直ぐに切り替え、自身に付与魔法を掛け、装備している篭手に《魔剣付与》で能力を付与する。
身体能力のゴリ押しだけならば、これでどうにかなるだろうと思った矢先、リュウガはその笑みを崩さぬまま、悠斗に宣告した。
「言っておくが、俺がやるのは力のゴリ押しではない。暴走を完全に制御してこそ、真なる龍人への一歩だからな。しかし俺の精神はまだ未熟。故に、少しずるをさせてもらう。
《心頭滅却》、《精神統一》、《鋼鉄精神》」
リュウガが発動したのは、戦士クラスが習得する《戦士術》スキルのスキルアクションである。
《心頭滅却》は炎や氷などと言った属性攻撃による暑さや冷たさ、或いは状態異常の苦痛などを心を無にして耐えるというモノであるが、それを暴走した竜の因子による破壊衝動を抑えるために使用。
《精神統一》とは精神を一つにまとめあげ、集中力を大幅に上昇させるものなので、それを理性を保つために発動。
そして本来は精神攻撃に対する防御法として用いられる《鋼鉄精神》を、心を侵食しようとする暴力性に耐えるために使う。
これによって、『狂竜闘気』のデメリットを完封したようだ。悠斗自身、《感知》スキルによってリュウガの身体能力が高まりつつも、全く暴走している様子を見せないのを感じとっている。
スキルの使い方が上手い、と正直に感嘆する。
だがそれ以上に、いくらスキルを重ねているとは言え、狂いそうな程の破壊衝動に晒されて、平然としているリュウガの精神力に驚きを隠せなかった。
「さあ、戦ろうか」
「望むところ……っ!」
いつの間にか、精神的余裕は逆転されていた。
悠斗は拳を構え、竜魔法を構築する。
「『竜体突撃』!」
竜魔法『竜体突撃』によって、爆発的に加速した悠斗は一直線にリュウガへと向かい衝突ーーーする前にその軌道を急変更し、背後へと回り込んだ。
「《煌打》!」
そして放つ、《体術》スキルアクション《煌打》。悠斗の右手に魔力の輝きが収束し、通常では決して出せない威力の拳となってリュウガに向かう。
だが、その拳はリュウガに当たることなく止まる。
リュウガが受け止めたからだ。
「ふんっ!」
リュウガは悠斗の手を離すことなく、片手で悠斗の体をぶん投げる。
比較的小さいとは言え、竜人化や装備を考慮すると決して軽くはない悠斗の体を片手で投げたリュウガの膂力は凄まじいの一言に尽きる。
悠斗の体は軽々と吹き飛び、結界に衝突する。
だが、当然ながらそれだけではリュウガの攻撃は終わらず、悠斗の胴体に勢いつけた拳を叩き込んだ。
「かァーーーッッッ!?!?」
ごフッ、と口から血が溢れる。
結界にヒビが入る程の攻撃の威力は、悠斗の内蔵に深刻なダメージを与えてきた。
(嘘だろ……付与魔法の物理耐性や衝撃耐性を掛けてるのに、このダメージ……ありえないッ!?)
まるで黒鬼の一撃を食らった時のようだ。
いや、今の悠斗のレベルを考えると、単純な威力なら黒鬼以上かもしれない。
「が、ァア゛!」
内蔵のダメージのせいで変な声になる中、リュウガから距離を取るためにリュウガに渾身の蹴りを見舞う。
顎下に刺さった蹴りはリュウガを仰け反らせることに成功し、悠斗はその隙を縫って一度間合いから離脱する。
(さて、どうしよう……)
距離をとって余裕が生まれた今のうちに、悠斗は思案する。
強力な身体能力と武技を高い練度で修めているリュウガは、悠斗の天敵と言っても過言ではない。
強力な身体能力相手では一極がない悠斗には火力が足らず、小手先の技術や多数の手札を以てしても、武技で対応される。
少なくとも、正面からではまず勝てない。
だから、少しずつギアを上げてくことにした。
「『電光石火』ッ!」
途端に、悠斗の肉体を雷の魔力が覆う。
今まで電光石火を使わなかった理由は、別に出し惜しみしていた訳ではなく、純粋にあまり出来ることでは無いからだ。
そもそも、中衛に特化している悠斗は魔法こそ使えるが魔力は大して多くないし、魔法の技術も大してある訳では無い。
さらに言えば、『電光石火』はもろばの剣であり、使っている間は苦痛やダメージが伴う。
よって、最近は無属性魔法『身体強化』で戦っていたのだが、『身体強化』もLv3までが限界で、Lv3も発動すれば肉体がすぐに悲鳴を上げてしまう。
単純故に強力な身体強化系の能力は、その分反動も凄まじく、その重ねがけなんて本来はありえないのだ。
にも関わらず、悠斗は驚くべき忍耐力と精神力で、今、強化魔法の重ね掛けをしていた。
「《飛燕》ッ!」
短距離高速移動スキル《飛燕》を発動。
強化の重ねがけ状態からの《飛燕》は恐るべき速度となって、リュウガへの僅かな距離を食い潰す。
「っ、速いな!」
「お望みなら、もっと見せてあげますよ!」
しかし、リュウガはその速度にも食らいついてくる。
とは言え、先程のようにあっさり掴むまで行かずに、防御と回避、カウンターを織り交ぜて悠斗相手に殴り合う。
一撃の威力はリュウガが明らかに上だが、手数で言えば悠斗が圧倒的であった。
リュウガが一度拳を放つ間に、悠斗は五回も攻撃している。
だが、悠斗の攻撃が何度当たろうがリュウガを吹き飛ばすことはないが、リュウガの攻撃は掠っただけで悠斗の体を揺るがしていた。
「「っ、ぉおおおおおおおッッッ!!!」」
殴り合う、男達。
気合いの雄叫びを上げるリュウガに釣られて、悠斗も柄にもなく叫ぶ。
激しさが増す一方の乱打戦は、永遠に続くかと思われた。
しかし、そんな久遠を想起させる戦いに、ついに終わりが見えてきた。
「《崩拳》ッ!」
「がッ!?」
ついに悠斗がリュウガの懐に入り込み、渾身の《崩拳》を浴びせたのだ。
独特な踏み込みにより破壊力を追求した一撃の衝撃を直接相手に送り込むという凶悪な技が、リュウガにモロに入った。
これにはリュウガも堪らず膝をつく。
人体を破壊するのに特化した攻撃が、自分を捉えたのだから無理もない。しかも防御無視の性質まで兼ね備えた技ゆえに、本当に悪質極まりないというものだ。
そして生まれたこの隙を、悠斗は見逃さない。
「《竜昇》!」
隙だらけの下顎を足の爪先で蹴り上げ、その体を軽く浮かす。
「《竜落》!」
そして上向きになった顔に踵落としを叩き込んだ。
間違いなく、完璧に入った一撃はリュウガの意識を刈り取るーーーはずなのだ。
「ぐッ、ォオオオーーーッ!!!」
立ち上がった。
リュウガは、あの青年は、立ち上がった。
何が彼を動かすのだろうか。
闘争心?競争心?或いはそのどちらもか。
何にせよ、彼は立った。
悠斗とて、その体は限界に近い。
本当なら、さっきのコンボで決めて二重強化を解くつもりだった。
なのにリュウガが立ち上がってくるもんだから、悠斗は未だに強化を解けていない。
実に面倒で、参ったというのが本音だ。
しかし、悠斗にはそれ以上に胸に宿った気持ちがあった。
ーーー楽しい。この青年と殴り合うのが、戦うのが、実に楽しい、と。
「まだだ……まだ終わらんッ!俺はまだ、負けていないッ!」
「望むところですよ……これで終わりにしますッ!」
言葉はもういらない。
同時に、駆け出す。
悠斗は手に魔力を込め、リュウガは全身の力を操る。
二人が互いの間合いに入ったその時、決戦の交錯が始まる!
「《崩魔衝拳》ッ!!!」
「《真竜覇拳》ッ!!!」
二人の拳が互いに突き刺さる。
悠斗の魔法技、《崩魔衝拳》。
《体術》スキルアクション《崩拳》と、無属性魔法『魔衝撃』を組み合わせた魔法技であり、完全に敵を倒す、或いは殺すことを意識した技。悠斗が使う格闘技で、最強の技である。
そしてリュウガのオリジナルスキルアクション、《真竜覇拳》。
《竜人化》のエネルギーを片腕に集中し、まさしく真なる竜の腕に竜魔法『狂竜闘気』のエネルギーも収束させる。
そして超強大なエネルギーが集約された腕で竜人種の流派の一つ、龍天剛体術壱之拳“竜覇拳“という、最高の踏み込みで最高の拳を繰り出すという技である。
悠斗とリュウガの己を賭けた最後の交錯は、一瞬で終わった。
二人の拳は、お互いの胴体を激しく打った。
悠斗もリュウガも、互いに拳を当てたまま動かない。
顔は俯き加減で、表情を把握出来ない。
竜人種の人々と、龍厳が緊張しながらその場を見つめること数十秒後。
二人は同時に、糸が切れた人形のように倒れた。
本来なら、慌てて介抱する所なのに、誰も動かない、動けない。
里でも滅多に見られないような名勝負に、誰もが目を奪われ、心を奪われているからだ。
二人の激し過ぎる激突の後には、ただ静寂だけが残されていたのだったーーー
最後の方、ちょっと雑だったかなぁ〜って思います。
後、龍と竜は別物です。龍は竜の上位種であり、竜も龍も魔物ではありません。
ただし、亜竜や〇〇ドラゴンとかつくのは、魔物です。




