竜人種の隠れ里ー後編ー
はいどーも。早めに書き終わったので投稿します。
「行きましょう」
「はい」
悠斗は従者に声を掛けて、《竜人化》を使った。
全身が人型の竜へと変貌していく。
少年の比較的小さな体躯は一回り大きく、太いとは言えない腕はゴツゴツとしたモノへ、背中からは羽が生え、瞳が爬虫類のそれへと変容する。
最早人の原型を留めぬ、異形のヒトであった。
「ふぅー……はぁッッッ!!!」
鋼鉄の扉に手を掛け、たった一人でその扉を押す。
たった一人、それも体格に恵まれていない少年が、鋼鉄の大扉を開く。
そんな冗談みたいな光景はしかし、徐々に実現していく。
金属同士が擦れる音と、重たいものが引きずられる音が二重奏を奏で、扉は少しずつ、しかし確実に押されていった。
「ーーーっ、はぁぁぁぁッッッ!!!」
そして、悠斗が放った裂帛の気合いと共に、扉は開け放たれた。
本来力ではなく技と速度を武器にする悠斗は、筋力値はあまり高くない。
それでも《竜人化》と『身体強化』を使うことによって、何とか扉を開けた状態だ。
初っ端から体力を大幅に使い、肩で息をする悠斗に、拍手と共に声がかけられる。
「よくぞ、一の試練を超えてみせた。貴様を我らの客人と認めよう」
厳かで、威厳のある声。
土煙が晴れたその先には、五つの人影が。
その中央にいる見た目は老年の男性。
だが、老年と言うにはその姿勢から気配、瞳に宿る心が若々しい。
素人目に見ればただ老年男性に見えるかもしれないが、悠斗からしてみればこの男性は明らかに猛者。
しかも感じる威圧感は『疾風装纏』を発動したエルザのそれと同等……いや、それ以上だ。
「ふむ……。様子見がてらちと威圧してみたのだが、動じるどころか笑っておるわ。面白い奴よの」
ふと、老年の男性はそう言って、威圧を解いた。
悠斗は自分の顔に手を当て、顔を確かめる。
(笑っていた?僕が……?)
どうやら、悠斗の自己向上意識は戦闘狂の域にまで到達したらしい。
無意識に笑っていた顔を抑えつけ、悠斗は挨拶しようと一歩前に出るーーーが、それは老年の男性によって遮られた。
「挨拶は後で良い。今は、一先ず入ってくれ。
リュウガ、客人を案内しろ」
「はい、長老。御客人、どうぞ此方へ」
どうやらあの老年の男性は長老のようだ。
そして長老に命じられて来た案内人、リュウガと言う青年は、悠斗と従者の前に来て、命じられた通りの仕事を行う。
だが、悠斗は見逃さなかった。
青年リュウガが一瞬、自分を値踏みするような視線で見ていたのを。
(少し、ワクワクしてきた……)
悠斗は表に出さずに笑みを作り、これからのことに思いを馳せながらもリュウガに続いた。
……
……
……
「此方にお入りください」
リュウガの案内によって辿り着いたのは、他の家と比べて比較的豪華な家だった。
道中、竜人種の隠れ里の様子も見てきた。
隠れ里、と言うくらいだから、少し文明が遅れているかと思っていたが、そのような様子は見せず、魔道具が日常に溶け込み、それでも尚彼ら自身の独特な文化を残している生活様式だった。
建物は基本的に木製であり、中世ヨーロッパのような石造り式のとはまた違った趣があって、例えるなら日本家屋に近いものだ。
今案内された家も豪華とは言え、他の家より大きく、申し訳程度に装飾されているだけで、他と大して変わらない立派な木造家屋であった。
「失礼します」
中も当然、日本家屋に近い。
段差があり、靴を脱いで中に入るものだった。
招かれたとは言え、人様の家に入る以上、失礼します、失礼しましたの挨拶は必要と思い、挨拶の後、靴を脱いで奥へと進む。
リュウガは最奥の襖の前に止まり、かしこまった態度で襖を開いた。
襖の先にあったのは、広い和室であった。
懐かしさを感じる畳が敷き詰められており、部屋の奥には長老が正座していた。
「座りたまえ」
敷居を踏まぬように和室に入り、悠斗達は長老の前で一礼。
長老もまた座ったまま礼を返し、座るよう告げた。
「先に、挨拶をすべきか。儂はこの隠れ里の長をやっている者。名を龍厳と言う。そちらの名を聞こう」
「御丁寧にありがとうございます。僕の名は悠斗。桜田悠斗です。グリセント王国総合騎士団長、レイラ様の紹介により此方に参った次第です」
「私は彼の付き人として参りました、フィルと申します」
長老、龍厳の自己紹介に続き、悠斗と従者ーーーフィルも自己紹介を終えた。
さて、次にどう来るか、と顔を上げ次の言葉に備えた悠斗だが、彼の目に映ったのは衝撃で目を見開いている龍厳の姿だった。
「貴様……まさか……日本人、か?」
「「っ!?」」
これには、悠斗も驚かざるを得なかった。
違和感は、龍厳の自己紹介の時から感じてはいた。
あまりに正しい発音の日本語。
魔導書の機能によって日本語に翻訳されている異世界語ではなく、本当の日本語の発音が、龍厳の言葉にはあった。
どうしたものか、と悠斗はフィルの方を見る。
フィルは一瞬、悠斗と目を合わせると、一回首を下げた。
許可が出た合図だ。
「はい、その通りです。僕はこことは違う世界、地球から来た日本人です」
「……やはりか」
考え込むように手で頭を押さえ、龍厳は暫し黙った。
数秒後、龍厳は崩した体勢を戻し、悠斗と向き合った。
「悠斗よ、一つ問う。貴様は何故この場に来た?」
唐突な問いかけ。
口だけならば、如何様にでも言えよう。
世界の為、友の為、人々の為、約束の為。
禁忌研究所を潰すと言う目的は、それら全てに該当する。
だが、悠斗は自分の目的の真意を、心の底では理解していた。
故にーーー
「全ては、自分の為に」
必要も不必要も、あらゆる情報を切り捨て、悠斗は簡潔に言い切った。
「……」
龍厳は黙ったままだ。
顰めっ面で、悠斗の瞳を真っ直ぐに射抜いている。
そして悠斗も、龍厳の視線から一向に目を逸らさない。
睨み合いの様な、時間が続いた。
「ふっ、まさかこの儂を試そうとはな。小生意気な若造よ……」
緊迫感の張り詰めた空気を破ったのは、龍厳であった。
口に笑みを作り、穏やかな顔でそう言った。
「別にそんなつもりはありませんよ。貴方なら気づくと、そう信じただけです」
「よく言いおるわ。何も言わずに脅してくる若造は初めてだ」
何気なく流れた一連の会話。
しかし、その場に居合わせた唯一の人間であり、悠斗の従者であるフィルだけはそれを聞き流すことは出来なかった。
(何なのあの空気……っ。呼吸も出来なかった……。それなのに平然としてるなんて、この子本当に子供なの!?)
フィルは動揺していた。
しばらく息が出来なかった反動で過呼吸気味になり、全身から吹き出た汗で体はぐっしょり。
彼女に悠斗の真意は分からない。
けれど、あからさまに私欲のためにここへ来たと言った悠斗は、どこか龍厳を挑発しているようでもあった。
フィルは、悠斗のことをよく知らない。
そもそもフィルは、隠れ里に行った際、悠斗の世話を兼ねたお目付け役として従者をやっている。
悠斗との面識はほとんど無いに等しく、彼がどういう人間なのかも分からない。
ただ、グリセント王国の全騎士を束ねる統括者であるレイラが紹介状を書いたということは、それに相応しい人物ということだ。
その人間が、まさかいきなり修行先の重鎮相手に「私利私欲を満たしたいが為にここに来ました!」なんて言う訳がない。
いや、そもそもそんなことを考える人間が、馬鹿正直にそんなことを口走る分けないのだ。
あまりにも意味不明、理解不能過ぎる言動の結果は、隠れ里の長たる龍厳との睨み合い。
そうして始まった重たすぎる空気にフィルの胃は破壊されかけた訳だが。
ここまで来て、ようやくフィルは考えついた。
悠斗の真意は、未だに分からない。
だが、もしかしたら彼は龍厳を試しているのではないか、と。
何故そんなことをしたかは分からない。
ただ、そう考えれば説明はつく。
あらゆる情報を捨て去った勘違いすらも厭わない言葉は、龍厳が正しきを見切ることができるかどうかの試練。
悠斗はやってのけたのだ。
自分が師事しようとしている相手が、本当に話にたがわぬ人物であるかどうかを知ることを。
「何故、貴方が日本語と日本人を知っているのですか?」
ふと、悠斗は龍厳へ疑問を問いかける。
この場でそれを言うには、大分度胸がいることだが、悠斗は気にせず言ってのけた。
言われた当の本人である龍厳もまた、これと言って表情を変えることなく、考え込むような仕草を見せて、言った。
「ふむ……そうさな。貴様には言っても良いかもしれん」
龍厳は一度姿勢を組み直し、正座から胡座になった。
龍厳は悠斗達にも胡座になるよう告げると、話を始める。
「我ら竜人種は、古より存在する。無論、かつての勇者達の戦いにも助力した」
「っ、ちょっと待ってください!ユウト様はーーー」
「大丈夫ですよ、フィルさん。勇者が一人ではなかったことは、僕も知っています」
「そ、そうですか……。失礼しました」
フィルは悠斗が勇者のことについて、ほとんど知らないと思っていた。
が、悠斗はクレド達から勇者についての話を何度か聞いていた。
当然、その過程で複数の勇者の存在も知っていた。
「話を戻そうか。我ら竜人種は、その身を竜にすることが出来る存在。当然、戦う時は異形の身となる。その身は妖精や地精、獣人共と違い魔物に近い。故に、我らは迫害されてきた。
だが、たった一人。たった一人だけ、我ら竜人種を化物と呼ばず、親しくしてくれた者がいた」
龍厳の厳つい表情が、僅かに綻んだ。
その記憶は、余程良いものなのだろう。
「彼は勇者だった。他の勇者達が、体制を気にして我らへの接触などを避けているなか、彼だけは我々と交流していたよ。
当時は最強の種とは言え魔物の被害も甚大だった。如何に個が強くとも、その強さを超える数には勝てなんだ。どこもかしこも、自分らの身を守ることで精一杯。無論、それを責めるつもりはないが、どこも助けには来てくれなかった。集団となりたくとも、人種共は我らを拒んだ。
戦える者も疲弊し、さらなる魔物の群れによって我らとて滅びを覚悟した。しかし、そんな我らを彼は救ってくれたのだよ。
我らの戦士が疲弊し、傷つき、そして倒れている中、彼は先頭に立ち、ただ一人で無数の魔物を相手にした。一度たりとも、剣を取り落とさずに、いくらその体がボロボロになろうとも、な」
龍厳は語る。
それは圧倒的であったと。
ひしめく無数の魔物達。大も小も、強も弱も、一切合切が関係なく押し寄せる波にただ一人。
一度剣を振るえば千の魔物が切り裂かれ
一度魔法を放てば万の魔物が塵と化し。
真なる一撃は地形すらも変えたと言う。
それは一体、何たる化物だろうか。
だが、彼もまた人間。
いずれ疲労が蓄積し、魔力は枯れ、肉体を動かす力も尽きる。
実際、彼は三日三晩戦い続けた末に、限界を迎えたそうだ。
……いや、まず三日三晩も戦い続けている時点でアレなのだが。
ともあれ、勇者たる彼を一人で戦わせるわけにはいかないと少ない人員を交代式で戦線に向かわせた。
当時怪我を負い、復帰が勇者が来てから三日後になった若き日の龍厳が見たのは、全身に魔物の攻撃で出来たであろう裂傷や火傷、その他見るも無残な傷跡を残し、それでも血塗れで魔物を斬り殺している勇者の姿だったと言う。
普通の人間ならば、まずその姿を見て覚えるのは恐怖だろう。
どう考えても肉体は限界。致命傷ではなくとも決して浅くはない傷を全身に負い、己を叱咤する為であろう叫びは人語とは言えない獣の咆哮へと変貌し、血反吐を撒き散らしながら一心不乱に戦い続ける。
そんな狂気的な姿を見て、恐怖を覚えぬ者はいるわけが無い。
実際に、彼を助けに来た竜人種の戦士達もあまりにも理性的とは思えない彼の姿に絶句したそうだ。
若き日の龍厳もまた、彼を見て本能的な恐怖を覚えたそうだ。
だが、倒しても倒しても減らない魔物達に決定的な隙を晒してしまい、その牙を受けそうになった時。
どこからか飛来した刀剣が、その魔物の咽喉を穿った。
龍厳がその刀剣が誰のものか理解するのに、数秒と掛からなかったそうだ。
礼を言おうと龍厳が勇者の方を見ると、その時、勇者はちょうど他の魔物の牙と爪を同時に身に受けている所だった。
致命傷ではないものの、傷は深く、放置していればーーーいや、これまでのことを考えれば、もう立っていることすら出来なくなるであろう傷だ。
にも関わらず、勇者は倒れない。
全身を震わせ、魔物を振り払い、手刀で斬殺。
蹴りは槍の如く鋭く、拳は槌のように重い。
たった一発の拳打で数体の魔物を屠り、一度の蹴りで周囲の魔物を吹き飛ばし、一度の貫手で幾体もの魔物が貫かれる。
剣などと言う余計な重石を捨て去った勇者は獣を彷彿とさせる動きで魔物を蹂躙する。
この時だ。
この時になってようやく、龍厳は理解した。
勇者が、一体なんのために獣の様な様子に成り下がってまで戦っているかを。
我欲の為?馬鹿な、そんなモノの為ならとっくに彼は死んでいる。
闘争本能?ならば何故他者を守るというのだ。
自己犠牲?惜しい。確かにそれもあるだろう。だが甘い。
答えは簡単。
護るためだ。
我ら、竜人種を。
ただ護るのでは無い。
護り、そして自分も生き残る。
誰もが自分のことで精一杯の時代に彼は。
自分のやりたいように、自分が望むがままを、押し通そうと言うのだ。
そしてその為なら、如何なる無茶もはばからない。
ああ、例え意地汚くても、見苦しくとも。
それの姿はなんて、高潔で、格好良いのだろう。
若き日の龍厳は、そう気づいた瞬間に自分の頬を殴った。
本当は、骨が砕け、血を吐き出すまで自分で自分を殴りたかった。
これ程までに高潔な守護者を、自分は恐れたのだ。
自分を護ろうとしてくれた優しき人間を、自分は一瞬とは言え拒絶したのだ。
それがどれほど愚かで、腹立たしいことか。
これでは、自分らが嫌った人種共と同じではないか、と。
それから龍厳は、彼の勇姿を目に焼き付けながら、一種の悟りの境地へと辿り着き、彼から一度も目を離すことなく、獅子奮迅の活躍を見せたそうだ。
「儂と勇者殿が前線に立ったことで、戦況は好転を見せた。それを機に、儂と勇者殿は一時戦線を離脱した。既に死に体だった勇者殿を回復させ、その間に儂は原因を探り、それが里の付近に出来ていた不純魔力溜まりだったことに気づいた。
後はその不純魔力溜まりを勇者殿が消滅させて事は一段落したよ」
不純魔力溜まりを消滅とは、如何様な手段を用いたというのだろうか?
本来不純魔力溜まりと言うのは自然現象だ。魔法儀式を用いて不純魔力を清廉魔力に戻すことならあるが、そうではなく根本的に消滅なんてこと、普通はまず不可能だ。
ここまで来たら、規格外もいい所、最早バクだ。
いずれは白刃もそうなるかもしれないと考えれば、実に頼もしい限りだ。
「それから、彼が我々と打ち解けるまでにそう時間は要さなかった。
よく我々の集落に来ては様々な話をしてくれた。日本語や日本のことは、その時に聞いたのだよ」
かつての日々を懐かしむように、龍厳は目を細めて言う。
その瞳は遥か遠くを見ていて……しかし、その奥にはただならない哀愁と怒りの様な感情が浮かんでいた。
「儂の名、龍厳も彼に付けて貰ったものでな。彼には本当に世話になった。故に、我らの隠れ里では勇者とは彼のことを指すようになった」
「……」
なるほど、と悠斗は沈黙の中で納得する。
あまりにも上手すぎる日本語の発音や日本の知識の出自が勇者ーーー同郷の人間なら、あらゆる説明がつく。
それにしても……随分飛び抜けた性格の勇者がいたものだ、と悠斗は思う。
いくら護りたいと思った人間を護るためとは言え、ほとんど策無しに単身群勢を相手取るなど、どう考えても正気の沙汰とは思えない。
と、そこまで考えて悠斗はその狂気じみた勇者が一体なんの勇者なのか気になった。
「その勇者は……一体なんの勇者なんですか?」
「……彼は、あまり自分を勇者だと思っていなかったようだ。ただ、一度だけ彼は自分が勇者だと名乗った。
その時聞いたのはーーー闇。
彼は、【闇の勇者】だと名乗っていた」
「「っ!?」」
闇の勇者。
その名を知る者は決して多くない。
そもそも勇者が多数いた事実を知る者が少ないから、では無い。
多数の勇者の存在が裏の話とするならば、裏の表では闇の勇者とは忌むべき存在だからだ。
以前、悠斗はクレドに勇者達について話を聞いたことがある。
『いいか、ユウト。過去の勇者は合計で七人いる。
まず有名なのが【光の勇者】。こいつは勇者達のリーダー格だった。同時に、最強の勇者でもある。今世界で広がっている勇者伝説が指す勇者とは、そいつのことと言っても過言ではない。
次に【炎の勇者】。火力は光の勇者を除けば全勇者最高。常に光の勇者と共にあり、光の勇者を戦線を支えた立役者だ。
三人目は【地の勇者】。その能力は一見地味だが、素手で鋼鉄をぶち抜く膂力と全勇者中最高の防御力で敵を真っ向からせき止めた。他の勇者達の活躍は、この勇者がいたからこそとまで言われる豪傑だった。
四人目は【水の勇者】。変幻自在の水属性魔法と一瞬で範囲制圧をするのに長けた氷属性魔法で敵を蹂躙する、全勇者で最も技巧派の勇者だ。
五人目、【風の勇者】。全勇者の中で最も速い勇者だ。風属性魔法と雷属性魔法を自在に操り、こと掃討戦では誰よりも活躍したと言われてる。
六人目も割かし有名な勇者で【癒の勇者】。圧倒的な回復魔法と結界による防御魔法は他の追随を許さず。決定的な攻撃力は無いものの、勇者達の生命線だった。一部ではその慈母の如き在り方から聖女、なんて言われてる。
ーーーそして、こいつで最後だ。その名は、【闇の勇者】。こいつは、その名が示す通り、勇者でありながら闇の道を行く人間と言われてる。決して他の勇者達のように光に溢れた道を歩かず、血と悲鳴と惨状に満ちた暗黒の道だけを歩き続けたそうだ。
そして同時に、彼は勇者達を知る者から忌み嫌われた存在だ。その理由はーーー彼の存在が今の勇者伝説を作り出したからだ』
かつて、クレドはそう語っていた。
今の勇者伝説ーーーつまり、勇者は一人しかいなかったという伝説を作り出した原因が闇の勇者とは、一体どんなわけだろうか。
悠斗はそれが気になって、クレドに深く聞いた。
するとクレドは、悠斗を人がいない所まで連れていって、「このことはあまり他言するな」と釘を打って話し続けた。
『闇の勇者はその存在そのものが、異端な勇者だった。その時代……いや、恐らく今となっても正体不明な力を有し、勇者でありながら聖剣を使わず魔剣を率先して使用していたそうだ。そして何より……行動があまりにも他者と離れていた。
彼は他の勇者が各国の主要な場所の戦線に出向いている時に、そこから遠く離れた地で戦闘をしている。また、当時は今以上に酷い差別の的だった亜人達と仲良くし、人種とはあまり仲良くしようとはしなかった。しかし、これだけなら忌まわれることはない。
だが、彼は勇者としてあるまじきことをしでかした。そう、彼は他の勇者達を裏切ったんだ。他の勇者達をたった一人で相手取り、そして最後まで善戦し続け、敗れ死んだ。
全勇者の中で最強であるのは光の勇者だと言うが、こと対人戦闘ならば闇の勇者は誰よりも強かったと言われている。
結果的に人類は救われたが、闇の勇者の裏切りは人類に大きな衝撃を残した。
故に、勇者信仰のあるザルヴァード教が後世にまで勇者の裏切りという黒歴史が広がらないようにその事実を隠蔽、今の勇者伝説を広めた。
闇の勇者が忌み人なのは、そういう理由からなんだが……これには少しおかしい点がある。何故ザルヴァード教は闇の勇者の存在を歴史から抹消するでなく、勇者の存在そのものを減らした?闇の勇者以外の勇者の存在も消し、勇者という単一存在のみを残したのには、何か裏がありそうなんだが……残念ながら、俺にもエルザにも、これ以上のことは分からなかった』
クレドの懸念には、悠斗も気づいていた。
あまりにも不可解なザルヴァード教の行動。
しかし、それを知る術は今の悠斗にはない。
ただ、悠斗にはいずれその真実に近づけるという予感があった。
それはクレドも感じていたようでーーー
『いいか、ユウト。俺がお前にこのことを教えたのは、お前に警告するためだ。
お前は異世界人で、勇者の知り合いだ。お前のその数奇な運命は、いずれお前に真実をもたらすかもしれない。ただな、隠された真実に近づくということは、それはお前に危険が及ぶということだ。
くれぐれも気をつけろよ。世界に隠された真実には隠されるだけの理由があり、そして触れれば回る毒が仕込まれてる。その毒にやられないよう、精々気を張っておけ』
ーーーと忠告されたほどだ。
ともかく、【闇の勇者】の名が出てきたのは朗報だ。
もしかしたら、闇の勇者のことを知るチャンスかもしれない。
「龍厳さん、その闇の勇者について……何か他に知っていることはありませんか?」
「……ラクト」
「え?」
「……闇の勇者の名前だ。彼は自分のことを、神崎洛斗と名乗っていた」
「神崎……洛斗……」
神崎洛斗。
それが【闇の勇者】の名前。
勇者伝説の真実に関する、第一歩の情報。
「それ以外は、何も知らない。知れなかった。彼は自分のことを語ろうとしなかったし、我々も彼を詮索しなかった。
……故に、儂は信じられない。彼が……洛斗が他者を裏切るなんて真似、儂にはとても信じられないのだ」
「……」
どうやら、本当に知らないらしい。
龍厳の瞳の奥にある哀愁の理由が、今ようやく分かった。
悠斗は洛斗という男を知らない。
彼がどんな人間で、どんな意志を持っているのか、彼わ知らない悠斗には分からない。
ただ一つ、分かったことがある。
龍厳の言葉に嘘偽りはない。
ならば、少なくとも、神崎洛斗という人間は過去の話が語るような人物ではない。
即ちーーー七人の勇者達に関する話には、どこか改竄されたところがある、ということだ。
都合のいいように弄られたのか、或いは捻じ曲げたか、何にせよ、その真実九十五パーセントの過去話には、話そのものを大きく塗り替える五パーセントが抜けていることに、間違いは無さそうだ。
「今考えれば、これには何か運命的なものを感じるな」
思考する悠斗の耳に、龍厳の言葉が入ってきた。
龍厳は何かに納得したような表情で、悠斗を見ている。
「運命的……とは?」
「彼も……洛斗も、儂らに武を習いに来たと言っていた。当時は人種からの認識が薄かったとは言え、その時から我々の武は強かったからな。
故に、異世界人である貴様があの時の彼と同じように我らに力を求めてやってきた、というのに、柄にも無く天の意思の様なものを感じてしまったのだよ。
或いは、貴様が彼の生まれ変わりなのではないか、とな」
「……」
反応に困っている悠斗を見て、龍厳はフッと軽い笑みを浮かべて立ち上がる。
悠斗も龍厳に習って立ち上がろうとしたところを、彼の手によって制止させられた。
「……さて、話はひとまずこのくらいにしておこう。
リュウガ、来い」
「ハッ!ただいま参りました!」
パンッ!と一度手を叩くと、悠斗達をここまで案内した青年、リュウガが室内に入ってきた。
龍厳とリュウガが悠斗達を見下ろす様な形になり、悠斗は負けじと彼らの顔を見上げる。
「貴様が何をしたくてここに来たかは知っている。だが、我らとで暇ではない。
故にーーー証明して見せよ。貴様が我らに教えを乞うに値する最低限の実力を持っているか、その手で儂に見せてみよ」
先程までの、優しい老人のような顔は一変、完全に武に生きる者の厳しい顔になった。
最後に龍厳は、ニヤリと笑って言い放った。
「この、リュウガを倒してな」
悠斗は、自分の後ろに立つ青年がその顔を歪ませたことに気づいた。
だが、悠斗は何も思わない。
むしろ、好機と考えている。
手っ取り早く、最強の種族の実力を絶好の機会。
あまりにもあっさり望む展開になり、悠斗は思わず笑みが出る。
二人の戦士はただ、声も無くその顔を歪め続けているのだった。
今回は大幅に話が進んだ気がします。
特に公開された旧七天勇者の情報。
今世の【光の勇者】は白刃ですが、果たして他の勇者は誰なのか、一体どうなるんでしょうねぇ……。
それと竜人種の名前についてですが、龍厳は漢字なのにリュウガがカタカナなのにはれっきとしたわけがあります。詳しくは次話で書きますが、大体日本で言う幼名みたいなもんだと思ってください。




