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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第三章 分かたれた道
96/112

竜人種の隠れ里ー前編ー

遅れてしまい、申し訳ありませんしたぁ!

  強く風が吹き付ける。

  冬が近いせいで酷く冷たい風が身体を包み込み、どんどん体温を奪っていった。

  眼前に広がる大きな門。威圧感ある金属製の大扉が、悠斗を迎えていた。

 

  グリセント王国内の某所。

  王国支配領域の中で最も大きな山脈地帯の一部に、悠斗は来ていた。

  そこは内陸部の方で、付近にはいくつかの小国などがあり、当然ながら王国に降っていない国家もある。

  しかし、連なる山々が天然の要塞、或いは迷路となり他国の侵略心を起させることなくへし折っていた。

  だがしかし、その広大かつ過酷な環境は恩恵を受けているグリセント王国の人間をも拒む。あまりにも厳しい環境故に、道を拓けず、拓くにしても旨みがないのだ。

  となると必然、人の手が加わらぬ魔境は魔物の発生原因である不純魔力濃度が上昇し、恐ろしく強い魔物が跋扈するようになる。

  その魔物達は過酷な環境に耐えるためにより一層の進化を遂げ、さらに強くなりそして人の手に負えないような怪物となる。

  そんな怪物は最後には、一定以上の『知』を獲得し、下界ーーー人里に下りて暴威を振るうのだ。

  それが世界でよくある魔物災害の一例だ。

  だが、考えてみて欲しい。そう考えれば、グリセント王国は毎年甚大な被害を受けているのでは無いだろうか。

  だが、グリセント王国にはそんな様子は見られない。

  当然、魔物災害は起きるがそれも他国と比較しても同等どころかむしろ少ない方だ。

  一種の爆弾と言っても過言ではない山脈地帯を有するグリセント王国にとって、それは少し変ではないか。

  普通ならそうだろう。だが、この国には普通では無いことが一つあったのだ。


  そう、それこそが今悠斗が山脈地帯の一部に足を運んでいる理由である。

  そこにはーーー最強の種族、竜人種の集落があるのだ。




  事の発端は、およそ数日前に遡る。







 ☆☆☆☆☆


「……どこか行くの?」

 

  そう尋ねたのは、黒髪のセミショートヘアを揺らした表情の薄い少女ーーー神川希理かみかわきりであった。

  どこか猫を思わせるマイペースな感じの喋り方の少女に呼び止められた悠斗は、足を止め、彼女の方を振り向いて答えた。


「レイラさんから呼び出しを貰ってね。執務室に行くところなんだ」


「……そうなんだ」


「「……」」


  どうにも、距離感が掴めない。

  修練の魔境での共闘を経て、彼女との仲は大分深められた自覚があったが、希理は元々反応が薄めで、どの程度の距離を取ればいいのか分からずにいた。

  とは言え、折角話しかけて貰ったのにこれで話を切るのは悪いと思い、悠斗もまた希理へと質問をした。


「神川さ……希理はどこかに行くの?」


  神川さん、と以前までの癖でそう予防としたが、一瞬見開かれた眼光があまりにも怖すぎて、即座に失態を思い出し、言い直した。

 

「……城下町()の冒険者ギルドに。何か適当に依頼を受けるつもり」


  ああ、と悠斗は思い出す。

  確かに希理は時折、冒険者ギルドに行ってクエストをこなし、順調に等級を上げていると耳にした記憶があった。

  少し前、とは言っても修練の魔境へ探索に行く前に単騎でゴブリンジェネラルを倒すという、後衛職では中々為し難い功績を挙げ、ギルドから異名を頂戴していたとも聞いた。

  その異名は確か……


「……【魔弾姫】」


「〜〜〜ッ!!!」


  ボソッと呟かれた黒歴史(異名)をその優秀な耳で聞き取った希理は一瞬で顔が赤くなり、普段の無表情もどこへやら、明らかに動揺、羞恥面をフルオープン。

  漫画ならそのままポカポカ叩いてきそうなものだが、現実でそれはありえないようだ。

  ……もっとも、あったとしてもそれは勇者(白刃)の役割だが。

  そして、そんな希理の姿に思わず可愛い、と思ったのは秘密である。


「そ、それは忘れて!……そ、それでその……」

 

  口篭る希理。

  その真意を図りかねている悠斗は、不思議そうに彼女を見ている。


「……今度、一緒に……クエスト、しない?」


  俯き、消え入りそうな小声で、しかも途切れ途切れに言う少女の顔は、やはりまだ赤い。

  決して狙ってやったことでは無いだろうが、微妙な身長差故に懸命に悠斗を見ようとしている希理は、俯いてあたこともあって上目遣いになっている。

  朱に染まり、普段の無表情が取り払われた歳相応の女の子の顔に、涙で潤んだ瞳の上目遣いが、あまりにも破壊力が強すぎて、悠斗は頷くことしか出来なかった。


「……ありがとっ」


  そこまでで限界が来たのか、希理は弾かれたようにその場から立ち去った。

  唐突に言ってしまった希理を後目に、悠斗は再び執務室へ歩き出す。


「一緒にクエスト、か……」


  楽しいだろうな、と心から思う。

  希理は優秀な狙撃手だ。強力なユニークスキルもある。

  以前共闘した時も、こちらの隙を埋めるような精密極まる狙撃で魔物を射殺してくれた。

  彼女と入れば、それこそ修練の魔境のようなイレギュラーでも起こらない限りそれなりのクエストも軽くこなせるだろう。

  それに、もしかすれば瑛士達も来てくれるかもしれない。

  そうすれば、大輝や凛紅達とはまた違った楽しい冒険者生活ができるだろう。

  だが、それはきっと、叶わないだろう。

  凛紅にも話した通り、もう、日向を生きる彼らとは生き方が交わることはないのだから。


「大丈夫。大丈夫だ……」


  だから、今は鍵を掛けよう。

  この弱い心封じ込めるための鍵を。

  後は慣れてしまえばいい。

  慣れてしまえば、この感覚は痺れ、機械に成れる。

  成ってしまえば、後はもう、目的を達成するまで止まらない。


  誰に言ったのか分からない励ましを掛けて、悠斗は心静かに、レイラの元へと向かった。







 ……

 ……

 ……


「失礼します」


  執務室へ辿り着き、扉でノックして、許可を貰って入室。

  扉を開いてまず目に入ったのは、山のようなーーーそれこそ、漫画でしか見ないような程の量のーーー書類を淡々と、しかし丁寧に処理するレイラの姿だった。

  忙しいのか下を向き、高速で眼球を動かして書類を確認、その後判子を押していくが、その美貌はいつ見ても健在だ。

 

「申し訳ありません。呼び出しておいてなんですが、少々忙しいので話が出来ません。そこのソファーでしばらく待っていてください」


  そう言うレイラは、悠斗のことを見ない。

  忙しさのあまり、見る暇がないのだ。

  言われた通りに座っていても、やることがない悠斗はじっとレイラの姿を見つめている。


「……人に見られながら働くというのは、幾分か恥ずかしいですね」


  ポツリ、とレイラが呟いた。

  見れば、ほんのり顔が赤い。

  いくら強かろうとも、レイラもまた乙女なのだろう。


「私のような可愛げのない女を見てもつまらないでしょう?」


「まさか。貴女程の美人ならいつまでも見ていたいですよ」


「〜〜〜ッ!?」


  ドンッ!という音がした。

  レイラが判子を強く押しすぎていた音だ。ただし、押した場所は書類ではなくそこから少しズレた机で、そこには穴が空いていた。

  悠斗としては、ほんの冗談のつもりだった。

  いや、言葉自体には嘘はないが、本来なら悠斗が言うべき台詞ではない。

  下手するとセクハラにもなりかねないので、笑って流してくれれば良かった。

  が、レイラは悠斗の想像以上に初心だった。

  いきなりな悠斗の言葉に、レイラは一瞬で顔を赤くさせ、動揺を顕にしていた。


「あ、あのレイラさん……?」


「……」


  俯いて肩を震わせるレイラを見て、悠斗は一瞬、やりすぎたか?と思ったが数秒後には、なんでもなかったかのように顔を上げた。


「……褒め言葉として受け取って起きます」

 

  流石は大人の女性と言うべきか、その時にはもうレイラは既に平生を取り戻していた。

  それから数分。

  レイラはすぐに仕事を終わらせて、悠斗への話を切り出した。


「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。本題を始めましょう」


  少し前まで顔を赤くして動転していたとは思えない、凛とした顔。

  ただそれだけで、悠斗は本題に大まかな予想がついた。


「大体察しているかもしれませんが……以前頼まれていた竜人種の隠れ里に行く日時が決定しました」


  やはりか、と悠斗は思った。

  以前、修練の魔境から帰ってすぐのこと、悠斗はレイラに竜人種の隠れ里に行きたいと打診した。

  その理由は二つ。

  一つは種族間で培われてきた最高峰の『武』を学び、盗むため。

  そしてもう一つは悠斗の内に眠る竜の力をさらに引き出すためである。


「出発は四日後。詳細は後で説明しますが、場所が場所なので途中から馬車ではなく徒歩になるでしょう。必要なモノなどはーーー」


  つらつらとレイラは必要な情報を教えていく。

  場所のこと、必要な物、向こうでの作法、etc……。

  兎に角大量の情報、覚えやすく、分かりやすく纏めて伝えてくれる。


「ーーー以上が、向こうで必要なことです。しかし……一つ懸念があります」


「懸念、ですか?」


  説明を終えたレイラが、少し顔を顰めさせて言う。

  王国最強の騎士団長が懸念する事態とは、一体なんであろうか、と一瞬身構える悠斗だが、その内容は悠斗の予想していたものとは違かった。


「里での修行が、いつまで続くか分かりません。少なくても、一月は掛かるでしょう。その間に、皆さんに新しい任務が渡されるかもしれないのです」


「新しい任務?」


「はい。……あまり他言するのは褒められたことではありませんが、近い内に四国連合加盟国が集まって合同会議が行われます。四国連合のことはご存知ですか?」


「一応程度には。グリセント王国、マークウェル帝国、フレイスル共和国、リーベルヒ聖教国の計四つの大国を中心に、その属国、周辺諸国で構成される平和同盟のことですよね?」


「その通りです。よく勉強していますね。

  では少し復習を兼ねて説明しましょう」


  そう言うと、レイラはファミレスのベルのようなボタン装置に似た魔道具を取り出し、そのボタンを押した。

  すると魔導書から出るそれと同じホロウィンドウが展開され、そこに地図が映し出される。

  映っているのは、世界地図だった。


「この地図を見る通り、この世界は海と二つの大陸、そして後は小さな島々で形成されています。そして我が国がある大陸、レストムーア大陸は世界最大の大陸です。そしてその対称に位置するのがルクセノア大陸となります」

 

  そして魔道具を操作。

  地図がレストムーア大陸にフォーカスされ、さらにズームしてレストムーア大陸の拡大地図になった。


「これはレストムーア大陸の拡大地図です。西側に位置する比較的大きな国、これがグリセント王国になります」

 

  続いて指をその上、北側に向ける。


「そしてこの一番大きな国がマークウェル帝国。広大な国土と徹底した階級社会で有名な国家です。兵士一人一人の練度はあまり高くはありませんが、その数が頭一つ抜けているため、他国から恐れられている国です」


  指を右下、王国の対称の位置へ。


「王国の対称に位置するこの国は、リーベルヒ聖教国と言います。名前で分かる通り、世界随一の宗教国家であり、世界宗教であるザルヴァード教を信仰しています。ただ……行き過ぎた信仰心で異教徒や他国を滅ぼそうしたり、獣人やエルフ達など他の種族を差別するなど、あまりいい国とは言えません」


  顰め面で言うレイラを横目に、悠斗は思考する。

  世界宗教、ザルヴァード教。

  教義は博愛と進化。分かりやすく言えば、人に優しくし、自己を高め、そうした先に救いがあるというモノだ。

  地球で例えるならキリスト教の隣人愛と仏教の悟りを組み合わせたようなものである。

  他にもいくつか存在する他宗教に比べて、圧倒的な数の信教者を誇るが、その分内部分裂が酷い。

  ザルヴァード教の教義である博愛と進化だが、信者、或いは場所によってその教えが微妙に異なる。

  博愛を主に大事とし、人種差別なく人間を平等に愛そうと唱える穏健(博愛)派。

  進化こそを是とし、その資格を持つ人間、それもザルヴァード教徒のみが至上であり、異教徒や亜人を進化の糧として差別する過激(進化)派。

  この二つの派閥の衝突は、教国史において幾度も行われている。

  悠斗としても、あまり行きたいと思う国ではなかった。


  そうこう考えている間に、レイラの指は教国と王国の間、その下の方へ向けた。


「ここはフレイスル共和国。四国連合の象徴たる四つの大国の中では一番小さな国ですが、数こそ少ないけれど武に秀でた兵士と普段からの優遇によって国に愛着を持たせた冒険者達を利用した混成軍隊の総力は、帝国軍の総力と同等とまで言われています」


  フレイスル共和国のことも、一応資料を見て知っていた悠斗だが、さすがにそれはないだろうと思っていた。

  帝国軍の数はとにかく多い。それに対抗出来る戦力など、フレイスル共和国にあるわけがないだろうと。

  だが、世界史を見れば、これまでフレイスル共和国は三度帝国からの侵略を受け、その尽くを退けている。

  その事実は、フレイスル共和国の軍事力を証明するのに十分すぎたのだ。


  四国連合主要国の全てを説明し終えたレイラは、最後、ちょうど四カ国の中心にぽっかり空いた部分を指さした。


「ここが本題、中立区画と言う場所です。昔はこの場所を巡って四カ国同士の睨み合いが続いていたのですが、連合発足の際に中立にして、四国の交流の場にすればいいと言うことで、今の形があります。この世界に来た当初、貴方方がいたリーデルも、ここにあります」


  グリセント王国に来るまで暮らしていた街、中立都市リーデル。

  何故国の領土ではなく中立都市なのかずっと気になっていたが、そういう理由からか、と悠斗はここに来て初めて納得した。


「この中立区画には都市がいくつかあります。その中で最も大きく、栄えている都市が中立都市アクエル。そこで各国の重鎮が集まり、話し合い……つまり、四国連合会議が行われるのです」


  そこまで聞いて分からないほど、悠斗は愚かではなかった。


「ということは、近い内に四国連合会議を……それも、勇者達の説明を兼ねて行う、ということですか?」


「正解です。正確には、確かにそれも本命ではあるのですが、それを機に中立都市アクエルにある学園に入学させようと考えています」


  学園に入学……つまり学校生活。

  異世界に来てまで何故そんなことを……と思うかもしれないが、それは重要なことだ。

  第一に、悠斗含め異世界組はこちらの世界に対する常識が乏しい。

  第二に、いつまでもグリセント王国に引きこもっていないで、世界というものを肌で感じることが成長に繋がる。

  そして第三、もしこの世界で安全に生活したいのならば、冒険者などではなく店等で働きたいのならば、必ずと言っていいほど学校での勉強は必須である。

  それらを考えてレイラは学園入学を検討しているのだろう。


「学園への編入はどうにもなりますが、連合会議だけはそうは行きません。だから、里での訓練次第では貴方だけ入学出来ないかもしれません。それでも、よろしいですか?」


  ああなんだ、そんなことか……と悠斗は思う。

  そんな些細なことを気にしてくれているレイラという女性の優しさに感動しながら、悠斗は表情一つ変えずに言い切った。


「大丈夫ですよ、レイラさん。それに里での訓練がすぐに終わっても、学園に編入する気はありませんから」


「と言うことは……」


「はい。そのまま特務機関に接触しようかと。予想ですけど、多分もうアポイントは取れているんですよね?」


「流石、と言わざるを得ませんね。その通りです。里での訓練を終了次第、貴方と接触させます。

  ……本当にそれでいいのですね?」


「勿論ですよ、レイラさん。僕は貴女に感謝しています。僕のような余所者を、ここまで贔屓して貰っているのですから」


「……私には、これくらいしか出来ませんから。故郷から離されてしまった子供の、我儘を聞いてあげることくらいしか……」


  レイラの言葉には、万感の思いが込められていると、悠斗はすぐに察した。

  心優しい騎士団長様は、悠斗達の境遇を嘆き、そしてそれを助けてやれない自分の無力を責めているのだろう。


「レイラさん、違います。確かに僕らは故郷から離されてしまった。けど、それは悪いことばかりじゃないんですよ。例えば、貴女に出会えた」


「っ……」


  曇っていたレイラの瞳が、僅かに輝きを取り戻す。


「師匠やシャルルさん、ミリアさん、エルザさん達みたいな、素晴らしい人に僕は出会えました。向こうでは決してありえない最高の出会いがありました。だから、この世界に来たのは不幸ではありません。少なくても、僕にとっては」


  一歩踏み出し、レイラに近づいて。


「だからどうか、貴女は笑っていてください。そんな顔をされていては、この出会いを否定されているようで、少し嫌です」


「……」


  レイラの瞳は、伏せられていた。

  何かを堪えるように、じっと。

 

  そんな彼女を後目に、悠斗は執務室を後にしようとする。

  その背中に、レイラは最後の一言を掛けた。


「……ユウト。一つ忘れないでください。例え貴方がどう思っていようとも、私に、私たちにとっては、貴方もまた、守るべき子供なのです」


「……」


「貴方は一人ではない。貴方の力になることが出来る大人がいるのを、どうか忘れないで」


  そういうレイラの顔は、笑っていた。

  いずれ死地に向かうであろう少年を、信じて送り出すような、優しくて、涙を湛えた笑顔。

  それはとても、美しかった。

  だからーーー


「レイラさん。やっぱり貴女には、笑顔が似合ってますよ」


  つい思ったことを、正直に話して、執務室を後にした。








「〜〜〜ッッッ!?」


  取り残されたレイラがどうなっているかは、言うまでもないだろう。











 ☆☆☆☆☆


  風が強く悠斗を打つ。

  目の前にそびえ立つ大門は、まるでこれから悠斗が挑む壁のようだ。

 

  ……いや、だからどうしたと言うのだ。

  壁なんて、何度もぶち当たってきた。

  ならば今度も、超えるまでだ。


「行きましょう」


「はい」


  悠斗は一人の従者を連れて、その扉をこじ開けたのだった。





 

今回は、大陸や国などの情報を出して見ました。

今後の伏線になるもしれませんねぇ

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