悠斗の修行ー始ー
遅れてすいません!
漆黒の帳が早朝の朝日によって切り裂かれ、僅かながらに蒼穹が覗く頃。
王城の、いつもの部屋とは違う寝室で、悠斗は目覚めた。
異世界であるこの世界には、目覚まし時計という概念がない。
娯楽が少ないから寝る時はさっさと寝るから必要ない、ということもあって目覚まし無しでも悠斗は早起きができるようになっていた。
だが、起きたばかりの寝ぼけた悠斗の思考は、前日のことを思い出せず、ここはどこだ?という疑問で埋め尽くされていた。
「ここは……」
声に出したところで、悠斗の思考はハッキリとしていき、同時に現在地と今ここにいる経緯を思い出していった。
そう、悠斗は前日、悠斗の師であるクレドの義母にして師であるエルザに師事を受けに来たのだった。
が、二度ほどのアクシデントを経て日は落ち、その日は夕餉を相伴に与り、部屋を貸してもらって一日を終えた。
さらにいえば、悠斗はクレドと共に何日かここに居候させて貰って、訓練を受けることになっている。
「……外へ行こう」
元・金等級冒険者の訓練を受けられるのは嬉しいものだが、他人様の家に何日か泊まりがけということを思い出して、少し鬱気味になった。
その思考を振り払うために、悠斗は顔洗いなどを兼ねて外に出ることにした。
早朝だけあってか、まだ空は仄暗く、肌寒さがあった。
異世界の世界地図を悠斗は一度見たことがあるが、やはり地球のそれとは全く異なるものだった。
なので、グリセント王国の気候というのはよく分からないが、少なくとも冬はあるらしい。
以前クレドが「そろそろ凍月に備えねえとなぁ……」と零していたからそれは間違い無さそうだ。
悠斗も最近は寝巻き兼インナーを長袖に変えた所だったのだが、それでも肌を刺す寒さは、本格的な冬の到来を予感させた。
「……師匠?」
「ん、……ユウトか」
そんな訳で、外に出た悠斗は何故かクレドに出会った。
その顔には眠たさなど微塵もなく、恐らく悠斗より早起きしたことが伺える。
「どうした、外なんぞに出て」
「いや、朝の身だしなみでも整えたかったんですけど、どうも他人様の家のものを勝手に使うのは心苦しくて」
「なんだよそんなことか。別に気にしなくても良い……と言いたいところだが、そりゃ個人の考えだからな。そっちの方に行けば公衆水道がある。水質は保証できねぇけど、生活魔法が使えるお前なら大丈夫だろ?」
「ありがとうございます、師匠」
クレドが指さした方向に向かって、悠斗は歩き出した。
悠斗自身、早く歯磨きや顔洗いをしたかったので助かったが、不思議とクレドはそれから何も言わなかった。
☆☆☆☆☆
グリセント王国宮廷魔導師クレドはーーーいや、ただのクレドと言う青年は、どこか迷っていた。
自身の弟子、悠斗に彼が発した『闇』のことを問うかどうかを。
一瞬のことだったのでクレドと黒ローブ達以外は気づいていなかったが、悠斗が黒ローブ達の攻撃を払う時に見せた『闇』は禁忌研究所の尖兵、タルザード・ルクセントが放ったそれと同質に思えた。
魔力であることに変わりは無さそうだが、明らかに正道的なモノではなかった。
そんな力を、何故悠斗は持っているのか。
師として、そして一人の大人としてそれが気になった。
だが、聞いた所で素直に答えてくれるとも思えない。
或いは、何か言えない事情があるのかも知れない。
なれば、そんな所に無造作に踏み込んでいいモノだろうか?
それは、非常にデリケートな問題ではないのか?
様々な問題が浮かんでは消える。
どうすればいいのか分からない。
クレドも禁忌研究所を知り、追う者として僅かな情報でも欲しいところだ。
でも聞こうと思うと、途端に怖くなる。
それは万が一程の可能性であったとしても、もし悠斗が禁忌研究所の人間であったのならと考えると、それがとても恐ろしく感じる。
いつまで経っても結論が出ない自問自答を繰り返し、クレドは思考の輪廻に囚われた。
「師匠?何してるんですか?」
どれくらい考えていただろうか。
気がつけば、公衆水道から戻ってきた悠斗に声をかけられていた。
実はお前の『闇』について考えていた、なんて言える訳がない。
適当に言い繕おうとして、その気持ちとは裏腹に、何故かその言葉が飛び出した。
「ユウト。早朝訓練だ」
☆☆☆☆☆
公衆水道に行って帰ってきた悠斗は、唐突にクレドから早朝訓練を強制させられた。
別に嫌ではない。
早朝訓練はいつも王城でやっている。
が、それは壊れるモノが何も無く、周囲の被害や迷惑を気にしなくていい訓練場だからできることだ。
悠斗やクレドの規模でやるには、この場では厳しい。
「良いからやるぞ。エルザと戦る前の準備運動程度だ。身体強化、スキル、魔法なしの単純な殴り合いだ」
師曰く、スキル抜きの格闘技能や喧嘩殺法は覚えておくと便利らしい。
悠斗自身も、基本は魔剣ノクス主体の中距離は魔法、近距離は剣だけでなく格闘技を併用するテクニカルファイターなので、格闘技能はあるに越したことはない。
それにこの訓練には市街地内での戦闘を想定した意義もあり、これにより周囲に迷惑や被害を出さずに敵を制圧するためのものでもあるらしい。
そこまで言われたのなら、断る訳にはいかない。
禁忌研究所という下手な一国家にも匹敵する強大な敵を潰すために、悠斗は少しでも多くの経験値が欲しいところだ。
幸い、冬近くの冷えた空気のおかげで、悠斗は完全に目覚めている。
クレドに了承の意を告げて、悠斗はウォーミングアップで体を温める。
準備が終わったのはそれから五分後のことであった。
「用意はいいか?」
「はい。いつでも行けます」
お互い、少し離れた位置に立つ。
魔力は練らず、魔法もスキルも使わない純粋な格闘戦。
明らかに条件はクレドの方が上だが、実戦には卑怯も何もない。実力や条件で上の相手を下す訓練としては最高だ。
「ならスリーカウントで始めるぞ」
クレドの口から数字がこぼれる。
三。
二。
一、を言い終わった瞬間に、悠斗とクレドは一斉に飛び出した。
「「ふっ!!」」
挨拶代わりのストレート。
互いに繰り出された拳は、両者の顔面へと吸い込まれるーーーことはなかった。
クレドの拳は開かれ、真っ直ぐ突き出されていたはずの腕を途中で捻り、悠斗の腕を取り、脇に挟むようにして掴んだ。
「っ、何を!?」
「どらァッ!」
悠斗はクレドの手を振り払おうとするも、それよりも速くクレドが悠斗の腕を軽くキメたまま体を回転させ放り投げる。
そのまま受ければ腕を折られることが確実なので、悠斗は敢えて動きに合わせて投げを甘んじて受けた。
が、クレドの素の力が思ったより強く、悠斗はブレーキをかけきれずに前につんのめるようにしてバランスを崩してしまう。
それが、致命的だった。
「っ!?」
気づいた時には、もうクレドは目の前にいた。
連続して繰り出される拳を両腕でガードして、一度距離を取ろうとするも、その思考に気を取られた隙に足を踏みつけられ地面に縫い付けられる。
息つく間もなく、次に来たのは膝。
躊躇いなく腹を狙ってくる辺りが相手を瞬時に無力化、殺傷する喧嘩殺法なのだろう。
だが、悠斗とてそれは分かってる。
腕では折られると思い、手で受け止める。
手の平と腹部に鈍い衝撃が走り、骨が軋む音がする。
衝撃は殺し切れなかったが、直撃は避けた。
悠斗はそのままクレドの足を掴んで、ひっくり返すように上へ投げた。
「おっと!」
バランスを崩したクレドは、悠斗を押さえつけていた足で跳躍し、空中で一回転して着地した。
悠斗は直ぐに追撃しようと考えたが、先の攻防で足と手にダメージが蓄積し、すぐには動けなかった。
その苦痛すらもねじ伏せ、悠斗がクレドに向かおうとした時、悠斗の視界、その端に刹那に瞬く光が映った。
「「ッ!?」」
気づいた時にはもう遅い。
迫る一筋の雷光は、既に魔法では防御不可の位置にまで到達している。
一瞬避けることも検討したが周囲をことを考えるとそれもアウト。
だから弾く。
まず部分的な竜人化を左腕に行い、そこに付与魔法『耐性付与:雷』を掛けた。
その腕で迫る雷光を殴りつけ、霧散させた。
突如訪れた攻撃に一瞬身構えつつ、下手人を認めると、悠斗は構えを解いた。
「お見事」
「何してんの、お前」
下手人に鋭いツッコミを入れたのは、クレドだった。
見ればクレドも片腕を突き出し、周辺に魔力の残滓を漂わせている。
恐らく自分に飛んできた雷光を無属性魔法『魔障壁』で防いだのだろう。
不意打ちの、それもあんな速度の魔法攻撃を咄嗟に防御魔法を展開して防ぐとは、流石クレドである。
「いやぁ、二人が随分面白そうなことやってたからね。つい、ちょっかい出したくなっちゃって」
「つい、じゃねぇよ。悪戯感覚で高速攻撃魔法使うんじゃねぇ」
悪びれもせず、うふふと笑うエルザに悠斗は表情にこそ出さないが、戦慄していた。
(悪戯感覚であの攻撃だって……っ)
あの魔法速度。
いくら不意打ち、かつ全属性中最速である雷魔法とは言え、あれではほぼ雷速。
【冒険者殺し】相手に撃った、魔力過多発動の《電撃》と同等の速度。
それだけなら、まだ驚異にはならない。
ファンタジーな異世界では、銀等級の冒険者くらいなら雷速でも避けれる者はいる。
だが、それが悪戯感覚であることが問題だ。
エルザが威力を加減していたから拳で相殺出来たが、彼女が本気になった時、あれより迅く、さらに威力もある攻撃が飛んでくると考えると、本能的な恐怖が湧き出てくる。
(これが、虹等級にまで手を掛けた元・金等級冒険者……)
なるほど、確かに人外クラスだ。
そして同時に思う。
この女性から学べば、自分もここまで強くなれるかもしれない、と。
この位の力があれば、タルザードクラスの実力者が数名集まっても対処できる。
これは是非とも食らいつけばならない。
悠斗自身の目的を達成するために。
「……ふむ。よし、丁度いいから今稽古つけて貰え、ユウト」
「今、ですか?」
それはいくらなんでも……、と悠斗はエルザを見る。
エルザは笑顔を崩さずに、「別に良いわ」と答えた。
「ん、じゃあ頼むわ。朝食の準備は……」
「それはもう出来てるよ」
さらに新たな声。
その主はシャルルであった。
「……シャルルか」
「僕を忘れるなんてひどいじゃないか。二人の訓練するなら、僕が必要だって言ったろ?」
げっ、みたいな表情をするクレドにシャルルはわざとらしく悲しげな表情をとる。
しかし実際、悠斗とエルザのぶつかり稽古をするためには、シャルルが張る防御結界が必須だ。
十中八九ウザイ絡みをされるのが分かっているからあまり頼りたくはないが、仕方がないと割り切って、クレドは意識を切り替えた。
「ふん。じゃあさっさとしてくれよ」
「うわぁ、何このナチュラル上から目線。ま、やるけど」
手に持っていた長杖の石突を床に少し強めに叩きつけ、少し軽快な音をかき鳴らす。
そして王国が誇る大魔道士は、結界魔法の詠唱を始めた。
「『隔離結界:空間置換』」
そして展開される結界魔法。
否、これは結界に特化した魔法である結界魔法と、難易度が高く、習得できる人物が少ない超高等魔法、空間魔法の合体魔法だ。
名前の通り、あの結界の中は外見を燃した別空間となっている。
結界そのものが壊れなければ、中で起こった惨状は消して外界に反映されず、どれだけ暴れ回っても周囲に被害はない。
……まあ当然、それだけの大魔法を使うのが簡単な訳もなく。結界の範囲は孤児院前の前庭まで。
まあ、前庭自体も相当広い。魔道士であるエルザと機動力を主体とする戦闘スタイルの悠斗にとっては僅かに狭いかもしれないが、模擬戦をする分には問題ないだろう。
「さて、術の維持のためにシャルルと俺は結界の外で待機。少しでも危険と感じれば、そこで終了だ。ないとは思うが、結界が壊れそうになった時も強制終了だ。いいな?」
「了解です、師匠」
「分かったわ、クレド」
クレドが簡単なルール説明を行い、悠斗とエルザが結界の中からそれに同意する。
模擬戦、ぶつかり稽古をするだけとは思えない言葉だが、それがこれから起こるであろう戦闘の激しさを予感させた。
「んじゃまあ、適当に……開始!」
クレドが発した模擬戦開始の掛け声と同時に、悠斗は《魔剣創造》を発動し、刃を潰し、悠斗が必要とする最低限の重量に留めた魔剣を創造した。因みに、魔剣としての能力は当然ながら魔法の威力上昇と魔法発動のアシスト効果である。
傍から見れば、虚空から突如出現したように見える魔剣を見て、エルザは一瞬だけ目を見張った後、すぐに表情を元に戻した。
「驚いた。召喚魔法?いえ、スキルかしら?とにかくその剣、かなりの力を秘めているようね」
「ええ、これでも魔剣ですから。一応刃は潰しであるので安心してください」
「?まあいいわ。さあ、始めましょう」
僅かに、悠斗の発言を不思議に思ったエルザだが、それをすぐに打ち消し、もう会話は終わりだといわんばかりにあいさつ代わりの魔法を打ち出した。
雷属性魔法Lv3『雷閃』。貫くことに特化させたこの魔法は、展開した魔法陣から一条の雷の槍を解き放つというシンプルなモノであるが、その殺傷力の高さと使いやすさ、そして魔力消費のコスト面から様々な魔法使いに愛用されている。
が、エルザが放ったそれは、従来の数倍の速度、そして威力を目に見えて孕んでいた。
しかし、悠斗とて数々の死線を潜り抜けてきた猛者。
今度は表情一つ変えずに『雷閃』を避け、逆に『雷閃』を同時発動・連射し、速度と威力の代わりに手数で反撃しようと試みる。
本来、魔法専門職ではない悠斗には出来ない技術だ。
だが、悠斗が創った魔剣がそれを可能にしていた。
「『雷鞭』」
しかし、そんなちゃちな小細工は通用しない。
歴戦の魔女は幾本も同時に放たれる雷の一閃を雷属性魔法Lv4『雷鞭』によって全て弾いた。
続く悠斗の魔法攻撃も、雷の鞭が容赦なく薙ぎ払う。
さらにうねる鞭が、悠斗を襲う。
雷鞭は悠斗の魔剣に巻き付き、そこに電撃を流し込んで来る。
「っ!」
咄嗟に手を離し、その場から離脱。
しかし武器を手放したのは僅かに痛い。
エルザは雷の鞭を器用に振るい、悠斗の魔剣を巻きとって回収した。
ーーーそれが悠斗の望み通りだと知らずに。
「命令式:武装爆破」
「っ!?」
悠斗が呪文を唱えた瞬間、魔剣が爆ぜた。
刀身から爆発が起こり、破片を飛ばして爆炎を空に舞わせる。
命令式:武装爆破。
悠斗のユニークスキル、《魔剣創造》の派生技の一つだ。
魔剣の力を攻撃、補助問わず暴走させ、剣そのものを爆弾に変える使い捨て前提の馬鹿げた技。
本来貴重である魔剣を態々犠牲にしてまでするほどの技ではないが、魔剣を大量生成できる悠斗だけは例外であった。
「なんて技……。でも、それで貴方の武器も無くなったわよ?」
「大丈夫です。この程度、何本でも創れますから」
いきなり武器が壊れたことにより、継続の心配をするエルザに、悠斗は不敵に笑って《魔剣創造》を発動、一気に数本の魔剣を創り出して地面に刺しおいた。
目の前で起きた謎現象に、エルザは一瞬目を丸くし、さらにそれらが魔剣であることを理解すると顔を強ばらせた。
「そう、なら遠慮は……いらないわね!」
だがそれも束の間、エルザは即座に思考を切り変え、雷属性魔法Lv5『雷獣』を発動。
三匹の雷で形成された狼が生み出され、悠斗に喰らいつかんと迫る。
「なんの!」
だがそれを、悠斗は魔剣に付与魔法『魔力付与:雷電』を掛け、打ち払う。
雷属性魔法に雷属性魔法はいかがなものかと思われるかもしれないが、属性如何に関係なく、魔力同士のぶつかり合いは相殺されることが多い。
悠斗は現在、自分が使える属性の魔力付与しか使えないから雷属性だが、それでも十分に撃退効果はある。
流石に三頭一気に、とは行けず、ちょこまかと俊敏な動作で悠斗を翻弄する雷狼を確実に屠殺していく。
(まずいな……)
悠斗は、エルザが何かをしようとしていることに気づいていた。
《感知》スキルでエルザの魔力の動きを認知したからそれは間違いない。
恐らくこの『雷獣』は陽動。素早く動けて無視も出来ない厄介な魔法で時間を稼ぎ、強力な魔法攻撃を行うつもりだろう。
陽動のために中級の中でも高位に属する魔法を放つ辺り、エルザの実力がよく分かるところだ。
とは言え、それが分かっていても阻止ができるかどうかは別な話だ。
エルザが放った雷獣は、その術者の実力が見えるように実に強い。
いくら雷属性魔法の速度に慣れていないとは言え、本来一刀で斬り伏せるはずだったのに、何度も攻撃しているのにも関わらず今だ三体とも健在だ。
(ならこうだ!)
このままではまずいと思い、悠斗は立ち回りを変える。
雷狼の攻撃を避けることに専念し、その包囲が崩れるように仕向けーーー
(今だ!)
一気に飛び出す!
目指すのは無論、術者であるエルザ。
悠斗を襲えという命令式のもと、自立行動をする『雷獣』だが、当然ながらに術者に危害を加えるということがないよう、術者よりある一定の距離では行動が鈍り、自動操作から遠隔直接操作に変えざるを得ない。
となれば、『雷獣』の操作のために強力な魔法の展開を中止するか、強力な魔法を発動するために『雷獣』の制御を疎かにするかの二択を選ばされるわけだ。
まさに一石二鳥。そして悠斗は、虚をつくために敢えて最初に使わなかったソレを発動し、一気に距離を詰める。
「《飛燕》!」
「っ!?」
エルザからすれば、悠斗が消えたように見えたのだろか。
目を見開いたのを、悠斗は見逃さなかった。
そして悠斗はエルザの背後へと回り、鋭い一刀を放つ。
その斬撃は未だに前を見ているエルザの背中を打ち据えるーーー
「え?」
ーーーはずだった。
悠斗の斬撃はあろう事か後ろ向きの状態でエルザの長杖によって受け止められていたのだ。
少し抜けた、悠斗の声が漏れ出た瞬間、悠斗の腹部を強い衝撃を襲う。
「がッ!?」
続く顎部への衝撃と苦痛。
わけも分からぬまま地を転がされる。
それでも反射的に受身を取り、直ぐに体勢を建て直した悠斗は流石と言った所か。
「あら、もう終わり?」
挑発するような笑みを浮かべて、エルザは悠々と立っている。
その笑みすらも美しいのだから、苛立ちの一つも出てこない。
悠斗は先程、彼女になにをされたか理解出来なかったが、落ち着いて考えれば分かる事だった。
まず、あまりにも衝撃的だったエルザのガードに気を取られ、その隙に杖で二回殴られただけだ。
だが、それが異常だ。
魔法専門職が、しかもリーチはあるとはいえ武器として使うものではない杖で前衛専門の剣士を叩きのめした。
これを異常と言わずなんというのか。
「あら、考え事?余裕ね」
その思考を断ち切るように、エルザの声が聞こえた瞬間、三匹の雷狼が迫ってきた。
その動きは相変わらず俊敏で、まだ鈍化範囲内だと言うのに動きが鈍った様子はない。
いや、むしろ動きが良くなっている。
「っっっ!!!」
後退は許されない。
決死の覚悟で雷狼と斬り合う。
同時に、悠斗は気づいた。いや、気づいてしまった。
エルザがまだ大魔法の展開をしていることに。
まだ悠斗がいるのは『雷獣』の直接操作必須圏内。
悠斗の頭に最悪の可能性が浮かぶ。
(まさか……高位魔法を展開しながらの複種類同時魔法展開!?)
飛びかかってきた雷獣が、悠斗を追い詰める。
何とか機を狙って振るう術者への凶刃も、エルザ本人によって弾かれる。
(これが、元・金等級……っ!)
悠斗は知らなかった。
虹等級にまで手を掛けた者の実力を。
悠斗はどこか過信していた。
己の実力を。
何よりも。
彼は想定していなかった。
王国最高の格闘家の師匠であるエルザが、格闘戦で弱いわけがないことを。
そして、認識が甘かった。
妖精種に与えられた、種族特有の魔法への才能、その絶大さの。
この時になって、悠斗は初めて理解した。
これが本物。
悠斗がこれまで戦ってきた数々の強者の中でも、トップクラス。
本物の、英雄と呼ばれる程の実力者。
その人と、対峙していることに。
今更ですが、無詠唱と詠唱破棄は違います。
無詠唱は口に出さないだけで詠唱してますし、詠唱破棄になると、多少の威力減衰はありますが即射できます。
まあ、なろう民の皆様なら分かっていると思いますが、一応言わせて頂きました




