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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
89/112

ヒトの悪意は突然に

予め言って起きます。今話、悠斗のキャラ崩壊が酷いです。が、これはわざとなので悪しからず。

そしてかなり遅れてすいませんでしたぁぁぁぁ!

えたることだけはないので、勘弁してください!

グリセント王国の早朝は意外に人が多い。

商人が仕入れをし、店の準備をしている。

衛兵が深夜巡回から交代し、仄暗い朝の仕事に当たる。

体が資本の冒険者達は、未だ朝日が顔を出さない中で体を温める。

まあとにかく、早朝だろうと人は働いている。


そして王城でも、とある宮廷魔道士の師とその弟子が激しく訓練……していなかった。



「師匠、今日は何をするんですか?」


「ん、今日は以前言ったお前の新しい師匠に会いに行くぞ」


「っ、本当ですか!?」


「ああ」


その日は珍しく、いつもの時間に訓練場に行っても組手は始まらなかった。

その代わりに、さきの会話の通り、これから悠斗が戦いを教わる人物への面会となった。


「一応言っとくが、あいつは俺の師でもあるし、元金等級ゴールド冒険者だ。今現在、この世に誰一人として存在しない虹等級レインボーへの昇格話もあったらしい。

つまり、だ。あいつはめちゃくちゃ強い。くれぐれも、見てくれに騙されんな」


「見てくれ?女性だったりするんですか?」


「ああ。あの女、多分今日実戦訓練とか言ってお前の力量を測ろうとしてくるからな。見た目は弱そうな女だが、決して攻撃を躊躇うんじゃねぇ。強くなりてぇなら、本気でやりな」


「……はい」


脅しのような言葉。

されどそこには悠斗を慮る思いが込められていた。


「ま、話はここまで。後は向こうに行ってからだな。心配すんな。あいつ少し厳しいけど、優しいからさ」


そう言うクレドの顔はとても優しげで、本当にその人物を大切にしていることが良くわかった。


「まあ、そんな訳で、早朝訓練はやらねぇ。朝飯食ったら出かけるから、その時になったら通話機能で知らせてやるよ。あ、自主練もするなよ?魔力は残しとけ」


矢継ぎ早にそう言って、クレドはさっさと訓練場を出ていった。


「……一体、どんな人なんだろう?」


零れた悠斗の呟きは、早朝の空気に溶けて消えていった。








「ああ。悪いけど、今日行くわ。予定とかは……大丈夫みたいだな。ん、ありがとうエルザ。……お、おい、それは勘弁してくれ……いや、だから……うぐっ、……か、義母かあさん」


悠斗の気付かぬところで、必死に威厳を保とうとしていた師匠クレドの羞恥を堪えた声が響いた。


「と、とにかく!悪いが前言った通り、少し面倒見てくれ。ああ。助かる。なんか買ってきて欲しいモノとかあるか?……分かった。じゃあ、一回切るぞ。じゃあな」


魔道書の通話機能を使ってエルザに電話していたクレドだが、義母たる彼女には頭が上がらず、からかわれ続けていた。


「ったく、俺はいつまでも子供じゃねぇってのに……」


「え〜、そうかなぁ?子供時からあんまり変わってないように思うけど」


「は?」


独り言を呟いたはずなのに、後ろから返ってきた何者かの声に、クレドは思わず間抜けな声を漏らす。

背後に立っていたのは、彼の親友にして宮廷魔道士の一人、シャルルだった。


「いくら王城の中とは言え、ちょっと気を抜きすぎじゃない、クレド?」


「いや、お前……気配遮断の魔法まで使って来るとか、暇なの?」


気配遮断はそのほとんどがスキルや技術で行うものだ。

少なくとも、魔法でやることも出来なくはないが、非常に高度な技術を要する。

それをことも無さげに扱えるのは最上級魔道士(マスターウィザード)位だろう。

ともあれ、そんな高等技術をイタズラするためだけにやるとは、流石変わり者で有名な【賢者】と言うべきか。


「あはははっ、酷いなぁ。僕は親友たる君にほんの少しの遊び心を教えようとしただけさ」


「高位魔法を使ったイタズラは遊び心に含まれねぇよ!」


尤もである。


「いや、別に用が無いわけではないんだよ」


「用?何だよ……」


クレドの沸点ギリギリでシャルルは真面目な話に切り替える。

昔からエルザに次いでクレドを翻弄するのが上手いのだ、シャルルは。


「エルザさんの所に行くんだろ?僕も連れてってくれよ」


「お前を?なんでだよ」


「久々に子供達の顔が見たくなった、じゃダメ?」


「嘘つけ。さっさと本音を言いやがれ」


「一応これも本心なんだけどなぁ……」


メソメソ、オイオイ。

わざとらしく嘘泣きするシャルルに、クレドの額には青筋が。


「まあ、一番の理由はエルザさんの戦闘を見るためかな。彼女にはまだ教わることが多いからね」


エルザはクレドの師であると同時にシャルルの師でもあった。

多くの魔法を極め、【賢者】とも呼ばれるシャルルだが、戦闘系魔道士としての能力や、風・雷属性魔法に関しては未だにエルザに追いつけていない。

彼女は一線を退いて以来、あまり戦いをしなくなった。

故に、これから起こるであろうエルザの戦闘はシャルルらが強くなるための貴重な材料となるのだ。


「それに、僕を連れていけばいいこともある」


「いいこと?」


「そう。ところで、クレド。君はエルザさんとユウト君の訓練、どこで行わせる気だい?」


「……あっ」


忘れてた、と声こそ出さないものの、顔が何よりも語るクレドに、シャルルはドヤ顔で言った。


「僕が魔法で結界を張れば、どこでもできるよね?」


「うぐっ……」


なんか腹立つ。だが確かにシャルルの言うことは的を得ている。でもやっぱり腹立つ!

そんな感情を押し殺し、悠斗のためにと自分に言い聞かせて、クレドは「分かったよ」とだけ簡潔に言う。

そんな彼を面白そうに見ているシャルルだが、急にその顔を変えた。


「それに、それだけじゃないよ。エルザさんの戦闘を見たいのは本当だけど、理由はまだ他にもある」


「……なんだ?」


「最近、禁忌研究所が活発になりつつあるのは知ってるよね?その構成員が数名、王都ウチで確認された。その中でもビックネームには君とやり合った男ーーータルザード・ルクセントがいる」


「あの野郎……っ」


クレドの脳裏に、以前戦った戦闘狂(バトルジャンキー)の生理的に不快な笑みが過ぎる。


「彼らが出没している所は主に西地区と南地区の境目周辺。言いたくはないけど、このままだとエルザさん達に奴らの手が及ぶかもしれない」


「……っ!」


薄々、勘づいていたのだろう。

特に驚くことは無く、静かに怒りを発する。

握り締めた拳からは血が滴り、怒気と呼応するように魔力が全身から漏れている。


「落ち着きなよ。とにかく、今回の僕の目的は四つ。一つはエルザさんの戦闘を見ること、そして敵対勢力の釣り(・・)及び周辺捜査だ」


「なるほど異はない。……ん?、四つって言わなかったか?」


「うん。そして最後の一つはユウト君の実力調査かな」


「ユウトの?それなら、俺との訓練でも良いだろ?」


「それじゃあダメなんだよ。君らの訓練じゃあユウト君の本当の力は分からない。どうしても制限が掛かるからね」


「……」


一理、いや十里はある理屈に、クレドは沈黙せざるを得なかった。


「分かるだろ、クレド。明らかに彼は変わった。強さ、そして纏う雰囲気が」


「……ああ。それは俺も分かっている」


ダンジョン攻略から帰った悠斗を見たクレドは、最初目の前の少年が誰だか分からなかった。

彼の気配が、空気が、クレドが良く知る少年のそれとはあまりにも違い過ぎたのだ。


「ダンジョン攻略の間で成長したのはユウト君だけではない。ハクバ君やエイジ君、キリちゃんはユニークスキルを覚えたし、ダイキ君もかなり強くなった。でも彼らの成長はどこまでも純粋な正統進化。その点、ユウト君の成長はどこか異質さすら感じさせるイレギュラー。一度、この目で強さを確かめておくべきだ」


「だから、二人が全力で戦えるようにお前が出張ると?」


「そうだね。エルザさんなら、ユウト君が本気でぶつかってもお互い怪我無く終わらせられると思う」


クレドから見て、悠斗の実力はまだ完全には不明だ。

何せお互い全力でやり合ったのは過去に一回……それも、最初に出会った時だけなのだから。

それを踏まえても、クレドはエルザの方が悠斗より強いと考えていた。

それほど、虹等級レインボーに近い元・金等級ゴールド冒険者というのは強いのだ。


「……癪だが、力を借りるぜ、シャルル」


元々、人に頼るのが苦手なクレドは、苦虫を噛み潰したような顔で悪態を突き、それでも協力を仰いだ。

禁忌研究所の件と悠斗の件、様々な案件が重なったクレドに、こだわっている余裕はなかったのだ。


「うん、任せてくれよ、親友」


クレドに頼まれた自称、親友はとても嬉しそうな笑みを浮かべて、颯爽と準備に取り掛かるのだった。







☆☆☆☆☆


「あれ、シャルルさんも一緒ですか?」


準備を終え、クレドに呼び出された悠斗は彼の隣に居る青年、シャルルの存在に驚いたような顔を見せる。


「まあね。僕のことはあまり気にせず、いつものようにしてていいよ」


「はぁ……」


怪しい。実に怪しい。

シャルルは一見、穏やかで優しそうな青年に見えるが、その中身はいたずらっ子な性質を持つ。

短気で愚直な性格のクレドが、一体これまで何回踊らされたか、その回数は計り知れない。


「コホンっ、とにかく、行くぞ。あと悪いが、先に寄らなきゃ行けねぇ場所がある。付き合ってくれるな?」


「分かりました。行きましょうか、師匠」


師の言葉に従い、悠斗はクレドの後をついて行く。

その顔に、僅かばかりの緊張を残して。








クレドの言う用事と言うのは、買い物であった。

まず先に行ったのは王城から最も近い場所にある北地区だった。

そこで最初に入った店は衣類などを売る店だ。


「ユウト、命令だ。服を選べ」


「はぁっ!?」


突然の無茶振り。

あまりにも突発的すぎる要求に、悠斗でさえも敬称が崩れた。


「言い忘れたが、俺の師匠は孤児院をやっててな。そこにいるガキ共も服を買ってこいって言われた。金はあるから取り敢えず服選べ。俺はこういうの苦手だ」


「いやいやいや、ちょっとまってくださいよ!?僕も無理ですって!」


「知らん。やれ」


「あんたは馬鹿か!?」


理由は分かった。だがその理屈はおかしい。

出来ないからやれとか子供かっ!?というツッコミが口から出かけたが、それをぐっと堪える。

一度言い出したら聞かないのが、クレドと言う大人だからだ。


「……これとかどうでしょう」


少し悩んで、指したのは青の生地にシンプルなデザインの服だった。

それを見たクレドは僅かに間を置いた後、顔を歪めて、


「えぇ……微妙……」


「そろそろ怒りますよ!?」


あんまりである。

顔をひくつかせている悠斗は、隅っこで笑いを堪えているシャルルを見て、いらぁっとした。

だが、実力行使しても防がれる。ので、ささやかな嫌がらせをすることにした。


「師匠、シャルルさんが選んでくれるそうですよ」


「ほう……?」


「っ!? ぼ、僕かい?」


いきなりの指名に狼狽えたシャルルに、悠斗は成功したか、とほくそ笑む。

だが、その期待はすぐに裏切られた。


「んー、じゃあこれなんかどうだい?」


さも適当、といった感じに選ばれた数着の衣服。

そのどれもが装飾華美では無いものの、決して単調と言うわけでもなく、実用性とオシャレ性を併せ持ったモノだった。


「ふむ。良し、これにしよう」


「嘘だろ……っ!?」


まさかの、普通に良い選択。

予想を外れたシャルルの能力に、悠斗は愕然とした。


「ふふふ……残念。僕に一杯食わせるにはまだ足りないよ」


シャルル渾身のドヤ顔。

実に腹ただしい。


「おーい、次行くぞー」


だが、何か言う前にクレドからお呼びが掛かった。


「……行きますか」


「そうしよう」


結局、悠斗は終始大人に振り回されて買い物は終わった。








服屋の次は日常品の店へ、その次は食料品店、そして本屋、玩具屋、お菓子屋と意外に多くの店を回った。

とは言え、予め買う物を決めていたのか、一つ一つの買い物はそう時間は掛からず、トータルで二時間位で済んだ。

その間も、悠斗は最後まで大人にからかわれていた。

買い物によって増えた多くの荷物は三人で分割して【マジックチェスト】に収納したため、全て収まりきり、彼らはほぼ手ぶらで歩いて行った。


「で、後どれくらいなんですか師匠?」


「んー、そうだな……後十分も歩けば着くぞ」


そんな会話をポツポツとしながら歩き続けて十分程。

クレドの言う通り、その建物は見えてきた。


「師匠、あれですか?」


「おお、あれだ」


簡素な会話。

彼らの言うあれ、とは目の前に見える少しボロボロな教会のような建物のことだ。

悠斗はスキル、《感知》によって建物の内部を把握している。

なるほど、確かに孤児院のようだ。教会にしては中身がそれらしくない。

それに中には複数の子供と一人の大人の反応がある。しかも大人方はとんでもなく強い魔力を感じる。

この反応を持つ大人こそが、クレドの師なのだろう。


「ほら、着いたぞ」


クレドが建物前で止まり、悠斗もそれに倣う。

「ここで待ってろ」とクレドは言って、彼は教会の扉を叩いた。


「エルザ、俺だ。例のガキを連れてきた」


ゆっくりと扉が開き、奥から一人の女性が出てきた。

純金を溶かしたような金色の輝きを持つブロンドの髪に、翡翠の瞳、そして特徴的な長耳の美しい女性だ。


「クレド、お帰りなさい」


女性ーーーエルザは、母親のような、聖母のような慈愛深い顔でクレドを出迎えた。


「エルザさん、今回は僕もいますよ」


「あら、シャルル。貴方も、お帰りなさい」


悠斗と同位置にいたシャルルが、その場からエルザに声を掛けた。

そしてそのまま、その視線は悠斗の元へ注がれた。


「貴方が、クレドの弟子になったって言うユウト君?」


「はい。いつも師匠にはお世話になっています」


ぺこり、と頭を下げる悠斗。

『礼で始まり礼で終わる』、日本の武道を嗜む者は必ず身につける基本の礼儀が、彼にそうさせた。

律儀に頭を下げた悠斗に、エルザはホッとしたような顔になり、やんわりと告げた。


「そんなにガチガチならなくてもいいわ。クレドの弟子なら、私の子供当然。もっと気軽に接していいのよ」


「いや……その……では、僕もエルザさんと呼ばせていただきます」


「うーん、私的にはお義母さん、でも良いのだけれど、まあ良いわ。よろしくね、ユウト君」


もっと気軽で良い、と言われてもエルザ程の美人に言われると、元々コミュニケーション能力が高くない悠斗にはしんどい。

一応敬称付きの名前呼びで落ち着いたが、かなりたどたどしい言い方になってしまった。


「あー、なんだ。まず先に飲み物でもくれ。喉乾いたところだ」


「ふふ、良いわよ。ちょうど冷ました紅茶を用意したの。すぐに飲めるわ」


「そりゃ助かる。あ、これ土産と頼まれてたやつ」


【マジックチェスト】から必要な物を取り出してエルザに見せる。

彼女は大輪の花のような笑顔で微笑み、ありがとう、と言った。

取り敢えず院内に失礼することになり、悠斗達は中へと案内された。

元・礼拝堂の遊び場に設置された机とセットになっている椅子に座った悠斗達に、ティーカップが置かれた。


「紅茶、どうぞ」


「ありがとうございます、エルザさん」


差し出された紅茶を口に含む。

既にミルクや砂糖が投入されているのか、色は白く、味はまろやかで飲みやすい。

甘すぎず、しっかりと紅茶の味は残っている。ストレートはあまり好まない悠斗には、嬉しい配慮だった。


「美味しいです」


「そう、良かった。クレドが好きな味だから、そう言われるととても嬉しいわ」


意外なことを知った。

クレドは甘口なものが好きらしい。

可愛い所ありますねぇ、みたいな視線をプレゼントする悠斗に、クレドは渋面になって


「……なんだよ」


と言うのが精一杯であった。


「ふふふ。師弟仲が良くて嬉しいわ」


友人(シャルル)さえもぷくくっ、と笑い、クレドの味方はゼロ。

唸るクレドにエルザはただ微笑んでいた。

クレドが悠斗に弁明しようとした時、子供部屋がある方に続く扉が勢い良く開かれ、中から数名の子供達が出てきた。


「にぃちゃ、来たー?」


「シャルル兄ぃもいる!」


「しらないやつがいるよー」


「おにいちゃんだれー?」


数名の子供達は久しぶりにあった長兄的存在と、優しいお兄さんに群がり、初顔の悠斗に質問の雨あられをぶつける。


「初めまして。僕は悠斗。クレドさん……君達のお兄さんにお世話になってて、君達のお義母さんに会いに来たんだ」


椅子からおり、彼らと目線を合わせて丁寧に答えた悠斗に、子供達は笑顔になった。


「クレドにぃちゃにおせわされてゆの?ならぼくといっしょ!」


「そうだね、一緒だ」


仲間が出来たと思ったのか、ご機嫌に胸を張る少年の頭を撫でる。

猫耳幼女(ミーシア)で手馴れている悠斗のなでなでは気持ちいいのか、ふにゃーとした顔になった少年を見て、他の子供達が一斉に自分もと迫る。

そんな少年少女達を丁重に撫で付け、悠斗は一気に彼らからの信頼を獲得した。

悠斗と戯れる子供達を見て、顔を綻ばせるクレドだが、ふと疑問が湧いてきた。


「エルザ、アゼルとフランはどうした?」


「あの子達なら、訓練するって言って外に出たわよ。見なかったの?」


「っ、おいおい俺達は見てないぞ……」


アゼルとフランとは、エルザが経営する孤児院の最年長の男の子と女の子の事だ。

とはいえまだ十歳。

裏通りを歩くには二人は幼すぎる。それも今は……


「っ、師匠!多分その子達だと思う二人の子供が大人の集団に囲まれてる!場所はここから八百メートル真っ直ぐ!」


「「っっっ!!!」」


悠斗が場所を言い切った瞬間、爆ぜるようにクレドとエルザは駆け出した。魔法すら使った全力の高速移動。

あまりの速さに、悠斗は置いていかれた。


「ユウト君、悪いが君も行ってくれないかな?クレドもエルザさんも、彼らは強いけど多分この状況は厳しいからね」


「……分かりました。シャルルさんは?」


「僕はみんなを守らないと。さあ、行ってくれ!」


「はいっ!《電光石火》、『身体強化』!!」


悠斗もまた、自身が誇る強化術を掛けて孤児院を飛び出す。

彼もまた高速機動を武器とする男。彼らに負けない速度で、追随して行った。


「頼むよ……ユウト君。彼らを、助けてやってくれ」


シャルルは縋るように祈った。








……

……

……


その場所には、既にクレド達が辿り着いていたが、救出劇はまだ始まってなかった。

案の定、黒いローブを着た五人程の

大人達に囲まれた少年少女は圧倒的強者であるクレド達を抑え込む人質になっていた。

アゼル少年は黒ローブの男によって床に押さえつけられ、フラン少女は首元に短剣を突きつけられて両手を上げている。


「てめぇら……こんなことしてタダで済むと思うなよ……っ!!!」


静かに怒りを爆発させるクレドと、口こそ開かないが、物理的な圧力さえ感じる魔力を放出しているエルザ。

だが、如何に彼らが吠えようと、最大の切り札を得てしまった彼らにとってはそよ風程の脅威に過ぎない。


「っ、おっと、動くなよ?魔法も解け。少しでも動くか魔力の反応があれば、ガキ共の命はないぜ?」


「っ、ふざけんなっ!殺すならおれだけで十分だろ!?フランを解放しろよ!」


「ダメ、アゼル!クレドお兄ちゃん!私のことは良いからアゼルを、アゼルを助けて!」


死神の鎌が首元に掛けられているというのに、フランは気丈に叫ぶ。

だがクレドは動かない。動けない。


「うるせぇ、ガキ共は黙ってろ!おいてめぇ、なんでこんなことしやがるっ!?」


「決まってんだろ?出来損ない。お前を苦しめるためさ。無属性しか使えぬ愚物が、宮廷魔道士になって言い訳なかろう!」


「っ、お前……まさか、そんなことのためにアゼルとフラン(こいつら)を巻き込んだのか?」


「そんなこと?はっ、これだから愚物は嫌だ。我らが崇高なる使命のために犠牲になるのだ。こやつらも本望だろうよ。なァッ!!!」


「あ゛ぅっ!?」


「てめぇっ……!」


あまりにも巫山戯ている理屈。

いや、それは最早理屈を成していない。人質の手前、言葉にこそしなかったがこれはただの自尊心を満たすためだけの行為だ。

それを本気で正しい事だと思っているのだから、救えない。

黒ローブは動けないアゼルの顔を蹴りあげた。まるで挑発するように。

額に傷が生まれ、そこから赤い雫を流す。

少年の目には涙が溜まるが、彼はそれを流さなかった。

そしてついに、クレドはブチ切れた。

魔力を纏い、一歩踏み出した、瞬間。


「動くなと言ったはずだ!【撃ちて焦がせ】、『炎弾』!」


「ぐっ!?」


「お兄ちゃん!?」


「兄゛ぃ!?」


飛来した炎の弾丸が、クレドの胴を捉えた。

避けれなかった訳ではない。避けなかったのだ。

避ければ、フランは死ぬのだから。

子供らの悲鳴が響く中、クレドは胸を押さえつつもまだ立っていた。


(おいエルザ。何とかなりそうか?)


(駄目……私の魔法じゃ子供達を巻き込んじゃう……っ!)


魔導書の通信機能で念話する二人だが、その状況は芳しくない。

エルザは強いが、この手の状況には慣れていない。

精密な魔力操作を持つエルザだが、二人を無傷で助けるのは難しい。

彼らが視認するより速く魔法を撃つのは可能だが、それでは子供達を巻き込みかねない。

かと言って、二人を巻き込ないようにすると魔法の起動がバレて二人が危ない。

それはクレドも同様。

故に、彼は一瞬躊躇し、『炎弾』を受ける羽目になった。

奴があえて『炎弾』を選んだのは、クレドをいたぶるためだろう。

義理とは言え我が子がバカにされ、貶され、更には傷つけられても自分は何も出来ない。

これ程悔しいことが他にあろうか?

だが、現状に歯噛みする二人の念話に、その少年は割って入った。


(師匠、エルザさん。ここは僕に任せてください)


(っ!?何言ってやがるバカ!)


(そうよ。これはただ敵を倒せば良いって事じゃないのよ?)


(分かっています。だから、約束します。二人を必ず無傷で解放してみせる。だからどうか、僕を信じてください)


(ユウト君、貴方……)


(……分かった。お前を信じる。だがこれだけは覚悟しておけ。あいつらに傷一つ付けてみろ。俺がお前を殺す)


(……はい)


激励の脅し(言葉)は済んだ。

悠斗はおもむろに前に進む。


「っ、なんだ貴様。まさかお前もこの愚物共の仲間か?ならば貴様も動くな。このガキ共がどうなってもーーー」


「あんたらさ、馬鹿なの?」


「「っっっ!?」」


開口一番、大暴言。

これにはクレドとエルザも驚きを隠せない。


「なっ、貴様!自分の立場が分かっているのか!?」


「あんたらこそ、自分の立場分かってる?今あんたら誰に凶器()向けてる?その子らが、一体誰の関係者か分かってる?」


怒涛の質問攻め。

こいつは何を言っている?と言う空気が黒ローブ達の中で蔓延する。


「ふんっ、決まっておろう!そこの忌々しい紛い物、クレドの関係者だろう?本当ならこのガキ共を盾にしてお前らの孤児院に入り込み、火を付けてやったものを、邪魔しおって……っ」


「……」


正しく外道。

ここまで来ると、最早滑稽だ。

自分の悪を認めて尚復讐に走った【冒険者殺し】の男でさえも、ここまでは思わなかった。

悠斗はただ自分の中に鬱々とした感情が溜まっていくのを感じていた。

昏く、汚く、ドス黒い感情。

それを表すかのように、ゴミを見る眼で悠斗は告げる。


「あんたらさぁ、知ってる?人質を取るってことほど意味のないことはないんだよ?」


「は?どう見てもこの人質は有効ではないか。このガキ共のお陰でそこの紛い物共は動けない!」


その言葉は暗に自分たちの実力ではクレドに敵わない。そう告げているのだが、彼らはそれに気づかない。

或いは、気づかないようにしているだけかもしれないが。


「うん、確かにそれは有効だ。だけどそれは師匠らのように情に厚い人間だけ。考えてもみなよ。その子らを殺したら、人質は実質いなくなる。そして大事な人を殺された彼ら(クレド達)は、どうすると思う?」


「それは……」


間違いなく、絶殺だ。

ただ殺されるでは無い。いたぶられて、いたぶられて、この世の物とは思えない苦痛の先に、彼らはそれでも解放されないだろう。

彼らの存在は闇に消え、どこかで二人に永遠にいたぶられ続ける。

復讐心というのは、そういうものだ。


「そして僕は、師匠らが死ぬのを是としない。理屈が欲しいならこれでいいかな?

ーーー僕を含め、師匠らが死ねば、この子らは遅かれ早かれ死ぬ。少なくとも、ロクな目には合わない。僕は死にたくないし、どう考えてもこの子らを切って捨てた方が犠牲は少ない」


それは残酷で、しかし理だけは通ってる理屈。

あまりにも冷たいその眼差しに、黒ローブは戦慄し、クレド達は絶句している。

ただ子供達だけは、恐怖と同時に自分らを切って捨てると言った悠斗に縋るような眼を向けていた。

それは「助けて」のそれでは無い。「僕らを殺して、二人を助けて」と訴える視線だ。


「だから、僕は今お前らを殺すために動くのを躊躇しない。どうする?僕に殺されないために逃げるか、僕に黙って殺されるか、或いは子供達を殺してお前らも殺されるか。 あぁ、もう一つあった。その荷物(人質)抱えたまま、僕を殺すか。

ーーー選べよ」


口調が違う。

眼が違う。

何よりも、纏う空気が違う。

彼の眼は、本当に自分達を殺すのに躊躇わない眼だ。

ハッタリではない、紛れもない事実として言っている。

それを、黒ローブ達は感じ取った。

それはクレドも同じだった。

目の前にいる少年は本当に、自分が知っている少年なのか。

純朴で、優しくて、変に無知で、どこか抜けてて、それでも確固たる信念を持った少年だったはずの彼の眼にはかつての優しさは無く、純粋な殺意のみが浮かぶ。


「紛い物の弟子が、本物たる我らに敵う訳なかろうっ!死ねぇ!!!」


黒ローブ達の心は、呆気なく決壊した。

恐怖心を押し殺し、僅かな自尊心を支えに魔法を放つ。

炎の槍が、水の砲弾が、風の刃が、石の散弾が迫る。

腐っても魔道士ギルドの人間か、どれもこれもが直撃すれば怪我では済まないモノばかり。

だが所詮はその程度。まともに受けなければ良いーーーつまり、まともでなければ受けても良い攻撃など、今の悠斗にとっては温過ぎる。


「【打ち払え】」


呪文と共に解き放たれた漆黒が、周囲をクロに染め上げる。

悠斗がいつの日にか宿したその『闇』は、彼の意思のままに蠢き、敵の魔法を全て払う。


「な、なんだそれは……っ!?」


「さてね。僕が知りたいよ。

ーーーさて、悪いが僕はその光景が嫌いだ。力無き子供に刃を向け、奪おうとする行為が嫌いだ。だからお前達はーーーここで死ね」


悠斗が眼を見開く。

目と目が合った、フランに短剣を向けていた黒ローブの男は、突然苦しみだした。


「ひがァッ!?びぎゃッ!おげぇぅぇッ?!」


男は獣の鳴き声にすら劣る汚い声を上げ、胸を抑えて短剣を取り落とし、膝をついて胸元を掻きむしる。

自由の身になったフランすらも体を動かせない。

あまりにも奇妙な現象に、男達は息をすることも忘れて固まっていた。

そしてそれが致命的。


「ぐびッ?ぐびょバッ??べべべべべッ?!」


「あぎぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!??!」


「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッッ!?」


「嫌だ、いやだぁ゛ッッッ!?!?」


「おぶぇふぉがぁぎゅべぇッ!?」


ソレは伝播する。波紋のように、病気のように。子供達のみを除いて。

途端、周囲は狂気に見舞われた。

黒ローブ共はのたうち回り、転げ回り、暴れ回る。

地獄絵図のような光景に、さっきまで怒りの形相だったクレドとエルザも固唾を飲んでいた。


「今だよ。走って」


淡々と、感情を感じさせない声で悠斗が指示を出す。

そこでようやくはっとするように自由になった少年少女は走り出した。


「お兄ちゃん!」


「義母さん!」


悠斗を怖がるように避け、そのまま背後の二人へ飛びついた。

恐怖から解放された二人を抱きしめながらも、クレドとエルザは、地獄絵図を眺めている 悠斗から目が離せずにいた。


「ぎゃぎゃぎゃびぇょごぉぉーーー」


「五月蝿いなぁ」


顔を歪めて、指パッチン(フィンガースナップ)

その瞬間、狂乱の地獄は幕を閉じ、それに身を投じていた彼らは糸が切れた人形のように倒れふす。


「馬鹿な……我々は……幻術対策をしてきた……のに……」


蒼を通り越して、白どころか土色となった顔で、黒ローブリーダーは言う。

それを悠斗は一笑し、冷たく言い放つ。


「幻術?そんなチャチなものじゃないさ。これは精神攻撃。たかが幻に対する対策じゃ、精神防御にはならないよ」


悠斗がしたこと。

それは彼らに強めに《精神汚染》を掛けたというものだ。

《精神汚染》は掛ける為に条件が必要だ。少なくとも悠斗のスキルレベルだと目を合わせる必要がある。

だから基本的に一人ずつにしか掛けれないのだが、そこには一つの穴があった。

《精神汚染》というのは、言わばウィルスに近い。

ヒトの精神を攻撃、破壊し、増殖や強化を繰り返し、次も獲物を喰らう。

精神汚染のウィルスが、病原菌のように広がり、周囲にいた黒ローブメンバー達に感染したのだ。

それを知ったのはつい最近なのだが、悠斗は見事にそれを利用した。しかも、子供らは巻き込まないと言うおまけ付きで。

それが、ことの顛末だ。


「僕があんたらに与えたのは、五十通りの悪夢。あんたらが心から望まない光景の羅列。でもまさかその程度であのザマとはね。人からモノ奪おうってのに、自分が奪われる覚悟は無かったの?」


嘲るような声。

見下す視線。

冷たい言葉の刃。

悔しいのに、やり返したいのに、足が、体が、動かない。

心が、折れてしまった。


「だんまりか。……まあいいか。《拘束バインド》」


最早何も言えない黒ローブ達に失望のため息を吐き、悠斗は彼らをスキルによって作られた魔力の枷で拘束する。


「終わりましたよ、師匠、エルザさん。一発くらい殴りますか?」


「「っ」」


振り向いた悠斗の眼は、まだ冷たい。


「……いや、俺はもういい」


「私も」


ここまで来れば哀れだ。

最初は憤死しそうだったクレドも、その拳を振るう気は無くなっていた。


「そうですか。なら僕は、こいつらを然るべき所に突き出して来ます」


首根っこを掴んで、引きずるようにして彼らを持っていく悠斗。

その後ろ姿に、クレドはこのまま悠斗を行かせれば、もう二度と彼は帰って来ないような気がした。

だからーーー


「ユウト!……必ず戻ってこい」


何か言おうとして、これしか出てこなかった。

ただそれでも、悠斗には伝わったのだろうか。

彼は一度だけ頷くと、駐屯所へと向かって歩いて行った。


クレドとエルザはその背中を追えず。

悠斗の小さな背中は、表の光に溶けていった。
































何気に、この物語本編にエルフ出たの今話が初めて

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