穏やかではない昼食
※キャラ名が被っていたため、こちらを変更しました。
ラクト→レグル
穏やかな昼下がり。
日差しが心地よく、寒すぎず暑すぎない気候が続くグリセント王国が王都に構える王城、その訓練場で悠斗は相変わらず剣を振るっていた。
やっていることは素振りだ。ただ、振っているのは《魔剣創造》スキルで造られた非常に重たい魔剣である。
その重量は折り紙付きで、かのレイラさえも「これは良いですね。一本頂いても?」と悠斗に尋ねてきたくらいである。
まあ、大した魔力と時間は掛けてないし、一度造ればコピペの要領ですぐに複製出来るので、さっと造って渡した。
因みにだが、悠斗はただ素振りしているだけではなかった。
非常に重い剣を振ると同時に、彼の上空では【剣の眷属達】が高速飛行しては様々な軌道を描いている。
体を動かしつつ、脳で別なモノを処理する訓練ではあるが、あまり実戦では役に立たないかもしれない。
素振りは頭を空っぽにしても出来るが、実戦では高速思考が原則になるからだ。
複数のことを脳で思考しなければいけないとなると、あまりこの訓練は実戦向きとは言い難かった。
それでもやらないよりは良いので、悠斗はやっていただけであった。
「おーい、悠斗ぉー」
意味もなく訓練を続けていた悠斗に、声が掛かった。
大輝だ。
「どうした、大輝?」
「んー、昼だしな。飯でも食いに行かねぇか?」
「昼……? ああ、本当だ」
悠斗自身、時間をすっかり忘れていたらしい。
大輝に呆れた顔を頂戴して、悠斗はバツの悪い顔を浮かべた。
「ま、まあ確かにお腹は減ったし、昼ご飯には丁度良いね。食堂へ行くかい?」
「いや、外で食おうと思ってる」
悠斗達が住んでいるのは王城内……と言うより、その敷地内に立てられた専用の施設なのだが、その中には食堂があった。
宮廷料理人が数人配置されており、頼めば好きな時に好きなだけ料理を出してくれる。
とは言え、悠斗達は元々庶民。どうも庶民的な味が恋しくなる時もある。
そんなわけで、悠斗達は時折城下町に出て、そこらの店で食事にすることがあるのだ。
「分かった。着替えたいから、少し待っててくれない?」
「構わねぇよ。だと思って、俺も準備してなかったからな」
「そっか。悪いね」
話ながら魔剣と眷属剣を【マジックチェスト】の中にしまい、持っていたタオルで汗を拭って、大輝と共に訓練場を出る。
訓練場は悠斗達の宿泊施設同様、王城の敷地内に設置してあり、連絡通路を通って王城から行けるようにもなっている。騎士団の本部は王城内にあるからだ。
当然ながら、外からも出入りできるようになっており、訓練場からだと王城を介して宿泊施設に行くよりも、外から寮に行った方が早かったりする。
外は暑すぎず、寒すぎず、中々良い気温が続いている。
クレド曰く、今が一番気持ちいい季節らしい。
暖かい陽の光を浴びながら、悠斗と大輝はゆるりと寮へと向っていた。
「そう言えば、凛紅達は?」
「んー、ミーシアちゃんと神川連れて四人で買い物してるとよ」
「希理も一緒?珍しいね」
「だなぁ。いつの間に接点出来たのやら。地球いた時は、大した繋がりなかったのによ」
「まあ、それを言ったら僕らもだし」
「違いねぇ」
柔らかな日差しの中、悠斗達は談笑しながら寮に辿り着いた。
大輝と悠斗は同じ部屋で暮らしているルームメイトなので、向かう部屋は同じだ。
部屋に入り、悠斗は直ぐにシャワーを浴びる。
その間に、大輝はちゃくちゃくと準備を進めていた。
悠斗は別に長風呂するタイプでもないので、シャワーも汗を流す程度でサッと終わらせた。
体を拭いて着替え、悠斗自身はあらかじめいつでも外に出れるような準備をしておいたので、大輝と共に部屋を出る。
「それじゃ、行こうか」
「おう。腹減って死にそうだぜ」
いつも通りの、平和な会話。
死と隣り合わせの戦場から彼らが掴み取ったものを噛み締めて、悠斗達は街へと繰り出した。
……
……
……
グリセント王国の王都は、全部で五つの地帯に別れている。北地区、南地区、東地区、西地区、そして中央区の五つだ。
その内、メインとなる商業エリアは北地区と南地区なのだが、いざ食事するとなると、産業エリアたる東、西地区にも十分に店は存在する。
何せ、産業エリアには商業エリア以上の数の人間がいるため、飲食店がなければ不便すぎる。
それらを狙って、出店する人が多いのだ。
さて、食事をするために外に出た悠斗達だが、彼らがどこに来ているかと言うと、産業エリアである西地区である。
西地区は産業エリアの中でも武具や工業系統の職人などが多い。
となると必然的に、そこに陣取るのはガタイが良く、大食らいの大食漢共なのだ。
客が求めるニーズに合わせるのが商人の基本であるため、この一帯では安くて大量、そしてそこそこ上手い店が多い。
普通に大食らいの大輝と、見た目は細いが、割と食う方である健全な若者の悠斗は、あえて西地区に足を運んだのであった。
「あ、あの串焼き美味しそう」
「おぉ、良いねぇ。二、三本買ってくか」
特製タレの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、より一層の食欲を掻き立てる。
ストリートの横側だが、他の店よりも大きめに、堂々と構えられた露店が販売していた串焼きの匂いだ。
地球で言うところの焼き鳥屋のようなものだろうか。
あまりにも美味しそうな香りに、悠斗と大輝は思わず立ち寄った。
「おう、兄ちゃん方いらっしゃい!」
店の前に立つと、空腹度が一気に増した。
腹の虫ががなり立てたが、それを店のオヤジの大声がかき消してくれて、悠斗は恥をかかずに済んだ。
いい笑顔で対応してくれるオヤジだが、首から下は忙しない。
手元を見れば、今なお様々な串焼きを同時に焼いていた。
その種類は少なくとも5種以上あり、本食前のあまり間食を取れない身としては判断に悩むレパートリーだ。
大輝も同様の様で、眉を顰めて悩んでいる。
このままでは埒が明かないあかないと思い、悠斗はオヤジに聞くことにした。
「ここのおすすめはなんですか?」
「そうだな……クロウベア焼きかね」
「く、クロウベアですか!?それって結構高いんじゃ……」
クロウベアとは、巨大な爪を持つ熊型の魔物だ。
ランクは5。とてもでは無いが、一般人が易易と手に入れられるものではなく、仕入れるにしてもそこそこの値は張る。
となれば当然、この品も高いのでは?と思った悠斗だが、店のオヤジはこともなさげに答えた。
「いやいやいや、そんなことないさ。おれが─────ゲフンゲフン、おれの昔馴染みが冒険者だからな。そいつから格安で仕入れてるんだ」
「へぇ。そうなんですか」
少し妙な感じはあったが、どうやら本当らしい。
屋台の看板には値段が書いてあって、「クロウベア焼き 200エル」とある。
鉄貨二枚。1エルが一円計算なので、一本二百円だ。
屋台メニューとしては少し高めだが、素材などを考えれば、十分すぎるほど安い。
「じゃあそれ二つ」
「あいよっ」
サッと四百エルを支払い、悠斗は二本の串焼きを受け取った。
そして、次の瞬間には驚愕した。
「「で、でかっ!?」」
良くある焼き鳥サイズだと思っていたのだが、その大きさは想像を遥かに超えていた。
長さだけで少なくとも二十センチ以上はあり、太さや厚さも中々のものだ。
競馬場で食べられるジャンボ焼き鳥に近いだろう。
「はははっ!ここらは安くてデカくて上手いがセオリーだからな!まあ、食ってみろ!」
いやに元気が良いオヤジの言葉に従い、悠斗達はクロウベア焼きを一口。
「「美味っ!?」」
クロウベア焼きは美味しかった。
まず歯ごたえが良い。流石高級な食材なだけあって、非常に美味い。
溢れ出る肉汁が舌に旨味を残してくれる。
極めつけはやはり特製タレ。
醤油ベースのタレは、一体何が入っているのか濃厚なのにサッパリで、旨味がいつまでも反響する。
正直な話、何本でも食べられそうだ。
「ふぅ。美味かった。ごっさんした」
「ご馳走様でした」
「おう。お粗末さん」
店主のオヤジに礼を言い、少し満たされた腹のまま昼飯を食べる店を探すために悠斗と大輝は歩き出した。
店を探す……と言っても、空腹の極限状態になった男共がそう長く歩き続けられる訳がなく。
もう限界!って時に見つけた少しこじんまりとした良さげな雰囲気の店を見つけた。
少し目立たない位置にあるカフェレストランみたいな所で、看板には【アセビ】と書いてある。これが店名なのだろう。
この知る人ぞ知る名店、みたいな雰囲気が気になって、悠斗達はここで食べることにした。
「おぉ……落ち着くなぁ、この感じ」
「たまにゃこんなのも良いな」
ダークブラウンの壁紙を黄土色の魔力光で照らした室内は、全体的に少し暗めではあるが、決して陰湿ではなく、シックな雰囲気を悠斗達に与えた。
元々は飲み屋なのだろうか、カウンター席はバーのようになっており、正面の棚には数々の酒とグラスが並べられている。
時間的にはまだ昼営業の時間帯。
一時休憩の時間にはまだ十分余裕があるので、恐らくまだ昼の部……飲食店としてやっているだろう。
「いらっしゃいませ」
仕込みでもやっていたのだろうか。
店に入る時に扉に付けられたベルがなったが、それから少しして悠斗達がどこに座ろうかと迷っているタイミングで、店主と思われるやや初老の男がやってきた。
燕尾服のような制服を着込んだ、加齢によるものと思われる白髪をオールバックに纏めた紳士的な男性は、「こちらへどうぞ」と恭しい態度で悠斗達を案内する。
「こちら、メニューになります」
着席した悠斗達に男性はおしぼりと冷水、そしてメニューを手渡す。
まるで高級ホテルにでも来たかのような上品すぎる振る舞いの男性に、悠斗達は「ちょっと場違いかも……」と思い始めるが、メニューを開いたら料理はどれも美味しそうで、しかも値段はリーズナブル。
場所さえ良ければ一帯のトップにも成りかねないクオリティに、悠斗達が僅かにビビるのは言うまでもなかった。
「美味かった〜〜〜っ!」
全ての料理を平らげ、大輝が満足気に言う。
言葉こそ出さないものの、悠斗もおおよそ同じ気持ちだった。
「量はあるし、味はめちゃくちゃ美味しいし、値段も手軽……凄く良い店だね、ここ」
全くその通りである。
悠斗はビーフシチューとパンを、大輝はラーメンによく似たヌデールと言う料理を頼んだのだが、ビーフシチューは非常に濃厚でコクがあり、肉もいいモノを使っていることがよく分かる味だった。パンもあまり安いとは言えない白パンを使っており、王城で食べているモノとほとんどが差がなく、とても柔らかい。
ヌデールも麺はもちもちで歯ごたえも良く、絡みつくスープが美味で、大輝は一滴も残さずスープも飲み尽くした程だ。
接客は最高。味は上々。値段は格安。
三拍子揃った完璧な店。
強いて言うなら場所が悪いことが唯一の欠点。
しかし、これほどの店の素晴らしさならばその程度の問題、どうにもなるはずだ。
なぜここまで客がいないのか。
その答えは、意外とあっさり分かった。
「お客様」
これから会計に立とう、と言うタイミングで店主の男性が彼らの前に立った。
「どうしたんですか?」
「申し訳ありませんが、出来ればお客様にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。当店、実は私の趣味でやっているモノでございまして、正直な話、知る人ぞ知る隠れた小店くらいが丁度良いのです。お友達数人位なら構いませんが、出来れば余りこの店のことを知らせないで欲しいのです」
商売をやっている人間としては、おおよそありえないことを言う店主。
普通、商売人であれば多少なりと利益を上げるためにそこそこ宣伝するものだが、この店はどうやらしないらしい。
こんなにいい店なのに、客が少なかった理由はそういう事だったのか、と悠斗達は何となく納得した。
「分かりました。この店のことは他言はしません。僕と大輝だけの秘密にします」
「同じく」
別に困る事でもない。
むしろこの店が人気になって、落ち着いた雰囲気が壊れる方が困る。
そういうことも兼ねて、悠斗達は店主の願いを了承した。
「それは助かります。では、代わりと言ってはなんですが、こちらをどうぞ」
机に置かれたのは、一杯のコーヒー飲料だった。
ただし、白が混ざったチョコレートブラウンな色なのを見ると、カフェオレだろう。
「こちら当店自慢のコーヒーをカフェオレにしたモノです。今回はサービスですので、是非お飲みください」
口止め料らしい。
悠斗達はコーヒーは嫌いではないが、ブラックや苦味があるのはまだ苦手だったので、この配慮は嬉しいものだった。
「ありがとうございます。いただきます」
礼を言い、悠斗はコーヒーカップを口元に近づける。
そして、店内の僅かな発光を受けて艶を見せる液体に口を付けた。
「っ!?」
あまりの美味しさに、目を見開く。
芳醇な香り、と言うべきか。
とにかくなんとも言葉に言い表せない美味しさが、満たされていたお腹を癒してくれる。
アフターサービスまで充実だと?素晴らしい。
尚更この店が人気になろうとしないのが不思議になったが、そこに他意はないのだろうと思い、言及はしなかった。
「美味しいです。ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、ご満足いただき恐縮です」
悠斗達の満足そうな笑みを見て、顔をほころばせる店主に、悠斗は思わず質問してしまった。
「そう言えば、趣味って言ってましたけど、大した収入なしに店は大丈夫なんですか?」
「はい。私はこれでも冒険者だった時期がありまして、その時にそこそこの財は稼いでいるのですよ。今でも食材の費用を減らすために魔物がりに行きますよ」
どうやら元冒険者らしい。
特別な気配やら闘気は感じなかったが、その鍛えられた身体だけは隠しきれない。
少し注目すれば、戦いに身を置く者ならすぐ分かる程の身体を服越しに見せていた。
(…...一瞬。一瞬だけだけど、ただならない気配を感じた。この人、思ったより曲者かも)
戦いに身を投じ続け、気配などに敏感になった悠斗は、内心、そんなことを考えていた。
だが表に出さず、少しだけ警戒を強めて、美味いカフェオレをゆっくりと飲み干していくのであった......。
「「ご馳走でした」」
カフェオレを飲みきって、代金をしっかりと払って店を出た。
こういう発見があるから、城下町探索は止められない。
そう話しながら、城まで戻ろうとした時、悠斗達は珍しい人物と再開した。
「おや、ユウト君かい?」
「っ、レインさん!?」
悠斗に声をかけたのは以前知り合い、その後一度助けられた青年、銀等級冒険者レインだった。
「やあ、元気かい?」
「はい。レインさんも元気そうですね」
「まあね。君たちは何かの用があってここに?」
「んー、特に用事があったわけではないんですが、安くいっぱい食べれる店を探して昼食にしようと思ってたんです」
「へぇ……。いい店は見つかったかな?」
「えぇ。とってもいい店でしたよ。訳あって店までは話せませんが」
「っ、そうか。それは良かった」
一瞬、レインの顔に緊張が浮かんだように見えた。
だがそれはほんの僅かな時間で、すぐに笑顔を取り繕っていた。
「それじゃ、俺も行くところがあるから。またね」
「はい。道中お気をつけて」
一言二言、雑談を交わし、最後は社交辞令と共に別れを告げる。
最後の『またね』に、何か含みかあるように感じたが、それを指摘することなく、悠斗達は帰り道を急いだ。
☆☆☆☆☆
一人の青年が緩慢な動作で扉を開けて、軽く挨拶して室内に入る。
いきなりコーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、何故か無性にコーヒーが飲みたくなった。
青年ーーーレインが入った店は先程まで悠斗達が食事をしたカフェレストラン【アセビ】だ。
バーのようなカウンター席に座り、やってきた店主に注文を取らせた。
「マスター。一番良いヤツを一杯」
「申し訳ありません。あいにく在庫を切らしてまして」
「いや、ダメだ。一番良いのが欲しい」
「かしこまりました。ではこちらへ」
一連のやり取りの後、レインは店主に連れられ、バーの奥にある扉の向こうへと連れられる。
戸惑う素振りを一切見せず、レインは彼に従った。
「毎回思うけど、あれいるか?」
扉をくぐってすぐ。
開口一番に、レインはそう言った。
彼の言うあれ、とは先のレインと店主のやり取りである。
「要るって。念の為、こういうのがあった方がいいだろう?」
「いや絶対いらないだろ……」
「まぁまぁ。私は別に楽しいので構いませんよ」
「貴方は人が良すぎるよ、レグルさん」
レインが呆れ顔でレグル……店主の紳士に言う。
「はははっ、レインは心配性だなぁ、」
「いや、俺が心配してんのどっちかというと貴方ですよ?レスターさん」
今度はレスター……悠斗達が食べた串焼き屋の店主がレインから呆れ顔を頂戴する。
「まぁ、無駄話はここまででいいでしょう。そろそろ本題に入りましょうか。ねぇ、皆さん」
レグルが穏やかに訴えると、部屋の奥にいる複数の影が肯定を返す。
パッと見普通の一般人や、どう見ても堅気には見えない人物など、様々な人間がこの場に集まっていた。
一見繋がりが無さそうな彼らだが、たった一つ共通点があった。
彼らはとある組織に所属しているのだ。
レグルはそのリーダー格の一人であり、会合などの場所に店の奥を提供していた。
実はこれが彼が客をあまり集めたくない本当の理由なのだが、悠斗達に知る由もなかった。
少し小狭い部屋に設置された円卓に、彼らは皆着席する。
そして遅れてレグルも着席し、さっきまでの穏やかな声音を消し、厳かさすら感じる声音で言い放った。
「ーーーでは、これよりグリセント王国特務機関【無貌】の定例会合を行う」
アセビというのは花の名前です。
今回も日常回。後少しで次の章……というか、修行編に入りたいなーとは思っていますが、いつ入れるかは未定です。




