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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
87/112

師と弟子の語らい

ちょっと短いです。綺麗に纏まったのでここまでにします。

大気を震わせる程の乾いた音が響いた。

鍛え上げられた肉体から放たれる一撃は、少し戦いをかじった程度の人間では知覚すら出来ずに打ち倒される程の威力を秘めている。

そんな打撃を繰り出す宮廷魔道士の一人、クレドは自分の攻撃を避け続ける彼の弟子、悠斗に攻撃の手を緩めずに言った。


「おらおら、向こうでちったァ成長した所、見せて見やがれっ!」


拳打を避ければ側面から蹴撃が襲い、それを躱しても次の攻撃が襲いくる。

一撃でも受ければ、クレドの格闘コンボにハマり、ガード越しでもすぐにブレイクされ、抜け出すのは困難。

かと言って一旦距離を取ればえげつない程の無属性魔法『魔弾』の雨あられ。

降りしきる魔法の弾幕を躱し、打ち払えばその隙に打撃を受けてゲームオーバー。

詰まるところ接近戦をせざるを得ないという高難易度ゲームも真っ青な修羅場を、悠斗は特に焦ることもなく凌ぎ続ける。

拳をいなし、蹴りを最低限の動きで回避して、反撃の機を窺う。

前回までとは戦い方が違う悠斗に、クレドは少なからず違和感を覚えた。まるで何か企んでいるかのような不安が、クレドの中にわだかまる。


「らぁッ!」


悠斗が拳を避け、僅かに後ろへ移動したのを好機と見て、クレドは渾身の蹴りを放つ。

両腕をクロスし、その蹴りを悠斗は防いだ。

体が弾かれ、地面を踏みしめ悠斗は倒れまいと堪える。


「どらァッ!」


追撃。

拳を構え、突貫してくるクレドにしかし、悠斗はそれを待ってたかのように不敵に笑う。


「っ、ガァッ!?」


気づいたところでもう遅い。

クレドの視界に映るは悠斗の拳。クロスカウンターだ。

繰り出された拳を受けて、クレドは驚愕した。


(なんだこれ、重すぎるッッッ!?)


悠斗の拳を何度も受けてきた彼でも、全く予想できなかった拳の重み。

長い戦いを経て成長したとしても、ここまで強くなるなんて予想できなかった。

完全に意表を突かれたクレドは大きく吹き飛ばされる。

彼が殴り飛ばされた理由、それは悠斗のユニークスキル《復讐者の赫怒アヴェンジャーズレイジ》の効果だ。

受けたダメージを蓄積し、己の一撃に上乗せする。

これまで悠斗がクレドと殴り合い、その拳を受け止め、体に溜めてきたエネルギーを悠斗はクロスカウンターの際に解放したのだ。

これが、悠斗が狙っていたことだった。

結果は見事成功、悠斗の勝利である。


「ユウトてめぇ……やりやがったなぁ」


「師匠、場外ですよ。僕の勝ちです」


「……あっ」


今にも飛びかかってきそうなクレドに、悠斗は冷静に告げる。

どうやら格闘戦に夢中になって、ルールをすっかり忘れていたらしい。


さっきまで悠斗が何をやっていたかと言うと、いつもの模擬戦である。

ただし、今回はリング有りで魔法は無属性以外禁止。当然、そうするとクレドが有利なので悠斗だけに直接攻撃以外のスキルを許可してあった。


ことの発端は昨日の深夜のことだ。

レイラの部屋から退室し、夜風にでも当たろうと思っていた悠斗はいきなりクレドに蹴り飛ばされた。

下手人曰く、


『てめぇ、弟子なら先に俺の所に来やがれ馬鹿野郎!』


だそうだ。

この大人、めんどくせぇ。

口調もキャラも崩壊して悠斗が思ったことがこれである。

とは言え、さすがのクレドも良識があったようだ。

悠斗の言い訳を一切聞かず、『明日の昼、訓練所へ来い。ちゃんと来たら言い訳を聞いた上でぶっ飛ばす。来なかったら引きずり出した後ぶっ飛ばす』などと言う超次元理論を展開して去って言った。

一応昼にした辺り、帰ってきたばかりの悠斗のことを慮っているのだろうが。

そして取り敢えず約束の時間に来たら『言い訳無用!』と前日と矛盾した言葉と共に拳が送られて、そのまま師弟喧嘩に発展、その勢いでいつもの模擬戦になったと言う訳だ。


閑話休題(話は戻る)


「けっ、まぐれだ。まぐれだからな」


「まだ言ってるんですか、師匠?」


座り込んで、子供のように拗ねている師匠(クレド)に呆れた視線をプレゼントする悠斗。

頂いた本人は、苦虫を噛み潰したような顔になっている。

だが、ふとクレドがその顔を深刻なものに変えた。


「なぁ、ユウト。探索のことはもうレイラから聞いたから言わなくていい。だが、一つ教えてくれ。本当に、今回の黒化現象にアイツらが……禁忌研究所が関与してんだよな?」


「……はい」


一瞬、返答に詰まった。

これはかなりの機密情報だ。ともすれば、他の人を危険に晒すから。

だがレイラは恐らく、クレドなら大丈夫だと判断したのだろう。実力的にも、人柄的にも。

それは悠斗も承知だ。だから、彼も腹を括った。


「そうか。なら、言わなきゃなんねぇな」


「?」


「ユウト。俺は、お前らが探索行ってる間に禁忌研究所の戦闘員と戦った」


「それは本当ですか師匠!?」


「あぁ。本当だ」


クレドの衝撃的すぎる情報に、悠斗は思わず身を乗り出す。

少し重苦しい口調で、クレドは話を続けた。


「野暮用で貧民街スラム……ではねぇが限りなく近い場所に行った時だ。俺は立場上、意外と魔道士ギルトの連中に狙われることが多くてな。その日も襲撃を受けたんだ」


悠斗自身、クレドがよくその手の輩に狙われているのは知っていた。

魔道士としては欠片の価値もない無属性魔法使いで、しかも魔道士であるのに格闘戦を挑む。

冒険者や傭兵をやっているならまだしも、それで宮廷魔道士……全魔道士の憧れの職に就いているのだから、やっかみの一つや二つは軽くあるだろう。

だがクレドは魔道士としてはともかく、戦士としては一級の強さを誇る。

ひがみやっかみを引きずって、悪意で人を陥れようとすることしかしない輩に彼がやられる分けないから、悠斗も特に何も思わなかった。


「いつものように、襲ってきた馬鹿共を瞬殺して終わり……にはならなかった。あいつらを扇動した首謀者がいた。そいつが禁忌研究所の人間だった」


「……なんでそれが分かったんですか?」


「あの野郎、暗闇のせいでよく分からなかったが、黒いモヤみたいなのを纏ってやがった。ありゃ多分、黒化状態の時のやつだなって思って王宮図書館使って調べたんだ。要注意人物表(ブラックリスト)に載ってやがったよ、あんにゃろう」


その瞳に怒りの炎を宿して、クレドは情報を教え続ける。

クレドが調べた情報によればそいつの名はタルザード・ルクセント。

古の邪神を崇拝し、その供物にすると言う巫山戯た理由で近隣の村を襲撃、五十人以上の死者を出した後、禁忌研究所に入所。現在は研究所の尖兵をかってでているらしい。


「そいつ、倒せたんですか?」


「んにゃ。普通に強かった。あの時レイラが助けに来なかったら危なかったぜ」


「レイラさんが……?」


ここで初めて悠斗の顔に疑問が浮かんだ。

何故昨日の段階でそれを教えてくれなかったのか。忘れていたという線も無くはないが、その可能性は薄いだろう。

となれば故意……なにか隠し事がある?

そう考えたのがクレドに伝わったのだろう。

彼は苦笑しながら悠斗に語り聞かせた。


「気持ちは分かるが、アイツのことは疑わないでやってくれ。ただアイツは気づいていないだけだよ」


「気づいてない?師匠は気づいたのにですか?」


「ああ。俺は野郎が闇を展開する所をまだ明るいうちに見たからな。だけど、レイラが闇の攻撃を見たのは暗くなってからだ。それじゃあ、分かるわけねぇだろ?」


「まぁ、確かにそうですね……」


闇の攻撃を見た。それは闇に攻撃されたのと同義なのだが、レイラが怪我を負った形跡も事実もない。

つまり闇の攻撃を防ぐか避けたということなのだが、一体暗がりの中どうやって視認が難しい闇を対処したのだろうか……。


「まあ、なんだ。気をつけろよ」


気をつけろ。その言葉だけ、雰囲気がガラリと変わった。

いつものどこか飄々とした彼ではなく、完全に一人の戦士としての声。


「正直な話、野郎は強かった。あれで尖兵だ、奥にいるやつは、もっとやべぇかも知れねぇ」


「そこまでですか……」


クレドは非常に優秀な戦士だ。

魔道士としても、格闘家としても。

そこは悠斗も信頼している。だからこそ、彼のやばいかもという発言に僅かな不安を覚える。

果たして自分は、本当に禁忌研究所(アイツら)を潰せるのか? と。


悠斗自身、今回の探索で異常な程成長した。

スキル、ユニークスキルの複数獲得もそうだが、突き抜けたパワータイプとの戦い方、再生能力を持つ生物の殺し方、生物を効率よく殺す方法、等がいい例だろう。

だが、その程度でこれから先、自分は奴らを倒せるのか?

悠斗の実力は冒険者で言うところの銀等級シルバー以上、金等級ゴールド以下だ。

意外に大したことないと思われるかもしれないが、銀等級もピンキリだ。

下の方はランク6〜7を相手取るので精一杯な面子もいるし、上の方に行けば単騎でランク9の魔物を屠れる猛者だっている。

それより上の等級たる金等級は、俗に言う超人。ランク10以上を片手間に葬るような怪物、傑物が至るような等級である。

さらに上、最上位の虹等級レインボーに至っては、最早別格。英雄がなる等級だ。

ランク11や12の魔物を一人で屠殺するような別次元の化物や、戦略級魔法を扱うような大魔道士が辿り着く位階。

そう考えれば、悠斗の強さはその齢では格別なものである。

だが、所詮は歳の割には。

悠斗程の強さの人間はいくらでもいる。

もし禁忌研究所が銀等級以上の戦力を何人も保持していたら、今の悠斗では到底勝てない。


(足りない……もっと力がいる……)


悠斗は己の手に視線を落とした。

目には見えない、数多の血で汚れた手を握り締め、悠斗はさらなる力を欲した。

不安はある。恐怖も。だが、怖気付くことは無い。もう、引き返せないのだから。


思い詰めた表情に気付いたのだろう。

クレドが真剣な表情で口を開いた。


「なあユウト。力が……欲しいか?」


「っ!? それは一体どういう……っ」


唐突な質問。

あまりにも突然すぎたその問いに、悠斗はすぐに答えられなかった。


「確証は無い。だが、お前は……多分、これからどんどん大きなうねりに巻き込まれて行くだろう。それはお前でも分かってんじゃないか?」


「それは……」


それは、悠斗も確信していたことだ。

異世界転移から始まったこれまでの異変と戦い。

それがこんなモノで終わってくれはしないと、悠斗は思っていた。

そもそも、禁忌研究所をぶっ潰そうというのだから、確実に悠斗は大きな戦いに身を投じることになるだろう。


「俺には格闘術と無属性魔法しか教えてやれねぇ。シャルルは魔法こそ教えられるが、実戦向きじゃない。そしてレイラは教えるなんてことができるようなやつじゃない。どうしても、俺たちじゃ、教えられることに限界がある」


「……」


「だけど、お前が力を望むなら、俺ができる最大限の手助けをしてやる。幸い、アテはあるしな。別に強要はしない。少し、考えておけ」


「……」



悠斗は深く思念した。

クレドから教わる格闘術は非常に実戦向きで役に立つ。

シャルルから学んだ魔法技術は魔道具の作成や魔法の自己発展の基礎となっている。

レイラとの訓練は確かに教わることはないが、強敵の戦闘訓練というのは間違いなく経験として生きている。

だが、そこまで。

今のままでは足りない。

ステータスが決定的に劣る加護:Cの悠斗では、これ以上の大きな進展を望むには足りないのだ。

わざわざ必要かどうか聞いたのは、さきの探索で、悠斗がこれ以上の戦いを嫌がっていた場合を想定しての、クレドなりの気遣いなのだろう。

だが、悠斗の答えは決まっている。


「師匠……その手助け、お願いします」


「っ、おいおい、もう少し考えたっていいんだぜ?」


あまりにもあっさり決めた悠斗に、クレドは驚いた様子を見せた。


「大丈夫です。少しでも早く、力が欲しいんです。だから……お願いします」


真剣な眼差し。

剣のように真っ直ぐで、鋼のように力強い意思が宿る視線に射抜かれて、クレドはたじろいだ。

知っている。その瞳を。

だってそれは……かつて、自分がしていたものだから。


「分かった。ただし、無理はすんなよ。お前は若い。俺からすれば、まだまだ子供だ。本当なら、これ以上修羅の道に連れ込むことは良くないんだ。だから……無理だけはするな」


心からの心配が込められた言葉。

異世界で出会えた兄貴分に、悠斗はどこか照れながら「はい」と返事をした。


「そうか。ならいいんだ。そら、飯行こうぜ。俺の奢りだ!」


悠斗の返事に少し不安げな顔を一変させ、クレドは立ち上がって悠斗の肩を叩いた。

やはり良い兄貴分だ、と悠斗は思う。

優しく、面倒見が良く、少し乱暴で子供っぽいけどその根は暖かくて純粋だ。


だからこそ、悠斗は同時に思ってしまう。

自分のように、暗く、冷たく淀んだ人間が、彼の傍に居てはいけないと。

いつか訪れるであろう決定的な別れを予感してつつも、悠斗はその不安を表に出すことなく、クレドの後に続いて行った……。










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