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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
86/112

帰国

この話辺りで、ダンジョン攻略及び王国編の終わりです。

  ゴトゴトと音を立てて、地を走る馬車に乗り、風に煽られながら悠斗は外を眺めていた。

  【修練の魔境】攻略から一週間弱。

  中立都市リーデルで休んだり、武器の手入れや整備、情報の整理、ギルドへの言い訳などをしている内に一週間が過ぎ、今はグリセント王国への馬車に乗って数日が過ぎた。

  今日中には王国へ着くらしい。


「色々な事があったなぁ……」


  優しい風を受け、悠斗は思わず呟いた。

  影騎士との死闘から始まり、黒鬼撃退、異形と化した復讐者との戦闘、第五層の戦い、そしてダンジョンの意識との邂逅。

  ダンジョンの意識は悠斗の中で生きると言っていたが、彼女はあれ以来まだ何もしてこないし、出てこない。あれはハッタリではないかと思わなくもないが、自分のスキルのことはよく知っているが故に、それはないだろうと悠斗は思っている。


「悠斗?」


  声が漏れたのか、凛紅が少し怪訝そうに話しかけてきた。

 

「いや、なんでもないよ。ただ……みんな無事で良かったなって」


「そうね。……死んでもおかしくない時がいっぱいあったもの。本当に……よかった」


  しばしの静寂。

  それは、勝ち取れた生を噛み締めるための静寂だった。

  馬車の外を見やり、思考しようと意識を切り替えた時だった。

  不意に、悠斗の背中に確かな重みが乗っかった。


「そのまま……動かないで聞いて」


  悠斗の背に、凛紅が顔を埋めている。

  いつもなら双葉やミーシアが何か言いそうなところだが、二人とも馬車の揺れで眠っているし、大輝は彼女らよりも前にいびきをかき始め、一向に起きる気配はない。

  五人乗りの馬車なので後は凛紅と悠斗しか起きている人間はいなかった。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさいっ……」


  声を涙で震わせて謝罪する凛紅に、悠斗は困惑する。


「り、凛紅?君は僕に何も悪いことはしていないよ?」


「違う……違うのよ悠斗!私は……私はまた、貴方に……押し付けてしまった。貴方だけが背負うべきモノではないはずなのに……私が、また……」


  要領を得ない懺悔の言葉。

  恐らく、復讐者戦のことを言っているのだろう。

  最後は異形に成り果てたとはいえ、元は人間であったことに変わりはない。

  それを殺したということは、つまり人間を殺したことと同義だ。

  その罪過を悠斗にだけ背負わせてしまったことを、彼女は悔いているのだ。


「凛紅。僕は、別にあの時の行動を悔いてなんかいないし、あれが間違った選択とは思っていない」


  優しく諭すように 、されどその中に絶対の意思を宿して凛紅に話す悠斗。

  一度言葉を切り、ためてから、何か込み上げて来るものを抑えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あれは……僕が背負うべき業だ。三年前のあの日・・・・・・・から、僕はこの業を背負うことを決めた。だから凛紅、君があれこれ悩むことじゃないよ」


「でも……そんなの……貴方が……」


  何かを言おうとして、凛紅は声を詰まらせた。言葉が出ないらしい。


「そんなこと気にしなくていい。君は君の道を行くべきだ」


  そう言って、悠斗は振り返り、凛紅の肩を掴んで向き直った。

  凛紅が何か言う前に、悠斗は付与魔法『精神安定』と『睡魔』を発動し、彼女を落ち着かせて眠らせた。


「僕はもう、みんなのようには生きられない……。だからせめて、君たちだけは……」


  凛紅が寝静まり、いよいよ起きているのは悠斗だけになった頃、彼は心の内を漏らす。

  もう戻れない、もう取り戻せない日常を憂えて、悠斗は眠る凛紅の頭を撫でる。

  その時の悠斗を顔を見た者はおらず、その言葉を聞いた者も誰もいない。


「……」


  ただ一人、寝たフリをし続けた彼の親友を除いて。











 ……

 ……

 ……


  中立都市リーデルから馬車で数日。

  最早第二の故郷となりつつあるグリセント王国に、悠斗達はようやく帰還した。

  白亜の王城に帰還し、国王との謁見を終えた悠斗と白刃は、そのままレイラの執務室へと呼ばれていた。


「任務の完了、ご苦労様でした。長旅でお疲れでしょうが、なるべく早く報告を聞きたかったので、御足労願いました」


  純金を溶かしたような美しい金髪に、無表情とまではいかなくても氷のような静けさを備えた美貌の騎士、レイラが丁寧な言葉で言う。

  彼女は基本的にいつでも敬語なので、悠斗や白刃は気にしていなかった。


「では、大雑把な報告から」


  白刃が口を開き、レイラは紙とペンを用意した。

  メモを取って報告書にするのだろう。


「結果から言いますと、今回の探索は半分成功と言えると思います」


「半分とは?」


「今回の目的……【修練の魔境】で起きている異常事態の原因についてですが、それは恐らくダンジョンそのものが意識を持ったから、と思われます」


「……続けてください」


「ダンジョンが意思を持つ。にわかには信じられないことでしょう。ですが、そうでなければ説明がつかない事が多すぎます」


「ダンジョンからの脱出不可能状態と、制御端末の操作拒否ですね?」


「はい。でもそれではほとんどの方は信じてくれないでしょう。ですので、ダンジョンが意識を持った理由の方が説明しやすいかと」


「理由……ですか。それは分かっているのですね?」


「黒化現象によるものと思われます」


「っ!?」


  ここで初めて、レイラの顔に驚愕が浮かんだ。

  まさかここで最近世間を騒がせる事件が関与してくるとは思わなかったのだろう。


「それを知ったのはダンジョンから脱出際のことです。操作を受け付けない統括装置を悠斗君がハッキング……無理やり操作した所、本来は水色だった結晶が黒く染まってしまったのです。さらに赤黒いオーラのようなモノまで現れました。これは黒化に近しい現象です」


  当時の状況を思い出し、白刃は軽く震える。

  つい数分前まで美しかった結晶石が、黒く濁っていくその様は、ホラーに等しかった。


「さらに統括装置を制御した悠斗君も、自らを『ダンジョンの意識』と名乗るモノと邂逅し、その人物から黒化現象を受けたことを聞いたそうです」


「それは本当なのですか?」


  白刃の言葉に怪訝そうな顔をして問いかけるレイラ。

  彼女に対して、悠斗は特に動じることなく肯定した。


「……確かユウトは、言うことを聞かない統括装置を無理やり操作した、と言われていましたね?それはどういうことですか?」


「そのままの意味です。僕は今回のダンジョン攻略によってユニークスキルを獲得しました。その効果によって、僕は統括装置の魔道情報界に侵入、内側から支配権を奪取して制御しようと試みました。その時に、ダンジョンの意識なる人物と出会いました」


「ユニークスキル、ですか。申し訳ありませんが、それだけ理解するのは難しいです。差し支えなければ、どんなスキルか見せてくれませんか?」


 

  冒険者の界隈……と言うより戦いに携わる世界に身を置く者たちにとって、家族や仲間以外にステータスやスキルを聞くことはあまりやってはいけない行為だと暗黙の了解で認識されている。

  僅かな情報が戦況を左右することだってある以上、戦いに臨む人々は基本手の内を晒したがらないからだ。

  職業柄、それをよく知るレイラは控え目に尋ねた。

  それは悠斗も予想していたのだろう。特に躊躇うことなく、悠斗は情報を開示してみせる。



「分かりました……とはいえ、説明が難しいので実際に見せるって感じでいいですか?」


「構いません」


「では手を出してください。はい、ありがとうございます。失礼します」



  差し出されたレイラの手に、悠斗の手を重ねる。

  そのまま、悠斗は己のユニークスキルを発動させた。



「《接続コネクト》、完了。《同調リンク》、開始スタート


「っ、これは!?」


 

  悠斗のスキルを受けて、レイラの表情が一変した。

  悠斗とレイラの意識が混ざり合い、同化される。

  思考と記憶が交わり、奇怪な感覚がレイラを襲った。


「……っ、なるほど。確かにこれは口では説明出来ませんね」



  あまりにも異質、不可思議なスキルに実体験したレイラはそう感想を述べる。

  悠斗自身も生者にこのスキルを使うのは初めてだったので、えも言えぬ感覚を味わった。

  そして同時に一つの収穫もあった。



「まあ、意識の同化……と言うのは名状しがたい感覚でしたが、ハクバとユウトの証言の真偽もハッキリしました。全てを信じて貰うのは難しいでしょうが、黒化現象の捜査の大きな進展となるでしょう」


 

  微笑むレイラに、悠斗と白刃は一瞬、目を奪われた。

  それでもすぐに取り直し、白刃は報告を続けた。



「ありがとうございます。では続いて今回の探索の詳細なのですが……」



  そうして、なるべく分かりやすく、簡潔に、白刃と悠斗は事の詳細を話す。

  黒騎士、影騎士との戦闘、黒鬼との決戦、復讐者の男の事、そして第四層から五層までの高速走破。

  どれもこれもがともすれば死んでいたかもしれない修羅場ばかり。

  本人らに自覚はないが、レイラから見て二人の顔つきは変わっていた。

  白刃の顔は精悍さが現れ、確かな自信と力強さが見て取れるようになった。

  そして悠斗は相変わらずの大人しげな顔に、どこか底の見えない闇と鋭い刃にも似た覚悟が見えるようになった。

  全く違う方向に成長した二人を見て、レイラはその成長を嬉しく思うと同時に痛ましく思う。

 

(ハクバもユウトも、まだこの世界に来て一年と経っていない。なのにこれほどの急成長。それはつまり、そうならざる得ない状況にいたということ……。難儀なことです)



  この世界において十五歳は、大体成人に値する。

  だが、成人してもこれ言って何かが変わる訳では無い。

  そこからさらに歳を重ねて、ゆっくりと成長して行くものだ。

  しかし、悠斗達は十五歳になって間もなく……それも異世界に来て半年足らずで常人でらありえない程の成長を、人間的な意味でも戦闘力的な意味でも遂げている。

  それはすなわち、成長しなければ生きていけない状況下にいたということだ。

  それを考えると、例え余計なお世話だと分かっていても、目の前の少年達が哀れでしょうがなくなる。



「と、ここまでがダンジョン【修練の魔境】でオレ達が体験した内容です。より細かな話は後日報告書を提出しようと思います」



  そうこう考えている間に、白刃達の報告は終わった。

  まるで社会人のような報告をした二人に「ご苦労さまでした」と労い、疲労が見える白刃と悠斗に、退室の許可を出す。



「二人とも、よくやってくれました。今はおつかれでしょう。ここ暫くは、休みを取って好きなことをしていて構わないと、他の皆さんにも伝えてください」


「はい。ありがとうございます」


「失礼します」



  そうして、二人は執務室を後にした。













 ……

 ……

 ……


  深夜。

  夜闇が辺りを覆い、静寂が支配する時間帯でも、グリセント王国総合騎士団長レイラ・シグルスは執務室でデスクワークを続けていた。

  国家最強の騎士である彼女だが、全ての騎士団、兵団の隊長を務める以上剣だけ振り回している訳にもいかない。

  何よりも、彼女は真面目過ぎるのだ。


「今日の所はこれで最後ですか」


  残り数枚となった羊毛紙を手に取り、内容を読む。

  内容の重要度自体は大したものではない。

  壊れた備品の補充要請や各駐屯地の日の怪我人、死亡者数の統計などが多い。

  とは言え、後者の方は怪我はあっても死亡者など非常時でもない限りほとんどないので、適当に判子でもつけばそれで終わりだ。

  だが真面目過ぎるレイラは一枚一枚しっかり読み、ちゃんと把握してから判子を押していた。

  たまにだが、部署の異動願いや昇格の便宜、そして本当にごくごくたまに死亡届けあるから、それらを蔑ろにする訳にはいかないからだ。


「さて、これで終わり……ではないようですね」

 

  レイラが最後の報告書に判子をつき終わった時、不意に執務室の扉がノックされた。

  飛び込んで来ない辺り、緊急ではないのだろうが、見知った気配から扉の向こうにいる存在はおおよそ見当がついており、なぜその人物が今自分の所へ来るのか不思議だった。


「どうぞ、入ってください……ユウト」


「失礼します」


  訪れたのは、昼に話したばかりの少年、悠斗だった。

  何故彼が今訪れたのか、それは分からない。分からないから、レイラは話を聞いて見ることにした。



「それで、どうかしましたか、ユウト?」


「レイラさんに伝えたいことがあります」


「……昼に伝えなかったことを考えると、他の人には言えない事情ですね?」


「話が早くて助かります」


  一瞬勿体つけて、悠斗はその名を口にした。


「────【禁忌研究所】。その単語を、ご存知ですね?」


「っ、何故貴方がそれをッ!?」


  レイラにとって大激震でも起こったかのような驚きが、彼女を襲った。

  それをもたらした張本人たる悠斗はなんでもないような顔で続ける。


「その反応、知っているようですね」


「ええ。禁忌研究所は数十年前に姿を見せた謎の組織です。目的は不明。活動は禁術や禁忌指定されている行為、そして悪質な人体実験など。見つけたら殺すか捕まえて拷問必至の指名手配組織です」


  レイラの説明を聞き、悠斗はすぐに本題へと移った。


「端的に言います。禁忌研究所(ヤツら)は今回の一件……いや、黒化現象に纏わるあらゆる事件の黒幕です」


「ッ!?」



  先程とは比べ物にならない衝撃が、レイラを打ち据えた。


「馬鹿な……いや、あの組織なら或いは……」


  唐突に与えられた情報に、逡巡するレイラ。

  更なる追い討ちを、悠斗はかける。


「とは言え、簡単には信じられないでしょうから……《精神汚染》」


「なっ、この記憶は……っ!?」


  悠斗がしたこと。それは《精神汚染》による記憶の伝達だ。

  復讐者の男との存在交差で見た記憶情報をレイラに見せているのだ。

  何故《同化》の方を使わないのかと言うと、《同化》は言わば小規模な存在交差なので、必要な記憶のみを見せるには少しオーバーだからである。


「この記憶の持ち主は……A級指名手配犯、【冒険者殺し】ですか?」


  【冒険者殺し】。数多の冒険者パーティーをたった一人で狩り続け、A級指名手配犯にまで見なされた凶悪な犯罪者。

  悠斗達が戦った復讐者の男の一般的な通り名だ。


「その通りです。彼との戦闘の末、精神汚染スキルを使用し、この情報を入手しました」


「まさか本当に黒化現象に禁忌研究所が関連しているなんて……これはもう一国の問題では済みそうにありませんね。四国連合に打診しなければ……」


  想定を上回る情報が来たことで、思考の海に沈むレイラに、悠斗はもう一つの本題を持ちかけた。

 

「レイラさん。いくつかお願いがあります」


「……ぇ、ええ。なんでしょうか?」


  思わず悠斗のことを忘れ思考に没頭していたレイラは、悠斗の声によって我に返った。


「特務機関に僕を入れてください」


「っ!?」


  本日四度目の驚愕。

  ある意味で禁忌研究所のことよりも衝撃を受けたレイラは悠斗の真意を探ろうとする。

  何せ特務機関と言うのは、言わば暗部のことだ。

  かつての影騎士……ノクスが行っていたように、国の不始末を始末し直したり、裏切り者や違法に手を染めている組織、悪徳貴族などを国の命令、あるいは独自に調査し国に許可を貰って処断する組織だ。

  どこの国、組織にも暗部と言うのは存在するモノだ。

  だから悠斗は、きっとこの国にもあるだろうと思っていた。


「何故……そんなことを頼むのですか?」


「……黒化現象についての一連の真相を探り、禁忌研究所を潰す……少なくても、禁忌研究所が黒化に関わっている証拠を見つけることが目的です」


「……」


  これにはレイラも押し黙った。

  確かに、現状のままでは黒化現象と禁忌研究所の関連性について四国連合に打診しても鼻で笑われるだけだ。

  決定的な証拠が欲しい。さらに言うなら、堂々としたモノでなくとも、黒化現象に関する本格的な捜査の手は欲しいところだ。

  だが、本当にやらせていいのだろうか?

  実力を言えば、十分なのだろう。

  しかし、たった十五歳の少年が本当にこの十字架を背負うべきなのだろうか?

  そう考えると、レイラは答えが出せなくなっていた。


「ユウト……確かに貴方なら特務機関に入るのに足りる実力を持っているでしょう。だけど、本当にその仕事内容を理解していますか?」


「勿論ですよ。国に仇なす人間と、人の道を外れた者共の処理、でしょう?」


  表情一つ動かさず、冷淡に告げる悠斗を見て、レイラはゾッとした。

  職業柄、彼女だってヒトを斬ったことがある。

  その時の不快感は未だに拭いされるものでもないし、進んで人殺しの道に入ろうとも思わない。

  だが、目の前の少年は違う。

  多分彼は、全く顔色を変えずに人を殺せるのだろう。

  今の彼の眼は、白刃達が持つ純朴な少年のそれではない。

  殺戮と修羅の道を征く、人殺しの眼だ。


「ユウト……それだけ分かっていて何故?禁忌研究所を潰すということは、そこの人間を貴方が殺すということですよ?特務機関に入るということは、下手をすれば罪もない人を殺さなくてはいけないことになるかもしれないのですよ?」


  困惑と心配が織り交ぜになった顔が、悠斗を見据える。

  悠斗は相も変らない無表情で、無言を貫く。


「皆の……貴方の友達のためですか?だとするならば、それはきっと誰も喜ばない。リンクもフタバもダイキもミーシアも、貴方が人殺しの業を背負うことを望んではいないはずです」


「……」


  無言を続ける悠斗の瞳に、僅かな感情が宿る。

  それは、悲哀さを滲ませるものだった。


「分かっていますよ、そんなこと。それでも……僕は僕の中に残った自分の全てに賭けて、皆を失う訳にはいかないんです。たとえ誰も望まなくても、僕は彼女達に人を殺させない、傷つけさせない」


「っ……」


「そのためなら僕は……たとえ幾万の人々さえも殺してみせる。それが、僕が背負うべき業です」


  悠斗の顔には、いっそ悲愴とも言える覚悟が滲んでいた。

  それがあまりにも居た堪らなくて、レイラは諭すように悠斗を説得する。


「貴方がそんな業を背負う必要はありません。貴方達のことは私達大人が守ります。だから、そんな早とちりな選択はしないでください」


  レイラの説得に、悠斗は嬉しそうな顔をしながらも、その顔に影を落とす。


「レイラさん。もう遅いんですよ。僕の手は血にまみれてしまった。それに、これは僕一人の業じゃない。引き継いだなんです。だから、僕がそれを投げ出す訳にはいかないんです」


「......っ」


  その瞬間、レイラは見てしまった。

  少年の漆黒の瞳に宿る、その闇を。

  今目の前にいる少年が、自分が知っていた純朴な子供ではなく、数多の死体を積み重ねてきた修羅なのだと、気づいてしまった。

 

「……すぐには、出来ません。彼らは公的には存在しない機関。いかに総合騎士団長の権限を持っているとは言え、簡単にコンタクトを取れる訳ではありません。それに私が出来るのは推薦までです。入隊自体は、貴方の力によって成し遂げてください」


「十分です。ありがとうございます」


  結果、レイラは折れた。

  彼女は知っている。目の前の少年がしている目を。

  あれはもうその考えを曲げない、頑固者の目だ。彼女の腐れ縁がそうであるように。


「......それで、確かいくつか、と言っていましたね?あとの頼みはなんですか?」


「......竜人種の隠れ里に行かせてください」


「......」


  最早、驚きすらしなかった。

  いつかそのことを言い出すと思っていたからだ。


「貴方のスキル、《竜ノ因子》を御するためですか?」


「......っ、知ってたんですね」


「はい。貴方には申し訳ありませんが、クレドとの模擬戦あと、貴方が気絶している時に」


  一瞬の驚きをすぐに打ち消し、悠斗は思考を切り替えた。


「レイラさん以外に、このことを知っている人はいますか?」


「私以外なら、ミリアですね」


「あの人か......」


  クレド、シャルル同様グリセント王国の宮廷魔道士であり、回復魔法のスペシャリストであるミリアには、悠斗も世話になった。

  とは言え、直接的には一回、後は少々の細事で何回か世話になった程度なので、悠斗はまだ完全に彼女を信用していなかった。


「ユウト、彼女は仮にも医者です。そうそう患者のプライバシーを漏らすようなことはしないし、私も言わないように釘を刺しているので安心してください」


「......分かりました」


  そう言われて、悠斗はあっさり引き下がった。

  例え心配した所で、何も出来ないからだ。

  まさか始末や《精神汚染》を使うわけにもいかない。

  まあ、頼み込む位はするが。


「竜人種の隠れ里に行きたい理由は二つ。僕の中にある竜人種の力を使いこなす為、そして武を修めるためです」


  竜人種は隠れ里に住み、滅多に外界へは降りてこない。

  種の特徴故、一人一人が冒険者で言えば金等級(ゴールド)に相当する猛者であり、竜人種の里に手を出すのは即ち破滅、とまで言われるくらいである。

  その戦闘力は数十人で一国の全軍隊を相手取れる程で、四大国クラスの国家も容易に手を出せない。何せ挑めば負けはしなくとも国力は瓦解、あっという間に他国に攻められて亡国間違いなしだからである。

  だが、そんな恐ろしい戦闘力とは裏腹に、竜人種は義理堅い種族でもある。

  一度恩を売れば、その身が朽ちるまで義理を返し続けてくれることもざらだ。

  また世界の秩序維持にも加担しており、その高い戦闘能力を活かして魔物災害などの解決に尽力している。

  そんな訳で、殆どの国家は付近に竜人種の隠れ里を見つけたら必ず交渉し、同盟や条約を結ぼうとするし、傷つき倒れた竜人種がいるならば丁重に保護して国賓待遇で迎えるのだ。

 

  閑話休題。


  ともあれ、そんな竜人種の隠れ里は一般的には知られていないが、武を極めんとするものは必ずその隠れ里を目指すと言われている。

  何故か。それは、竜人種はその強靭な肉体と能力を持ちながらも、それに振り回されず、己を律し、武の頂きへと辿り着いた武人揃いだからだ。

  なるほど、確かに竜人としての力と武術を学ぶには竜人種の隠れ里が手っ取り早いだろう。

  事実、レイラも一度隠れ里に行ったことがある。剣の修行をするためだ。

  今のレイラの強さがあるのはひとえにその経験故と言っても過言ではないだろう。

  それをよく分かっているからこそ、レイラは悠斗が隠れ里に行きたい理由が分かっていた。



「分かりました。特務機関よりはアポイントメントが取りやすいですからね。なるべく早く答えを伝えます」


「重ね重ね、ありがとうございます」


  何度も自分の我儘を聞いて貰ったレイラに、悠斗は深々と頭を下げる。

 

「いいえ。ココ最近の貴方の活躍、貢献は目覚しいものです。その功績に報いるには、これくらいはしなければ」


「こちらこそ、これから一層の努力をさせて頂きます」


「「……」」


  社交儀礼のような挨拶を終え、僅かな沈黙の後、レイラは呟くように悠斗へ問いかけた。


「ユウト。最後に一つだけ聞かせてください。貴方はこれからどうするつもりなのですか?」


「? そうですね。取り敢えず強くなって、禁忌研究所のことを調べて潰すのが当面の目標です」


「そうではありません。貴方はこれから、他の皆とどう付き合うつもりですか?」


「……」


  これには、流石の悠斗も言葉を失った。

  確かに、自分はこれからどうするのだろうと言う考えがひたすら頭の中を駆け巡り、自問自答しても答えは出ない。


「……少しずつ、距離を取っていきます。彼女らがいる場所に、僕はいるべきじゃない」


「……」


  簡単に予想出来た、あまりも悲しい返答に、レイラは悠斗を呼び止めようとする。

  だが悠斗は彼女の行動よりも早く「失礼します」とだけ言って執務室から足早に立ち去った。


「……悔しいものです。強くなっても、子供一人守ってあげることが出来ないのですから……っ」


  悠斗が立ち去った扉を眺め、レイラは己の無力感を噛み締めながら、そう呟いたのだった。












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