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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
81/112

受け継いだ力

ちょっと早めに書き終わったので、投稿します。説明が多くありますが、分かりやすくしようとして、分かりにくくなったので、まぁ、そういうもんだと思ってください。

  なんと言うことだろうか。

  その光景は、彼女にとって最も見たくないモノだった。


  彼女の大切なヒトが、傷付いて欲しくないヒトが、好きなヒトが、戦っている。

  それも相手は人間。


  それはきっと、生きるか死ぬかの決戦になる。

  どちらも生存の引き分けなんてありえない。

  ありえるとすれば、どちらも死亡の引き分けだけ。


  彼にはこんな戦い、して欲しくなかった。

  だってこの戦いの最後、彼は必ず救われない。

  戦いに勝ってしまえば、彼は人殺しになってしまう。

  しかし負けたら死んでしまう。彼を失いたくない彼女は、それも嫌だ。

 

  勝って欲しくないし、負けて欲しくもない。

  二択しかない選択肢の、そのどちらも拒む彼女だが、所詮、彼女は外の人間。


  戦っているのは、結果を決めるのは、今戦っているのは彼とその相手だ。

  どれだけ彼女が叫ぼうと、時は無慈悲に進んでく。

  決着の時は無情に近ずいて来る。


  それでも、彼女は、叫ぶのだ。

  今の彼女には、たったそれしか、出来ないのだから。







 ☆☆☆☆☆


「はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


「ぉおおおおおおっっっ!!!」


  交わる二つの剣閃。

  入り乱れる黒と銀。

  奏でられる金属音。

  それら全てが、今なお死闘が続いている証明であった。


「ふっ!」


  悠斗が放つ一閃を、男が受け止め。


「なろっ!」


  そのまま受け流した男が、流れる様な反撃を叩き込む。

  だがしかし、その斬閃は空を切る。

  唐竹割りに繰り出された男の剣を、悠斗は半身になって躱していたのだ。

  互いの距離はほとんどゼロ。先に動いたのは悠斗だった。

  至近距離から繰り出されるは鋭い膝。スキルの恩恵は確認出来ないが、人体の中でもトップクラスに威力が高い部位である膝は、まともに受ければただでは済まない。

  タイミングはベスト。速度も上々。どうやっても回避不可能な一撃。無論、直撃。


「っ!」


  だが、男の肉体を穿つつもりで放った膝に違和感が。

  何か、ヒトの体とは違う硬いのに不確かな何かを蹴りつけた様な感覚。

  その正体は、黒鬼が纏っていたソレと酷似した黒い、闇のオーラ。

  攻防どちらにも長けた厄介極まりない漆黒の衣が、男の腹の直前に壁の様なモノを作り、悠斗の膝蹴りを防いでいた。


「ほんと、便利だよなァこれ!」


  状況の不利を感じて僅かに距離を取ろうとする悠斗に対し、互いの距離の隙間が若干空いた男はハイキックを見舞う。

  剣を持っていない方の腕で頭を守り、直撃を防いだ悠斗だったが、予想を上回る一撃の重さに腕は痺れ、数歩よろめいてしまう。

  そしてそれは、致命的な隙になった。


「巻き取れ!」


  いつまにか突き出されていた男の腕。

  そこから闇のオーラが触手の様に蠢き、飛び出した。

  男の腕から射出された闇の触手は手練の弓兵が放った矢の如き速度迫り、悠斗に突撃、拘束する。


「しまっ────」


「遅せぇ!」


  腕を引き寄せ、闇の触手を引き戻しながら自分も前に出る。

  元々大した距離がないのも相まって、一瞬の内に射程圏内に悠斗を引き入れた男は、下からすくい上げる様に斜め横薙ぎに魔剣を振るった。

  斬閃直撃。

  勢い良く引き寄せ、近ずいて攻撃したことにより、運動エネルギーすら味方につけた斬撃は、見事に悠斗の胴を捉えた。


「悠斗!」


「悠斗君!」


  飛び散る鮮血、倒れ込む悠斗の身体。

  それらを見た凛紅と白刃は悲鳴じみた叫びを上げた。

  だが、ただ一人だけ、違う反応をしている人物がいた。


「……冗談だろう?マジでなんなんだ、お前」


  それは悠斗を斬った張本人である男だった。

  彼自身はおくびにも出していないが、彼の手は痺れていた。まるで大きな岩でも斬りつけたような痺れを腕に感じ、剣を持つのも辛くなっていた。


「さてね。強いて言うなら、半分だけ人間を辞めた、中途半端なニセモノ、かな?」


  男が答えを期待しないで呟いた問いは、今にも倒れそうになっていた少年が返した。

  痛みを堪え、倒れかけていた身体を足で踏ん張ってギリギリで耐えている悠斗は、自嘲的な笑みを浮かべながらそう答えていた。

  本来致命傷になるはずの斬撃を、部分的な竜人化と付与魔法によって何とか浅く済ませた傷は、既に悠斗が持つスキル《竜ノ因子》の効果の一つである再生能力で塞がりつつある。

  普通の人間は再生能力なんて持ちはしない。そう考えれば、見た目人間のまま再生能力を持っている悠斗は、確かに半分だけ人間を辞めているのだろう。

  また、本物の竜の末裔である竜人種に対して、一種の禁忌に近い方法で後付けで手に入れたスキルによって竜人化になった悠斗は、それ故に自分のことをニセモノと評価したのだ。


「はっ、お前と俺は、随分似てるところが多いらしいな!」


  悠斗の返しに、男はそう言って一蹴した。

  だが、その言葉に込められた感情は、冗談じみたそれではなく、どこか本物の響きを孕んでいた。


「回復……再生能力か?まぁいい、それなら首を落とせばいいだろっ!」


  言い切った瞬間、地を蹴り、歩法を利用して悠斗の距離を一気に詰めに来る男。

  やはり目で追えている様子を見せない悠斗に、落とせは少なからず油断していた。

  次の瞬間には悠斗の首を切り落としていると確信するくらいの油断を。

  だが、実際に次の瞬間に男を襲ったのは、首を斬った手応えではなく、顔面を蹂躙する途方もない衝撃だった。


「がッ!?」


  油断していたこともあり、数メートルほど吹っ飛んだ男は、何故自分が転がっているのか分からないといった顔をしていた。

  そして心を読んだかのようなタイミングで、悠斗も口を開いた。


「貴方の技は確かに速い。だけど、どれだけ速くても直線的な動きなら、どうとでもなる」


「っ!?」


  悠斗の持つスキル、《虎視こし》。

  虎が獲物を狩るときの如く周囲に目を光らせ、スキルを使っている間は相手の攻撃にほぼ確実に対応できる様にする反撃(カウンター)スキル。

  その副次効果と言うか、効果の一つに動体視力上昇と反応速度上昇がある。

  《虎視》のカウンター自体は、スキル発動状況に自分が静止、あるいは攻撃や対応が出来る状態になければならないと言う制限があるが、例えカウンターをしなくても動体視力上昇等の効果は発揮される。

  故に、男の技が歩法だと理解した瞬間、悠斗はなるべく《虎視》を発動するようにしていた。

  常時発動をしないのは、任意発動型(アクティブ)スキルを長い時間発動しっぱなしにするのは非常に疲れるからである。

  ともかく、動体視力と反応速度が上昇したことにより、少なくても『出』のタイミングを捉えることができ、後は男がこちらに攻撃しようと一度踏み込む瞬間に蹴りを当てた、というのがさっきの事の顛末だった。


「接近戦じゃ、ちと分が悪いか」


  衝撃から立ち直った男はそう判断し、構えを変えた。

 

「『ダークスフィア』」


  男が魔法を展開する。

  すると、闇のオーラが吹き出て、男の背後にいくつかの球を作った。

  一つ一つはハンドボール大の闇の球だが、その数は十個と少し多い。


「行け!」


  指揮者の様に振るった腕に合わせて、闇の球は踊り出た。

  漆黒の宝玉はダンスでもしているかの様に無秩序な軌道で移動し、悠斗を取り囲んでいく。

  そして完全に悠斗を包囲した、その瞬間。宝玉から光線が放たれた。


「っ!?」


  太さはそうでもない。精々ヒトの指より少し太いくらいだ。

  だがそれが十、それも悠斗を取り囲む様に射出されている。一撃の威力、範囲、その後の状態異常の有無、効力などが分かってない以上、まともに受けるのは下策。だが、一発も受けずに避け切るのもまた難しい。


「『魔障壁:半球ドーム』!」


  無属性魔法『魔障壁』を改変展開。

  通常、術者の任意の場所に高さ二メートル、幅一メートル位の大きさの壁が出現するだけの防御魔法が、半球体ドーム状ののバリアとなって悠斗のことを守る様に包み込む。

  そして、衝突。

  魔力と魔力のぶつかり合いは、黒の光線が制した。


「っ!」


  魔力の半球体に亀裂が走る。

  次の瞬間には、障壁は破砕されるだろう。

  引き伸ばされた体感時間の中、悠斗はそれを確信した。

  だが、悠斗にとって、その一瞬は十分な時間だった。


「『竜鱗』!」


  竜魔法、『竜鱗』。

  大型の盾と同じ位の大きさの、竜の鱗を模した防御魔法を盾の様に構え、『魔障壁』が決壊するのと同じタイミングで一気に駆け抜ける!

  『魔障壁』を貫通して威力が落ちたか、『竜鱗』までは穿つことなくそのまま阻まれる光線。

  勢いを緩めることなく光線の包囲網から脱出して見せた悠斗は、見事に無傷だった。

  だが、男はそれを読んでいたかの様に包囲を潜り抜けた悠斗の目の前に立っていた。


「『ダークインパクト』」




  そして魔法を放つ。

  闇のオーラが収束させた黒い塊が悠斗の胴を直撃、炸裂した。


「〜〜〜っっっ!!!」

 

  全身を襲う強い衝撃。

  呼吸もままならなくなる身体。

  悠斗の歳の割に小柄な身体は簡単に宙に浮いた。


「《魔剣疑似解放》」


  追い打ちをするように、男が手に持つ魔剣から巨大な炎の塊が放出された。

  そして、宙にいる悠斗にそれを避ける手段はない。

  戦いの行方を見守る少女の声も虚しく、悠斗に火炎が直撃した。

  火の粉が舞い、火炎は空に散る。炎が隠していた黒焦げになっているであろう悠斗の身体はしかし、どこにも見当たらない。


「っ!?」


「『スタンボール』!」


  気がつけば、男の目と鼻の先に悠斗はいた。

  対魔力性質を持つ竜の力を身に宿す竜人化と付与魔法によって炎のダメージを軽減した悠斗は、火炎に吹き飛ばされるのを利用して地面に着地、短距離高速移動スキル《飛燕》を使って炎の中より飛び出したのだ。

  魔力の噴射を利用した高速移動スキルである《飛燕》は、その速度故に使用者が消えて見えるくらいだ。炎を煙幕代わりにして、一気に距離を詰めたのだ。

  そして、まさか悠斗が詰め寄っていると思っておらず、無防備な男に悠斗は雷属性魔法Lv2『スタンボール』をぶつける。

  雷属性魔法は属性魔法の中でも状態異常を引き起こす特性を持った数少ない一種だ。『スタンボール』は雷属性魔法の中で最初に使えるようになる状態異常魔法である。

  所々スパークを弾けさせているバスケットボール大の魔力球が男の腹部に直撃する。

  苦悶の声は上がらず、ただ衝撃はあったらしく、魔力球が弾けると同時に男の身体は先の悠斗の様に吹っ飛んだ。


「っ、なんだ身体がっ!」


  即座に体勢を立て直し、反撃しようと試みる男だが、体が思うように動かない。

  それもそのはず、それが『スタンボール』の真骨頂だからだ。

  『スタンボール』は他の魔法と比べて殺傷能力がいやに低い。子供や余程体が弱い人間出なければ一般人ですら殺せない位に。

  だが、この魔法の本来の用途は相手を行動不能にすることだ。『スタンボール』の電流が弾け、体内に流れると非殺傷性の電気が相手の脳を刺激したり、筋肉を麻痺させたりする。そうすることで、相手を気絶させる、或いは少しの間行動不能にさせることができるのだ。

  故に、この魔法は良く暴徒鎮圧や戦闘中での相手を崩すことに使われる。

  さて、そんな状態異常魔法をまともに受けた男は当然直ぐには動けない。

  そして悠斗は既に攻撃体勢に入っている。


「《狼牙突き》!」


  足のバネを全開で。

  狼の様に強かに、そしてなによりも疾い一撃。

  《剣術》スキルアクション、《狼牙突き》を放つ。

  研ぎ澄まされたその刺突は、未だ動けずにいる男にとっては必殺となりうる。

  鋭く突き出された剣が空気を裂き、男の心臓を穿たんと迫る。


「っ!」

 

  驚愕に息を呑む音。

  だが、驚かされたのは悠斗の方だった。


「またそれかっ!」


「やっぱ便利だな、これ」


  悠斗の一撃を防いだのはこのダンジョンに来てからよく見る闇のオーラだった。

  男のことをスタンさせても闇のオーラは使えるらしい。

  何度も攻撃を邪魔された闇の衣に、悠斗は悪態をつき、男は再度その利便性を喜んだ。


「打ち据えろ、『ダークウィップ』!」


  まだ身体は動かないらしい。

  片膝をついた状態で魔法を発動。男の身体から滲み出るオーラが意志を持った様に蠢き、触手の様な鞭を形成する。

  計六本になった闇の鞭は唸るように悠斗を襲う。


「っ、面倒な!」


  次々襲いくる闇の鞭の尽く躱し、魔剣で切り裂く。

  四方八方から来る鞭を無傷で凌ぎきった所は、凄まじい身のこなしだ。

  だがしかし、悠斗は男の思惑通りに動いてしまった。

  『スタンボール』を受けたことによる行動不能(スタン)状態から抜け出した男は、魔剣を振るいながらその力を疑似的に解放した。


「《魔剣疑似解放》!」


「なっ!」


  直ぐに訪れるであろう火炎に備えていた悠斗だが、迫り来たのは炎ではなく次々と地面を凍結させて走る冷気と氷塊だった。

  咄嗟に付与魔法をかけ直そうとするも、間に合うはずもない。

  ギリギリの回避行動が幸をなしたのだろう。

  悠斗は氷塊の直撃と全身の凍結だけは免れた。

  だが、回避しきれなかった左足が凍りついて、地面に縫いつけられた。


「そぉらっ!」


「くっ!?」


  その隙を突いて、男が魔剣を悠斗に振るう。

  左足が不自由な分、上手く体を扱いきれない悠斗は辛くも斬撃を受け止めるが、その重さにバランスを崩された。

  続く二の剣、三の剣も何とか捌くが、悠斗の顔には余裕がない。


「《電撃》!」


  僅かながらに生まれた隙に、《電撃》スキルで男を牽制。その後男が少し引いたタイミングで今度は自分の足元に《電撃》を撃った。

  魔剣の力で作られた氷は悠斗の電撃によって砕かれ、彼の足はようやく自由になる。

  だが、すぐに攻め直して来た男の斬撃、打撃が迫り、安堵する暇もない。


  男とギリギリの攻防を見せている悠斗を、毒が抜けきらず歯がゆい思いで見る白刃は、どこか疑問を抱いていた。


(何故悠斗君は本気にならない?)

 

  だっておかしい。

  悠斗の戦闘スタイルは基本的に高速移動からの一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイだ。

  《飛燕》や《電光石火》を使い、敵を翻弄し、多種多様のスキルと研鑽された魔法を用いて、悠斗はこれまでの強敵を凌いできたのだ。

  では何故悠斗は《電光石火》を使わない?使う魔法も強力なモノではなく低級だ。スキルだって思いの外使わない。スキルアクションも。

  その疑問に誰が答えてくれるわけでもなく、白刃はただ悠斗の戦いを観戦するしか出来なかった。

  だからこそ、白刃は気づいた。

  悠斗の顔色が、少し悪いことに。

  彼の体が、僅かながらに震えていることに。

  震えの正体は、恐怖ではないだろう。

  悠斗は男に対し「殺す」と明言した。その言葉には虚勢も、緊張も見られなかった。故に恐怖の類ではない。

  では何か。白刃には思い当たることが一つあった。

  魔力切れだ。正確には、その寸前といった所だろう。

  白刃も魔力切れの経験がある。あれはお世辞にもいい気分ではない。気持ち悪いし、脱力感は酷いし、まるで重症な風邪でも引いたかの様だった。

  その寸前ともなれば、動けない程でなくとも顔色の悪化や手先の震えくらい有り得る話だ。

  そして、魔力切れ寸前と考えれば、白刃の疑問も一気に氷解する。

  悠斗は《電光石火》や他のスキル、魔法を使わないのではなく使えなかったのだ。

  何せスキルも魔法を行使するのに魔力がいる。

  元々かなり減ってたであろう魔力を、凛紅を助けるための《電撃》やそこにくるまでの《限界加速》、《感知》で使い、今の戦いでもじわじわ使わされてる。

  魔力が切れれば動けなくなり、負けが確定する以上、スキルや魔法の多用は本来避けたいモノなのだ。


(本当にオレにできることはないのかよ……っ)


  自分の無力さを嘆き、白刃は自分にできることを必死に考えた。

  だが、全く解決策は浮かばないまま。

  そして、苦悩する白刃を他所に、戦いは白熱して行く……。






 ……

 ……

 ……


  不思議な感覚だった。

  これまで何度も潜り抜けてきた死線同様、ギリギリの戦いを演じる悠斗は、どこか別な所に思考がトリップ……心と体が別々に動いている様に感じていた。


(このままじゃ、不味いかもしれない)


  どこか他人事のように、悠斗はそう評価した。

  これまでの修羅場と違って、魔力が足りていないと言う枷はあれども、男自体もまた強い。

  鍛え上げられた剣と体さばき、立ち回り、ありとあらゆる技を貪欲に吸収しては研鑽し、自分のモノとしてきたことが分かる動きのキレ。

  どれ一つとってもこれまで悠斗が相手にしたことがない、言わば凡人の戦い。

  一極ではなく多芸。

  広く浅く戦い方をモノにしてきたであろう立ち回りは、実に厄介極まりないモノとなる。

  特に土台が近く、スタイルが近しい悠斗の場合は完全に経験がものを言う。その分、悠斗は不利と言えた。

  なにより、魔力切れが近いのは本当に不味い。

  魔力が切れたら、まず満足に戦えない。

  グリセント王国に来る前から行っていた魔力切れになるまでスキルアクションを連発する訓練によって、多少なりは魔力切れでも動けるが、それでもキツいことに変わりはない。

  持久戦に持ち込まれたら、まず勝ち目はなかった。


(……なんだ?魔剣が、呼んでいる?)


  他人事に感じていた自分と男の戦いの中、悠斗が持つ魔剣ノクスがまるで悠斗に呼びかけるように躍動するのを感じた。

  紫紺の刀身は妖しく光り、悠斗の体には剣を通してよく分からない波動が流れ込んで来る。


(これはまるで……)


  まるで魔剣解放を発動した時、ノクスの声が聞こえたあの時の様だ。

  だが今度は、彼の声は聞こえない。

  ノクスは言っていた。自分は言わば剣に残された残留思念の様なモノだと。恐らく、意味のない反応は、躍動は起きないと思う。

  だとすればこれは一体なんなのだ。

  魔剣解放は魔力が足りなくて発動出来ない。

  よしんば発動出来ても、恐らく影騎士状態は長くは持たない。

  魔剣ノクスには武器スキル(特殊な武器についている固有能力とは違った特殊効果のこと)はない。

  もう他にこの魔剣に使える能力はないはずだ。

  では、この躍動はなんだ?

  そこまで考えた時、悠斗の中にある一つの可能性が浮かんだ。


(いや、一つある……)


  もう一つの可能性。

  それは悠斗が持つ謎のユニークスキル、《接続コネクト》、《同調リンク》だ。

  《接続》は対象と接続状態になり、《同調》は《接続》で繋がった対象と意識を同調させる。

  正直言って、これだけでは意味が分からなかった。

  だが、対黒鬼以前の戦闘、第三階層に転移されてすぐの戦闘で悠斗は【剣の眷属達ブレード・サーヴァンツ】を《接続》と《同調》を用いた実験をした。

  それによってある程度の確証得た。

  つまり、だ。

  《接続》と《同調》は対象に意識を同調させて、さらなるチカラを発揮する力……だと思われる。

  悠斗が見出した、一縷の希望。

  それは──────








 ……

 ……

 ……


「《接続》スキル発動。魔剣、接続」


  男と刃を交えながら、悠斗はその言葉を呟いた。


「……?」


  当然、男はその目的を知らない。


「《同調》スキル起動。対象、魔剣ノクス」


  刹那の刃も、那由多の剣戟も、悠斗が詠うその言葉を止められない。

  そして悠斗は、その最後の一節を紡いだ。


同調(リンク)開始(スタート)


  その瞬間、悠斗から溢れ出る、異様な気配。

  それを受けて、男も猛攻を止めて距離を取った。


(な、なんだ……?アイツの気配が、変わった?)


  男の顔に冷や汗が流れる。

  だが、悠斗の顔は彼の長めの前髪によって確認出来ない。


『っっっ!!!???』


  不意に、悠斗が顔を上げた。

  それを見た男は、いや、男だけでなく凛紅達でさえも息を詰まらせた。


「お前、その眼と髪……」


  悠斗の瞳は黒から淡い水色に、髪は黒髪の中に灰色が混じった髪色になっていた。

  いや、見た目だけじゃない。

  雰囲気もまた、大人びた穏やかさ、そして同時に刃の如き何人をも切り裂く鋭さと危うさを持った様に変わった。

  口元にいつも浮かべていた微笑が宿る。

  だが、その様はこの戦場においてあまりにも不気味だった。


「行くよ」


  仕切り直しか、或いは再戦を告げる言葉にもやはり、どこか達観した穏やかさが見える。

  だが、それをかき消すほどの濃密な殺気と剣気が放たれると同時に悠斗は走り出した。

  何かえも言えぬ悪寒が身体を駆け巡る中、男も魔剣を構え、悠斗と刃を交える……。








 ……

 ……

 ……


  結果から言えば、その試みは成功したと言って良いだろう。

  固有能力、武器スキルとは違った新たなる力を悠斗は手に入れたのだから。

  だが、それが手放しに喜べるモノかと言えば、その代償を考えれば一考しなければならない。


  《接続》スキルと《同調》スキルを魔剣ノクスに使って最初に訪れた異変は、脳ミソがバンクしそうになるほどの情報だった。

  ただ、その情報のほとんどは、とてもではないがヒトが正気を保っていられる様なモノではなかった。

  それは、恨みだった。怒りだった。悲しみだった。嘆きだった。悔恨だった。そして、呪いだった。

  それらはとある人々が今際の際に抱いた感情だった。

  それらが呪詛の刃となり、悠斗の脳を、精神(ココロ)を蝕む。

  それがなんなのか、悠斗は一瞬で理解した。

  それは記憶だ。記憶が呼び起こした怨念だ。

  かつてノクスと言う男が殺してきた人間達の憎悪が記憶情報になり、悠斗の頭に侵食してきたのだ。


(ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ、頭がァッ、割れる……ッ!!!)

 

  絶え間ない頭痛と嘔吐感。

  笑気を削る記憶情報が途方もない不快感を招き続ける。

  その瞬間、悠斗は自分が持つユニークスキルの本質を理解した。

  悠斗が手に入れた謎のユニークスキルの本質は『引き受ける』ことだ。

  対象を手足の様に操るとか、力を引き出すとか、それらはあくまで副産物に過ぎない。

  『引き受ける』と言う特性。難しいことではない。辛いことも、苦しいことも、呪いも、悪意も、怨念も、ありとあらゆる黒い面、或いは『闇』を代わりに背負い、一身に受ける。

  その特性故に、魔剣ノクスと同調した悠斗はノクスの残留思念に眠る『闇』を、呪詛を記憶情報として『引き受けた』。

  そう考えれば、このスキルが発動した理由も何となく分かる。

  《接続》と《同調》スキルが発現した理由、それは悠斗とノクスの約束にある。

  影騎士との一戦。そしてその後の存在交差の時。

  苦しみから助けて欲しい、と願うノクスに悠斗は言った。

 

『救うことは出来ない。けれど、その苦しみを請け負うことはできる』

 

  と。

 

『貴方の罪を、闇を、想いを受け継いで、答えを探します』


  と。

  それは悠斗の誓いであり、ノクスとの約束。

  『引き受ける』性質を持つスキルが生まれた、理由なのだ。

  悠斗は約束したから。ノクスの闇を引き受ける、そしていずれ答えを見つけると。

  その約束が形なったものが、《接続》と《同調》スキルなのだろう。

 

  魔剣ノクスにはかつて彼の残留思念が残っている。

  そして同時に、彼の記憶も眠っている。

  それに《同調》したことにより、悠斗には合計で二つの異変が起こった。

  一つは記憶情報の侵食。

  そしてもう一つは悠斗の意識とノクスの意識の混濁だ。

  魔剣に眠るノクスの残留思念が、悠斗の意識に混じったのだ。

  とはいえ、ノクスのは残留思念。意識の主導権を取られることはなかったが、ノクスの雰囲気や人間性が、悠斗の佇まいなどに反映された。

  それに伴って、見た目も変わってしまった。

  黒い瞳は薄水色に、黒髪は灰色と黒が交わる色に変わった。

  奇怪と言えば奇怪。異常と言えばあまりにも異常なこの現象。原因も、原理も、何もわからない。ただ一つ言えることは、起きたことは、悪いことだけではないと言うことだけだ。


  処理しきれない情報と、混濁した意識を代償に手に入れた力。

  或いは『引き受けた』が故の産物(メリット)は技と経験だった。

  魔剣ノクスに《同調》した結果、悠斗はノクスが死ぬまでに体験した戦い、修羅場、訓練など様々な経験を手に入れた。

  その経験も実は情報の一つとして悠斗を苦しめているが、それでも悠斗は膨大な情報の中から経験値だけを抜き取って己のモノにしていた。

  そしてもう一つ、それはノクスが持っていたスキルを悠斗が『引き受けた』、つまり継承したのだ。


『──────ユニークスキル《殺人剣》、スキル《鏖殺剣》、《一騎当千》を獲得しました』


  新たなる力、スキルを獲得したアナウンスを頭を這う激痛の中悠斗は聞いた。

  どれもこれも、名前だけはあまりにも物騒。というか、能力も物騒だった。

  だがこれは、間違いなくノクスが悠斗に託してくれたモノ、悠斗が『引き受けた』モノであった。


  未に記憶情報と言う名の呪詛は消えない。

  ここに来る前に見た最悪な夢の延長の様にも思えるこの現象は、恐らく《同調》を切るまで続くのだろう。

  正しく魔剣。魔の力を有し、所有者に良くも悪くも魔を与える武器だ。

  だけどもう恐れはない。呪いだろうが恨みだろうが、掛かってくるといい。

  覚悟は決まっている。彼の『闇』を引き受けると言ったあの時から。

  脳が限界を訴えようとも、されど魂だけは折れはしない。

  顔を上げ、何やら驚いた様子を見せる男に向かって悠斗は宣言した。


「行くよ」


  たった一言。

  短い言葉なれど、その言葉に宿るのは強固な決意と不屈の闘志。

  男も悠斗の殺気やら闘志やらに当てられて武器を構えている。

  そして悠斗は地を蹴った。

  動きの無駄を廃し、持ちうるポテンシャルを十二分発揮するための動き。

  歩法ともスキルとも違う、数多の修羅場を渡り歩き、極限状態で磨かれたからこそ出せる動きの極地だった。


「なっ、ぐっ! おっ、ぉおおおおおッ!?」


  残像さえ引き連れているようにすら感じる動きで距離を詰め、一撃を当てては回り込むのを繰り返す動きで戦う悠斗に、男は押されていた。

  一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)ともまた違った動きだ。

  しかも一撃は意外に重く、辛くも防ぐ男はその一太刀事に大きく体勢を崩されかける。

  苛烈に攻め続けるのでは無く、まるでジワジワと削って行くような戦い方。

  この手の戦い方は、崩れた時に一気に来る。


「『ダークウィップ』!」


  あまりにも速く、鋭い悠斗の足を少しでも止めるため、手数のある魔法で攻撃しようとする男。

  だが、魔法の発動により生まれるラグを突いて、悠斗は一気に加速する!

  魔法で牽制しようと言うのに一気に距離を詰められた男は、闇の鞭を振るうもその真価を発揮出来ずに避けられ、切り捨てられる。

  そして、魔法を展開したせいでワンモーション遅れた男に悠斗は一閃。

  紙一重の防御も虚しく、男の体には肩口から脇腹にかけて深い裂傷が刻まれる。


「ぐぅッ!?」


  明らかな致命傷。

  切り裂かれた傷はしかし、闇によって覆われる。

  黒鬼がしていたそれと同じ、再生能力だ。

  だが、黒鬼と違うのは確実に痛みを受けていることだ。黒鬼はどれだけ攻撃を受けても痛みで怯むことは少なかった。だが、男はその痛みに体を固めてしまう。

  それが、決定的となった。


「《血染椿ちぞめつばき》!」


  椿の花弁の如き六連撃が男の血を啜るために牙を剥く。

  狙うは人体の急所。両足の(もも)、両肩口、そして肝臓と腎臓。

  後半の内蔵二つはノクスから継承した記憶で照らし合わせた。

  悠斗が放った刺突六連撃は見事急所を射抜き、男に決して小さくないダメージを与えた。


「ぐぅ、がぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


  たまらず崩れ落ちる男。

  当然と言えば当然だ。

  腿は立つ上で重要な場所。

  肩口とて腕を動かす以上必要な場所だ。そこに剣を突き立てられれば、満足に腕を動かすことも出来ない。

  肝臓と腎臓に至っては、傷つけば大量出血は免れない部位だ。放っておけば失血死間違いなしであるほどの。

  だが、男は再生能力を持っている。だから死ぬことまではない。

  が、そんな男に悠斗の無慈悲な刃が突きつけられた。


「チェック、だ」


  半ば詰み(チェック)

  男は両腕両足をやられているのですぐには動けない。

  再生能力を使えばなんてことないが、それを腎臓と肝臓の傷が許さない。

  足と肩の傷と違って、臓器はすぐに治さないと死ぬ。

  とは言え、臓器を優先すれば悠斗の剣によって首を取られる。悠斗自身にも確証はないがいくら再生能力持ちでも首を飛ばされれば危ういだろう。

  つまり、詰んでいる。


「降伏してください」


「……殺すんじゃなかったのか?」


  男が嘲る様に問いかける。

  さっきまでの威勢と裏腹に、急に甘さを見せた悠斗に落胆したのだろう。


  ドスッ!

 

「ごフッ……」


「調子に乗らないでください。僕は別に貴方を許していない。ただ貴方には聞きたいことがある。それを聞き出してからの方が、良いに決まっているでしょう?」


  悠斗は表情一つ変えることなく、男の心臓に刃を突き立てる。

  男の挑発が、時間稼ぎであることに気付いていたからだ。


「時間稼ぎのつもりならやめた方が良い。再生に掛かる時間の目処はついた。後は定期的に、貴方の臓器に穴を開けます。なので時間稼ぎも苦痛を増やすだけなのでおすすめしませんよ」


  やはり冷淡に、冷酷に、ゾッとするほど感情が見えない瞳で現状を宣告した。

  それに、「とは言っても」と続ける。


「貴方が降伏を断ろうと別に関係ないんですけどね」


  無造作に手を伸ばし、男の顔の前で五指を広げる。

  そして僅かな魔力を消費してそのスキルを発動した。


「《精神汚染》」


「っッッッッァだァァァァッ!!?!?」


  ヒトの精神を蝕む力が、男に刃を向けた。

  本来は悪夢や対象にとっての最悪な光景を脳内に直接送り込んで、対象の心を壊すチカラだが、使い方を調節すれば、尋問や拷問にも使えるのだ。


「貴方にはスキルの力で尋問を受けて貰い、その後に無力化させてもらう」


  最早聞こえてもいないだろう男に、悠斗は語りかける。

  それはどこか、自分に語りかけている様にも見えた。


  精神汚染は確かに成功していた。

  だが、その時、異変は起こった。

 

  バチィッッッ!!!


「っ!?」


  精神汚染の魔力光が弾けた。

  純粋な魔力の光が眩く輝き、悠斗の視界を真っ白に染め上げて行ったのであった──────。

 

 

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