仲間ー承ー
これも書き直し。前後の繋がりにご注意ください
魔法の奇跡を為した彼女が見たもの。
それはーーー
「これは……一体……」
まるで不可思議なものを見てしまったかのような表情だった。
震える体を抑えて、双葉は情報の伝達を急ぐ。
「じょ、情報……投影、します……」
魔導書が青白い光を放ち、空中にホロウィンドウを映し出す。
そこに映っていたものとはーーー
「なんだよ、これ……」
悠斗が思わず呟く。
映っていたのは、円だった。
ドーナツ型、とでも言おうか。大きな円の真ん中に、ぽっかりと空洞が空いており、そこは黒く塗りつぶされている。空洞以外の円の内側には木々の一本一本や川、小さな洞穴に至るまで仔細な情報が書き込まれているが、円の外側は空洞部分と同じく真っ黒で、何も無い。
「この円の中が散布出来た範囲ってことか?」
ここで想定するならば、そのまま肯定の頷きだろう。だが帰ってきたのは、正反対のーーーそれも、苦渋に満ちた表情でのーーー否定であった。
「……いいえ。円の中が森の全体です……」
「……は?」
思わず。正にそんな言葉が似合う様子で、大輝はその言葉ーーーいや、最早言葉にすらなっていない、音を洩らした。
そして声に出してこそいなくとも、心情は悠斗も同じであった。
「私のMP値の半分、百五十のMPを使って半径十五キロメートル範囲内を索敵しました。それで分かったのは、この森が半径十キロメートルの円状であること。そして……この森から外が存在しないことです」
「森の外がない?」
「はい。なんて形容すれば良いのでしょうか。例えば、目を閉じて手探りで足場を探しているとして、ある一定より先に足場がないような感覚、と言うのでしょうか、そんな感じがします」
「森の中央は?あそこも空白だけど」
「あそこは……あそこは、確かに何かがあるのですが、それを感じることが出来ませんでした……」
兎に角、奇怪であった。半径十キロ、即ち直径二十キロメートルの円形の森。外はなく、中央には“何か“はある。
究極の未知。中途半端に情報を持つが故に、絶望的な情報に縛られて、動けなくなる。
「取り敢えず僕らのいる位置は出せる?」
「はい、現在地を投影します」
地図中に緑色の光点が浮かぶ。森の右側、東の方向だ。
「……」
悠斗は考え込む。情報を得たのはいいが、まだまだ未知の部分は多く、それを解明するには情報が足りない。
こういうのは正直苦手だ。少ない情報から推測し、正しい情報へと繋げなければならないなんて、数時間前まで普通の中学生だった悠斗達には無理すぎる。
「……取り敢えず、森の外を目指すのが良いと思う。マッピング出来ないだけで、本当は外はあるかもしれないし、仮にないとしてもどのようにないのか分かれば十分収穫だと思う」
何より、今一番怖いのは目的を失って腐ることだ、と悠斗は続けた。
一度でも絶望すれば、再度活力を得るのは難しい。絶望するのは、できる限りを試してからでも遅くはないのだ。
「まずは歩こう。話はそれからだよ」
アテはなく、知るしもなく、何もかもがない。
けれども歩くしかないのだと、少年たちは歩を進める。
その先に、絶望があるかもしれなくとも。
……
……
……
「せやぁぁぁぁあッ!」
悠斗の、気合いの篭った声が上がると同時に、唸る直剣がゴブリンの木剣を捉える。
斬る、までは行かなくとも、木剣を手から叩き落と
す形になると、悠斗はゴブリンにタックルを決め、押し倒すようにゴブリンを転がすと、迷うことなく剣をその肉体に捩じ込んだ。
グギギギ、と苦悶の声をあげるゴブリンは程なくして事切れる。その頃には悠斗は既に剣を引き抜き、次のゴブリンへと襲い掛かっていた。
「大輝さん、下がって!ーーー『光撃』!」
一方では大柄なゴブリン……ホブゴブリンの棍棒と大剣で打ち合いをしていた大輝が、双葉の指示で横に飛ぶ。
すぐさま追撃しようとしたホブゴブリンの土手っ腹に双葉の光属性魔法Lv1『光撃』の衝撃波が突き刺さり、百八十近くはある大柄を吹き飛ばした。
「トドメを……!」
「任せろ!」
ゴブリンよりも頑丈なボブゴブは『光撃』一度では死なない。死なないが、結構なダメージは入るため、トドメを大輝が担当することによって双葉のMPの消費を抑えようという作戦である。
戦線に復帰しようとしているホブゴブに近づいた大輝は、やはり躊躇いなくその喉元に大剣を突き刺す。
首の太さより大剣の幅の方が太いため、ボブゴブの首がゴロリと転がり、虚ろな瞳が大輝を見据える。
「……っ」
どこか恨めしげな視線を受け、大輝は顔を歪ませ、己の手を見た。
ところどころ、返り血の着いた手であった。悠斗もそうだが、今のところ男連中は忌避感がないかのようにゴブリン達を殺している。
しかし、実際はそうでは無い。少なくとも大輝は、魔物一体を殺す毎に、言い様のない不快感を感じている。
魔物を殺すのが可哀想だとか思っているわけじゃない。単純に生き物の命を絶つ行為が、不愉快なだけなのだ。
(とはいえ、殺さねぇとこっちが殺られるしな……)
絡みつく視線を振り払うように、次なるゴブリンに斬り掛かる。
殺らなければ殺られる。極めて原初的で、自然的なことを、大輝達はつい数十分前まで忘れていた。
今彼らを取り巻いている状況は結構面倒なことになっている。
事の発端は一時間ほど前、遭遇したゴブリン三体との戦闘だった。たかがゴブリン三体如きに今更苦戦する悠斗達では無い。無いが故に、ゴブリンの一体が逃げようとするのを見逃してしまったのだ。
殺そうと思えば、殺せる位置だった。悠斗の《電撃》は微妙だったが、双葉の『光撃』、大輝の《火炎》は確実に間に合った。
だが、躊躇いが彼らの行動を鈍らせた。その結果、逃げたゴブリンは更なる増援を連れて、悠斗達に報復に来たのだ。
当初は五体だけだったのが、個体の中に仲間を呼び寄せる笛を持っている個体がいて、どんどん増えていったのだ。
「クソがッ、数が多すぎんだよ……!」
罵声を吐き捨て、豪快に大剣をスイング。大輝の一撃は周囲にいたゴブリンを纏めて強襲し、五体のゴブリンに致命傷や部位の欠損などの大ダメージを与えていた。
「っ、来ないで下さい……!」
最早合計で何体いるか分からないゴブリンのうちの一体が、大輝の守護を抜けて双葉に近づいていた。
数体のゴブリンを纏めてぶっ飛ばすつもりで攻撃魔法を用意していた双葉にその強襲は避けられず、大輝も間に合いそうにない。
一撃受けるしかないのかと目を閉じかける双葉だが、その視界に一筋の雷光がよぎった。
「安木さんから離れろッ!」
悠斗の《電撃》だった。一発放たれた雷電は双葉に接近していたゴブリンを即死させ、悠斗はそのまま双葉の元に駆け寄ると、彼女の体を抱き寄せクルリと反転、双葉を背に庇うような形になると、いつの間にか回り込んでいた二体のゴブリンを即座に切り捨てる。
「〜〜〜!?」
赤面。双葉の顔がトマトよろしく真っ赤に染まる。
異性に抱き寄せられた気恥しさか、或いは目の前で悠斗が見せた主人公さながらの格好いいアクションか。
何にせよ、命を救われ、ついでに刹那とはいえ体が密着していたのも事実。
学校では一二を争う美少女たる双葉だが、その触れれば折れてしまいそうな儚げな雰囲気から、無遠慮に近づく者がいない故に恋愛については経験皆無、初心な乙女なのだ!
「……」
しかし悲しいかな、肝心の悠斗は双葉の様子に気がついていない。というか、彼女の方を見てすらいない。
周囲を厳しい視線で睨めつけ、周りに敵がいないか確かめている。
「大輝、そっちは!?」
「ゴブが二、ホブゴブが一だ!」
「オーケー、ホブゴブは任せる!雑魚は僕が蹴散らすよ!」
同じく周囲を警戒していた大輝が見つけた敵を、即座に役割分担して殲滅に向かう。
双葉に大輝の援護を要請した悠斗は単身二体のゴブリンに立ち向かい、大輝もまたホブゴブと激突していた。
「ーーーッ!」
鋭く息を吸い込む音を叫び代わりに、悠斗は鋭く斬り込む。一体のゴブリンの木剣を弾くと、二の太刀で片腕を切断、苦痛によろめくゴブリンの腹を蹴って吹き飛ばし、突撃してくるもう一体の迎撃を行う。
ゴブリンとの複数戦は最早慣れたもので、三対一までなら入らなくても余裕で相手できるようになっていた。
両手で木剣を握りしめ、突き刺そうとするゴブリンの突貫を無情に躱し、足を掛けて転ばせ、背中が見えると即座に剣をねじ込む。
そのゴブリンは断末魔の声をあげるが、剣を引き抜く前に片腕のないゴブリンが決死の攻撃に出る。それにさえも同様することなく、冷静に回し蹴りをゴブリンの頭に叩き込み、体がぐらついたところで喉元を手で掴んで押し倒し、予備の武器として用意していたゴブリンナイフ(戦利品)を胸部に数回、刺し込んではでは引き抜く。
あまりの手際の良さで二つの惨殺死体が完成した。
それとほぼ同時に、ドンッ、という轟音が響き、ホブゴブの叫びが聞こえたことから、双葉の『光撃』がホブゴブを捉えたのだと理解した。
やはり一撃では死なず、もがき苦しんでいるホブゴブに近づくと、心臓に剣を突き立ててその命を終わらせる。
連戦で血濡れになった体を引きずって、悠斗は二人と合流した。
「おー……こりゃ酷い」
「ほんとにね。まるで猟奇殺人者だ」
あまりにも血塗れ、しかもその全てが返り血で構成されている事実に頬を引き攣らせる大輝。
返す悠斗の言葉は恐らく冗談交じりだろうが、やっている行動が猟奇的なソレであるためどうにも笑えない。
「あ、あの……お怪我はありませんか?」
「ん、あぁ、大丈夫だよ。全部返り血だしね。それよりも安木さんは大丈夫?」
「は、はひ。お二人のお陰で傷一つありません」
何故かどもる双葉。彼女の脳内では、数十秒前の、悠斗に抱き寄せられていた感触がプレイバック中だ。
「っと、悠斗。どうやらイチャコラしてる暇は無さそうだぜ」
「誰と誰がイチャコラしてるのさ。……でも確かにやばいね」
「ああ。囲まれてる」
チリチリとした空気がうなじを刺す。草が揺れる音と、何となく感じる気配、そしてちらほら見える緑色の動体で、自分らが囲まれているのを感じる。
総数、恐らく十を超える。大きいのもいる。
「大輝、安木さんを頼めるか?僕は単身で斬りこんでーーー包囲網に穴を開ける。そこから脱出しよう」
「おう。任せたぞ」
言葉少なく、悠斗は一歩踏み出しーーーそして駆ける。
駆けた先のゴブリンが驚愕で動きを硬め、その隙を見逃す事無く悠斗は必殺の一刀を振り抜く。
一太刀で一体目を屠り、次なるゴブリンに斬り掛かる。
「安木、行くぞ!」
「はいっ!」
悠斗の後に続いて、二人も駆け出す。横から迫るゴブリンに向かって大輝が《火炎》を放ち、消し炭に変えていく。
大柄だが比較的動きの良い大輝であるが、双葉の方は動きが遅い。元々の身体能力の無さと、ステータスでも低い敏捷値から鈍重な動きである双葉守りながらの移動となると、大輝の負担は大いに増すのだ。
「っ、うぉおおおおっ……!」
両足で大地を踏みしめ、腕の動きを腰の動きに連動させて大きく大剣を振り抜く。
大輝のその一閃で、同時に三体のゴブリンが腰から上下を泣き別れにさせられた。
「《電撃》!」
怒涛の三連射。解き放たれた三条の雷が大輝が討ちきれないゴブリンを炭化させ、自分に迫り来るゴブリンは悠斗自身が振るう直剣によって切り裂かれる。
数体のゴブリン相手に苦戦していた彼の姿は最早無い。慣れもあるが、レベルが上がり、スキルのレベルも上がったのが大きい。
大輝達にステータスのことを聞かれたあと、悠斗が自分のステータスを確認したところ、レベルは五に、《剣術》のスキルレベルは二に上がっていた。
スキルレベルが一つ上がっただけで、悠斗の剣技は飛躍的に向上した。
数体のゴブリンを、同時に相手取れるほどに。
「ーーーッ!」
鋭く息を吸い、刹那のうちに連続斬りを見舞う。
今にも木剣を振り下ろしそうなゴブリンの腕を切断し、その首を断つので二撃。その背後に伏在していたゴブリンも三撃目でナイフを弾かれ、四撃目の斬撃でその命を絶たれる。
四方から迫るゴブリンは大輝と双葉の援護射撃に任せ、進行方向上にいる一番厄介な敵ーーーホブゴブリンに向かってゆく。
「《電撃》……!」
手を翳し、砲撃。ホブゴブは持っていた木製の大楯で防ぐも、盾は砕け、腕も焼かれた。
しかしその大きさは伊達ではないのか、ゴブリンが持つのより大きい棍棒を片手で振るう。
繰り出される一撃は地を砕き、破片を辺りにばら撒くがーーー
「《一閃》」
悠斗の 《剣術》スキルレベルが上がったことで覚えたスキルアクション、《一閃》が煌めく。
過ぎ去る閃光を思わせる、高速の横薙ぎがホブゴブの横腹に直撃し、その臓物を外へ露出させた。
苦悶の声を上げ、倒れ伏す、ホブゴブ。自分よりも大柄な相手を苦もなく倒したのにも関わらず、死体には見向きもせず悠斗は次の獲物を狙う。
「ははっ、すげぇ。無双してやんの」
「確かにすごい、ですが……」
大輝の顔に映る愉快さのような感情とは裏腹に、双葉の顔には不安が張り付いている。
確かに、悠斗が見せている無双ぶりはこのまま魔物を全滅させんばかりの勢いではある。しかし、それは永遠に続くものでは無いはずだ。
体力の問題だ。レベルが上がり、飛び道具攻撃も得て、数多くの魔物を屠っている悠斗だが、元々彼のステータスは三人の中で最も低い。
体力値だって双葉より少しあるくらいで、殆どどっこいどっこいだ。
だからこそ、怖い。双葉と数値的には大差のない悠斗が、あちこちを駆け回り敵を殺していく姿が。
そのうち、燃料がなくなった機械のように、プツンと止まってしまうのではないか、と。
そう思えて、仕方ないのだ。
「っはぁ、はぁっ……!」
事実、悠斗のスタミナは限界が近づいていた。
悠斗のステータスは低い。激戦に次ぐ激戦で、彼のレベルは三人の中で一番高い五であるが、その体力値は四十五。二のレベル差があってもなお、大輝の体力値に大きく劣る。
悠斗という人間の性質上、敏捷と技巧の数値が上がりやすいーーーつまり、速度と技術にものを言わせた短期決戦を主とする戦い方が向いているのだ。
しかし、四方八方を敵に包囲され、更には護衛対象まで背負う状況下では、彼の体力値の低さが致命的な弱点となる。
「〜〜〜ッ!!」
息が苦しい。肺が痛い。体が鉛のように重い。
兎に角辛い。休めるものなら休んでしまいたい。
まるで耳の中で暴れているかのように五月蝿い心臓の音が脳内を掻き回して、立っていられず膝を着く。
「ーーーさんっ、悠斗さん!?」
「おいっ、ーーー!?」
どこからか、彼が知る者たちの声がする。でもその声が誰のものか、何と言っているのか分からない。
頭がぼーっとして、思考に霞がかかっているかのようだ。
何も分からない。何も……。
「っ、おい、アイツヤバくねぇか!?」
「スタミナ切れですっ、異世界のステータスシステムの恩恵がどれほどのものかは知れませんが、あれだけ派手に動き続けていればこうなるのは当然なのに……!」
大地に膝をつき、今にも倒れそうになっている悠斗を見て、大輝と双葉は焦燥に駆られる。
恐れていた事象ーーー悠斗の体力切れによる脱落が起こってしまった。
いや、むしろよくここまで持ったと言うべきか。
次から次へと迫る軍勢を相手に、獅子奮迅の戦いを続けてみせた。屠った数は二十を超えている。それだけの戦いをしておきながら、体を支えていられる方が奇跡だ。
「せめて遠隔回復の手段があれば……!」
「無いもの強請りしてもしょうが無いだろっ、無駄口より詠唱を優先しろ!《火炎》!」
双葉は悔しげに呻き、大輝はそんな彼女を叱咤しながらも火球を撃ち込む。悠斗の活躍により退路は開かれている。後は動けない悠斗を回収して撤退するだけだが……
(まあ、ぶっちゃけキツいな。ここまでか……)
正直な話、大輝はこの状況に見切りを付けていた。
包囲網の一部を食いちぎることには成功した。だが、仮に悠斗を回収して逃げようとしたところで、後ろから大量のゴブリンに一方的に攻撃されるのがオチだ。
頭数も、総合的な質も負けている。せめて悠斗が動ければ可能性はあった。
筋力と体力、そして耐久と強堅な身体能力で壁役、そして決定打を放つ必殺攻撃手としての素質を持つ大輝は、護衛をしながらの撤退戦にはあまりにも向かない。
中衛遊撃手として活動できる悠斗が、この撤退戦におけるキーパーソンだった。
(とはいえ、悠斗を見捨てるなんて選択肢も有り得ねぇがなァ!)
百人が見たら百人が絶望を叫ぶ圧倒的逆境。自分自身ですら諦めを付ける状況下で、それでも彼は友を見捨てるという考えを持たなかった。
悠斗を見捨て、双葉も見捨てれば、或いは大輝だけは助かるかもしれないのにも関わらず、大輝はそれを選ばなかった。
逃げずに、彼は叫び続けた。信じ続けた。
友への言葉を。彼の再起を。
「悠斗ぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
「っ!?」
大砲声。大砲が轟くかのような、大輝の一喝。あまりの音量に近くにいた双葉が身を竦ませる。
構うものかと、大輝は手から炎を撃ち出しながら言葉を紡ぐ。
「俺を、俺たちをーーー」
それは、誰もがみっともないと思う言葉だった。
しかし、誰もが一度は願うありふれた言葉だった。
だが、とある少年にとってその言葉は、ありふれてなんかいない、特別な言葉だった。
だからーーーその少年のことを良く知る彼は、恥じらうことなく、その言葉を口にした。
「助けてくれッ!!!」
「助けてくれッ!!!」
誰かの声が聞こえた。朦朧とする意識は、未だに彼の耳に届く声の主を教えてくれない。
だが、だが。その言葉は、届いた。
絶望の中で、それでも諦めない誰かの抵抗の叫びを聞いた。
ならば、ならば
立つのに、この身を動かすのに、それ以上の理由など、必要ないーーー!!!
「悠斗ッ!?」
未だ動かない悠斗に迫る、悪鬼の影。錆の浮いた短剣を持ち、嬉々として飛びかかる小鬼。
ギラつく鈍銀、振り下ろされる殺戮の使徒。動くこともままならない悠斗に、それを避ける術はなく。
彼の首に致命的な一撃が吸い込まれーーー
「ギッッッッッ!?」
刹那一閃。煌めく銀の軌跡が瞬く間にゴブリンの首を通り過ぎ、小鬼の武器が届く前に、その生命活動を停止させる。
一連の流れがあまりにも速過ぎて、森は一時の静寂に包まれる。
「ーーー声が、聞こえたんだ」
ゆっくりと、立ち上がる。その体はふらついていて、頼りないはずなのに。
そんな彼がもたらす言葉は、何処までも心に響く。
「君の声は喧しいなぁ、大輝」
彼は英雄じゃない。その言葉に、姿に、絶対的な安心感やカリスマ性などない。
ただ、その資格は持っていた。例え万人を救うヒーローの力を持っていなくとも。そう在ろうとしていた。
結局、その想いは零落し、道からは外れてしまったけれど。
その資格だけは残っていた。
悠斗は物語の主人公ではない。でも、誰かを救う英雄には、なれるのだ。
想いと意識さえあれば、誰でも。誰かを救う、ヒーローに。
だからーーーかつて英雄で在ろうとした少年は、何度だって立ち上がる。
『悠斗さん。魔力を使いましょう。その身を流れる力を表に出して、衣を纏うようなイメージです』
聞こえるアルテナの声。
彼女のアドバイスだけでは足りない。だから、この世界のシステムに尋ねよう。
『スキル《異常精神》発動。感情を制御し、思考を安定化、最適な戦闘行動を算出します』
悠斗の脳裏に響く、アルテナとは違う声音。それは悠斗をただの少年から理性無き狂人に変える蜜毒だ。
ドロリとした液体が脳に溶けていく感じに伴って、彼の理性も溶けていく。
温和な顔つきに張付けていた剣呑さが消え失せ、代わりに悪魔のそれに似た三日月が口元に浮かぶ。
「大輝」
「お、おう」
「安木さんを守りながら、走って。そしてーーー」
「……?」
今までの悠斗とは違う雰囲気。まるで開けては行けない禁断の箱を前にした時のような、恐怖に似た感情を大輝は覚えた。
「ーーーこれから見る僕を、彼女に見せないで」
そう言うや否や、疾走する。
そして、惨劇が始まった。
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