投稿遅れてごめんなさい閑話 グリセント王国宮廷魔道士クレド
投稿遅れてごめんなさい。
グリセント王国、宮廷魔道士が一人、クレド。
魔道士を生業としながらも徒手空拳で戦い、無属性魔法の使い手でありながら、グリセント王国の宮廷魔道士まで成り上がった傑物。
飄々としていて、奔放な性格に他の宮廷魔道士違い研究室に閉じこもらず、必要最低限の仕事を早々に終わらせて街中を闊歩することが多い彼は、今日もまた城から抜け出していた。
「~~~」
陽気に鼻歌を歌いながら歩くクレドだが、彼は今、戦いに精通する者にとっては驚愕ものの行動を取っていた。
魔力制御。
魔道士の技術の初歩であり、一種の奥義。
魔法を使うには主に術式の把握と理解、魔力制御の技術が必要となる。
それさえ出来ればたとえスキルを持っていない人間でも魔法を使用できる。
とは言え、それらは一朝一夕で手に入る技術ではない。故にほとんどの人間は術式も魔力制御もスキルも委ねるのだ。
だが、高位の魔道士を目指すのであれば、スキル無しの魔法発動は最低必須条件となる。
特に精密な魔力のコントロールは最重要で、魔力コントロール次第では戦術級魔法を上級魔法程度の魔力、或いは必要魔力の半分で発動出来たり、逆に初級魔法で上級魔法以上の威力を叩き出せる。
故に、魔道士として大成する者の殆どは魔力制御が美しく、一種の芸術じみているとも言われる。
さて、魔力制御の訓練と言うのは思いのほか簡単だ。
やることは単純。体内魔力を動かし、血流のように循環させればいい。
それをより早く、正確に、全身に効率良く体全体に伝わらせるように繰り返す。
筋トレや魔法を覚える勉強とは違い、片手間でできるほど手軽な訓練だが、いざやってみるとそれは中々難しい。
考えてみれば分かる事だが、人間が自分の血の巡りを意図して感じることは少なくても常人には出来ない。
如何に血流のようにと言われても、それがあまりにも身近では無さすぎて、感覚理解と言うには少々骨なのだ。
故に駆け出し魔法使い等は、熟練の剣士のように瞑想し、己が内の魔力を感じるところから始めるのだ。
そんな魔力循環をクレドは歩きながら、それも鼻歌を口ずさんで、当たり前のように行っていた。
それも魔道士なら目を見張る程の精度で、だ。
実を言うと、クレドの魔力制御はグリセント王国随一である。
それは【賢者】の異名を持つシャルルをも上回る。
一般的に、魔道士とは数多くの魔法をより高度な練度で扱うことを是としている。
あらゆる状況に柔軟に対応し、剣と剣のぶつかり合いと言う泥臭い戦いよりも、鮮やかに、かつ優雅に敵を倒すのが魔法使いの究極だと呼ばれてきた。
だが、魔道士界の上に立つ者はそれに対して否と言う。
たった一つの属性でも、たった一つの魔法でもそれを極めた者こそが、本物の高位魔道士足り得るのだ、と。
無属性と言う不遇な魔法しか使えなくても、その可能性を信じ、自分にできることを極め、圧倒的な技術を身に付け、そして魔道士でありながら近接格闘と言う異端の道に至ってもなお魔法の新たなる道を見出したクレドは、紛れもなく最上位魔道士の称号を得るのに相応しかった。
……本人は一切気にしていないが。
閑話休題。
そんなクレドであるが、別に用もなしに城を出た訳ではなかった。
彼が向かっていたのはグリセント王国の王都、その西区。
一般的に生産系エリアと呼ばれているその場所は、常に多くの人々で賑わっている。
雑踏の中を何事もないかのようにスルスルと通り抜け、迷うことなくクレドが向かったのは、王都内でも中々高価な菓子を販売している小さな店であった。
「ようおっちゃん、来たぜ」
「ん、クレドか。また来たのか?」
「そうつれない事言うなよ。立派な金ズルだろ?」
「それは自分から言うことではないと思うぞ……」
顔馴染みのように気安く店主に話しかけるクレド。
実際この店はクレドの行きつけの店であり、最早常連と化していた。
「で、今日は何を買いに来たんだ?」
「そうだな……そこの飴玉くれよ。一瓶まるっとよ」
「ぉおう、流石は宮廷魔道士。大奮発じゃねぇか」
「やかましい。俺は甘いモンが好きなんだよ」
店主の冗談にクレドは半眼で返す。
ココ最近、常套句となりつつある一連の流れだ。
クレドが購入したのは大きめのジャム瓶位の大きさの瓶容器に入った色とりどりの綺麗な飴玉だ。
砂糖自体がそこそこ希少価値が高く、甘いモノ、特に菓子となるとその値段は貴族でさえも手を出すのを渋る程の値段となる。
菓子の中でも値段が低い部類に入る飴玉でも、庶民ではコツコツ貯めたお金で一粒買える位の値段で、とてもではないが一瓶というのは中々買えるモノではないのだ。
それを払える辺り宮廷魔道士の高待遇がよく分かるが、とは言えいくら宮廷魔道士でもそうポンポン買うモノではない。
クレド本人は自分の為と言い張るが、本当の理由を知る店主はニヤニヤ顔でクレドを見ていた。
「なんだよ、気持ちわりぃ」
「別に?ただ、随分素直じゃねぇなって思ってよ」
ニヤついた笑みを浮かべている店主は、ラッピングをして袋に入れた飴玉を持ってくる前に、別な瓶から飴を一つ取り出して、小さな紙袋に入れた。
ラッピング済の飴玉と一緒に紙袋を渡した店主にクレドは怪訝な顔を浮かべる。
「ぁあ?おいおい、一個多いぞおっちゃん」
「うるせぇ、たまにゃてめぇも食え。甘ぇモン、好きなんだろ?」
「……ケッ、揚げ足とりやがって。一応礼は言っておく」
「おう。その代わり、これからもウチをご贔屓に」
途端に営業スマイルを浮かべた店主に、クレドは「ゲンキンな奴め」と呟くと、そのまま店を後にした。
店を出て少したった後、紙袋を開いて中の飴玉を眺める。
青と白が入り交じる、どこか透き通った飴玉だった。
ビー玉大のそれをしばらく眺めた後、クレドはそれをひょいと口に放り込む。
そして口の中で転がして口一杯に広がる甘味を味わった後に呟いた。
「甘ぇ……」
……
……
……
その後も所々で買い物を済ませた後、クレドは荷物をマジックチェストに仕舞ってとある場所へと足を運んだ。
そこは南区と西区の境目、その裏通り。
人通りの少なく、不衛生で薄汚れたその場所は、スラム街を思わせる。
グリセント王国が抱える、王都の闇の一つ出会った。
入り組んだ通路を抜けた先には少しだけ広かった空間があった。
そこにあるもの、それは少しボロボロになった教会だった。
扉の前に立って、クレドはノックすると同時に声をかける。
「俺だ、クレドだ」
その瞬間、別段身体強化の魔法をかけているわけでもないクレドの耳が、ドタドタと言う音を捉えた。
数秒後に自分を襲うだろう衝撃に備えるため扉から数歩下がり、魔法を展開準備する。
「やっ、ほぉぉぉぉぉっ!にぃちゃん!」
「久しぶりぃぃぃぃぃっ!」
「おれもおれもっ!」
バタンッ!と強くドアが開かれ、中から三人の子供達が一斉に飛び出してくる。
いつもの事で最早慣れていたクレドは、無属性魔法『無重力』を発動。
クレドを中心とした円形状の効力範囲内の重力が一時的にゼロになり、子供達は宙に浮いた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ、楽しいぃぃぃ!」
「ふわふわしてるぅ!」
「うわ、ちょ、酔う~」
そのまましばらく彼らを浮かせて様子を楽しんでいたクレドはゆっくりと魔法を解き、笑顔を────どこかふくみのある────見せて言った。
「なぁカイ、ミヤ、オグ。俺は前にも言ったよな?危ねぇから急に飛び出すなって」
青筋を額に浮かべ、とてもイイ笑顔で子供達に詰め寄るクレドだったが、彼の鼓膜を鈴の音のように美しく、慈悲深い声が震わせた。
「まぁまぁ、そう言わずに。みんな貴方のことが大好きなのだから、許してあげて」
教会から出てきたのは漆黒の修道着に身を包んだ修道女、ではなく純白のドレスを華麗に踊らせる女性だった。
レイラのそれとはまた違う美しさを伴ったブロンドの髪を背中まで伸ばし、聖母の様な柔らかさの瞳を持った彼女はしかし、人種ではない。
彼女はその長耳から察せられる通り、妖精種だ。
二十代前半に見える程の見目麗しい彼女は、実の所既に五百年は生きていたりする。
それでもなお若々しく美しい見た目は、美形揃いと言われる妖精種の中でも群を抜いていた。
「エルザ。久しぶりだな」
「えぇ。久しぶりね、クレド」
そして、クレドの育ての親であった。
「おらガキども。これやっから散れ───って早ぇよ!」
クレドが先程買った飴玉をカイと呼んだ少年に手渡────す前にカイはそれをぶんどり、残りの二人の子供と一緒に教会の中へ消えていった。
独り占めするな、と言おうとも思ったが、中でワイワイ聞こえるあたり、それは必要なさそうだった。
「ふふっ、律儀な子ね。毎回毎回、来る度にお菓子を用意してくれるなんて」
「ふん、金の使い道がねぇからやってるだけだよ」
「ふふふっ」
「くっ」
────本当に素直じゃない子。
言葉にしなくとも言外に現れていたその表情に、クレドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「こんなところで立ち話はアレだもの。入って」
「いや、いい。俺はただ顔を見せに来ただけだ。すぐに城へ帰るよ」
「あら、折角実家に来たのにもう帰っちゃうの?お母さん寂しいわ」
ヨヨヨヨヨ、とわざとらしく嘘泣きするエルザにクレドは再び苦虫を今度は二十匹位噛み潰したような顔をしてから、「少しだけだぞ」と言ってエルザに従うように中へと入っていく。
どうにも育ての親の言葉には弱かったのだ。
「改めて、おかえりなさい、クレド。ゆっくりしていってね」
「にぃちゃ、おかーり」
「だっこだっこー」
教会内に入ったクレドは、まず熱烈な歓迎……もとい、お強請りを受けた。
ある子供からは抱っこを。別な子からは肩車。さらに違う子供からはキャッチボールや拳闘の師事。ありとあらゆる────彼にできる範囲で────お願いをされる。
「ぇえい、引っ付くなガキども!後で遊んでやるから少し休ませろ!」
「わー、にぃちゃが怒ったぁ~!」
「逃げろ逃げろ!」
ここまで来ればもう想像がついていると思うが、ここは教会ではない。
誰も使わなくなった教会をエルザが買取り、修復、掃除して作り上げた孤児院だ。
故に外見は教会でも、中身は全く違う。
一応買い取る時の条件の様なもので小さな女神像は置いてあるが、それ以外に教会らしいモノはない。
礼拝堂だった所は椅子やモノがキレイになくなり、室内遊具や本棚などが揃う子供達の遊び場に。
その他の部屋もほとんどが子供部屋に改造され、簡粗ながらも子供が寂しくないような工夫が凝らされている。
「はい、紅茶。ミルクと砂糖もちゃんと入ってるわ」
「……美味い」
元・礼拝堂の遊び場、その奥のステンドグラスの所に置いてあるエルザが遊ぶ子供達を眺めるために用意した椅子と机がある場所に腰掛けたクレドは、エルザに出された紅茶を一口含んでそう呟いた。
何も言わずとも用意された、クレドが一番好きな味。
それはクレドの親として彼を育て続けた彼女の愛情がよく分かる証だった。
「それで、最近はどうなの?」
「……秘密案件なんだがな。まあ、あんたなら良いか」
「秘密案件?随分物騒ね」
「まあな。もしかしたら後にあんたも協力を要請されるかもしれねぇから、一応言っとく。……王国は【光の勇者】とその一団を保護した」
「っ!?」
その言葉、エルザの表情が一瞬強ばる。
が、すぐに元の顔に戻して返した。
「【光の勇者】が? なんで今この時期に?」
「さてな。正式に保護したのは半年位前だが、間違いなくその男には【光の勇者】の称号とスキルが刻まれていた」
「ん? 貴方確か一団って言ってたわよね?」
「……ああ。それが今回の異変だ。召喚された勇者は一人。なのにその仲間、と言うか同郷の人間と名乗るのが十三人。しかも全員が間違いなく異世界人であることもステータスによって確認された」
「……不可解なことが多すぎるわ。魔王がいる訳でもない現在になんで勇者が?それも一人だなんて……それに同郷の仲間って言うのも一体……」
「そうだ。これは伝承にも記されていない異常事態だ」
「他の勇者は?その子達の中にいるとかは……」
「さてな。確認されてはいない」
余談だが、クレドとエルザ、そしてシャルルとレイラ達クレドの幼なじみは一般民向けの勇者の伝説ではなく、本物、つまり勇者が一人ではないことを知っていたりする。
何せ五百年以上生きていたので、ちょうど勇者の活躍をその目で見た……と言う訳では無いものの、伝聞で知ったり、故郷に訪れられたりしていた。
故に、今この状況に困惑しているのだ。
「近々、あんたにも会わせることになるかもしれない」
「あら、私に会わせるかもなんて随分入れ込んでるのね」
「正確には勇者じゃなくて、その同郷の方だがな。その時は……そいつに魔法を教えてやって欲しい。【風雷の支配者】の名は、伊達じゃないだろ?」
少し意地悪な顔で、クレドはそう言った。
そう、エルザは百年程の前まで冒険者をしていた。
魔法に精通する妖精種の中でも卓越した風・雷属性魔法をとことんまで研鑽し、さらに己の才能にも恵まれた彼女は金等級冒険者として名を馳せた彼女は、虹等級への昇格話が出ていたのにも関わらず、それを蹴って冒険者を引退した。
そしてそれまで得てきた資金とコネクションを上手く利用してこうして孤児院を経営しているのである。
「城には、宮廷魔道士にはシャルルがいるじゃない。彼の方が適任なんじゃない?」
そう、宮廷魔道士にはシャルルがいる。【賢者】と畏れられ、魔道士界の一角にも君臨する彼は、エルザよりも多くの魔法を使える。
「確かにシャルルにも教えさせてるが、悠斗向きじゃねえ。シャルルはどこまで行っても魔道士。しかも戦闘系ではなく研究・発展系だ。対してソイツは愚直なまでの戦闘系。体術と無属性魔法なら俺でも教えられるが、属性魔法の戦闘なら、それも雷属性ならあんたしかいない」
「……貴方がそこまで言うなんてね。いいわ。今度その子、連れてきなさい。様子を見てみる」
「……恩にきる」
そうして、親子の会話はポツポツと続いた。
クレドが気にかける少年、悠斗の事。 勇者の事。クレドの近況に軍や国の内情まで。
いくら宮廷魔道士の身内とは言え、軽々しく話していい内容ではないそれをしかし、クレドはなんの躊躇いもなく話していた。
元金等級冒険者、エルザ。
実の所、彼女の肩書きはそれだけではない。
宮廷魔道士魔道戦闘部隊第三小隊隊長、エルザ・ライフノール。
魔道士の名誉職たる宮廷魔道士の中でも選りすぐりの精鋭部隊、魔道戦闘部隊の第三小隊隊長を務めていたのだ。
冒険者を始める前、今のクレドも配属されているソコにスカウトされて彼女は入隊した。
当時戦争が起こっており、数多の戦場を駆け抜けた彼女は、戦争の影響を、その悲惨さを、何よりも傷ついていく子供達を見た。
その時から、彼女は子供達を保護する孤児院を作ろうと決意した。
とは言え、軍にいるとそんな余裕はない。
故に終戦後、彼女は軍を辞め冒険者となり、今へと至ったのだ。
「にぃちゃ、まだ~?」
「うおっ!」
話し込んでしばらく。
話しが一段落ついたところで、子供の一人が飛びついてきた。いつまで経っても遊んでくれないので、焦れたらしい。
「ちっ、しゃあねぇ。おら行くぞ。まずは何するよ?」
「わー、ボクはねー────」
子供に手を引かれ、遊び場に行くクレドの背中を、エルザは微笑ましく見つめた。
同時に、彼女の思いは複雑だった。
(急に現れた勇者。最近起こっている事件。黒化現象。……何かしら?嫌な予感がする。私も、本格的に動かなければ行けないかもしれない)
これから脅かされるかもしれない平和を、傷付くかもしれない子供たちとクレドのことを憂いて、エルザは密かに決意した。
☆☆☆☆☆
「じゃあな、ガキども。エルザ」
子供達の要求を叶え続けた結果、日も暮れてきたことでクレドは帰ることにした。
「にぃちゃ、もう行っちゃうの?」
「泊まって行けよ、にいちゃん!」
「行っちゃイヤ~!」
泣きべそをかいてなく子供までいて、クレドは若干後ろ髪を引かれる思いになったが、それでも帰ることにした。
「また来るんですよ、クレド」
「ああ。またな、エルザ。いや……義母さん」
「っ、ふふっ……」
それでも引き止めずにいてくれたエルザに、クレドは照れを抑えて少しだけ素直に言った。
それを聞いてエルザはとても嬉しそうに笑った。
「んじゃ、俺行ってくるよ」
「気をつけて。行ってらっしゃい、クレド」
「にぃちゃ、バイバイ!」
「また来てねー!」
「お土産期待してるよー!」
耳に響く、義母と義弟妹達の声を名残惜しく感じながらも、クレドはその歩みを止めることなく孤児院を後にした。
……
……
……
「本当、無粋だな。あんたら」
孤児院を去ってしばらく歩いたところ。
誰もいない、少し広い裏路地。
クレドは呟くように言った。
「ほぉ、気付いていたか」
「落ちこぼれ魔道士にしては、やるではないか」
するとクレドの後ろに黒ローブを深くまで被った男達が突如現れた。
「なぁに、あんたらの隠密がやらなすぎるだけだ」
「なっ!」
「言わせておけば!」
「この落ちこぼれ風情が!」
クレドが煽れば、男達はあっさりと尊大な態度をかなぐり捨てて憤った。
「死ね!来たれ雷、敵を貫くは雷光の槍『雷槍』!」
「舞い踊れ疾風、敵を刈るは風の刃『風刃』!」
「放たれよ水塊、幾つもの弾丸となりて敵を砕け『水塊散弾』!」
雷の槍が、風の刃が、水の散弾が、そしてその他の魔法がクレドを襲う。
だがそれに対してクレドは、そこから一歩も動くことはなく────
「ははっ!やったぞ、直撃だ!」
「あんな落ちこぼれが宮廷魔道士になれて、俺たちがなれないなんてありえないんだ!」
「これで俺も、宮廷魔道士になれる力があることが証明できた!」
魔法がクレドの付近で爆発して、直撃したと思った黒ローブ達は、手放しに喜び始めた。
だが────
「はぁ……めんどくせぇ。余計な仕事増やしやがって。てめぇらがいなきゃ、俺も泊まってったのによ」
「なっ!」
「馬鹿なっ、一体何故!?」
「貴様、どんな手段を!?」
煙が晴れた先。
そこには無傷のクレドの姿が。
無傷どころか着ている宮廷魔道士の証である白いローブにも汚れひとつ無い。
ちなみに、答えは簡単。ただ少し硬くなるように工夫をして無属性魔法『魔障壁』をタイミング良く展開しただけだ。
「お前らあれだろ?魔道士ギルドの連中、それもまあ中の上位の奴らか。序列もそんくらいだろ?」
『……っ!?』
クレドの言葉に明らかな動揺を見せる男達。
クレドは宮廷魔道士たる実力を持ってはいるが、それを本当に理解している人は少ない。
むしろ無属性魔法しか使えないという落ちこぼれの癖にコネかなんかで宮廷魔道士になった卑怯者と魔道士ギルドの連中に思われている傾向にあった。
故にクレドはたまに魔道士ギルドの連中、それも半端に才能があるものの努力や工夫が足りず、上に辿り着けない中堅の連中の闇討ちなどをふっかけられることが多々あったのだ。
どうせ今回もその類。
そう割り切ってクレドは無属性魔法『身体強化』を自身にかける。無論、Lv1で。
「めんどいから、一撃で寝てて貰うぜ?」
そう言って地を蹴る。
それだけで彼らはクレドを見失う。
「消えたっ────がァっ!?」
「一体何がっ!?」
「ひっ、たすけっ────!?」
まずは前の三人。
雷属性魔法の使い手の腹部に一発。
続いて風属性使いに膝蹴りをかます。
最後に水属性使いの側頭部にハイキックを食らわせて気絶させた。
「ひっ、化け物だっ!」
「逃げろぉっ!!」
他の魔道士達は、クレドの戦いを見て恐れをなしたのか、すぐに逃げ出した。
それを深追いはしなかった。
主犯格であろうこの三人を捕まえれば、後は芋ずる式に捕まえられると踏んだのだ。
これで終わり。
そう思ったその時。
「はっ! やっぱ偉そうにふんぞり返ってるだけの奴は役に立たねぇな」
「っ!?」
上の方から声が聞こえた。
見れば、近くの家の屋根に男が一人、立っていた。
「なぁ、そう思わないか?宮廷魔道士クレドさんよぉ」
「……お前、何者だ?」
「んぁ?ンなもん、どーでもいいだろ?取り敢えず殺ろうぜ?な?」
「ちっ、戦闘狂かよ」
話し合いでは済まない。
そう直感的に感じたクレドは『身体強化』のギアを一つ上げて、しっかりと構えた。
「んじゃあ、行くぜ!」
男は屋根を強く蹴ってクレドの所へとまるで矢の如く向かう。
クレドはそれをバックステップで避けて次の反撃に出ようと構え直す────前に男が詰め寄ってきた。
(野郎っ、次の行動までが早い!)
「なろっ!」
「っ!?」
不安定な体勢なれど、攻撃を受けるよりはマシかと無理矢理蹴りを放つ。
その一撃は上手い具合に男の側頭部に入った。
だが、それに対して男は蹴り飛ばされることなく、踏ん張って耐えた。
「嘘だろ!?」
「痛ってぇなぁ!」
男が突き出した腕から何かが飛び出る。
それは触手のようにうねりながらクレドの腹部を強かに打つ。
「ぐっ!?」
一撃をまともに受けて、クレドは数メートル吹っ飛んだ。
何とか一瞬で体勢を立て直して様子を伺う。
そして見てしまった。
月光の下。
暗がりに揺れる触手の様なそれが、黒化現象を発現した魔物達が纏っていたソレと同じ様な闇であることを。
「っ、てめぇまさか!」
「おお?これだけで気付くか。思ったよりキレるな、あんた」
暗闇の市街地。
付近には民間人とその家や建物。
なんでも巻き込める相手に対しクレドは満足に『魔弾』も撃てない始末。
相手は未知数。
死闘になることを覚悟したその時。
「ここにいましたか」
凛とした声が響いた。
そして、一閃。
「ッ!?」
魔力の反応、痕跡も一切なしに飛来した斬撃によって、男の胸が薄く切り裂かれる。
「……悔しが助かったよ。レイラ」
「ぇえ。感謝しなさい、クレド。いつまでも帰って来ないし連絡もないから少し心配しましたが、無事な様で何よりです」
声の主はレイラだった。
自分のことを心配して助けに来てくれた幼なじみに対してクレドは、その言葉に若干棘を感じた。
「もしかしてお前、怒ってる?」
「いいえ?私もエルザさんに会いたかった……なんて、思っていませんとも、ええ」
「怒ってんじゃん」
目の前で突如繰り広げられた三文芝居にしかし、男は何も突っ込めない。
「……【剣聖】レイラ・シグルスか。さすがにこの二人相手はキツいか悪いが、退却させてもらうかね」
ここでの冷静な判断に、男が戦闘狂だと思っていたクレドは目を剥く。
「逃がすとでも?」
「勿論」
挑発するように男が嗤う。
すると男は腕を突き出して闇を展開する。
闇は次第に二体の獣の形に変わり、レイラとクレドの元へと飛びついてくる。
「ほいじゃ、あばよ!」
「このっ!」
「クソがっ!」
本音を言えば逃がしたくはなかったが、民間人がいるかもしれないからこそ、闇の獣を放置する訳にも行かない。
レイラは一刀のもとに闇の獣を斬り伏せ、クレドも流れる様な踵落としで獣の頭蓋を砕いた。
二体はすぐに闇へと溶け、その姿を消す。
そして男もまた、その姿を消していた。
「今追っても無駄だろうな」
「……ですね」
「面倒なことになりそうだ」
「……」
押し黙るレイラを尻目に、クレドは今後のことを思案する。
今回の一件はグリセント王国に小さいながらも特大の大火となりかねない火種を残していった。
もしその大火が広がれば、子供達やエルザに被害が及ぶかもしれない。
そう考えたクレドは、最悪の想像をかき消すように頭を振る。
「そんなこと、させるかよ」
そして静かに、呟いた。
元々、こういう展開も用意してはありました。
そして今回の話を読んで分かると思いますが、私はクレドと言うキャラが意外と好きです。格闘で戦うキャラは非常に書きやすくて、熱いですからね




