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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
77/112

悪意の凶刃

ちょっと遅れて、すいません。



そして、軽く胸糞注意。

 






  夢を見た。

  怨嗟、憎悪、悪意、殺意。

  この世に蔓延るありとあらゆる黒い感情を、ドロドロになるまで煮詰めたような世界でたった一人、ひたすら漂い続ける夢。


  体は指の一本に至るまで動かない。

  前も後ろも、右も左もなく、ただ果てのない暗闇を亡者共の責苦を受けながらさまよい続ける。

  いつ終わるかも分からないまま、ただひたすらに。


『何故我々が?』


『死ぬのは貴様でも良かったはずだ』


『嫌だ!嫌だ!死ぬのは嫌だァ!』


『死ね!死ね!死ね!』


『この人殺しィ!』


『アハハハハ!死んじゃえ死んじゃえ!』


  その一言一言が、理性を削り、正気を掻き乱す。

  骨の髄まで染み込むような悪意が、心を真っ黒に染め上げる。


  嗤え、嗤え、嗤え。


  心を乱し、体を震わせ、絶望に嗤え。


  壊れたラジオのように、狂った殺戮者のように。


  狂気を満たせ、血を浴びろ、悲鳴を愉しめ。


 

  黒い感情の坩堝は精神を蝕み、心を堕とそうとする。

 

  きっとこれは罰なのだろう。

  あまりにも多くの血を流しすぎた。

  あまりにもこの手を汚しすぎた。

  そして、あまりにも──────ヒトからかけ離れすぎた。


  だからきっと、これは罰なのだ。

  悪夢という名の、罰なのだ。




 ……

 ……

 ……







  夢を見た。

  罰を受ける夢。

  酷い悪夢。

  きっとあれは夢なのだ。

  だってほら、闇なんてどこにも─────







『死んでしまえ』












「あはっ。あはははははっっっ!!!」


『アハハハハハハハハハッッッ!!!』




「『アハあはあひゃあばあばあなあばあびゃねゃべひゃぐひゃひゃはああ!?』」










 ……

 ……

 ……







『──────スキル《???魔法》を習得しました』






 ……

 ……

 ……


  少し時を遡る。

 

「……夢見悪すぎだろ、僕」


  固形物の狂気を液体の狂気で包み込んで、その上に狂気を塗りたくったような、正直自分でも何を言っているのか分からない例えの悪夢を見た悠斗は、ボソリと呟いた。

  黒鬼と自分の激しい戦闘の爪痕が刻まれている周囲を見て、悠斗も前後の記憶を取り戻した。


「最悪だ。一体どれだけ寝ていた?」


  自問するが、かと言って答えが返ってくるわけでは無い。

  うじうじしているよりも、さっさと行動するべきだ、と早々に結論付けて、悠斗は今だに重い体を引きずった。


「回復魔法は得意じゃないんだけどな……」


  シャルルに教わった簡単な回復魔法を自分にかけながら、悠斗は合流地点に向けて歩くついでに先程の悪夢について想起していた。


(あれはきっと、魔剣の代償だろうな……)


  魔剣。

  そのほとんどが魔法的、或いは超常的な力を宿した武器の総称。

  剣とは言っても、その形状は槍だったり斧だったりと様々だが、基本的には魔剣と呼称される。


  伝説上で存在する物から後天的に生み出される物まで魔剣と言うのは意外と多く存在するが、本当に魔剣と呼べるものはそう多くはない。

  本物の魔剣と呼べるのは、神やら高位の悪魔などが作ったモノ、『魔』に属する存在が封じられたモノ、あるいはそれで作られたモノ、そして人が一つの武器が長い時間を掛けて昇華したモノなどが該当する。


  魔剣は聖剣とは違い、所有者を選ばない。

  だが、魔剣解放を使う、つまりその魔剣を本当の意味で使う時、所有者は必ず代償を受け取るのだ。

  故に、魔剣を本当の意味で使った人間のほとんどは、長く生きることなく死ぬか廃人になる。

  なぜなら魔剣は『魔』の剣だからだ。

  神に祝福された『聖』は祝福なので選ばれた者しか使えない代わりに代償を必要としない。

  だが、『魔』は誰でも使えるが、必ず犠牲や代償を必要とする。

  魔法も同様に、『魔』に属するが故に代償として魔力を必要とする。


  魔剣の代償はその魔剣及び固有能力の強さによって変わる。

  例えば、誰かが強い魔物の素材から作った魔剣の場合。

  当然素材となった魔物の強さにもよるが、ただの魔物から作られた魔剣では、その固有能力はステータスの一時倍加や超高位魔法程度の攻撃とかが精々だろう。

  その程度(・・)の固有能力なら、代償もまた魔法と同様、魔力の消費程度だ。


  では、本物の強力な魔剣は?

  例えば、強大な『魔』を封じた魔剣の場合。

  鬼呪魔法大剣オルガノを思い出せば分かりやすい。

  あれは元々一本の魔剣だった。ただ、封印の際、その力があまりにも強大で、誰も御することは出来ず、逆に鬼の呪いに呑まれてしまうため、魔剣の災害を恐れたグリセント王国がいくつかに分けて再封印したのだ。

  そんな鬼呪魔法大剣オルガノの原典、魔剣オルガノの固有能力は鬼呪とオルガノが操るいくつかの能力の模倣と言わている。

  鬼呪だけでなく、オルガノの能力もまた例外なく強力だそうだ。

  となると当然、魔剣の代償はより酷いモノになる。


  魔剣オルガノの代償は力を使えば使うほど、持ち主も鬼の呪いに蝕まれると言うモノだ。

  鬼の呪いと言っても何種類も存在し、体が鬼へと変貌する呪い、殺人、食人衝動に駆られる呪い、体がどんどん衰弱して行く呪い等様々だ。

  鬼呪にしたって、寿命や生命力を喰われる呪いも存在する。

  何より、未だに残るオルガノの残留思念が持ち主の自我を塗りつぶしてしまう代償までもが存在する。


  強力な魔剣の代償は、あまりも重い。

  そしてまた、悠斗が持つ魔剣ノクスもまた、本物に属する魔剣だ。

  魔剣ノクスの固有能力、影騎士化の力はどう考えても強力無比。

  となれば当然、代償だって凄まじい。

  悠斗が先程見た悪夢を魔剣の代償だと考えたのは、そういう理由からだ。


「精神干渉……いや、精神汚染の類かな?」


  今考えれば影騎士も精神汚染スキルを使っていたな、と考え、納得する。

  一見地味にも見える代償だが、あんなモノを永遠に見せられたらそれはそれで相当なものだろう。

  狂人や廃人なる恐れだってある。


「……でも今は、使わない訳にはいかない」


  そう。

  例えどれだけハイリスクであっても、少なくても今はこの魔剣を手放す訳にはいかない。

  黒鬼なんてイレギュラーが出てきた今、それ以上に強い存在が現れないとも限らない。

  そうなった時、この魔剣と影騎士化の力は絶対に必要だ。

  それに、この魔剣は約束の象徴でもあるのだ。

  おいそれと、手放すことなんて出来ない。



  そう考えた辺りで、悠斗の視界にあるものが映った。


「あれは……僕が作った────っ!」


  そう、それは悠斗が事前に作って白刃に渡しておいた魔道具、信号拳銃から放たれた信号弾の光だった。

  そしてその色は──────


「赤色……っ、急がないと!」


  もしかしたら倒し損ねた黒鬼が白刃達を襲っているのかもしれない。

  そう考えて、悠斗はまだダメージの抜け切っていない体で走り出した。









 ……

 ……

 ……


  ドスッ!


「え、ぁ……かふっ!」


  どこからか飛んできた凶刃が、オレの腹部を刺し貫いていた。

  刃は短剣程度。だがしかし、戦闘直後とはいえ、物理防御等を掛けていたオレの体を貫く程の威力で放たれたそれは、しっかりと根元まで突き刺さっている。


「くっ、そぉぉぉっ!」


  痛みを堪え、恐怖を押し殺して刃を引き抜く。

  腹部の異物感が無くなると同時に血も大量に噴き出し、オレの生命が流れて行くように錯覚する。

  幸い、ギリギリ残っていた超強化薬の効果で傷は塞がったが、それを最後に超強化薬の効力も切れた。

  脱力感が体を襲い、その後に倦怠感が体に巻き付いてきて、オレは思わず倒れ込んだ。

  そのあまりの気だるさに冷たくて硬い岩肌までもが、暖かくて柔らかい高級ベットに思えてくる程だ。

  だが、それでも想定より大したことなく感じるのは、高級なタイプ故だろう。


「お、おい白刃!?」


  瑛士達が心配して駆け寄って来るが、体に覚えた違和感のせいで返事が出来なかった。


「かはっ!なんだ……体がっ!?」


「ちょ、双葉ちゃん!回復頼む!」


「はい!今行きます!」


  様子のおかしいオレを見て、瑛士が双葉さんを呼ぶ。

  回復のエキスパートたる彼女なら、オレの状態異常も回復するかもしれない。


  だが、オレはすっかり忘れていた。

  この場に、オレ達に悪意()を向けた奴がいることを。


「いやいやいや、そんなことはさせないよォ!」


「きゃあっ!?」


  どこからか声が聞こえると同時に、強烈な衝撃波が地面を走って双葉さんの進行を妨げた。

 

「双葉っ!」


  いつの間にか気絶から回復していた凛紅が、ギリギリのところで双葉さんを受け止めるが、黒鬼戦でのダメージと疲労が抜け切っていない彼女は、そのまま崩れ落ちように双葉さん諸共倒れた。


「いやいや〜、ごめんねー。せっかく弱った所を狙うのに回復されたら厄介だからねぇ。先に倒させて貰うよぉ」


  嫌に不快感を煽る声と共に、岩場の影からその男は現れた。


「んー、まさかあの黒鬼がたった一人の人間に殺られるなんて思わなかったからねぇ。悪いけど、そんな奴と正面から戦うのはごめんだからさぁ。ちょっとズルさせて貰うよォ。ひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


  不気味で気味悪い笑いを上げて、聞いてもいない自分の考えを暴露する男。

  髪はボサボサ。肉付きは異様に少なく、骨と皮に気持ち程度の肉がついた様。

  全身を覆い隠す、くたびれたロングコートを着崩しただらしのない恰好で、なのに眼光だけは爛々と妖しく輝いている。


「あんた……何者……だっ」


  満足に動かない口で、何とか搾り出した問いに、男はさも忘れていたかのような口調で、話し始めた。


「ぁあ……そうだ、まだ話してなかったねェ。俺の名前は……あれ?なんだっけ?……まあ、良いか。とにかくゥ、悪いけどォ、君たちには死んで貰うよォ。うひゃひゃひゃひゃっ!!」



『……っ!?』



  最早言葉すらなかった。

  まるで泥酔か薬をキメているかのような狂い様。

  鋭いのにどこか虚ろな瞳は、この人が正気でないことをハッキリさせた。


「っ、おいおっさん!それはいくらなんでも冗談じゃ済まな───っ!?」


  冗談じゃ済まないぞ。

  そう警告しようとした瑛士の肩に、オレが受けたのとは違った形状の、今度はスローイングダガーが刺さる。

  男の方を見ると、腕を真っ直ぐ伸ばした状態で、男は瑛士の方を見ていた。

  長い前髪と向いている方向から、その表情は伺い知れないが、短剣を投擲したのは間違いなくこの男だろう。


「ぐぁっ、てめぇ!」


  急いでスローイングダガーを引き抜いて、簡単な回復魔法で止血を施す瑛士は、怒りの表情で男を睨む。

  だが、男が顔を上げた瞬間、その表情は戦慄へと変わる。


「ギャーギャーと喧しいなァ、お前。

  ……先に殺すぞ、クソガキ」


「っっっ!!??」



  豹変。

  まさしく、そんな言葉がピッタリな程の急変だった。

  先程までの狂気地味た半錯乱状態から打って変わり、物理的な重圧を錯覚する程の重苦しい口調と、謎の威圧感に瑛士どころかオレまでもが戦慄させられる。


  呼吸が困難になるほど凄まじい威圧感は、突如としてふざけた声と共に消えた。

 

「なーんてね!驚いた?大丈夫、ま君たちはまだ・・殺さないよォ!」


  無邪気な声。

  気味の悪い笑み。

  死人めいた顔から出るそれらは、あまりにも不気味だった。

  いや、何よりも──────



「まだ……って、どういう……意味、だ……」


「んー?どういう意味かってェ?決まってるじゃぁん!そこの可愛い女の子達をお前らの前でぐっちょぐちょに犯して、散々痛めつけてから殺すってことにきまってるじゃん!うひゃぁぁぁぁぁっっっ!!」


『なぁっ!?』


  もう、言葉も出なかった。

  一瞬、言っている意味が分からなかった。

  だが、その言葉を理解した瞬間に、オレ達全員の顔が恐怖と戦慄に彩られた。

  オレ達の瞳に映る男の顔は、あまりにも狂気に染まっていて、あまりにも恐ろしげであったからだ。


  犯し、殺す。

  その意味を、知らないオレ達ではなかった。無論、女子達も。

  嫌悪感を露わにする女子達だが、よく見るとその体は震えている。

  生理的な嫌悪感か、本能的な恐怖か、いや、その両方だろう。


  不味いことにオレや瑛士達男子組は、凡そ前線にいた為女子達も離れている。

  唯一女子側にいるのは大輝だが、彼は黒鬼との戦闘でほとんど魔力を使い切った上に超強化薬の副作用もあって気絶中。よしんば起きていても、まともに動けはしないだろう。


  だからこそオレが、オレ達が護らないと……っ!

 


「そ……んな……こと─────」

 

「そんなことさせるかよっ!!」


  上手く口や体が動かないオレの言葉を遮って、啖呵を切ったのは瑛士だ。

  やられた片腕の傷を乱雑に止血し、生きている利き手に中国刀のような剣を握り締めて立っている。

  既に剣には風の魔力が纏わっており、その目は険しい。


「んんんー?君はまだ立つのかァ。シてる最中に邪魔されても面倒だし、ちゃんと無力化してやるよ。殺すのは嬲った後だァ」


  やはり怖気すら立つ笑みを浮かべて、男も腰から一本の長剣を引き抜いた。

  刀身は鋼色だが、柄とそこから刀身の接合部分の周辺に施された禍々しい装飾と、異様なオーラ圧迫感から、ソレは魔剣だろうと推測出来た。


「来なよ坊主。現実は気合いなんかじゃどうにかならないって事、教えてやるよ」


  まただ。

  また男の雰囲気が変わった。

  先程までの狂気に染まりきったソレから、歴戦の戦士の顔へと。


「ちっ、言わせておけばっ!」


  挑発に乗るように、駆ける。

  風の魔力は剣だけでなく瑛士にも纏わり付き、その動きをアシストする。


「このぉっ!」


  間合いに入った瞬間、飛び出すように動き、斜め気味な上段切り。

  風の魔力のアシストにより加速、また《風纏剣》の効果で切れ味と威力、そして攻撃範囲も増大した斬撃は早々受け止められるものでは無い。

 

  だが、男はそんな攻撃をいとも容易く受け止める。


「ふぅん。そんなものかぁ」


  軽く腕を振るい、瑛士との距離を一時離れさせる。

  喋り方が巫山戯た調子に戻ってはいるが、その声は相も変わらず鋭い。



「じゃあ、今度はこっちから」

 

  今度は男が駆けた。

  だがそれは、瑛士の時よりも明らかに速い。


「なっ!」


「ほらほら、遅い遅い!」


  うんと速い訳じゃない。

  悠斗君のように短距離高速移動スキルを使った消えたと思ったらすぐ目の前って感じじゃない。

  ただ走っているだけ。

  なのに、そのただ走るが純粋に速かった。


「ぐっ、くそぉっ!?」


「どうしたのォ?仲間を護るんじゃなかったのかなァッ!!?」


  横薙一閃。

  その外見からは想像出来ない速さと威力の斬撃が、繰り出される。

  辛くも防御する瑛士だが、彼の十八番の『いなし』がまるで出ていない。


「ち、くしょう!」


  我武者羅に剣を振るい、男を牽制する瑛士。

  男は「おお怖い」と嘲るように下がる。

  その隙に体勢を立て直し、再び構え直した瑛士は、もう一度男に斬り掛かる。


「はァ……お前さ、ヤル気あんの?」


  全力で振るう瑛士の攻撃はしかし、一向に当たらない。

  まるでなんでもないかのように軽やかに避け、或いは切っ先だけで軌道をずらして受け流している。


「弱いなァ、お前ェ!」


「しまっ、ぐほぉっ!?」


  何度目か。

  攻撃を捌かれた際に生まれた隙に、蹴りを入れられる。

  あまりにも大きく、致命的なその隙は、土手っ腹を晒すというものだった。

  完全に変な所で力んでいる時に入れられたその蹴りは、意識の薄かった防御を容易く破り、瑛士の軽くは無い体を吹き飛ばす。


「弱っちぃなァ」


  男の嘲りは止まらない。

  あんまりと言えばあんまりな一方的な蹂躙は、確かに男が強いのもあるのだろう。

  だがオレは、さっきまでの一戦に違和感を感じてならなかった。


「ち……くしょ……、がぁっ!」


  腹を抑え、痛みに耐えながらも立つ瑛士。

  そして中国刀の切っ先を男に向ける。

  相変わらず男はニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべていた。

 

  そしてその時だった。

  オレが、違和感の正体に気付いたのは。


  そう、瑛士が持つ剣は震えていた。

  痛みや緊張、恐怖などが原因だろう。

  だがオレは考えた。震えの理由はもう一つあるのではないか、と。


  恐怖は恐怖でも死んだり怪我したりすることへの恐怖じゃあない。

  これは──────人を傷付ける、ひいては殺すことへの恐怖ではないだろうか、と。


  オレ達はちょっと前まで地球でも屈指の平和な国、日本でただの学生をやっていた。

  平和と言ってもあちらこちらで事故や事件で人は死んでいるが、少なくても人の死というものが間近ではないことだけは確かだった。


  だから。

  オレ達は知らなかったんだ。

  人が持つ、際限のない悪意がどれほど恐ろしいかを。

  そして、その悪意に対抗するということが、下手をすれば人を殺すことになるのだということを。


  オレ達は、今まで人型の魔物と多く戦ってきた。

  だからつい、いつものように瑛士は斬りこんだのだろう。

  いつものように駆けだして、一撃。そこから繋ぐ二撃三撃、と。

  だが、刃を振り下ろす途中で、彼は気づいたのだろう。

  その一撃が、ヒトに当たったらどうなる?その人は死ぬんじゃないか?と。


  そう考えた瞬間に、瑛士の身体は鉛のように重くなったはずだ。

  今更になって自分がナニと戦っているか理解して、急に背中が冷たくなり、汗が噴き出し、呼吸が苦しくなって考えることが出来なくなっただろう。


  頭では分かってる、そう思い込んでいて、本当は分かっていなかった。

  自分が人を殺さなければいけないということを。


  そういうことがいつかはあるだろうと、覚悟してなかったと言えば嘘になる。

  覚悟はしていたし、いざとなればやれるようにしていた。

  そう、思っていただけだった。


  いざ悪意と対峙すれば分かる。

  無理だ。

  数ヶ月前まで、戦いなんてフィクションな物で、変わることの無い世界の中でただ黙々と生きていくだけなんだろうと高を括っていたオレ達には。

 

  人を殺す。傷付ける。

  ただナイフを、剣を、身体に突き立てるだけ。魔法を当てるだけ。

  そんな簡単なことが、なのに出来ない。


  今自分は人と戦っている。

  そう考えただけで身体は震え、持っている武器は重くなる。


  それを理解した瑛士は、攻撃に躊躇いが生まれる。

  そんな迷いだらけの攻撃が、殺しに慣れている男に通じるわけがないのだ。


  オレ達は馬鹿だった。

  瑛士は剣を振るうその瞬間まで。そしてオレは、瑛士の震える姿を見るまでそんな簡単なことに気づいていなかったのだから。


 

「ぅおおおおおっ!」


「はい遅ーい」


  迸る斬閃。

  風の魔力を纏った疾風の如き斬撃はしかし、いとも容易く受け止められる。


「もういいよ、お前」


  嘆息するように呟いた男は、魔剣を一閃する。

  脱力した様子で振り抜いたその一閃は、その様子に対して物凄い速度で瑛士の剣を弾いた。


「なぁっ!?」


「ほいサイナラ」


  男の足が魔力の発光を帯びて素早く動く。

  霞んだようにも見える速度で繰り出される脚は迅速の前蹴り。

  《体術》スキルアクション、《閃脚》だ。


「がっ!!?」


  男の《閃脚》を腹にモロで受けた瑛士は数メートル吹っ飛び、地面に転がる。

  僅かに身体が震えていることから気絶はしていないだろうが、まともに動けないほどダメージを受けたのは確かだろう。


「ふん。人殺しの覚悟もねェ奴が、剣なんか執るんじゃねぇよ」


  少し表示を険しくして、男はそう呟いた。

  確かに、ぐうの音も出ない正論だ。

  だけど、はいそうですかって殺られるわけに行かねえだろ!


「く……そぉっ、うご……けよっ!?」


  瑛士がやられた。

  その事実に、オレは必死に体を動かそうとする。

  残る女子達ではあの男に対抗出来ない。

  凛紅なら戦えるかもしれないが、瑛士と同じように躊躇が入れば厳しいだろう。


  だとしたならば、あと戦えるのはオレだけだ。

  みんなを守れるのは、オレだけなのに……っ!


「動けないよォ。言っただろぅ?ちょっとズルさせて貰ったって」


  男はやはりニヤニヤとした顔で自慢げにネタばらしをした。


「君の身体に突き刺した短剣にはねェ、特殊な毒を仕込んであったんだよ。君たちが苦労して倒した黒鬼でも暫くは動けなくなるくらい強力な神経毒さ」



  ───神経毒。

  その名の通り、中枢神経系に作用する毒物。地球で言うならクロロホルムや催眠剤がその類に入るモノ。


  それがオレの身体を蝕む違和感の正体だった。



「っ!」


  男がこちらを向いている隙を突いて、双葉さんが走り出した。

  オレ達を回復させるためだろう。


「気づいているよォ!」


  だが男はそれを見越していたらしく、地面を蹴ってかなりの速度で双葉さんに迫る。

  そして直ぐに追いついて彼女に斬り掛かる!


「させない!」


  だが、その斬撃を凛紅が受け止め。


「倒れてください!」


  ミーシアちゃんが僅かな魔力を振り絞って火属性魔法Lv2『炎弾』を男に向けて放つ。


「ちぃっ、メスガキ共が!」


  だが男もまた腰に下げているもう一本のの長剣を抜き放ち、魔法を打ち消す。

  恐らくもう一本の方も魔剣だろう。


「《魔剣擬似解放》」


  そして男はどこかおかしいスキルを発動させる。

  聖剣同様に固有能力を持つ魔剣は、スキルによってその能力を引き出される。


  新たに出た魔剣の刀身が、急に幾筋もの黒い帯となって双葉さんの元へ向かう。


「きゃっ!?」


  そして黒い帯は双葉さんの体を捕え、拘束する。


「君は大人しくしてなァ!」


  男はそのまま魔剣を振り回し、彼女が元いた所まで投げ飛ばす。

  双葉さんは満足に受け身も取れず、声も出すことが出来ないで気絶した。


「双葉っ!?このぉっ!」


  友達をやられ、怒りに吼える凛紅だが、その刀は男の剣に弾かれ、がら空きになった胴体に《体術》スキルアクション《煌打おうだ》を受けて倒れ伏す。


「『炎弾』!!!」


  もう一度、炎が男に迫る。

  ミーシアちゃんの攻撃だ。


「っ……!」


  流石に、捌き切れないのかその顔に動揺を浮かべる男。

  だが、ミーシアちゃんの魔法が届くことはなかった。


「そんなっ!」


  男は身体から闇のオーラの様なモノを噴き出し、それで障壁を作り魔法を凌いだ。

  そう、それはまるで黒鬼の防御・・・・・の様に。



「……まさか俺からこれを引き出すなんてねェ。やるね、お嬢ちゃん」


  男は余裕そうな笑みでミーシアちゃんを評価する。

  そしてすぐにその顔を変えた。


「だけど二度目はないよ。『ダークインパクト』」


  そう呟き、恐らく魔法を発動させる。

  男の手に魔法陣が浮かび、そこへ先程と同じ闇が収束、黒い塊となってミーシアちゃんへ迫る。


  だがその攻撃をミーシアちゃんは避けようとしない。

  それどころか、両足を広げて踏ん張る体勢をとった。

  するとミーシアちゃんの胸元にかかっていたペンダントが発光し、彼女の周りをドーム型の障壁が囲い始めた。

  闇の塊はドーム型障壁にぶつかり、炸裂。

  そしてミーシアちゃんを守る障壁は傷一つなかった。


「……魔道具か。製作者は随分良い腕をしているなァ」


  障壁を張ったのが魔道具の力だと察して、男はそう評価した。

  男の言う通り、あれは恐らく魔道具、それも悠斗が作ったものだろう。今まで使わなかったのは、黒鬼の攻撃は防げないと判断したからだろう。

  そしてそれを聞いたミーシアちゃんは嬉しそうに宣言する。


「生半可な攻撃じゃ私には通りませんよ」

 

「さて、それはどうかなァ?」

 

  言うと同時に、男の姿が消えた。


「っ!?」


  まだ障壁は継続している。

  恐らく大丈夫だろうと思った矢先、男がミーシアちゃんの目の前に現れた。


「そぉらっ!」


  そして手に持つ二本の魔剣を連続で振るう。

  たった数撃で、障壁は儚く砕け散る。

  そして──────


「そんなっ!?」


「はい、おしまい」


  《体術》スキルアクション、《廻脚》を放つ。

  魔力の発光を伴う鋭い回し蹴りがミーシアの小柄な身体を吹き飛ばした。


「そん……な……」


  全滅。

  黒鬼相手にも全滅しなかったオレ達が、いくら激戦の後とは言え、たった一人の人間に全滅した。


「ひっ……!」


「いやっ!」


「やだよぉ……」


  既に戦意を喪失している女子達は、数分後の未来に怯えて動けない。


「くくくっ。さぁて、誰から食べちゃおうかなァ?」


『っっっ!?』


  より一層の狂気に染まった顔で、男は女子達を見る。

  その視線に射すくめられて、女子達は最早声すら出ない。


「さてと、先ずはァ────っ!?」


  男が無遠慮に一歩を踏み出した瞬間、男の目の前に轟っ!と炎が舞った。


「行かせる……かよ」


  立ち上がったのは大輝だった。

  黒鬼で酷使された身体は回復済みとは言えボロボロなのに、それでも大剣を杖代わりに彼は立った。


「はァ……まだいんのかよ。面倒だなァッッッ!?」


  嘆息を突いた男に、鋭い突きが迫る。

  だがしかし、男はギリギリで避けた。


「これは驚いた。お前、今殺す気で振るったなァ」


  オレも驚いていた。

  オレ達と同じで、平和な日本で生まれ育った大輝が、完全に殺すつもりで剣を突き出したからだ。


「だったらなんだよ。悪いが俺は、お前を殺すのに躊躇しねえぞ」


  鋭い目付きで、そう言い放つ大輝。

  だがその体はまだ超強化薬の副作用が抜け切っていないのか、ふらついている。

  それでも重たい大剣を構えて、僅かながらも魔力を込める。

  恐らく、彼の得意魔法技(アーツ)、《爆炎迅》を放つつもりだろう。


  オレはただ、大輝応援するしか出来ない。

  だが、現実というのはあまりに非情だった。


「《爆炎じ────》」


「遅ェよ」


  スッと。

  大輝の背中から、刃が生えた。

  いや違う。

  大輝の身体に、剣が刺さっているのだ。

  剣を引き抜いて、男は静かに言う。


「そんなボロボロの身体で、俺に勝てるわけねぇだろ」


  岩肌に流れる大輝の血。

  目の前の現実に頭が追いつかない。

  考えたくない。

  分かりたくない。

  だけど、最後には頭は理解してしまう。

  そうして、オレは叫んだ。


「大輝ぃいいいいいいっっっ!!??」




  クソクソクソクソクソッッッ!!

  なんでオレは肝心な時に動けないッ!?

  みんなやられた!

  これからもだ!

  なのになんで、なんでオレはッ!



「ひゃはははははははァッ!!いい面じゃねぇか!その目ん玉に焼き付けろ!お前らの大事なモンが、穢されていく様をッ!」


  そして男は、近くに転がる凛紅へと近づいた。

  彼女の身体を仰向けにし、軽装の鎧を引き剥がして衣服を破り捨てる。

  そのタイミングで、凛紅の目が覚めた。


「っ!?いやっ、いやァッ!?」


「おっと、いいタイミングで起きたな。これからお前の身体をぐちょぐちょに穢してやるよォ!」


「そんなっ、やめてっ!がッ!?」


「止めるもんか。さあ、良ぅく見な。お前の身体が穢れる、その様をなァ!」


  「やめろぉおぉぉぉぉぉおおっ!!!」


  凛紅の首を片手で押さえて軽く締めながら、男は彼女の下の衣服に手を伸ばす。

  彼女の服が破かれる、その瞬間────






「《電撃スパーク》!!!」



  雷鳴が、駆け抜けた。


 

序盤のあれは、若干ホラー感をだそうと思って書いたのですが、なんかただのやべぇ絵図になりましたねぇ……解せぬ。

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