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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
76/112

託された刃、倒れる厄災

どうせ結末はみんな分かっていると思うので、タイトルからネタバレ。

先週投稿出来なくて、ほんとにすいませんm(_ _)m


身体が重く、じくじくと痛む。


思考は上手く纏まらないし、考えることそのものが億劫だ。


いっそこのまま寝てしまえば、どれだけ心地よいだろう。


でも何故だろうか?

こんなにも官能的な誘惑に晒されているにも関わらず、オレの中の何かが必死そうに叫ぶのだ。


起きろ、目を覚ませ、と。


冬場の、寝起きのような気分だ。

とても心地よい微睡みの中なのに、学校に行くために起きなければならない時と同じ感じ。



『眠るにはまだ早いぞ、光の勇者』


誰かの声が聞こえる。

厳しくて、優しい言葉だ。


『お前は言ったはずだ。俺達を救うと、生きることを諦めないと』


生きることを諦めない……。


『お前は言ったはずだ。例え行く先に絶望と闇しかなくても、光の勇者おまえが照らして見せると』


絶望を、闇を、照らし出す……。


『あれは、嘘だったのか?』


違う……。

嘘なんかじゃない。


『ならば分かるだろう? お前が今、するべきことが』


ぁあ……。

分かったよ。

オレは光の勇者。

みんなを照らす希望。


こんなところで、寝ていられるか!!


『そうだ、行ってこい。お前の輝きを、俺達に見せてくれ』





意識が浮き上がるその瞬間。

優しげな顔をした大柄な男の人が、嬉しそうにそう言っているのが目に入った。











……

……

……


「ぅう……はっ!」


目が覚めた時、まだ戦闘は継続されていた。


「やぁあああっ!」


「このっ!」


「『爆炎槍ブレイズスピア』!」


凛紅が、大輝が、ミーシアちゃんが、怒涛の攻撃を仕掛けているにも関わらず、全く意に介さず黒鬼はその剛腕を振るう。


「ぅあああああっ!?」


「ぅおおおおおおっ!?」


「きゃっ!?」


「っ、回復します!」


一振。

ただ闇の剣を一振した時の衝撃だけで、双葉さんが掛けた補助魔法は儚く砕け散り、みんな身体は宙を舞う。


それでもみんなが倒れないのは、双葉さんのサポートの優秀さ故だろう。

回復と補助魔法の繰り返しを一身に担い、しかもその精度を落としていない。

それがどれだけ凄いことか、想像に難くない。


そこまで観察して、気がついた。

オレは確か、黒鬼の剛剣をまともに受けてしまった。

制限解除リミットブレイク》や《勇者降臨》、そして双葉さんの補助魔法のお陰で即死は免れたが、それでも致命傷は負ったはずだ。


……まさか、この戦線を維持しながら、オレを治した?

そうとしか考えられない現実に、軽く戦慄してしまった。

それほどまでに、凄まじい。

安木双葉やすらぎふたばと言う少女の才能はその片鱗でさえも、息飲む程の物だ。

そして同時に、こんな凄い味方がいるのに、その力を活かしきれていない自分が歯がゆい。


いや、今はそれよりも戦線に復帰するのが最優先だ。


「くっ、ぅうううう……!」


痛む体に鞭打って立ち上がる。

いかに双葉さんのサポートが優秀でも黒鬼相手に決定力が欠けるあの編成ではジリ貧だ。

オレが一刻も早く戦いに参戦しなければ、そう長くは持たないだろう。


「『身体強化』──────っ!?」


戦闘に参加するため、身体強化の魔法を掛けようとしたその時、オレの身体を鉛のような倦怠感が襲った。

この症状にオレは覚えがあった。


「まさか魔力切れ!?こんな時に……っ!」


身体を巡るエネルギーの一種である魔力は、体に貯蔵されている分────俗に内蔵魔力(MP)と呼ばれる────が切れると身体に倦怠感や脱力感を発生させると言われている。

オレは勇者としてのステータス故にその現象を余り経験したことはなかった。精々魔力切れを体験するためにわざとやった時位だろう。


それほどまでに、オレを黒鬼との戦闘で魔力を消費させられたと言うことだ。

急いでありったけのMP回復ポーションを呷るが、それでも全開には程遠い。

それに加えて、《光の勇者》スキルの効果の一つである《魔力吸収》が思うように働かず、魔力がてんで回復しない。


これじゃダメ。これじゃダメなのだ。

黒鬼の再生能力を働かせずに、強固な防御ごと吹っ飛ばすには最低限全快以上の魔力が必要だ。

いや、下手すればそれでも足りないかもしれない。


撤退戦をしようにも、高い再生能力を持つ黒鬼は並大抵の傷では即座に回復してものともしない。

しかも動けない者が少なからずいる中、撤退戦をしようものなら全滅は必至。どう頑張っても犠牲者が出てしまう。

……ここが正念場か。


「【マジックチェスト】オープン」


魔導書の収納機能、【マジックチェスト】から簡易試験管を一本取り出した。

中に入っている緑色の液体は悠斗君特製の超強化薬だ。

しかもただの超強化薬じゃない。

最高の素材、最高の器具、最高の環境の元で作られた最高グレートの超強化薬にさらに悠斗君が後ずけで改良した特別版の超強化薬だ。


通常効果の全てがさらに倍加し、それに魔力全快、体力回復効果が付き、それに加えて維持時間が一、二分であるが上昇、デメリット軽減効果まで付いた至れり尽くせりなアイテムになっている。

当然、その分製作に多くの資金と高級素材を使う羽目になるので、量産は出来ず、作られるのは少数だ。

その一本をオレは貰っていた。


「もう使う羽目になるなんてな……っ!」


自分の無力さを嘆き、覚悟を決めて緑色の液体を一気に流し込んだ。

っ!? クエン酸が沢山入った緑茶にコーヒーをぶち込んだような酷い味わい!酸っぱくて苦くてやけに香りだけは悪くない謎テイスト!

恐らく千の言葉を並べても説明するのが難しい、度し難い味の液体を飲み干し、湧き上がる吐き気を堪えて、八つ当たり気味に試験管を地面に叩きつける。


「っっっ!!??」


パリンッ! と試験管が割れる音と引き換えに、オレの身体からかつて感じたことがないほどの膨大な魔力と力が湧き出てくるのを感じた。


「ぉおおおおっ!?」


あまりのエネルギーに身体が震える。

このまま何もしなければ、身体が膨らみすぎた風船のように割れてしまうのではないかと錯覚するほどの力はオレに焦りをもたらした。

今すぐ発散しなければやばいかも、と言う焦りのもと戦闘に参加したいが、これほどの力を一気に解き放ったらみんなまで巻き込みかねない。

その結果動こうにも動けずにいた。


「ガァアアアッッッ!!」


「ぅっ!?」


「うぉおっ!?」


「……っ!?」


「回復を……きゃっ!?」


戦闘に参加する機会を伺っていると、黒鬼が闇を放出しながら腕をぶん回し、みんな吹き飛ばした!

すかさず双葉さんが回復をしようとするが、黒鬼が闇のオーラを使った遠隔攻撃を仕掛ける。

辛くも攻撃そのものは避けれたが、双葉さんは回復を中断させられる!


「ガァアアアッッッ!」


黒鬼はしてやったりの顔で闇を剣に纏わせ、それを近くにいたミーシアちゃんに向ける。

後衛職であるミーシアちゃんは、回避行動があまりの得意ではない。

膨大な闇のオーラを纏った剣の一撃を彼女が躱しきれるとは思えなかった。

だからこそ、溜まりに溜まったエネルギーを解放するのは今しかない!


「うぉおおおおぉぉおおおっ!!!」


「ッッッ!?」


射線上に誰も居ないことを確認し、裂帛の気合と共に剣を一気に振り下ろす!

上段一閃と共に放たれた衝撃波は、擬似奥義《白竜天衝》に勝るとも劣らぬ威力と規模を以て黒鬼の肉体を包み込む!


「グゥゥゥゥウ……」


衝撃に呑み込まれた黒鬼は、その場から大きく押し出され、体勢を崩すだけに留まっていた。

漆黒の身体を包む闇の鎧には傷一つなく、今の斬撃を以てしてもダメージが入っていないことを否応なしに理解させられる。



「だけどそれも予想の内ってね!」


そう、別にこの程度のことは予想内だ。

白竜天衝を受けて防御を高めるために鎧を形成したのなら、白竜天衝と同等の威力の攻撃では傷一つ無いとは言わなくてもダメージがほとんどないのは予想がつく。


全身を吹き飛ばす以外にやつを倒せる現実的な方法は残り三つ。

封印するか、再生が追いつかない速度で切り刻むか、再生が出来ないくらいダメージを与えるかの三択だ。

三つ目の方法の中には首を落とすと言う手段も入る。

どんな生物でも、それこそ生物である限り身体に信号を発する部分、基本的には脳を破壊、或いは分離すれば機能停止せざるを得ないはずだ。


だが当然、ヤツも簡単には首を取らせてはくれないだろう。

封印することは俺達の中の誰にも出来ないし、再生が出来ないくらいのダメージはそれも難しいだろう。

ならば今のオレ達に出来ることは一つだけ。

即ち、再生が追いつかない速度で相手を切り刻むこと。

いつものオレなら不可能だろう。

だが今のオレなら出来る!


「凛紅、瑛士。オレが斬り込む。後に続いてくれ!双葉さんは補助魔法と回復を! ミーシアちゃんは隙を縫って魔法攻撃!行くぞ!」


「「「「了解!」」」」


先の一撃でオレが復活したのには気付いていたのだろう。

特に動じることなく指示を受け入れ、最善の行動へと移る。


「ぅおおおおおおっ!」


特に何も考えず、魔力加速で一気に黒鬼までの距離を食らい尽くす!

ワンパターンで無策な直進突撃ではあるが、今のオレがやる魔力加速は通常時とは比べ物にならない程速い。


「ガァッッッ!!??」


「遅い!」


突然速度が上がったオレに、黒鬼は反応出来ずに袈裟懸けの一撃をモロに受ける。

オレ本人すら気づけば黒鬼の巨躯が目の前にあったほどの速度なのだから、黒鬼が反応出来なくても仕方がない。

バッサリと胴体を斬りつけられた身体中を駆け巡る激痛に雄叫びを上げて、闇のオーラを放出する。


「そんなの効くかよ!」


対して、オレも純魔力を一気に放出して闇のオーラを相殺する。

黒鬼の闇のオーラ放出は強力な防御であり、攻撃であり、仕切り直しの一手だ。

それは『純粋な物理的衝撃が伴ったありえない程のエネルギーを大量にかつ一気に放出する』からだ。

単純だからこそ強力で、対処が難しい。

だが、同じように物理的衝撃を持つエネルギーを放出出来るという条件さえ並べは、その対処は存外簡単になる。


オレは黒鬼のように闇のオーラを持たないが、今は超強化薬のお陰で魔力は増幅し、その回復速度が異常になっている。

むしろガンガン魔力を消費しないと、限界まで膨れた風船のように割れてしまう位だ。

そんな有り余る魔力を放出することで、オレは黒鬼の闇のオーラ放出への対抗策を得たのだ。


「はぁあああっ!」


闇のオーラに負けることなく、しっかりと大地を踏みしめて聖剣ウィルトスを振るう。

しかし、不意打ちではないただ速いだけの一刀はギリギリのところで黒鬼の闇の剣に防がれた。


「まだまだ!」


「ガァアアアッッッ!?」


だが、それだけでは終わらない。

そのまま剣を引き戻しては再度斬撃を放ち、とにかく攻撃を仕掛け続ける。

パワーではどっこいどっこいか、ちょっと負けている程度。防御では今のオレですら負けている。

だが、攻撃や動作の速度、敏捷はオレの方が上だ。

初速が速いオレは黒鬼が動作する前にひたすら攻撃を叩き込み続け、ヤツが反撃する暇を与えなかった。


一回でも多く攻撃を重ねることを念頭に置き、ひたすら斬撃の雨あられを浴びせまくる。

黒鬼もまた、怯まずに攻めに転じようとするが、オレはそれを許さずただひたすらに連撃を重ねていく。


「ガァアアアッッッ!」


オレの僅かな隙を縫って、黒鬼は攻撃を仕掛けてくる。

それを聖剣で受け止め、膨大な魔力をどんどん消費して魔法を使う。


「『風爆連球エアブラスト』、『灼炎連爆発フレア』!」


風属性魔法『風爆球』、火属性魔法『灼炎爆発』は風爆球がLv6、灼炎爆発に至ってはLv7とどちらも非常に高位の魔法だ。

技術的には可能でも、通常時のオレでは魔力がすぐに枯渇するため、この二つの同時複数発動なんて到底出来ない。

だが、今は無限に溢れてくる魔力があるから出来る。


超高熱の閃光が黒鬼の身体を焼き、高速で迫るトラックの如き衝撃が黒鬼を強かに打ち据える。

だがそれでも、黒鬼を殺すことは敵わない。

熱も風も強引に無視してオレに迫り来る黒鬼。

オレもまた、一度に大量消費した魔力を安定させようと距離を取りたいが、迫る黒鬼がそれをさせてくれない。



「ここはっ!」


「俺達が!」


しかし黒鬼の背後に凛紅が、そして正面に瑛士が回り込み、各々攻撃を与える。


「私もいますよ。『豪炎火球』」


そして、二人が作った隙を縫ってミーシアちゃんが魔法攻撃を仕掛ける。

二人を巻き込まないように小範囲かつ、さらに凝縮することで威力を増強させたLv6の火属性魔法はしかし、黒鬼を仰け反らせる位の効果しか出ない。



「ガァアアアッッッ!!!」


ほとんどダメージが通ってないとは言え、さすがに何度も攻撃を食らうのが嫌なのか、最早何度目とも分からぬ咆哮を上げ、闇の爆発させる。

黒鬼特有のこのアクションを防ぐのは現状オレしか出来ない。


前に出ていた二人は闇のオーラによって吹き飛ばされて、体勢を大きく崩した。


「くそっ!」


かくして大きな隙を晒してしまった瑛士に黒鬼が矛先を向けた。

闇の大剣を振り上げて、瑛士を両断しようとする。


「やらせるかよ!」


その間に高速で割って入り、聖剣で闇の大剣の腹を叩いて軌道をずらした。

またトドメを刺しそこねた黒鬼はオレを憎々しげに睨む。


「そうかっかすんなよ。お前の相手はオレだ!」


パワーの権化とも思える黒鬼とも真っ向から打ち合えるのは、今のオレだけだ。

壁役をやるのはオレを他にいないだろう。


闇の剣と聖剣がぶつかり合う。

オレは自分の頭と身体が疲れていくのを感じながら、魔法、スキル、スキルアクションを連発して黒鬼へ攻撃を加え、黒鬼は堅牢すぎる闇の鎧であらゆる攻撃を無力化してくる。


ただ硬い。

ただ強い。

そんなとてもシンプルな事が、極まるとここまで厄介だ。

極致とまではいかなくても、切り札(超強化薬)まで使って自身を強化しまくったオレでさえ、奴の肉体を傷つけられない。

闇の鎧が堅牢なのもそうだが、奴とオレとじゃあまりにも地力が違い過ぎるのだ。



「それでもっ! オレは勝つ! 《聖剣解放》!」


限界まで自分を強化しても足りないなら、攻撃そのものを強化すればいい。

聖剣ウィルトスの固有能力である『昇華』の力を常時発動して、一撃一撃をただの斬撃から必殺の斬撃へと威力を昇華させる。


これもまた、馬鹿みたいに魔力を食らう。

通常時の白刃の魔力を十としよう。例え昇華する対象がたった一回の攻撃でも消費する魔力は四以上は持っていかれる。

それくらい、燃費が悪い能力なのだ。

そう何度も何度も使えるのは、間違いなく超強化薬を服用している時だけだろう。


「ぅおおおおおおおっ!!」


打ち鳴らす、剣戟の二重奏。

片や剛力剛腕を極めし、破壊の大剣。

片や希望の象徴である、必殺の聖剣。


純白(シロ)漆黒(クロ)はぶつかり合い、誰にも割り込めない、どこか美しさすら感じる闘争を演じる。


「凄い……」


誰かが呟いたが、オレはそれを気にしてる余裕が無かった。

刹那の油断が仇となり、僅かな集中の綻びが致命的なこの戦いは、今クライマックスを迎えようとしているからだ。


「っぁあああああああっ!」


「ガァアァアアアッッッ!」


スキルアクションを使用した三連撃を、黒鬼は闇の鎧で受け、闇の大剣を振るう。

だがしかし、オレが発動したスキルアクションは、三連撃では四連撃。

第四撃目で黒鬼の攻撃を弾き、魔法で牽制する。


「『爆破ブラスト』!」


突き出した手から放たれる爆炎もまた、黒鬼の闇の鎧に阻まれる。

だけど、オレだって闇雲に攻撃した訳じゃない。

たしかに闇の鎧は堅牢だ。だが、絶対無敵ではないだろう。

ありとあらゆる手段で自身を強化したオレの連撃は、確実に黒鬼の鎧を傷付ける。

そしてトドメの魔法で、ソレは砕けた。


「ッ!?」


「ぉおおおおおおっ!!!」


鎧が砕けたことで生まれた僅かな動揺。

それに伴う隙をオレは逃さない!

《聖剣術》スキルアクション、《聖爆剛破断》を発動。

豪快なフルスイングが黒鬼にクリーンヒットし、さらに聖剣の聖なるエネルギーが爆発することで、圧倒的な切断力を発露させる。


「グォオオオオオッッッ!!??」


結果、黒鬼の胴体は横にほぼ真っ二つに両断される。

だが、驚きの生命力と再生能力を持つ黒鬼はこの程度で死にはしないだろう。

それでも、大きな負傷を治癒している今、闇の鎧は脆くなり、他の再生能力も落ちる!


「この隙にっ!!」


絶対的なウィークタイム。

それを決して逃さないために《聖剣術》スキルアクション、《聖光加速斬・連続剣》を発動。

聖なるエネルギーによって加速した聖剣の斬撃を、連続で相手に叩きつける強力なスキルアクションで、黒鬼の再生能力を削っていく。


「私達も!」


「おう!」


そこに凛紅と瑛士も参戦し、確実に黒鬼は再生が間に合わなくなりつつある。

黒鬼が倒れるのは時間の問題、そう思っていた。

だが──────


「ォオオオオオッッッ!!!」


黒鬼が、吼えた。

それはいつもの闇の濁流を放つのと同じもので、オレはそれに対抗するために魔力を放出しようとした。

だが、出現したのは闇の濁流ではなく、もっと異質で、異形な、闇で形作られた四本の巨腕だった。


「なっ、なんだァっ!?」


突如現れた異形に、瑛士は反応しきれず殴り飛ばされる。


「このっ!」


凛紅は腕を切り落とさんと《剣術》スキルアクション、《一閃》を放つ。

刀専用のスキルアクションであるこの技は、シンプルながらも、絶大な切断力を誇る。

凛紅の腕を以てすれば、鉄すらも容易に切り裂くだろう。

だがその一撃は、あまりにもあっさり受け止められた。


「そんなっ!?」


困惑の悲鳴は短く、すぐに残りの腕が凛紅を殴る。

ギリギリ刀でガードした彼女だが、そのまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて動かなくなった。

防御が薄い凛紅は今ので気絶したのだろう。


「まだだっ!」


まだ超強化薬の効果時間は残っている。

オレが倒れない限り、終わりじゃない。

だからまだだ!


どうやら黒鬼は、闇の鎧を無くし、防御を捨てることで闇の腕を形成したらしい。

奴の体は今まで何倍も傷つけやすくなり、再生能力も薄れてきた。

だがその代わり、奴の手数が増えた。

奴は圧倒的な手数でオレをすり潰す算段なのだろう。

奴の闇腕は硬くて、重くて、何より大きい。

その腕は堅牢な盾であり、その腕から繰り出される拳は、こちらのいかなるガードも突き崩してくる。


聖剣の力で昇華された斬撃も、スキルアクションも、その腕に阻まれ、切り落とすことも叶わずない弾かれる。

逆に、振るわれる計六本の巨腕をオレは捌き切れずに何度か攻撃を受けてしまう。


(駄目だ……。倒すにはあと一手、あと一手が足りない!)


そう、足りないのだ。

あらゆるスキル、スキルアクション、魔法を駆使して、奴のガードのほとんどを切り崩すことまでは出来る。

だが、それ以上が出来ない。

オレが今の奴を倒すには、あと一手が足りない。

それも、ただの一撃ではなく、確実に奴を倒す、逆転の一撃が。


「ぐぅっ!?」


心の焦りが身体に出たのか、一瞬の隙を突かれて巨腕に殴られた。

防御魔法に対物理防御もかけていたので、大したダメージではないのだが、虚をつかれたその一撃は、大きな衝撃となってオレを襲った。


その衝撃は思ったより凄まじく、オレの体は宙に浮き、地面に叩きつけられたことで意識が軽く飛んだ程だ。

超強化薬のタイムリミットは近い。

体が徐々にではあるが、重くなり始めている。

体力は超強化薬のお陰で随時回復しているはずなのに、体が言うことを聞かない。

焦りが、恐怖が、絶望が、オレの身体を蝕む。


視界が黒く染まり、意識が落ちかける、その寸前。


その声は、聞こえた。









……

……

……


『これで終わりなのか?』


誰かの声だ。


『お前は、俺にあの言葉は嘘じゃないと言った。なのに、もうその約束を違えるのか?』


違う……違うんだ。

本当は違えたくない。

生きたい。みんなを護りたい。

でも駄目なんだ。オレじゃあ、黒鬼には届かない。

足りない、たった一つの一手が、こんなにも遠い!


『足りないなら俺がその一手をくれてやろう。全てが偽物だった俺の、唯一の本物。あらゆる障害を切り開く、至高の一撃を!』


至高の、一撃……。


『ああ、そうだ。それは俺が今まで積み上げてきた剣の極地。理想に届くために磨いた技。それを今、お前に託す』


貴方の技を、オレに?


『技だけじゃない。託すのは想いもだ。俺が果たせなかった夢を、至れなかった理想を、お前なら成し遂げてくれると、俺は信じている』


貴方の……想い。


『だから行け。お前の成すべきことのために!』


オレの、成すべきことは……っ!!!











……

……

……


「はい。行ってきます」


気が付けば、オレは既に立っていた。

ああそうだ。オレの生命は、オレだけの物じゃないんだ。


オレに任せてくれる人がいる。

オレを導こうとしてくれる人がいる。

そして……オレに託してくれた人がいる。


ならば──────っ!


「今ここで、立たない訳には行かねぇだろ!」


大地を強く踏みしめて、ゆっくりと奴を見据える。

託された技は、既にステータスアナウンスで把握した。


タイムリミットまでの時間を考えると、余計な時間は食っていられない。

出来るのはこの一撃のみ。


「まるで、あの時の再現だな……」


あの時も、そうだった。

闇を纏った、黒き騎士。

黒騎士の対決の時も、オレは最後の最後で、あのヒトに勝利した。

もう後一撃しか放てない、あの状況で。


だから、今回も勝つ!


「《聖剣解放》」


祈るように、スキルワードを言い放つ。

聖剣ウィルトスはオレの願いに呼応するように発光し、オレを昇華の光で包み込む。


「これで、最後だ!」


光を纏いながら、黒鬼に向かって突っ込む。

なりふり構わず魔力を使った魔力加速は、今までで最高の速度を叩き出して、黒鬼の反応よりも速く、奴に詰め寄る。


「ォオオオオオッッッ!!!」


しかし、奴も負けじと、六本の腕に闇の剣を用意して、オレを切り裂こうとする。

だが、オレもまた、奴の攻撃をさらに上から捩じ伏せるつもりで、大上段の一撃を見舞ってやる。

託された、(想い)と共に。



「《羅刹らせつ》っっっ!!!」


奥義、《羅刹》。

地球では仏教の神であり、悪鬼の類であるその名を冠するその一撃は、あらゆるモノを斬る。

例えそれが海であれ、空気であれ、神鉄オリハルコンであっても目に見えるものならなんでも切り裂く必殺の一刃。

それが《羅刹》。


それを証明するように、オレの一撃はあまりにもあっさり黒鬼の闇の剣とその分厚い筋肉に包まれた肉体を切り裂き、肩口から腰までを見事、両断した。

結果、黒鬼の体はズレ、斜めに切り裂かれた胴体から上が地面に転がる。


だが、胴体を斬られてなお、黒鬼は笑っていた。

それを見て、すぐに再生してくると思ったのか、ギリギリ意識がある瑛士と凛紅を治療している双葉、そしてミーシアちゃんが身構える。

だけど……


「もう大丈夫だよ、みんな」


オレは確信を持って、みんなに告げた。


「大丈夫って……なんでだ?」


瑛士が問う。


奥義、《羅刹》の効果は一言で言えば絶対切断だ。

オレは攻撃の直前、ウィルトスの昇華の力を《羅刹》に使った。

するとどうなるか?

絶対切断の力が昇華の力を受けると、『概念すらも切り裂く斬撃』になる。


そしてオレは、この概念切断の力を用いて黒鬼の『再生する』と言う概念ごと奴の身体を切り裂いたのだ。

黒鬼は切り裂かれる直前も、自分が生き返ることを疑っていなかっただろう。

だからこその笑みだ。

でもそうはならない。

オレは自分に心を許してくれた聖剣と、託された技を信じている。

だから、オレは確信を持って言うのだ。


「だから、コイツはもう生き返らない」


「……そうか」


それから、一分、二分。

しばらく待っても、黒鬼が再生する気配はない。

憎々しい笑みを貼り付けて、そのままピクリとも動かなかった。


それを確認して、瑛士達は武器を降ろした。


「この戦い、オレ達の勝利だ!!!」


『うぉおおおおおっっっ!!!』


オレの勝鬨で、回復していた男子達が声を上げ、女子達はその場にへたり着いた。


そう、オレ達の戦いは終わったのだ。






……

……

……



「なぁんて終わりには、残念ながらならないんだよなぁ」


ドスッ!


その時、どこまでも純粋な悪意で塗り固められた言葉と共に、どこからか飛んできた凶刃が、オレを貫いた。

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