抗う者達
暇つぶしにどーぞ!
片腕を失ったその時から、カレは何倍も慎重になっていた。
元々、敵を狩る時には万全の状態で、なるべく奇襲するのを心がけるくらいには慎重だったカレがさらに慎重になったことで、カレが最初に行ったことは捨て駒作りだった。
カレは知能を得てから、捨て駒を使う様になっていた。捨て駒はいい。死んでも困らないし、生き残ったのならそれはそれでそこそこ優秀な駒として使えるからだ。
片腕を消し飛ばした憎き怨敵にも捨て駒を使っていた。
捨て駒には二つの用途がある。
一つは選別。捨て駒をけしかけることで獲物の強さを図るのだ。
その段階で死んでしまうならその程度、カレが喰らう価値もないとして放置する。
生き残ったのならソイツは上質な獲物だ。カレが直接狩って喰らい、糧とする。
もう一つの用途は情報収集。
獲物が上質である場合、それは危険である事とイコールである。事前に捨て駒と戦わせることで相手の手札を調べ、あわよくば消耗させて、少しでも自分が有利な状況から始められるように持ち込むのだ。
だがそれでも、カレは一度敗北した。
カレの想定を何歩も上回る圧倒的な手札と、不屈の闘志によって。
だからカレは、捨て駒を有効活用する方法を考えた。
ただぶつけるだけではだめだ。より強い魔物を、より効果的に利用する。
だが、それを実行する手段がなかなか浮かばない。その時、カレはカレを強くしてくれたニンゲンの言葉を思い出した。
『……キミはとても強い存在だ。キミなら、他の魔物さえも黒化状態にして、自らの支配下におけるだろう』
そう、そのニンゲンは言った。
だからカレは実験してみた。
そこらにいる魔物を適当に生け捕りにして、自分の闇のオーラを取り込ませた。
すると、その魔物も身体が変色し、カレに従うようになった。
力も隷属させる前より強くなり、闇溜りを作ってはそこに溶けるように消えて、別な場所に移動する能力が追加されていた。
カレの奇襲を好む性質が反映されたのだろう。
そうして、魔物の強化兼支配の有効さを知ったカレはより多くの眷属を求めた。
多くの眷属を手に入れ、魔物を喰らったことで肉体は腕以外回復した。
もう油断はしない。
最初は捨て駒で観察を。
最後は捨て駒を率いて自分が出る。
そしてカレは、新たな戦術を以て、ニンゲン達の前に厄災の化身として君臨する。
☆☆☆☆☆
「黒い……オーガ……っ!」
いきなり現れたソイツに、大輝は驚愕のまま吐き捨てる。
全身を黒く染め、体色と同じ色のオーラを漂わせるソイツは、出発する前に白刃が言っていたやばいヤツだった。
「鑑定スキル持ってる奴、今すぐ使え!」
大輝の命令に、恐怖ですくんでいた白刃パーティーの鑑定使い、速川美鈴がスキルを使い、悲鳴じみた声を張り上げる。
「対象モンスター、ランク9。ね、名前持ち! 対象名、黒鬼!」
やっぱりか、という苦渋の言葉を呑み込んで、足りない頭を搾って思考を高速回転させる。
(……信号弾を撃ったのは捜索隊が出てから三十分と少し後だ。地形を考えればこっちに着くのにどんなに早くても十五分はかかる。
くそっ、とてもじゃねえが居残り組だけでコイツの撃退とか無理だぞ!?)
どうやっても全滅する未来しか見えない相手に、これまで幾多の死線をくぐり抜けてきた大輝でさえも、緊張が拭えない。
「お前らァ! 死にたくなけりゃ気張れよ! 今からは時間稼ぎに徹する。あと十五分ちょい、死ぬんじゃねえぞ!!」
「「「「「っっっ!!!」」」」」
白刃とは違う、乱暴で、それでも心を震わせる激励。
例え、それが半ば自分に向けたものだったとしても、大輝の言葉は、確かに居残り組の士気を上げてみせた。
「こんなところで、死んでたまるかよ!」
大剣を構え、《魔力強化:力》、《能力値変換:敏捷→力》の二つの強化スキルを発動。
明らかにパワータイプである黒鬼相手に盾もなしに壁役をやるならば、素の大輝じゃ足りないと判断したのだろう。
出し惜しみはなく、ただ時間稼ぎに徹するために初めから全力でかかる。
「春樹ぃ!俺に合わせろ!」
「っ、分かったよ!」
誰よりも早く二人で飛び出して、突っ込む。
獲物の抵抗を認めた黒鬼は隻腕でありながらも大剣を軽々と持ち、どこまでも余裕そうに大輝達を見据える。
「《爆炎迅》!」
初動の速さから、最も先に出た大輝が魔法技、《爆炎迅》を放つ。
剣術スキルアクションの《高速抜剣》によって加速された斬撃が炎を伴って襲いくるその魔法技は、当たれば必殺に近しい威力を孕んでいるのは間違いないだろう。
だが、彼が挑んでいるのは同じくパワータイプの黒鬼だ。
同じく土俵に立った場合、人と魔物ではどうしようもない肉体の差というのが存在する。
余程のレベル差でもない限り、人の身で魔物の身体能力を超えることはない。
結果────
「なっ、嘘だろ!?」
大輝の《爆炎迅》はいとも容易く黒鬼の大剣によって受け止められた。
それも片腕で。
どんなに力を込めても黒鬼の大剣はピクリとも動かない。
むしろ大輝の方がジリジリと押し負けている。
(冗談キツイぜ……こちとら、いくらミーシアと双葉がいないとはいえ、バフ掛けまくった状態なんだぞおい!?)
心の中でどれほど悪態を付いたところで、現実は変わらない。
本格的に黒鬼も力を込めてきて、そろそろ大輝も完全に押し負けるだろう。
だが、これも一応は大輝の作戦のうちだった。
「春樹ぃ!来い!」
「言われなくても!」
刹那、瑛士パーティーの前衛、春樹が飛び出し、スキル付きの一撃を黒鬼目掛けて打ち込む!
「《強撃》!」
攻撃の威力を数倍に引き上げるスキル《強撃》を乗せて繰り出される斧槍の一撃は、流石に黒鬼と言えど軽んじて受けられるものではない。
一度大輝から大剣を外し、春樹の攻撃を剣の腹で受ける。
ガァンッッッ!と言う激しい金属音と、鈍い衝撃が、周囲に伝わり、緊張が増す。
春樹の《強撃》乗せ攻撃をガードした黒鬼だが、その肉体に傷一つなく、一歩も後退せずに完璧に攻撃を受けていた。
だが、衝撃は簡単には受け止めきれず、黒鬼の大剣は、腕ごと仰け反るように弾かれていた。
「もういっちょぉ!《爆炎迅》!」
そこへ間髪入れずに、今度はより一層強く魔力を込めた魔法技、《爆炎迅》を再度放つ。
さっきは止められたが今度こそ上手くいく。
そう確信を持った一撃であったにも関わらず、その希望は呆気なく砕かれる。
「ガァァァッアアアアアッッッ!!!」
雄叫びと同時に弾かれた大剣を腕ごと無理矢理引き戻し、大輝の大剣をギリギリで止める。少し間に合わなくて浅く入ったが、それでもほとんどあって無いようなものだ。
「化け物かこいつは!? って、うわっ!」
「はっ、ちくしょう!?」
そのまま体を回転させて大輝を少し吹き飛ばし、軽く硬直している春樹に突きを見舞う。
突き自体はギリギリ防がれたが、それにより、そこそこのダメージを受けた上で、春樹は吹っ飛ばされた。
だがしかし、それでも大輝は諦めていなかった。
「神川ぁ!撃て!」
「……分かってる。収束魔力砲!」
時間が少ないのでチャージとかが少し甘いが、それでも先の迷宮決死行を助けた希理の収束魔力砲が一条の閃光となって黒鬼を貫かんと迫る。
「ガァ? ッッッッッッ!!!???」
流石に、完全に予想外の攻撃に黒鬼は反応出来ず、特大の閃光は黒い鬼に直撃した。
貫くことに特化した魔力砲を受けては、流石の黒鬼も無事では済まない。
思ったよりもあっさりと撃退に成功した、と誰もがそう思っていた。
だが、その楽観は絶望の咆哮によって粉々に打ち砕かれた。
「ァガァアアアアアアアアアッッッ!!」
『っ!?』
その場にいる全員が、言葉を失った。
収束魔力砲が直撃した黒鬼は、確かに無事ではなかった。
被弾箇所の腹部には人間の腕がすっぽり入る位の風穴が空き、向こう側を覗くことすら出来る。
普通なら致命傷。
即死とは言わなくても、完全に瀕死状態ではある。
そうすれば生物の本能に従って、さっさと逃げ帰るのが普通だろう。
だがヤツは……黒鬼は違った。
腹部に空いた巨大な穴を気にする様子も痛がる様子もなく、ただそこに仁王立ちしている。
「ヒドイ悪夢でも見てる気分だぜ……こんなの、どうしろってんだ」
大輝の視線の先には、患部に闇のオーラを密集させ、腹部の損傷を治療している黒鬼の姿があった。
少ない戦力で出来るかなり良い攻撃が与えた傷を歯牙にもかけないどころか、再生までするとなっては、最早乾いた笑いか絶望しか出てこない。
「……とにかく殺るしかねえんだよな、ちくしょう。おい蘭藤、村山! テメェら男ならちったァ前にでやがれ!」
激しい喝を自分と燻っていた蘭藤達に与え、大剣を構え直す。
大きく息を吐き、未だ余裕そうにこちらを見ている黒鬼を鋭く睨めつけた。
「その余裕、へし折ってやる」
そう言うや否や、大輝は再び走り出した。
直ぐに黒鬼のもとへ辿りつき、豪快な一撃をぶちかます。
「《剛閃》!」
《剛剣術》スキル、スキルアクション《剛閃》。
剛剣術スキルの基礎技にして一種の奥義。
剛剣術の真髄のひとつは『いかに重い一撃を速く相手に当てるか』に尽きる。
このスキルアクションはそれを体現してみせたモノだ。
『相手を斬る』のでは無く『相手に重い一撃を速くぶつける』ことを意識したその剣は、《爆炎迅》同様、当たれば一振で敵を殺しうる凶刃と化す。
だが、そんな一撃でさえも、真正面から受けて立った黒鬼の大剣に弾かれた。
「まだだ!うぉおおおおおっ!!!」
それでも諦めずに大剣を振るう大輝。
しかし、根性だけでどうにかなるほど、世界は甘くない。
二度三度と次々に振るわれる斬撃を、黒鬼は片手だけで弾かれる。
「こんなところで諦めてたまるかよぉおおおっ!!」
何度弾かれても、飛ばされても、振るい続ける剣はしかし、一向に身体に傷を付けられない。
だが、異変は起こった。
「《剛閃》!」
ガキィンッッッ!!! 何度目か分からぬ斬撃に《剛閃》を乗せた一撃はまた防がれたが、鼓膜を激しく刺激する金属音を奏でた大剣同士の激突は、大輝の方に軍杯が上がった。
大輝の一撃が、黒鬼を少し吹き飛ばしたのだ。
「!!??」
「へへへ、不思議そうな顔だな」
半ば目を剥いていた黒鬼に、今度は大輝が余裕を取り戻して叫ぶ。
「ただのスキルの効果だよ!《剛閃》!」
三度、振るわれる大剣。
黒鬼はまたさっき通り防げばいいと思っていた。
だが、それは叶わなかった。
「ッ!?」
大輝の大剣が、黒鬼の肉体に命中したのだ。
とは言え、その傷は決して深いとは言えず、既に斬られた部分の再生は済んでいた。
だが黒鬼にとって、攻撃が命中したことこそが一番の驚きであった。
大輝の急変化の正体。それは、彼が【剛剣士】にクラスチェンジした際に発現したスキル、《喧嘩上等》の効果だ。
このスキルの効果は相手と打ち合った回数だけ自身のステータスを強化するというモノだ。
武器と武器を、拳と拳をぶつけ合って自分を強くしていく。脳筋の大輝に相応しいと言えば相応しいスキルだ。
そして、大輝の猛攻は止まらない。
「ぅおおおおおっ!《剛閃乱打》!」
剛剣術スキル、スキルアクション《剛剣閃乱打》。
剛剣術スキルの基本にして奥義、《剛剣》をなりふり構わずひたすら振りまくると言う、はたしてスキルアクションとして意味があるのか不明な技だ。
……まあ一応、連続使用の制限やスキルアクションのインターバルがあることを考えれば、意味がなくはないが。
だがそれでも、普通なら大して意味はないだろう。
しかし、今の大輝は違った。
彼はスキル《喧嘩上等》の効果で能力値が大幅に上昇している。
しかも打ち合えば打ち合う程さらに能力値が上昇するのだから、今の大輝にとって、《剛閃乱打》はうってつけの技だ。
「うらぁああああああっっっ!!!」
重く、迅く、鋭い乱打が黒鬼を襲う。
辛くもガードする黒鬼ではあるが、今の大輝にそれは悪手。
ガードすればするほど、それは『打ち合った』と認識され、大輝の身体能力は上昇して行く。
このまま受け続けるのは悪手だと勘づいたのか、黒鬼は攻勢に出ようとするが、今だ続く《剛閃乱打》の勢いと、強化をされにされた大輝の怒涛の攻めによって、身体中に傷を負い続けていた。
一瞬でも攻勢に出ようとすれば、刹那のうちに身体が傷つき、そしてその傷を瞬く間に修復して様子を伺う。
傷が治っても、大雑把で苛烈な斬撃の雨あられに突っ込むには、黒鬼の図体は大きすぎた。
ギリギリのところで回避や闇のオーラを利用して何とか凌いではいるが、攻勢には出れず、ガードは悪手。
このままではじり貧なのは一目瞭然だろう。
だが同時に、それは大輝も一緒だった。
計三種類の強化スキルを使っておいて、攻めあぐねている。
大雑把な大輝の攻撃は黒鬼に躱され、闇のオーラで防がれる。
厄介なのは、闇のオーラが武器ではなく生身判定なため、闇のオーラで防御されても身体能力の強化がないのだ。
そして、スキルにも制限時間はあり、魔力にも体力にも底はある。
特に、スキルアクションを連続使用しているような状態の大輝は、前衛の割に魔力がある方の人間だとしても、体力魔力共に長持ちなんてしない。
もって後数秒だ。
「ぉおおおおおおお────っ、しまった!?」
ついに、その時は訪れた。
体力が切れ、動きが大きく鈍る。
その隙を黒鬼が逃す訳もなく、一瞬を合間を見計らって大剣では有り得ぬ高速の一撃を大輝にぶつける。
紙一重でガードは間に合ったが、踏ん張ることが出来ず、大輝は大きく吹き飛ばされてしまった。
「くそっ、強化が!」
結果的に無傷ではあるものの、大輝の強化がリセットされてしまった。
代償のない力など存在しない。それと同じように、スキルもまた代償や限りがある。
スキル《喧嘩上等》の場合は相手からの攻撃を武器以外で受ける、相手に力負けする等だ。
先の攻撃で大輝が吹き飛ばされたのは、『力負けした』と言う判定に当たったらしい。故に、スキルの効果がリセットされたのだ。
だが、あまりにも猛烈な攻めを受けたがために、黒鬼は失念していた。
大輝が、一人ではないことを。
刹那、四つの影が飛び出した。
斧槍を、長槍を、魔力式散弾銃を、そして比較的小さい宙に浮かんでいる五門の大砲と魔力式対物ライフルを持った四人は、それぞれ最高の技を解き放つ。
「今だっ!《爆砕猛斧振》!」
「ちっ、命令すんじゃねぇ!《瞬撃螺旋死突》!」
「終わりにしてやんよぉ!《徹甲榴散弾》!」
「……収束魔力砲、一斉掃射!」
春樹の斧槍が黒鬼の失われた左腕側を狙って振るわれ、蘭藤の鋭槍がその反対側を穿つために迫る。
村山の一粒一粒が徹甲榴弾である散弾と、希理の収束魔力砲の斉射で挟み込む。
これが四人一斉攻撃で前後左右を閉じ込める『大輝の』作戦。
大輝、春樹、希理の連携攻撃が通じなかった後、大輝は再び黒鬼に斬りかかる前に魔導書の通話機能で作戦の概要を説明していた。
彼のさっきまでの肉弾戦は、一つの挑戦でもあり、時間稼ぎの作戦でもあったのだ。
大輝の奮闘故の、完璧すぎるタイミング。
このタイミングでは誰か一人を即座に潰すという行動すら取れない。
「「「「「行けぇええっ!!!」」」」」
これは確実に入る。そう誰もが確信した。
そしてついに、黒鬼は四方からの怒涛の攻めに対し、何も出来ずに直撃を許した。
徹甲榴散弾の爆炎によって、しばらく辺りが見えなくなった。
大輝が念の為に後衛の女子達に魔法を撃てるように指示して、煙が晴れる様子を固唾を呑んで見守る。
そして煙が晴れた、その先には────信じられない、信じたくないモノが待っていた。
「おいおい……ホントに冗談キツイぞ。なんでここまでしても倒せない!!??」
そう、大輝の視線の先には大地に倒れ伏す二人────希理と村山の姿と、黒鬼の身体に浅く刺さったままの状態で槍を掴まれて、押しても引いても動かせない蘭藤。そして渾身の一撃を闇のオーラで形成した擬似腕で防がれた春樹の姿が。
「ガァアアアッッッ!!」
必殺の四人同時攻撃を完封してみせた黒鬼は、腕を引き、春樹と蘭藤の体勢を崩した後、身体を大きく回して春樹達を吹っ飛ばした。
その衝撃で二人は気絶してしまったようで、動く気配はない。
ここで大輝は一つの疑問を覚えた。
春樹と蘭藤達の攻撃を防いだ方法は何となく分かる。
だが一体、希理達の銃砲撃をどうやって凌いだのだろうか?
その答えは案外あっさり見つかった。
黒鬼の身体をよく見ると、闇のオーラがより一層強くなって、身体から吹き出ていることが分かる。
恐らく、希理達の攻撃に合わせて闇のオーラを放出し、それを鎧に変えて身を護ったのだろう。
ついでにその放出した闇のオーラは勢いそのものが武器であるため、希理達に闇のオーラがぶつかることで意識を刈り取ったのだ。
考えれば考える程、その厄介さが身に染みる。
いくら凛紅達がいないとは言え、これまで戦ってきた中でも軍を抜いた攻撃力、反応速度、そして何よりも厄介なのが再生能力。
再生能力持ちを倒す典型パターンと言えば、ざっと三つ。
細胞の欠片も残さず消し飛ばす、頭を潰す、再生が間に合わない速度で殺し続ける、だ。
だが、その中で唯一出来るのは消し飛ばすことだけだ。
しかもそれは希理にしか出来ず、希理は能力上、今の距離だと消し飛ばす火力を使った場合、大輝達まで消し飛ぶ可能性がある。
それにチャージに時間が掛かったりするので、避けられたり倒せないかもしれない。
つまり、だ。
今の大輝達に、黒鬼は倒せない。
(……だからと言って、諦める訳にも行かんしねぇ……)
魔導書の通信機能をオンにして、後ろで何も出来ずにいる後衛の女子達に一方的に指令を出す。
『後衛の女子共、俺の合図に合わせてありったけをぶち込め。いいな?』
言うことだけ言って、返事も待たずに通信を切った。
「ふぅぅぅ……よし。《鬼呪装填》」
大きく息を吐き、決意を固めた大輝はそのスキルを起動した。
その瞬間、彼が持つ魔法大剣は紅い刀身がより一層妖しく輝いた。
それに伴い、大輝の身体から光の玉のようなモノがいくつか現れる。
それは宙に浮き、クルクルと周囲を回転して、魔法大剣の中に吸い込まれていく。
「これより俺は、ここを死地と断定する。生き残る為、そして友の為、俺はここで死力を尽くす!!!」
自分を叱咤するために宣言した大輝は、手に持ったタブレット錠を口に放った。
口に入った錠剤を噛み砕き、唾液で流し込む。
「っ!?」
瞬間、湧き上がる魔力、身体能力、情報処理能力。
大輝が服用したのは悠斗が作った魔道具の産物、誰でも利用できる究極の切り札、超強化薬だ。
ネーミングまんまのそれは、服用した者に圧倒的な魔力増大効果、ステータス倍化、魔力自動回復、治癒力上昇、物理及び魔法耐性、思考加速、情報処理能力の上昇など多岐に渡る効果を発し、文字通り服用者に絶大な恩恵を与える。
ただ、当然それには限界と代償がある。
この薬は個人差があるがほとんどが五分前後で効力が尽きる。
そして効果が切れるとしばらくは動けなくなる。
まさしく盤上を覆しかねない強力なモノだ。
故に大輝は、今この瞬間を『使う』べき局面と結論付けた。
深紅に輝く魔法大剣構え、激しい闇のオーラを纏う黒鬼を見据える。
「んじゃあ、行くぜ。壱の呪い、《鬼殺し》ぃ!」
叫び、地を蹴る。
走る大輝の手に握られる剣は深紅の輝きとは別に赤黒いオーラを纏い、持ち主に呼応する。
黒鬼も今度は油断なく剣を構えて走り来る大輝を睨めつける。
明らかに放出する魔力量が、質が、纏う雰囲気が変わったのだ。油断などするわけがない。
「ぉおおおお!」
「っ!?」
突如、大輝の速さが上がった。
さっきまでの倍以上の速度で黒鬼のもとへ詰め寄ってきた。
大輝が魔法大剣を振り下ろす。
それを受け止める黒鬼だが、剣速も、重さも、明らかに変わった大輝の一撃を受けて、踏ん張りきれずにその巨体を弾き飛ばされた。
「はぁぁぁっ!」
繰り出す二撃目を今度は受け止めることすら叶わなかった。
喧嘩上等の効果で一撃分上乗せされた身体能力が、黒鬼の剣を超え、その肉体を斬り裂いた。
致命傷とは言えないが、決して浅くもない傷。
黒鬼なら瞬時に治してしまえる傷だがしかし、彼は違和感に吼えた。
おかしい。傷の治りが遅い。じわじわと回復してはいるが、いつもより明らかに遅い。
しかしも傷がとても痛むのだ。あまりの激痛で、一歩二歩よろめく。
そこを大輝は見逃さない。
深く踏み込んで、上段振りを叩き込もうとする。
「ガァァアアアアアアッッッ!!!」
だが今度は、黒鬼が吼えた。
それと同時に闇のオーラは蛇口の壊れた水道のように吹き荒れ、大輝の剣は軌道をずらされた。
落ち着いて距離をとる大輝。
闇の放出が終わる頃には、大輝が与えた傷はとっくに無くなっていた。
しかもオーラは増していて、どう見ても強くなっていた。
「ちっ、だが目的は達したぞ。 弐の呪い、《呪毒》!」
「ッ!?」
大輝がスキルワードを言い放った瞬間、黒鬼の身体は鉛のように重くなり、力が入らなくなった。
「まだだ!参の呪い、《鬼人化》ぁ! 」
そのスキルを発動した大輝の身体から、剣のそれと同じ深紅色のオーラが溢れ、大輝の身を包み込む。
顔を上げた大輝の目は、ギラギラと輝いている。
それがスキルの影響であることは一目瞭然だろう。
大輝の持つ魔法大剣、【鬼呪魔法大剣オルガノ】は昔、グリセント王国に多大な被害をもたらした鬼人種、オルガノの力を封じた魔法剣だ。
その力は最早魔剣と言っても差し支えないが、封印する際、オルガノの力をいくつかに分けた為、その力は魔法剣と言われるレベルまで落ち込んでいた。
魔法大剣オルガノは魔法剣でありながら、呪剣でもある。
封じたオルガノの力に残った彼の残留思念が鬼の呪い、鬼呪と化したのだ。
魔法大剣オルガノに眠る鬼呪にはいくつか種類がある。
壱の呪い《鬼殺し》は武器の切れ味を増加し、相手の治癒を阻害、そして鬼に対して絶大な威力や痛みを与える。
弐の呪い《呪毒》は相手を弱らせる、つまりデバブの力だ。対象を剣がある程度傷つけていれば、そのデバブは絶対レジストが不可能にもなる。
そして三の呪い、《鬼人化》。これは鬼の呪いを見にまとい、擬似的に鬼人となって、身体能力を強化することだ。ただし使用者は軽く暴走状態になる。
どれも強力な力だが、使用には大きく魔力を食ったり、《鬼人化》に至っては生命すら喰らう。
しかも鬼呪はあまりにも強すぎて、制御を誤れば逆にこっちが呪いに飲み込まれかねない。
超強化薬を服用している時は、魔力もすぐ回復するし、制御もある程度ば出来る。
だが、通常の時は難しい。
故に大輝はここまで使用を控えてきた。
だが、今回はそうも行ってられない。
使わなければお話にならない。だから大輝は鬼呪を使うことに決めた。
「行くぜ」
そう言って、走る。
だが、その動きは速すぎて、大輝の身体は霞むように消えた。
だが、強くなっていたのは黒鬼とて同じ。
動きが阻害されても、黒鬼は強い。
黒鬼は人外の反応で大輝の大剣を弾く。
だが、負けじと大輝も追撃に出る。
横薙ぎの一撃を黒鬼はバックスッテプで躱し、反撃の唐竹割りを打ち込んでくる。
大輝もそれを剣の腹を叩くのことで受け流し、斜め下からの斬り上げを黒鬼にぶち込んだ。
大輝の斬撃は闇のオーラでガードされてはいたが、《鬼殺し》の影響がオーラ越しにも響いたようで、少したたらを踏んでいた。
だが、それと同時大輝もまた体がぐらついた。
大輝の攻撃と同時に黒鬼も闇のオーラの一撃を食らっていたのだ。
「────っ、がぁぁぁあああっっっ!」
ハンマーで腹を殴られたかのような衝撃を受けた大輝は、黒鬼同様よろめくが、気合いで持ち直し、再び斬りかかる。
黒鬼と大輝の斬り合いは何十何百にも及んだ。
黒鬼は大輝打ち合う度に強化されることを恐れてか、度々闇のオーラで防御し、攻撃を当てることで強化をリセットする。
大輝もまた一回分でも多く強化するために斬りかかる。
だが、終わりの時は訪れる。
(くそっ、あと少しで薬が切れる!)
「うぉおおおおおおっ!」
大輝が魔法技、《爆炎迅》を乗せた斬撃を放ちまくる。
防いでも避けても、超強化薬のおかげで圧倒的火力の爆炎は黒鬼の身体を焼く。そこに《鬼殺し》も付いているのだから、ダメージは確実に入っているはずだ。
そして大輝は勝負を決めにでる!
今ある魔力、そしてこれから回復するであろう魔力に至るまで全てをたった一振の爆炎迅に乗せて、大輝は今放てる最大防御一撃を黒鬼に叩き込む!
「《爆焔迅》!!!」
鬼を殺す呪いの剣が周囲の岩山すら溶かす紅蓮の大火を伴って黒鬼を襲う!
斬撃そのものは大剣で防いだが、その大剣も飴細工のように一瞬で溶け落ち、黒鬼の身体は焔に巻かれる。
「ガァアアアッッッ!!??」
想像を絶する大火の高熱は、鬼殺しの呪いを含んで黒鬼を焼いた。
辺りは一瞬で土煙だらけになり、まともに見れない。
「はぁ、はぁ、どうせ、生きてんだろ?」
大輝がそう呟いた瞬間、全身に大きな火傷を負った黒鬼が怒りの形相で襲いかかってきた!
「だと思ったよ。行け、女子共ぉ!」
そして彼は、最後の作戦に打って出た。
射線上より退避して、その砲撃を指示する。
「『マインドアップ』!」
「『グラウンドバースト』!」
「『アクアブラスター』!」
「『ブレイズカノン』!」
ほとんどが術士で構成される女子達の砲撃系魔法が、黒鬼に突き刺さる。
大輝の攻撃は、元々倒すつもりでやったものでは無い。
本当の目的は、黒鬼の身体を守っている闇のオーラを吹き飛ばすことだったのだ!
『行っけぇぇえええええっ!』
異口同音に、叫ぶ。
そして魔法の砲撃は、黒鬼共々、彼らの視界を塗りつぶして────
……
……
……
「うそ……だろ……?」
倒れなかった。
あれだけのことをしてでも、黒鬼は、倒れない。
全身に負った傷を闇のオーラで治しつつ、拳を振りかぶる。
既に超強化薬の効果が切れた大輝はもう動けない。
黒鬼が殴っただけで、彼は死ぬだろう。
(……くそ、みんな、悠斗、すまねぇ)
黒鬼が大輝を殴り殺す、その直前。
「《聖光十字波動剣》!」
「ッ!?」
聖なる光の刃がら黒鬼を襲い、大輝の命を助けた。
「助けに来たぞ、みんな!」
かくして、勇者は間に合った。
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