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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
72/112

迷宮決死行

一日過ぎましたが、許してください。

あと、最後の方に少し残酷表現があります。

ガシャガシャと喧しい金属音を奏でて、一直線を駆け抜ける十四の影。

その全てが、余裕を一切消し去り、必死さを顔に貼り付けた齢十四から十五の子供だ。


言わずもがな、白刃達である。



千切れそうになるほど脚を動かして、必死に走る。

既に乱れて、絶え絶えになった呼吸を無理して抑え込んで、魔道具のナビゲーションを頼りに、目的地へ最短距離、最大効率で向かう。


周囲に魔物の姿は見当たらないが、それもいつまで続くか分からない。

もたついていれば、魔物共に囲まれかねない。

分断された悠斗と合流するため、そして被害と消耗を最低限に抑えるため、白刃達は強行突破作戦を決行したのだから、いちいち魔物の相手をしている訳にも行かないのだ。


「くそっ、結構長ぇな!」


「あんまり喋らない方がいい!余計に体力を削られる!」


「分かってはいるがよ、そうも言ってられんだろ!」


先頭を走り、会話をしているのは男子勢の中でも体力がある瑛士、白刃、大輝の三人だ。

同じ男子の春樹もまた体力があるのでついてきてはいるが、蘭藤と村山は余裕が無くなりつつあった。


だが、もっと酷いのは女子勢だろう。

元々男女差で体力の違いがあるのに、凛紅と双葉を除いて、高ステータスの女子は誰もいない。

もっと言えば、双葉も高ステータスとはいえ、後衛型なので体力値は低い。

彼女を含めて、女子の殆どが呼吸もままならず、今にも脚を止めてしまいそうだった。


「っ!? 魔物だ!」


瑛士が、その存在に気づいた。進路に立ち塞がるように現れたカメレオンのような魔物は、空気を口の中で圧縮して、魔法と併用して砲弾のように放ってくる厄介な魔物だ。


それが三体。

作戦の都合上、いちいち止まって迎撃するのは論外だ。

かと言って、希理の出番にはあまりに数が少ない。


どう指示を出すべきか、白刃の思考が一瞬詰まる。

だが、口を開く前に、飛び出した小さな影があった。



「爆ぜよ炎、『炎弾・爆』!」


ミーシアの短縮改変高速詠唱による炎属性魔法Lv2『炎弾』が飛来し、大口を開けて空気砲を撃とうとしていたカメレオン魔物の口内で炸裂した。


体内を爆炎で焼かれたカメレオン魔物は断末魔の悲鳴すら上がらず、炭化して死んだ。


「っ、今度はこっちだ!」


再び瑛士が魔物を見つけ出す。

悠斗以外斥候系スキルを持たない彼らであるが、なくとも魔法で代用出来る。

一番斥候に向いている魔法は風属性魔法と言われており、魔力を風に乗せて周囲に散布すれば、簡易的なレーダーとなる。

現在その役割を買っているのは最も風属性魔法が得意な瑛士だった。


そして、見つけた魔物を即座に倒す役は勿論。



「そぉい!《爆炎迅》!」


大輝だ。

持ち前の運動能力から来る反応速度で初動を誰よりも速くし、黒騎士戦後、悠斗と共に考えた魔法技アーツ、爆炎迅を放つ。

この魔法技は《剣術》スキル、スキルアクションの《高速抜剣》を大剣に火属性魔法Lv1『魔力変換』で生み出した豪炎に乗せて放つという代物だ。


炎なら大輝のスキル《火炎ブレイズ》でもいいかと思うかもしれないが、あのスキルは悠斗の《電撃スパーク》同様、放出するものであって、留めるものではない。

それに対して、『魔力変換』は魔力を大剣に流しておけば、かってに炎の剣となる。

魔法技と言うより、魔法剣のようなものだが、広義の上ではこれも立派な魔法技アーツだ。


それに、その威力も伊達じゃない。


「「「ギャァアアアアア!!!」」」




飛び出してきたゴブリンを茶色にして大きくしたような魔物を三体同時に高速で振り抜いた大剣で斬り付ける。

一体は斬撃そのもので即死したが、他はそうは行かない。

だが、大輝の魔法技の爆炎が残りの二体を包み込み、一瞬で塵と帰した。


魔法を殆ど使わない、完全脳筋剣士だと思われがちな大輝だが、実の所、彼の魔力量は意外と多い。

少なくとも、そこそこ上位の魔法職位はある。

とはいえ、大輝は魔法が得意ではないし、魔力制御も下手っぴだ。

しかし、初級魔法でも、大量に魔力を込めれば、その威力は計り知れない。


結局の所、色々な意味で『力』を持ち合わせ、それを特に何も考えずに振るう辺り、やはり彼は脳筋なのだろう。


「くそっ!徐々にだが集まってきた!」


周囲に風の魔力を張り巡らし、レーダーの役を担っている瑛士が唸る。

彼の言う通り、今彼らの周りは着実に魔物共が包囲している。

正確には、全方位から魔物が詰め寄ってきている、だが。


「前方の敵は俺達に任せろ!後方は頼んだぜ!」



「誰にものを言ってんのよ!」


「任せてください!」



確実に迫ってきている魔物に《火炎ブレイズ》を浴びせ、牽制しながら近くに来た敵を切り裂く大輝が指示を飛ばした。

その指示を受けた凛紅と双葉が各々の役割を果たす。



「《迅閃》、《斬空》!」


凛紅が《剣術》の派生スキル、《抜刀術》のスキルアクション《迅閃》で近づいてきた魔物を切り裂き、《剣術》スキルアクション《斬空》で斬撃を飛ばして迫る魔物を同時撃破した。


クラス【閃剣士】になった凛紅が、クラスチェンジによって得たスキル、《抜刀術》。

古来より日本に伝わる剣術の一種である抜刀術は、主に第一撃目に相手にダメージを与える、或いは攻撃を受け流し、第二撃目でトドメを刺すことを念頭に置いた武術だ。


だが、連続技を何度も繰り返して相手を切り刻むのでは無く、少ない攻撃で相手を倒すことを究極とするこの剣技は、その一撃一撃が常に重い。

大輝が【剛剣士】になったことで得た《剛剣術》と似ているが、微妙に方向性が異なる。


なんにせよ、一回の数が少なく、質のそこそこ高い敵が何度も来る場合に対して、連続剣で広範囲攻撃をするよりも、重い一撃で確実に屠った方が効率がいいのだ。


「輝きは此処に、『シャイン・レイ』!」



短縮詠唱によって放たれた光属性魔法Lv4『シャイン・レイ』が射程範囲内の魔物数体を一掃した。

完全に後衛特化ステータスで、術士して稀有な才能を持ち合わせる双葉ではあるが、未だに走ったりしながら無詠唱で魔法を唱えるのは不可能だった。

だが、そんなことを吹き飛ばす位の高威力で速度に劣る分、火力で巻き返している。


走る高速の斬撃と、放たれる光の波動。

双葉の砲撃は、同じ遠距離攻撃型の魔物を、攻撃前に消し飛ばして未然に防ぐ。

凛紅の斬撃は双葉及び一定範囲内に近づく魔物共を細切れにして、汚い血と肉片へと加工する。


お互いがお互いのやるべき事を、何も言わずに理解して、それを求められるクオリティ以上にこなしてみせる。

そこにあるのは連携の完成系であり、友情と信頼の具現だ。


互いを信じ、信頼しているからこそ、何も考えずに背中を任せる。

それは大輝達にしたってそうだ。


魔法という人間の持つ高度な武器を扱わない大輝は、基本脳筋のワンマンプレーだ。

いくら彼が力が強く、接近戦にめっぽう強いとは言え、複数同時に相手取るのは分が悪い。

もっと言えば、大輝は複数戦闘は苦手だ。

複数の敵の中に突っ込めば、当然囲まれてしまう。

それは悠斗ですらも逃れられない宿命だ。


悠斗はそれでも包囲の隙を縫って突き崩すだろう。

だが、大輝にそんな器用な真似は出来い。

普通なら、何かしらの対策を取るべきだろう。

しかし、彼はそんなことを一切しないで、何も考えずに突っ込んだ。


彼は信じているからだ。

共に過ごした時間はまだ短く、悠斗達ほど深い絆がある訳ではないが、何度も死線を共に潜り抜け、一人の少年を護る気持ちは一緒である仲間(少女)のことを。


そして彼女ミーシアもまた信じている。

大輝が、最前線で一人、果敢に戦うその漢が、自分のことを信じてくれることを。


故に、それは絶対な信頼。

仲間を、友を信じて戦う、人の強さだ。




「ぁっ……」



だが、限界もある。

完全魔法職特化型の双葉の体力は、異世界転移組の誰よりも少ない。

その上、強力な魔法で魔物を間引く作業も同時に行っているのだから、疲れるのは当然だ。


そして、その限界はあっさりと訪れた。

双葉の足がもつれ、躓いた。


転んではいないが、バランスを崩したようで、杖を支えにして何とか立っている。


「双葉!」


「だ、大丈夫!それよりも……『光撃』!」


凛紅が敵を屠りながら、双葉を案ずる声を掛け。

体力が尽き、フラフラになりながらも、決して諦めまいと双葉は光属性魔法Lv1『光撃』を魔力を多めに込めて放った。

Lv1、初歩中の初歩の魔法であるが、体力に対して異世界転移組で突き抜けた魔力の持ち主である双葉が放てば、その威力は中級魔法すら凌ぐ。


最早初級と言っていいのか甚だ疑問な威力の砲弾が、凛紅へ照準を向けていた魔物を消し飛ばす。

しかし、限界近くでも自分の役割を果たした彼女に、襲いかかる魔の手が。


ハイド・スケルトン。

低級魔物であるスケルトンが特殊な過程で特殊な進化を遂げた姿。

元々霊魂アストラル系の魔物であるスケルトンが、その身を半ば霊体化することで、存在感や気配を消し去り、隠密に特化した魔物だ。


そんな凶悪な魔物が、双葉の後ろで剣を振りかぶっている。

当然、息も絶え絶えの彼女は気づいていない。

骸骨の暗殺者がもたらす結果は、想像しなくても分かるだろう。

だが、その結末が訪れることはなかった。



「《瞬閃》、《霊断れいだち》!」


《抜刀術》スキルアクション《瞬閃》に、《剣術》スキルアクション《霊断》を乗せて放たれた一撃が、ハイド・スケルトンを捉え、即死させたからだ。


通常、霊魂系の魔物は普通に攻撃した場合倒すのに時間がかかる。

例えばスケルトンであれば魔法や魔力を放出した剣で身体を構成する骨と、それを操る、言わば筋肉に当たる部分、霊体を傷つける必要がある。

霊体をただの鉄や鋼で傷つけることは不可能で、専門の装備や道具を持たない人間が霊魂系の魔物を倒せる唯一の方法が魔力だ。

それでも、即座に倒すことは出来ない。


霊体に傷を付けられる魔力だが、ただ放出するだけでは、すぐに大気中の魔力になってしまう。

それを纏め、散らばらないように相手にぶつけるのが魔法だ。

だが、それ以外にもいくつか魔力を霧散させないで、効率よく相手にぶつける方法がある。


そう、スキルだ。

例えば《霊体殺傷》が良い例だ。

さらに言えば、悠斗の《精神汚染》も有効である。

だが、それとは別に、スキルアクションにも魔力を効率的に運用し、霊体に有効打を与えることが出来る技がある。

そのひとつが剣術スキルのスキルアクション《霊断》である。


壱の太刀に属する抜刀術スキルアクション、《瞬閃》によって、音を置いていくかのような速度で抜かれた刀は、見事に霊体を傷つけ、仲間を護ることを成功させた。



だが、依然として、状況は変わっていない。

どうするべきか、凛紅が迷ったその時だった。



「大丈夫、凛紅ちゃん。私にはまだ、とっておきがある!」


力強くそう言って、彼女は足に触れた。

正確には、靴を。


その瞬間、双葉の身体から僅かに魔力が零れだし、その全てが靴に流れていった。

そして双葉の足元から強い風が吹き荒れて、彼女の身体は、宙に浮いた。


「なっ、……それ、魔道具?」


いきなり双葉の身体が浮くという事態に、流石の凛紅も目を剥いた。

だが、ひとつの可能性を見つけて問うたのだ。


「うん。悠斗さんがくれた私専用の魔道具、【天翔る妖精の翅靴フェアリーシューズ】です!」



双葉専用魔道具【天翔る妖精の翅靴】。

この魔道具のコンセプトは、飛空戦闘を可能にすることである。

靴に予め『空中浮揚』と『重量操作』の術式を仕込んでおき、靴に着いているボタンを押すと、使用者から勝手に魔力を吸収して魔法を稼働させる。


ここで重要なのは、『空中浮揚』を靴に、『重量操作』を使用者にかかるよう設定することだ。

本来、『空中浮揚』は生物には掛けられない。理屈抜きに、そういう風になっているのだ。

だが、靴に掛けてしまえば、それを履いている人間も同時に浮く。

それでも、『空中浮揚』だけでは人間を浮かせることは難しい。


そこで『重量操作』だ。

この魔法で使用者の体重を軽くすれば、『空中浮揚』で浮かした靴を履いている人間ごと浮かせられるのだ。


そして、浮いてしまえば【剣の眷属達ブレード・サーヴァンツ】と同じ要領で、風属性魔法『エアロバースト』の術式を組み込める。

そうすれば、飛行ユニットの完成だ。



元を言えば、双葉の体力の無さをどうにかしようとすることが始まりだった。

彼女の体力の無さは、努力云々の話ではなく、彼女の性質の問題だった。

この世界の人間はステータスの成長にある程度型がある。

全てに個人差があり、後衛特化のステータス上昇をする者もいれば、前衛特化、或いは魔力が比較的良く成長するバランス型など、色んな成長の型があるのだ。

双葉は、完全に後衛特化の型だ。

彼女がどんなに努力をした所で、あまり体力は変わらないのだ。


そこで悠斗は考えた。

双葉に与える魔道具は、強力な武具とか回復アイテムとかではなく、彼女の弱点である移動を補助するものにすればいいと。

そして体力をつけさせるのでは無く、体力を必要としないようにすればいいと。


その結果生まれたのがこの魔道具だ。

後衛特化型の双葉は、体力が低い代わりに魔力お化けである。

その上、スキルに《魔力回復》というものまであるのだから、体力代わりに魔力を使えばいい。


その時、同時に【剣の眷属達】を開発中だった悠斗は、この魔道具の理論を【天翔る妖精の翅靴】に応用できないかシャルルに尋ねた。

答えは理論上なら出来る。

不安な点は残るが、それは補助機能を付ければ埋められるかもしれない、との事だった。



そういう経緯で造られたこの魔道具であるが、何故彼女がギリギリまで魔道具を使わなかったか。

それは、悠斗に緊急時以外使わないように言われていたからだ。


シャルルは、この魔道具の仕組みを理論上なら出来ると言った。

だが、あくまで理論上。

もしも、万が一だって有り得る。

本来、そういうのを諸々実験しておくべきだが、如何せん【剣の眷属達】同様、完全がギリギリで間に合って、実験する暇がなかったのだ。

一応、安全面に気をつけて姿勢補助に『念動力』の術式も加えてあるが、それでも空を飛ぶという行為は、危険が伴う。

故に、出来るだけ使わせないようにしていた。



だが、この状況下では、彼女にとって最も重要なアイテムとなった。


そして────────


「っ、これ、すごい!」


悠斗のたった一つの誤算。

それは双葉とこの魔道具の親和性が彼の想定していた以上に良かったことだ。

双葉の魔力を計測し、出力調整や馴染みやすい術式改良を施してあるので、ある意味当然と言えば当然だが。

それを踏まえても、試運転も無しの初陣でしっかりと宙に浮き、体勢を維持出来ているのは、十分にすごいことであった。



「私のことは大丈夫です!凛紅ちゃんは近くの敵をお願いします。 遠くのは……私が!」


そう言うなり、空気の爆発で宙を駆ける少女は魔法を同時行使、三本の光の剣で砲撃準備をしていた魔物を串刺しにする。

移動がスムーズかつ、楽になった双葉は、風の推進力でまさしく妖精の如く空を泳ぎ、魔法で奇襲せんとする魔物を打ち砕く。

彼女の顔は手に入れた新しい力が、ずっとどうしようもない所を埋めてくれたことに対する嬉しさから、僅かに喜んでいるように見えた。


そして、負けじと走り、魔物を斬殺する凛紅もまた、仲間の前進に嬉しさを感じて、笑っていた。



そこからは、順調に進んだ。


走るのが辛くなって行くクラスメイトを双葉が次々と治癒魔法『フィジカルヒーリング』を掛けて体力を回復させる。

そして後方支援を担当している彼女自身は、悠斗特製の魔道具で遅れることなくついて行く。


近くに寄ってくる魔物は凛紅と大輝が即滅し、遠くの敵はミーシアが魔法狙撃で必殺する。


白刃は後ろに続くクラスメイト達を鼓舞し、瑛士は斥候を正確にこなす。


誰もが、各々、自分が出来る最大のことをやろうと奮闘していた。


その努力が伝わったからだろうか。

果たして、この決死行に終止符を打つ時が訪れた。



「正面、敵多数! 密集陣形!

どうする、白刃!?」


「……神川さん、収束魔力砲を! 頼む!」



ついに、瑛士の索敵範囲に魔物の集団を捉えた。

包囲こそされていないが、強行突破作戦において最もやられたくない陣形だ。

いや、例え強行突破作戦でなくとも、もたついていればすぐに包囲されるだろう。


だからこそ、彼らはこの作戦を一人の少女に委ねた。

そう、こと殲滅力だけで言えば、白刃さえ凌ぐ少女に。



「……頼まれた。《魔銃招来》!」



走りながら片手を翳し、巨大な対物ライフルのような兵器を希理はその手に掴んだ。


「《魔弾》、収束魔力砲」


続いて、新たに生み出した魔力銃の弾丸をセットする。


「……収束完了、出力最大、拡散範囲大。

威力強化術式、貫通力強化術式、起動」


彼女が持つ銃が仄かに光を纏い、銃口の先にいくつかの魔法陣が展開していく。



「スタンバイ、オールオッケー」


白刃を、瑛士を抜いて一番前に出る。

そして足を止め、二本の足で地面を踏みしめ、銃を構える。


「撃ってくれ!」



白刃の合図に、希理は少し、不敵に微笑んで……



了解ラジャ


その一言と共に、特大の閃光を砲撃として放った。


一点突破と威力を追求した極光線の魔力砲は、魔物共がその身で作り上げた肉壁をいとも容易く貫き、大穴を穿つ。


爆破ダメージこそないが、圧倒的な威力を基となっている膨大熱量が、直接は当たらなくとも近くにいる魔物を灰と化し、壁を作っていた魔物は散り散りに逃走した。



「〜〜〜っ!?」


閃光が消えると同時に、希理の身体から一気に魔力が無くなったことで、彼女は立つことすらままならず、地面に膝を付いた。


「希理ちゃん!」


心配して駆け寄る双葉が、彼女の背に手を置いて治癒魔法『マインドアップ』を使い、体内魔力の生成を助けた。


「……ありがとう、双葉」


それにより、青白かった希理の顔に生気が戻り、すぐに復帰できた。


「よし、今だ走れぇ!!!」


白刃の号令のもと、再び走り出す。

とにかく魔物の壁を突っ切らんと一心不乱に駆け抜ける。


この修羅場さえ抜ければゴールは目前。

誰もがこの全力走地獄の終わりを幻視した。


──────しかし。




「ちっ、不味いぞ!徐々にだが、魔物が再集合し始めてる!」




そう叫んだのは、瑛士だった。

必滅をもたらす極光が止み、自身を害するモノが無くなったと思った魔物共が、少年少女達の行く手を阻むために再び集まろうとしていた。

このままでは折角こじ開けた肉壁が彼らが走りきる前に元に戻り、再び少年少女達を完全に包囲するだろう。

そうすれば先程の希理の努力は徒労になってしまう。


瑛士と白刃の顔に焦燥が浮かぶ。

どうしたら間に合わせられるか必死に考えるも、時間は刻一刻と残酷に過ぎる。


最早為す術なしと思われた。

だが、諦めないヤツらがいた。



「《爆炎斬空》!」


「《一閃・波走なみばしり》」



大輝が《爆炎迅》に続く第二の魔法技アーツ、爆炎斬空で魔物共を焼き払い、凛紅が《抜刀術》スキルアクション《一閃・波走》で道を塞がんとする魔物共を大きく斬り飛ばした。


《爆炎斬空》は《爆炎迅》の《高速抜剣》を斬撃を飛ばす《斬空》に変えただけの代物で、超高熱の炎を纏った斬撃で離れた敵を焼き斬る魔法技だ。

そして《一閃・波走》は波のような縦の斬撃が、地面を走って直撃した敵を斬り裂き、付近の敵を吹き飛ばす魔法技である。


遠隔系の魔法技で作った僅かな時間で、魔物の群れに強襲をかける。

その目的が何なのかは、明白だった。



「白刃! 俺達が魔物を減らす! その隙に走り抜けろ!」


「っ、でもそれじゃあ!」


「いいから行け! お前らが行きしだい、俺らも行く!」


「……っ、ごめん!」



意図を、そして思いを理解し、白刃達は走りをさらに強める。

あと数秒足らずで魔物地帯を突破出来るだろう。


「しまっ!?」


「なっ、うわぁっ!!?」


大輝の焦燥、春樹の悲鳴。

見れば、大輝が後ろに通してしまった狼型魔物が近くにいた春樹を食い殺そうと飛びかかっていた。

回避は間に合わない。

カウンターも無理。

こうなったら腕を盾にして、反撃するしかない、そう覚悟を決めたその時。


「『炎槍フレイムスピア』!」


狼型魔物の牙が春樹の腕に突き立てられる、その前に、ミーシアによって無詠唱で放たれた火属性魔法Lv3『炎槍』が魔物を穿った。


「あ、ありがとう、ミーシアちゃん」


「どういたしましてです、春樹お兄ちゃん。

それよりも……『火炎連槍フレイムスピア』!」


春樹の礼に答え、大輝達の方を見たミーシアは、短杖を突き出して再び『炎槍』を、同時展開で唱える。


「ぉお!?」


「っ! ありがとう、ミーシア!」


飛来する幾本の炎槍は大輝と凛紅、どちらの方にも向かい、それぞれ邪魔な魔物を的確に蹴散らした。


「大輝お兄ちゃん、凛紅お姉ちゃん、そろそろ来てください!」


ミーシアが魔法で魔物を倒した辺りで、大方は危険地帯を走り終えていた。

ならばこれ以上残っていてもしかないので、早々に撤退を開始する。


「ミーシア! 援護は任せたぞ!」


「言われなくても……っ!

いでよ炎、汝は灼炎、咎人に死を届ける炎鎌なり ! 『フレイムサイズ』!」


大輝達の撤退を援護すべく、走りながら詠唱重ね、火属性魔法Lv5『フレイムサイズ』を展開する。

刃も、持ち手も、全てが炎で作られた長鎌が回転、魔物の群れに突撃し、大輝や凛紅に当たらずにただ後ろの魔物だけを斬り裂いていく。


属性魔法で武器の名前を冠する魔法には、その武器に応じた特性がある。

例えばスピアは、一体、或いは直線上に重なる複数体の敵を一点集中で穿つ『突』の特性。

ソードであれば、射程範囲を斬り払う『斬』の特性。


ではサイズは?

答えは単純、回転し、魔力が尽きるまで動き回り、蹂躙する、『薙』の特性だ。


ソードの上位互換に属するサイズの魔法は、当然ながら魔法レベルや消費魔力が高い。

また、遠隔操作系の魔法で、操作難易度も高く、近くに味方が居る時の援護にはあまり適してはいない魔法である。


だが、ミーシアは、生まれ持った高い魔法の才能をとにかく磨き、自身を限りなく一流に近い術士へと成長させた。

そこに《魔導士》へのクラスチェンジが重なり、齢十二の少女にはありえない程の実力を手に入れていた。

その全ては、ただ一人の為に。


《魔力回復》こそないが、双葉に並ぶ魔力に、彼女を超える魔力の精密操作で見事に援護を果たして見せた。

それでも、集まる魔物を殲滅することは叶わない。

だが、確実に時間は稼いた。


そして──────



「よしっ、良いぞ!」


「分かっています! 『火炎連壁ファイアウォール』!」


大輝達が危険地帯を走り抜け、合図したその瞬間、ミーシアが火属性魔法Lv4『火炎壁ファイアウォール』を同時展開した。

煌々と燃え盛る大火の壁が幾多も出現し、大輝達の後を追う魔物共を足止めする。


大輝が考えていた、第二の策。

それは、自分らが走り終わった後にミーシアが『火炎壁』を行使して進路を塞ぐというモノだ。

策というほどのモノではないが、何故この策を白刃達にも伝えなかったかと言うと、まだ十五である彼らがそもそも失念していたからだ。

ついでに言うと、この策を思いついたのは大輝が魔物の足止めに入った時で、割と余裕がなかったので、魔導書の通信機能で何とかミーシアだけに概要を伝えていたのだ。


とはいえ、たかだか炎の壁を張ったところで、本能のままに動く魔物は止まらない。恐らくダメージなど知ったことかと言わんばかりに突っ込んでくるだろう。

だが、ミーシアが張った『火炎壁』は一枚につき一メートルの幅を持つ。

それが計五枚張られているので、全部で五メートルの炎の連壁である。


一見、短いようにも見えるが、一枚一枚がミーシアの全魔力を注ぎ込んだ、超高熱の壁だ。

普通に突っ込んでは無意味に灰になる。

よしんば高い火属性耐性を持っていても、出てくる頃には大ダメージを負い、満足に追うことは出来ないだろう。



「ぅう……」


「お、おい、無茶すんな!」


全魔力を使った魔法行使だけに、魔力が枯渇したミーシアは、酷い目眩と立ちくらみを覚えて、倒れ込む。

ギリギリのところで大輝が受け止めて、そのまま負ぶさって走り続ける。



例え危険地帯を抜けても油断は出来ない。

このタイミングでアクシデントがお起こっても反応出来るよう、最大限警戒し、最後の直線を走りきる。


だが、幸いなことに、彼らの決死行のクライマックスは、特に何事も起きることなく、終わりを迎えたのであった。
















☆☆☆☆☆


「なっ、なんだよ……これ……」



決死行を終え、どうにかボス部屋まで辿り着いた白刃達であったが、彼らを迎えたのは、想像を絶する物だった。


「なっ、ぁ……」


「うそ……だろ?」


「なんなのよ……一体……」


「……っ」



瑛士は目の前の光景を理解出来ないのか絞り出すような声を漏らし、大輝は目を疑っていた。

凛紅も眼下の光景に顔を青白くさせ、希理は言葉に詰まって、顔を強ばらせている。



それくらい、ソレは壮絶なものだった。





ソレは肉塊だった。


恐らく、食肉可能な魔物だったのだろう。


顔も、内蔵も、多くが貪り喰われて、最早原型を遺してはいない。


皮と、腕や脚、空っぽの頭部だと思われるパーツと、どこかすら分からない肉片。


地面にぶちまけられているのは、その魔物の血と恐らく脳漿のうしょう


察するに、頭蓋を砕き、脳みそを直接掬って、咀嚼したのだろう。


それは恐らく、第二階層のボスだった。



考えたくなかった。

ここまで残酷なことをする奴がいることを。

明らかに強いと思われる階層主をこうもあっさり屠れる奴がいることを。


そして何より、それが恐らく、魔物を喰らって特殊進化を遂げた魔物である、特殊個体であることを。



「ぉぇえええええっ……!!」


誰かが、吐いた。


目の前の残虐な死骸に、だけじゃない。

これをやったであろう、未知への恐怖にも。


白刃や瑛士、大輝でさえも、手が震え、身体は底冷えし、脚は竦む。


本能的な恐怖を前に、心臓を鷲掴みされたような気分を味わっていた。


彼らの耳には、ただの一人も例外無く、死神の嗤い声と煩い心臓の音だけが、木霊していた。



少しだけ解説を。

たまに魔法の中に『連』という言葉が入っていますが、誤字では無く、同時発動を意味しています。



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