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七天勇者の異世界英雄譚  作者: 黒鐘悠 
第二章 少年少女の戦場
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魔剣解放

週一投稿、努力健闘中。

カレが初めて人を殺したのは、生まれ落ちて初日の事だった。

初めてカレが遭遇した未知は、冒険者の一団だった。


薄っぺらい鎧を着込んだ剣士の雄。

貧相な肉体にぶかぶかなローブを着せていた魔法使いの雌。

大きさの割に脆そうな盾を持った戦士の雄。

短弓ショートボウを持った弓士雌。


誰もが生き生きとした顔で、そして自分に気が付いた瞬間に血相を変えた。

カレは目の前の存在を知らなかった。

それがニンゲンであること、敵であること、倒さなければ自分が倒されること、そのどれもを知らなかった。


ただ、冒険者達を見てカレが直ぐに分かったことがあった。


コイツらはエサだ。

オレの腹を満たし、喉を潤し、愉悦と快楽を得るためのエサだ、と。


だから、カレが最初に取った行動は蹂躙だった。

冒険者達も、初めてのオーガとの遭遇エンカウントに動揺していた。

その隙を縫って、剣士の頭を手に持っていた棍棒で潰してやった。

悲鳴を上げる魔法使いを締め上げ、首の骨を握り潰した。

悲痛な顔で盾を構えようとする戦士を、盾ごと粉砕した。

脱兎の如く逃げ出した弓士を、捕まえて、目の前で仲間の死体を喰って、その後

身も心も穢して、放り投げた。

弓士は既に死んでいた。


剣士や戦士を潰した時、電流のような快楽が脳で弾けた。

ニンゲンを喰った時、至福の満足感を得た。

呼吸が出来ず、酸素を求めて喘ぐ魔法使いの首をへし折った時、そして目の前で仲間を喰らい、その後で弓士の身体を穢してやった時、至上の愉悦を覚えた。


これが蹂躙。

これが快楽。

これが満足。

これが愉悦。


何と素晴らしいことか!


不思議と、ニンゲンを殺したら自分が強くなっていくのを感じた。

だから沢山殺した。

殺して、満たし、愉しみ、悦んだ。


ある時、ニンゲンに出会った。

二人組の、妙なニンゲンだ。


いつものように、殺してやろうと思った。

だが、ソイツは言った。


『力が欲しくないか?何者にも邪魔されず、好きなだけ敵を蹂躙出来る力が、欲しくはないか?』


何を言っているか、よく分からなかった。

だが、意味だけは分かった。

奴は、強くしてくれるといった。


その日に至るまで、カレは自分より強い奴がいることを本能的に理解していた。

恐怖はなかった。

何せ関わらなければいいのだから。

でも、邪魔だった。


それを倒せる力を、奴らはくれると言った。

だから────


『よし、契約成立だ。君に力を与える』



力を得た。

望みを叶える力を。

邪魔を排除できる力を。


ただ、代償もあった。

緑をしていた体表は黒く染まり、身体からは常に黒いモヤが滲み出ている。

煩わしくても、それが力の源なのだからどうしようもない。


力を得ると同時に、頭の中がクリアになった。

その時、カレは『知能』を得た。


ニンゲン達はいつの間にか居なくなっており、カレも特に気にするつもりはなかった。

漲る力を持て余して、散策していると、トロールに出会った。

以前では勝てないと本能的に知り、退却をしていた魔物だ。


カレは折角だから手に入れた力を試そうと考えた。

万が一も有りかねない、あっては力を手にした意味がないと考えた。

だからカレは奇襲を仕掛けてみることにした。


結果から言えば、奇襲は成功。

格上の魔物トロール背中を石剣で切り裂き、再生する暇を与えず頭を潰した。

でっぷりとした腹を裂き、全生命体共通で最も魔力が篭っている部位────すなわち心臓を抉りとった。

頭が潰れてなおも脈動している心臓は、トロールの生命力の強さの証明の様だ。

赤黒く光る宝玉の如き心臓を、喰らう。

やはり、甘美。

また、強くなった感じた。


その後、カレは何度と敵を殺した。

ニンゲンも、魔物も、関係なく。

殺して、喰らった。

殺せば殺すほど、喰らえば喰らうほどカレは強くなった。

カレはいつも、蹂躙する側だった。

間違っても、蹂躙されたり、激戦を演じたり、血を何度も流すことはなかった。




だから、カレにとって、ソイツは不思議で、未知で、異様だった。


だってヤツは自分を前にして立っている。

ヤツは何度もカレを切り刻んだ。

ヤツは何度もカレを電撃と炎と魔力で焼いた。

ヤツは何度もカレを殴り、蹴った。


カレはヤツを蹴った。

カレはヤツを殴った。

カレをヤツに魔法を浴びせた。


なのに。

なのになのになのになのになのに。

ヤツは、カレの前に立つ。


それは、カレが何度も見てきた、蹂躙されている者達の眼ではなく。

それは、確固たる覚悟と闘志を宿した瞳であった。


だから、カレは。


────その時初めて、怖気を覚えた。





☆☆☆☆☆



何だコイツは。


ソイツと対峙して、今に至ったカレの内心は、そんなシンプルなものだった。


弱くは、ない。

だが、絶対的に強い訳じゃない。


自分より格上の魔物を見た時の、本能が告げる警告はない。

むしろ小柄で、一回殴っただけで砕けてしまいそうだった。


それなのに。

カレはもう何度もヤツを殴ったのに、ソイツは死なない。

むしろ、ヤツを殴れば、それ以上に殴られ、切り裂かれる。


傷は再生するから別にいい。

だが、一回吹き飛ばす毎に段々と強くなっていくソイツに、カレは焦りを募らせた。

このまま倒し切らねば、いずれヤツの刃は自分の生命に届くと確信していた。


そして、カレ、黒鬼の前に立つ悠斗にも余裕はない。

何度も吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。

悠斗の再生スキルは傷を治すことはあっても、ダメージまでは消えない。


肉体にはダメージと過労が溜まり、膝はガクガクと言っている。

まさしく、満身創痍。


しかも黒鬼は悠斗と戦えば戦うほど強くなっている。

黒化現象により異常発達した脳は、冒険者達を見て魔法を覚えたように、悠斗を見て効率的な魔力運用を、武器の扱いを。

そして何より、闇のオーラの使い方を理解し、戦術に組み込んでいく。

その成長速度、まるで地球の人工知能の如し。



「でも、負けられない」


震える身体は放っておけ。

悲鳴を上げる心に喝を入れろ。


今まで、何度もそうしてきたように。



悠斗は強い。

だが、それでも世界で真ん中より少し上位だ。

上には上がいるのだ。


悠斗は最強ではない。

その素質もない。


だが、悠斗は強い。

単一の強さじゃない。

いくつもの手札、手段を組み合わせ、弄し、そして強敵達に打ち勝ってきた。


だから、彼は今度も、やってのける。

持ちうる手札を使い、自分自身すらチップに代えて。

そうしなければ、死ぬから。



「《飛燕》」


軽やかに地を蹴り、加速する。

視界は直ぐに黒鬼の姿で埋まり、それと同時に長剣を振るう。

黒鬼が纏う闇のオーラと酷似している黒の一閃は、片足を切り裂いた。


「ガッッッ!?」


「ふっ!!」


すれ違い、反転。

振り向きざまに、三連撃。

これそのものには大した効果はない。

どんなに黒鬼の身体を切ったとて、再生するのだから。

だが、トロールや悠斗のスキルのように、肉体が持ち合わせる再生能力ではなく、纏っている闇のオーラが再生を引き起こすのだから、再生の間は闇のオーラのリソースを減らすことが出来る。


背中の傷を放って、足をすぐさま治した黒鬼は、振り向くのと同時に大剣を薙ぎ払った。


しかし、手応えはなく、悠斗の姿は見つからない。

不思議に思う暇もなく、黒鬼の頭上を真っ黒な影が覆った。


「はぁああああっっっ!!!」


黒鬼が大剣を薙ぎ払うその時には、悠斗は既に宙へと跳んでいた。

落下の勢いを利用し、渾身の力を以て自らをギロチンと化し、黒鬼の左腕を切断してみせた!


「グォオオオオオオッッッ!?」


悲鳴の咆哮を上げ、仰け反る黒鬼。

そして着地の反動と、大上段の残心により、技後硬直を強いられる悠斗。

僅かに早く悠斗が回復し、追撃しようとした。

しかし────



「ガァァァァッ!!」


土属性魔法Lv5『大地変動』+《重量武器》スキル、スキルアクション《グランドスマッシュ》=魔法技(アーツ)、《大地隆起斬衝》。

片腕のまま強引に大剣を振り下ろし、地面に叩きつけ、スキルアクションと魔法が合わさった魔法技により衝撃と大地の槍が一帯を覆い尽くした。

片腕だけのため、不完全で威力、範囲共々落ちたが、元々高威力技であるため、不完全であっても十分すぎた。


「がぁっ!?」


案の定、悠斗も唐突に来た予想外の攻撃を回避出来ず、モロに受けてしまった。

腹部と両脚に錐のように鋭く隆起した大地が突き刺さる。


堪らず足は止まり、膝を着く。

その行動さえも脚を余計に引き裂く行為に変わるのだから、笑えない。


そして隙だらけの身体に、黒鬼が蹴りを仕掛ける。

────が、


「『竜鱗』っ」


竜魔法防御系『竜鱗』を腕に集め、盾のように形成。

それで黒鬼の蹴りを受け止める。


とはいえ、悠斗の軽い体重では黒鬼の蹴りを受ければ彼の身体は飛ぶ。

だが、今回は脚に突き刺さった大地の槍がスパイクになり、微動だにせず乗り切った。



「『竜砲』!」


竜魔法『竜砲』。

そも、竜魔法は竜人種が自分たちにはない竜の特徴を魔法で再現しようとしたものである。

そのため、彼らが使う竜魔法の魔力は一般的に存在する魔力とは違う。

竜の因子によって昇華された、言わば竜の魔力だ。


通常の魔力をあらゆる点で凌駕する竜の魔力を無属性魔法『魔弾』の要領で放つ竜魔法『竜砲』は、魔法による反撃を予期していなかった黒鬼に直撃し、爆発と衝撃を解き放った。


当然、黒鬼は大きく仰け反り、隙が出来る。

悠斗も追撃するのは不可能なので、『竜爪』を纏った手刀を振るって腹部を貫く地の槍を切り裂き、両脚を貫く槍をへし折って、後退。

刺さったままの棘を引き抜き、《再生》スキルに任せて回復する。


「ごふっ、くそ。やっぱ無駄か」


軽く血を吐き出して悪態をつく悠斗の視線の先には、落ちた左腕を切断部分に押してつけ、闇のオーラで無理矢理接合している黒鬼の姿が。

お互い重傷を負い、お互い再生しているからお互い様と言えなくもないが、片やちょっと強くなっただけの人間と根本的に生物として格が違う魔物とでは割が合わないとも言える。


「なら……『雷玉』!」


次に悠斗が出たのは魔法攻撃だ。

物理攻撃では恐らく首を刎たりしない限り黒鬼は倒せないだろう(刎ても死ななそうだが)。

だが、それが出来るそうならそもそも苦労はしない。


だから魔法に打って出た。

魔法で塵も残さず消し飛ばせば、再生なんぞ関係ない。

対再生能力持ちの鉄板対処法だ。


選んだ魔法は雷属性魔法Lv4『雷玉』。

雷属性魔法Lv1『雷球』の上位魔法でバスケットボール位の大きさの雷の宝玉を魔力で生成し、撃ち込む魔法だ。


Lv1、初級の魔法がベースなだけあって消費魔力は少なく、術式構成・展開が比較的安易であるため、中堅魔法使いなら無詠唱、複数展開が可能だ。


とはいえ、それは三つや四つ、良くて十個位だ。

しかし、悠斗が発動した『雷玉』の数は優に五十を超えていた。

竜人化によって増幅した魔力と、魔剣士になったことで魔力運用が上達したこと、そして無属性魔法『魔弾』を超複数展開する『魔弾掃射バレットレイン』を習得した時の経験などにより、悠斗は上級魔法使いと同等の行使をして見せたのだ。



「ガァ、ァァァァァァァアッッッ!?」


光の速さで迫る雷玉を躱し切るのは当然不可能。

一発当たる毎に雷光が爆ぜ、黒鬼の肉体を焼き、炭化させていく。


五十以上の雷の宝玉が撃たれ尽くした頃には、黒鬼がいた所が酷く荒れていた。

物理的威力を孕んだ雷は、岩場を穿ち、引き裂いていた。


これらをまともに受けた黒鬼は到底無事ではないだろう、そう思っていた。

だが、黒鬼は、その希望すらも超越する。


「GAAAAAAAA!!」


全身に火傷を負い、その身を焦がしつつも、その程度では倒れないどんなに言わんばかりに黒鬼は仁王立ちで姿を現す。



「……本当にやりにくい!」


悠斗はそもそも手数の多さで相手を削っていくタイプの人間だ。

そのため、一気に相手を消し飛ばさなければならない相手とは相性が悪い。


そう考えているうちに、黒鬼が突貫してきた。

回避は至難、ガードは下策な大剣の振り下ろしが悠斗に牙を剥く。


剣術スキルのアシストを最大まで発揮し、危うい所で一撃を逸らした。

ギリギリだが、《電光石火》と『身体強化』はまだ生きている。

剣を逸らされたことで黒鬼に生まれた隙を《体術》スキル、スキルアクション《連脚》を叩き込む。


「グガァッ、ォオオオオオオッッッ!?」


電光石火の副次効果《追撃ー雷》に《帯電》スキルを同時発動することで、一蹴する事により強くなった超高威力の雷電が黒鬼の肉を焦がす。


筋肉が痺れることによる麻痺スタンと、蹴りをモロに受け仰け反っている間に黒鬼から距離を取った。


「弾ける雷、迸る電流、雷撃は獣と成り、災禍の爪牙を突き立てん────

『雷獣』!」


雷属性魔法Lv5『雷獣』。

悠斗の決戦魔法『雷の幻想達ライトニングファンタジア』の下位互換。

雷で形成した獣を召喚し、敵に嗾ける魔法だ。


『雷の幻想達』で作られる白虎より一回り小さい雷の虎が魔法陣から飛び出し、黒鬼を食い破らんと迫る。

これもまた光速であるため、彼我の距離を一瞬で食い、猛然と飛びかかった。


「ガァァァァッ!」


それに対し黒鬼は「小賢しい!」と言わんばかりに剣を振り払った。

大剣と雷獣が衝突し、雷が爆ぜる。

しかし、絡みつく電流も、身を焼く電圧も、カレには通らなかった。

闇のオーラがカレの腕に纏わりつき、雷電から肉体を守ったのだ。


「ガァ?」


次はお前だ。

視線でそう伝えようと思い、悠斗の方を見る黒鬼だが、件の悠斗は既にそこにはいなかった。

まさか逃げた?と考えた黒鬼だが、その考えは直ぐに否定されることになる。


(今っ!)


黒鬼の背後に、物凄い勢いで踊りかかる影があった。

悠斗だ。

悠斗は魔法を撃った所でそれが無意味に終わることを先の『雷玉』掃射で理解した。

だからといって、《飛燕》や電光石火による高速移動をした所で黒鬼の首を狩れるとは思えない。


だから魔法はフェイク

そこそこ強力な魔法を撃ち、その瞬間に自分は高速移動。

魔法攻撃に意識が向いている間に回り込んで、不可避のタイミングで攻撃しようという算段だ。


そしてその攻撃は、間違いなく完璧なタイミングだった。

だからこそ、悠斗も決まったと思っていた。

しかし────


「なあっ!?」


確固たる自信を持った絶対不可避の斬撃は、触手のように唸る(・・・・・・・・)闇のオーラによって、防がれた。


(なんだそりゃ!?そんなのありかよ!)


黒鬼自体は、闇のオーラが斬撃を防いだ後に悠斗に気づいた。

つまりこの闇のオーラは、黒鬼の意志に関係なく動いているのだ。


悠斗の驚愕を知ってか知らずか、黒鬼は躊躇い無く大剣を振りかぶる。

まともに受けるのは下策だと考え、一旦引くが、振り下ろされた大剣の余波で悠斗は軽くよろめき、更にはその隙を縫うように闇のオーラが蛇のように幾条も迫った。


「くそっ!」


闇のオーラの攻撃力自体は大したことないが、如何せん手数が違いすぎる。

何とか致命傷になりかねないものを切り裂くが、それでも闇のオーラが肌を掠めて、所々で血が流れている。


「ガァァァ……ァァァァァァァア!!」


黒鬼もまた、闇のオーラの使い方に慣れてきたのか、闇の触手をコウモリの羽のような、鋭い刃に変形させ、悠斗を切り裂きにかかる。


悠斗も繰り出される漆黒の斬閃を剣で弾き、上手いこと凌いではいるが、恐らくそれも時間の問題だろう。

その証拠に、悠斗の体には刻一刻と浅い切り傷が刻まれている。


「炎ヨ大気ヲ焦ガス炎ノ槍ト成レ

『フレイムスピア』」


闇のオーラだけでなく、魔法も併用して放ってくるので厄介この上ない。


「《電撃スパーク》!」


同時に襲いかかってくる闇のオーラを剣で弾き、飛来する魔法を《電撃》で相殺する。

闇のオーラだけでも厄介なのに、そこに魔法が加わって、とうとう余裕が無くなってきた。



そして、その時が来た。


「しまっ、がぁっ!?」


魔法に気を取られ、闇の帯が仕掛けてきたフェイントを対処しきれずモロに受けてしまったのた。


「ぅぁああああああああっっっ!!?」


一度入った斬撃は止まらず、続く第二波の闇の帯が悠斗の身体を切り刻む。

黒鬼によって何度も飛ばされた悠斗の身体が、また舞い上がり、今度は力なく倒れた。



「グゥゥゥゥゥ……」


勝負は決した。

何度も自分のことを切り裂き、殴ってきたヤツだったが、やはり小さきモノ。

あまりにも呆気ない最後だった。


闇のオーラをうねらせ、黒鬼はそう考えた後、もう関係ないと言わんばかりに踵を返した。

最早悠斗のことは頭にない。

あるのは、次なる獲物と虐殺だけ。


次はどんな風に殺そうか、そう考えていたその時だった。


「ッッッ!!??」


背中に、冷たいモノが走った。

今すぐ振り向かなければ、即死ぬという予感じみた感覚。

本能が警鐘を上げる中、黒鬼は緩慢に振り返った。


その先に居たのは────










……

……

……



大量の血が流れ、身体はズタボロだった。

再生スキルが発動しても、傷は塞がっても痛みとダメージは残るし、血も戻らない。


寝転がるのも億劫で、とにかく全身がだるい。

何かもどうでも良くて、今すぐに身体を放棄して投げ出したかった。


────負けたんだ。


思考がその域に達した。


もたらされた敗北。

迫り来る死。


突きつけられた現実は非情だった。


だがそれを、悠斗の心だけは認めなかった。

彼の奥に眠る闇のように黒いナニカが、彼に潜む闘争心が、彼が封じたもう一人の自分が、偽りの自分を破って漏れだす。


だが、それでも、彼の身体は動かない。

なぜなら限界だからだ。

殴られ、斬られ、貫かれた彼の肉体は、最早動くことすらままならない。


「ち……く、しょう……」


瀕死の口から零れる言葉は、掠れた悔恨。

この行き場のない、黒い感情を抱えて眠るしかないのかと、諦めかけたその時。



────俺を使え、悠斗。



どこからか、声が響いた。

聞き覚えのある声だ。

いや、それは響いたのではなく、頭に直接語りかけてきた。


────俺を使え、限定的ではあるが、お前に足りないモノを埋めてやる。


思い出した。

この声は、共に歩むと決めたヒトの声だ。

共に探すと約束したヒトの声だ。


ならばすべきことは分かってる。


気だるい手を動かし、手探りでそれを探す。

ようやく見つけたそれを強く握り締め、悠斗は呪文を口にした。





「《魔剣、解放》」











……

……

……



────そこに居たのは、ついさっき切り刻んだはずの少年、悠斗だった。


黒鬼は今度こそ驚愕した。


何故だ。

オレは確実にコイツを殺したはずだ、と。


そしてもう一つ。


少年もまた、黒鬼が纏っているそれと同じような闇のオーラを纏い、異形の全身鎧を着込んでいたからだ。


「ガァ……?」


コイツはなにかヤバい、異質だ、という直感のもと、慎重に探りをいれるが、何も読み取れない。

そうしているうちに、悠斗はゆっくりだが、動き出した。



(身体が重い。立つのも辛い。でも、力が湧いてくる)



聖剣と同じように、魔剣にも固有能力が存在する。

悠斗が持つ魔剣、【魔剣ノクス】の固有能力は、剣の起源である影騎士の力を持ち主に付与するものだった。


その結果、悠斗は影騎士が纏っていた闇のオーラを纏い、影騎士が着ていた鎧を付けている。

それは全身鎧で、当然兜もあるはずなのに、視界はやけにハッキリしていた。


『影騎士の鎧と闇のオーラによる補助はオレがやる。身体はお前が動かせ、悠斗』


何故か、影騎士────ノクスの声が聞こえた。

だが、それを尋ねる前に答えは帰ってきた。


『詳しい説明は後だが、今のオレは魔剣に宿ったノクスの魂、その残留思念のようなものだ。この魔剣の固有能力を使っている間はお前を補助して戦える!

だが、オレに出来るのは補助までだ。アイツはお前が倒せ、悠斗!』


「……はい。行きます!」


あまりにも唐突、突飛な出来事ではあるが、疑問を持たず、直ぐに飲み込み、悠斗は歩みを進める。

期待に答えるために。


『悠斗さん、魔力制御等は私がアシストします!貴方は身体を動かすことだけを意識してください!』


悠斗の魔導書に宿る人格、アルテナもサポートに回った。

二人の援護を受け、悠斗は何も考えずに駆け出した。



「ぅおおおおおおおっっっ!!!」


空いた片手を広げ、闇を凝縮させる。

数秒と経たずに、闇の剣が生まれた。


「ガァァァァァァァァァアッッッ!!!」


悠斗の叫びに答えるように、黒鬼も吠えた。


「《桜花花吹雪おうかはなふぶき》!!」


《魔剣術》と《双剣術》が合わさることによって生まれたスキルアクション《桜花花吹雪》。

目にも止まらぬ速度で繰り出される二十の刃は、振り下ろされた大剣すら歯牙にもかけずに黒鬼の身体を切り刻んでみせた。

あたかも、先の意趣返しのように。


どこか怯んだ様子を見せる黒鬼が数歩引いた。

そうはさせるものかと、更に斬撃を重ねる悠斗。

ついに黒鬼の剣をずらして、会心の一撃を叩き込むことに成功した。



『悠斗!』


『悠斗さん!』



『『今だ(です)!!!』』


「はぁああああああああっっっ!!!」


ダメージと仰け反りで距離が空き、そこを畳み込むために悠斗は今の最強技を放つ!





「《絶閃》!!!!!」




闇のオーラ全てを魔剣ノクスに集中させ、斬撃と共に放つ技。

放たれる闇の斬撃は、あらゆるモノを飲み込み、絶つ。


今回は距離があるため、刺突と共に放った。


この一撃は、命中した相手を確実に殺す。

そして、避けることが不可能な黒鬼は絶対に死ぬ。








だが────



「ォオオオオオオッッッ!!!」


黒鬼はギリギリのところで剣を引き戻し、盾にした。

当然、その程度では《絶閃》は防げない。

だが、カレは大剣に今出せる全ての闇のオーラを纏わせた。


それでも尚、《絶閃》の一撃を止めることは出来ない。

だが、逸らすことは出来た。



「グガァッァァァァァァァアッッッ!!」


何とか即死だけは免れた黒鬼だが、代償は安くない。

先の一撃で左腕は完全消滅。

大剣も跡形もなく消し飛び、左側の胴体も少し削れている。

直ぐにどうこうではないが、最早、このままでは長くは持たないだろう。


「はぁ、はぁ、くそっ!倒しきれなかった!」


そして、不味いのは悠斗も同じだった。

ラストチャンス、最大の一撃を黒鬼に凌がれた。

既に影騎士化は解け、魔剣ノクスを杖替わりにして何とか立っている状況だ。

もしもう一段階強くなったりするのであれば、もう悠斗に勝ち目はない。


だが、その心配は杞憂に終わった。



「ガァァ……ガァッ!」


黒鬼は悠斗を殺意の篭った目で睨むと、直ぐに走り去っていった。



「終わった……のか?」


いきなり黒鬼が走り去ったことに疑問を抱きつつも、追撃する余裕もなく、近くにあった岩場を背にして、ゆっくりともたれかかった。


「【妖精護りし精霊庭園フェアリーガーデン】、起動」


以前、希理達を助ける時に使った魔道具を起動させ、ゆっくりと瞼を閉じる。

【妖精護りし精霊庭園】は、魔道具から数メートル以内にいる人間を護るドームを展開し、中の人間を回復する魔道具だ。

これを使えば、しばらくは休めるだろう。


「流石に……疲れた」


そう呟いて、激戦を終えた少年は、僅かな眠りについた。




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