厄災の咆哮
一応一週間以内に投稿出来たぜぃ
「ォオオオオオオオオッッッッッ!!!」
突如、悠斗の前に現れた黒いオーガは鼓膜が破れそうな程の大咆哮を上げた。
それが何を意味するのかは分からない。
敵に対する威嚇かもしれない、魔物を殺されたことへの悲嘆かもしれない、怒りかもしれない、或いは……歓喜かもしれない。
ズシン、と大地を蹴り、悠斗に迫る。
(速っっっ!?)
そう、彼我の距離はそう長くない。
だが、それを踏まえても、黒いオーガは悠斗がこれまで戦ってきた相手の中で誰よりも速かった。
悠斗に詰め寄ったオーガは、手に持っている鋼鉄の大剣を片手で振り下ろした。
無論、悠斗も咄嗟ではあるが、ガードする。
だが。
(重っ、いぃぃぃぃっ!!!!)
剣と剣がぶつかり合う、硬質な音が鼓膜を震わせ、途方もない衝撃が、悠斗の身体を打った。
踏ん張るも、その足は地に沈む。
「っ、《全機掃射》!」
このままでは不味いと考え、眷属剣全てから魔弾を放つ。
爆風による巻き添えを覚悟してでも、一度距離を取りたかったのだ。
案の定、六つの魔弾は全て直撃した。
爆風に煽られて、身体が飛びそうになるが、沈んだ足が引っかかって飛べない。
流石にランク5の魔物でさえも直撃でなくとも一撃で滅ぼす魔弾を六発全て直撃すれば、あのオーガでもタダでは済まないだろう。
そう考えて、落ち着いて足を引き抜こうとした。
だが、その考えは甘すぎたことに強制的に気付かされた。
「嘘だろ?」
オーガが煙を払った。
そして奴の身体は、全くの無傷。
ありえない耐久値。
通常オーガのランクは5。とてもではないが、如何に力と耐久に秀でたオーガでも、六発の魔弾は無傷ではいられない。
では一体、このオーガのランクはいくらくらいなのだろうか。
その答えを見つける前に、悠斗は腹部に強い衝撃と、息苦しさを感じつつ、吹き飛ばされた。
どうやら腹部を蹴られたらしい。
巌のような脚を前に突き出して、残心しているのが、一瞬だけ見えた。
「がっ!!!?」
受身を取る間もなく、岩壁に叩き付けられる。
その衝撃で、身体中の酸素は体外に吐き出され、呼吸が困難になった。
「くそっ!」
あと一撃、受けたら終わる。そう直感した。
追撃を恐れた悠斗は、特製の煙玉を投げつけた。
球体が爆ぜ、閃光と共に物凄い勢いで煙を上げる。
無論、オーガは気にも止めずに足を踏み出した、その時。
「《拘束》!!」
そうはさせないと、悠斗は相手を拘束する魔力の枷を取り付ける。
影騎士戦でも使用されたこのスキルはやはり、黒いオーガを長くは拘束出来ない。
良くて数秒、持てばいい方だ。
だが、悠斗にとって、その一瞬は充分すぎだ。
「ガァアアアアアアア!!!」
煩わしいモノを振り払うように、拘束を膂力だけで砕いたオーガは、自身の正面から放たれる強大な力の波動に眼を見張った。
瞬間、放たれた雷光を黒いオーガは剣で振り払う……つもりだった。
「ッ!?」
しかし、その一条はあまりに迅く、剣を振るう前にオーガの身体を焼いた。
未だ煙で見えない相手を憎しみを込めた双眸で睨む黒いオーガ。
分かってしまったのだ、今の雷光が挨拶代わりでしかないことを。
そしてその雷光を放った張本人である悠斗もまた、煙越しで揺らめくオーガの影を見据え、戦慄していた。
先の雷光、それは確かに挨拶代わりの軽いジャブ的な意味合いもあったが、その本当の理由は別にあった。
(予想通り、名持ち……)
悠斗の目的、それはこの黒いオーガの情報を得るためであった。
悠斗が持つ索敵系上位スキル《感知》は、本来の用途の他に便利な機能をいくつか保持している。
そのひとつが鑑定スキル代わりになることだ。
スキルの習熟度によって変わるが、感知の力を強めると相手のステータスすらも読み取ることが出来るのだ。
ただし、今の悠斗では相手の姿を見る必要があった。
雷光は一時的に煙を晴らし、一瞬でもオーガを注視するためのモノだったのだ。
一連の動きで得た情報、それは黒いオーガが黒騎士や影騎士と同じランク9の魔物であり、『黒鬼』の名を持つネームドモンスターであることだった。
(長時間戦闘は分が悪い。とすれば残るは──────短期決戦のみ!)
今度は、悠斗から仕掛けた。
先程よりも明らかに速い。
袈裟斬りに振り下ろした魔剣は鋭く、重い。
それもそのはずだ。
戦闘中に無駄な事をする人間はいない。
煙幕と刹那の拘束は、悠斗が《竜人化》をするための時間だったのだから。
「ぁあああああっ!!」
『付与魔法』によって魔剣に竜魔法《竜爪》を付与した斬撃は、生半可な武器ごと相手を叩き斬りそうな威圧感を見せていた。
ともすれば超硬質物質すら切り裂く竜の爪を纏った魔剣を、しかし、黒鬼は大地すら粉砕するかのような剛剣で受け止める。
黒鬼を倒そうとギルドより派遣された討伐隊の冒険者から拝借した大剣は、元となった素材が堅く、また魔法的保護がされているのか、非常に堅く、強い。
それに黒鬼の膂力が加われば、悠斗と魔剣でさえも、断ち切るのは難しい。
どちらもモロに当たれば一発で致命傷となる一撃で、壮絶な打ち合いを演じて見せる二人。
己を賭けた究極の剣戟は、飛び散る火花が各々の命の具現のようで、美しい。
それはまさしく、生命の輝きから来る美だ。
「ガァァアアアアアッッッッッ!!!」
「ぁあああああああっっっっっ!!!」
長剣と大剣の剣舞は続く。
一合打ち合う毎に腕が痺れる。
一太刀交わす毎に敵の強さを知る。
一秒経つ毎に疲労が、恐怖が、痛みが、心と身体を蝕む。
だがそれでも。
「負けて、たまるかぁーーーっ!!!」
負けられない。
死にたくない。
終われない。
負けたくない。
だから──────悠斗は剣を振るう。
腕が折れても、千切れても。
足が無くなろうと、膝が屈しようと。
たとえ、その身が果てようとも、生きるために、命尽きるまで闘い続ける。
不屈の意思、燃命の叫び、必死の踏み込みから放たれた、渾身の一撃は、ついに、黒鬼に届いた。
「ガァァアアアッ!?」
胴に、袈裟斬り。
その傷は決して浅くはなく、致命傷と見れるモノだ。
命を削る打ち合いに、決着が着いた。
生を渇望する悠斗の刃が、黒鬼の剛剣を超えた────────はずだった。
「ーーーーーッッッッッ!!!!!」
斬られたはずの黒鬼から、絶叫が迸る。
だがしかし、それは痛みを訴えるモノではなく、歓喜と高揚を示す咆哮の如き叫びだ。
そして次の瞬間には、悠斗は眼を見開くモノを見るハメになる。
「なっ、ぁ……」
闇。
闇だ。
悠斗の持つ長剣と同じ色をしたそれは、紅い眼を煌々と輝かせている黒鬼の体表から、滲み出るように漏れていた。
しかし、カレが叫びを上げた瞬間、闇は爆発し、圧倒的な黒が辺りを染め上げた。
その絵図は、まさに絶望の権化。
深手を負っても倒れることなく、むしろその闘志を一層強め、深紅の瞳に狂気を浮かべる。
斬られた患部は、闇がまとわりつくと、時間が巻き戻るように再生し、むしろ目に見えてその硬度を増した。
黒を纏った鬼は、惜しげも無くその闇を垂れ流し、悪夢を演出してみせる。
無造作に撒き散らされる深い闇は、ただそこに『在る』だけで重圧を与え、生命体どころか命無き石達すらも砕いた。
人の頭すら丸齧り出来そうな口から鋭利かつ巨大な牙を見せて、嗤う。
さあ、挑むがいい、小さき者共よ。
我は鬼。
我は剣。
我は破壊。
我は修羅。
我は暴力。
我は絶望。
力無き者共よ、か弱き者よ、知性ある者よ、栄光を欲する者よ、勇ある者よ、そして……愚かなる者よ。
絶望に挑め。
脆き爪を突き立て、弱き牙で食らいつき、その唯一の勇気と知恵で足掻いて見せろ。
戦う者も、背を向ける者も、奮い立つ者も、剣を捨てる者も、皆等しく鏖殺してやろう。
これは我が願い、我が本懐。
殺戮こそが我が宿願、我が本能。
どうか、血と悲鳴を。
渇きを癒す、潤いを。
……
……
……
「ここに来て、これか。ほんと厄介だな、黒化現象ってやつは……」
黒化現象。
原因不明、根元不明、発祥不明、原理不明。
あまりにも不明な点が多すぎるこの現象で唯一分かっていることは、黒化現象を起こしている生物は、大小個体差はあるが、必ず闇のオーラのようなモノを纏っており、好戦的になる他、身体能力の強化や、通常の個体では見られない器官の異常発達等である。
また、今のところ魔物にしかこの現象は発現しておらず、魔物は倒すと黒化現象の痕跡共々消えてしまうので詳しいことがまるで分からないままである。
そんな黒化現象を大いに発現させている黒鬼だが、カレにはパッと見異常発達しているところが見当たらない。
ではカレはどこが発達したのだろうか。
正解は脳だ。
黒鬼は脳の異常発達により確かな知性を得た。
同じランク9であるブラッドナイトオーバーロードは、元々は生前、何かしらの偉業や活躍をした戦士の鎧が魔力の影響を受けて動き出した姿、或いは鎧が魔物化した【エンプティーナイト】という魔物が進化した姿であると言われている。
悠斗達が倒した黒騎士や影騎士は前者に当たる。
彼らは多くの敵を屠り、魔物としての経験値を得て、生前の自我を半ば持った存在、或いは魔物と化しても自我が消えなかった存在だ。
故に、異常発達しなくとも人間より低い程度よ知性はあり、黒騎士達は人間と同等の知性がある。
同じランクの彼らであるが、その強さはピンキリで、しかもベクトルが異なる。
ブラッドナイトオーバーロードは、多少の知性と生前の武技、魔法を駆使して戦うタイプで、元々オーガは純粋なパワーと耐久でゴリ押して来るタイプだ。
それは、黒化してランクが上がろうと変わらない。
しかし、黒鬼だけは例外だった。
ランクが上がり、まともに受ければ黒騎士達でさえも無事では済まない一撃を放てる膂力を持つカレが、今度は黒騎士達と同等の知性を得た。
それはカレが学ぶという事だ。
技を得るという事だ。
ランクが上がったことによる異常な耐久とパワー。
そこに知性が加われば、どうなるかは考えなくとも分かるはずだ。
つまり──────
「大地ヨ、我ガ声ニ答エテ形ヲ変エヨ
『大地変動』」
「っ!?」
驚きもつかの間、さらなる驚愕が悠斗を襲う。
土属性魔法Lv5『大地変動』。
短い詠唱ながらも、一定範囲の地面を割ったり、隆起させたり、あらゆる形で変動させられる万能な魔法。
中級魔法に分類されるが、それを魔物が使ってもおかしくはない。
魔法を使う魔物だっているのだから。
しかし、それを使ったのがオーガである事がおかしい。
あからさまなパワーゴリ押し型のオーガには、魔力がほとんどなく、魔法を使う知能がない。
だから驚いたのだ。
しかし、黒鬼が魔法を使うことは別段おかしくはない。
なぜならカレは黒化現象の影響で脳が異常発達しているからだ。
だが、悠斗はそれを知らない。
知らなかったからこそ半ば不意打ち気味に放たれた魔法は、驚きで身体が硬直したことによって一瞬を失った悠斗を捉えた。
「っ、くそっ!」
大地が沈み、足元がぐらつく。
そのうち、地面が隆起して、鋭い槍のように悠斗を刺し貫かんと迫るが、紙一重でバク宙の要領で躱す。
「なっ!」
天を貫く大地の槍を躱し終え、着地した時、悠斗の足が沈んだ。
まだ、『大地変動』の範囲内だったのだ。
戦いの素人でさえ分かる、致命的な隙。
バランスを崩し、がら空きになった悠斗に鋼鉄の塊が襲いかかる。
「──────っ!!??」
防御も回避も間に合わない、間に合わせない必殺の一撃。
モロに受けたと思われる悠斗は糸の切れた人形のように全身から脱力し、宙を舞う。
飛び方とは裏腹に、地に堕ちるではななく、再び同じ岩壁に叩きつけられた悠斗に黒鬼は容赦をしなかった。
「炎ヨ、熱ヨ、万物ヲ焦ガス大火ヨ、我ガ願イヲ聞キ届ケヨ、望ムハ焼却、欲スハ火柱、我灼熱ヲ以テ汝ヲ焼キ尽クサン
『フレイムキャノン』!」
片手を突き出し、魔力を高め、火属性魔法Lv5『フレイムキャノン』を放つ。
それも、高速詠唱で。
通常なら十秒以上はかかる所を、三秒足らずで完成された黒鬼の魔法は、火柱に孕まれる熱量と、大きさから、途方もない威力であることは間違いない。
それこそ、人間くらい消し飛ぶほどに。
無論、直撃。
正確には、被弾した所は土煙で見えなかったが、位置的に間違いなく直撃したことだろう。
実際、カレもそう思った。
「!?」
だが、カレは悪寒に襲われた。
根拠はない、ただ、一瞬でも意識を外せば即座に自分は殺される、そんな悪寒。
張り詰めた空気の中、見えない敵を警戒する黒鬼。
近寄っただけで身体が切り裂かれるかのような鋭さを孕んだ空間は、どこからか放物線を描いて投擲された試験管のようなモノによって、打ち破られた。
「ッ!?」
咄嗟に、飛び退く。
ガラスで作られた筒は、落下の衝撃で破損、中身の液体をぶちまけ──────発火した。
試験管を脅威かもしれないと認識しても、流石にこの事態は予想し得なかったのだろう。
本来焼けるための物がないはずの岩肌で燃え広がる炎は、逃げ損ねた黒鬼の全身に這うように絡み付きながら、黒鬼の体表を焼いてゆく。
絶叫の叫びと共に再び黒化現象特有の闇のオーラを爆発させ、無理やり火を鎮火させる。
焼け爛れた皮膚は惨い姿を晒していたが、それも数秒あれば元に戻っていた。
闘志を滾らせる双眸で、試験管が投げ込まれた方向を見た黒鬼の視界に入ってきたモノ、それは。
「《電光、石火》ぁあああああ!!」
大きな魔力と電光を身に纏う、自分が殺したはずの存在だった。
……
……
……
何故悠斗が生きていたか。
言ってしまえば単純明快、斬撃と魔法、そのどちらもを防いだからだ。
竜魔法『竜鱗』。
かつて、影騎士の攻撃を防いだ竜の鱗を模した魔法。
悠斗が持つ、最硬の魔法の盾。
竜魔法は本来竜人種が竜として足りないものを魔法で補おうというものだ。
だから詠唱は必要ない。
ギリギリだが、展開が間に合った。
しかし、紙一重で間に合った魔法の盾も、黒鬼の膂力の前に儚く砕け散った。
致命傷こそ防げたが、ダメージが大きい悠斗は再度魔法を発動するのは難しかった。
その時に黒鬼が魔法を発動する兆候を見せたものだから、流石に死を幻視した。
だが、悠斗にはもう一つ、盾があったのだ。
余裕が無くて操作していなかった眷属剣である。
遠隔操作で魔力を流し込むだけで魔法を発動出来るので、これまたギリギリであるが、何とか『魔障壁』の発動に成功したのだ。
とはいえ、咄嗟のことで熱の余波を完全
防ぎきることは出来ず、一瞬だけ意識を失っていた。
一瞬の空白から覚醒し、煙の向こうの敵を《感知》しながら、《再生》によって受けた傷を回復し、好機を伺っていた。
魔法を使えば魔力の波動で追撃をしてくるだろうと思い、その時間を稼ぐために悠斗特製の液体焼夷弾を使い、そちらに気を取られている隙に、『身体強化』と《電光石火》を発動し、強襲。
それが今に至るまでの、悠斗の動きだ。
そして。
決着は、刻一刻と迫っていた。
「ふっっっ!!」
完璧に決まった奇襲。
魔法技、電光石火の効果でより迅く、より強力な斬撃を、しかも三連撃を、叩き込んだ。
当然、こんな程度で終わるとは毛頭思ってはいない。
自分の姿を捕捉し、反撃をしようとしている黒鬼に対して、それよりも速く雷の如き斬撃で大剣を持った手首を切り裂く。
剣の重みに負けて、手首が千切れるようにぶら下がり、大剣を取り落とす。
手首の傷自体は数秒で回復したが、肝心の悠斗の姿をはどこにもない。
「ガァッ!?」
あの剣士はどこへ消えた?
そう考えていた黒鬼の背中が、一瞬で斬られた。
しかし、振り向いても誰もいない。
「ガッ、ガッ、ガッ、ガァアアアッ!?」
斬られる。
探す。
斬られる。
探る。
斬られる。
振り向いても、周囲を薙ぎ払っても、悠斗が出てくる気配はない。
だが、間違いなく自分は斬られている。
一撃は深くはないが、決して浅くもない。
敵は見えず、このままではジリ貧。
悠斗が如何様にして自分を傷付けているか、黒鬼は分からずにいた。
では悠斗は何をしているのか。
悠斗が取った作戦は単純。
一撃離脱戦法、だ。
影騎士戦、そして黒鬼戦の最初、悠斗は相手と近距離で切り結ぶ超接近戦闘を繰り広げてきた。
前者はパワーの差が大して無く、戦闘スタイルが戦闘スタイルが似ているため、そうした方が勝機があったから。
後者はステータスに差があるため、失敗する可能性が高かったから。
では何故今になってヒットアンドアウェイを始めたのか。
それは悠斗がより速くなったからだ。
悠斗の魔法技、《電光石火》は主に速度を特化して上げる技だ。
そこにステータスを全体的に上げる『身体強化』も加わることで、竜人化では手に入らない爆発的な速度を手に入れた。
さらに加えて高速移動・立体機動スキル《飛燕》を連続発動。
地面どころか宙すらも縦横無尽に駆け回り、黒鬼を翻弄していた。
が、《飛燕》は分類上自発型スキルである。
となると、そう何度も連続使用は出来ない。
つまり、必ず止まる瞬間があるのだ。
そしてそれを、黒鬼は逃さない。
「飛え──────っ、くそ!」
一度着地。
再びスキルを発動しようとした所で、限界が来た。
膝がガクンと折れ、倒れそうになる。
だがスキルの限界症状を無視して、悠斗は一度飛び跳ねた。
黒鬼の攻撃が来たのだ。
「っ、このっ!」
避けるのは至難、受けるのは悪手。
どんなに難しくてもひたすら回避に徹する以外に今は活路はない。
「《閃脚》!」
基本大振りな黒鬼の攻撃は、隙を産みやすい。
大振りな上段を最低限の動きで躱し、ガラ空きになった横腹部に《体術》スキルのスキルアクション、閃脚を叩き込む。
要するに回し蹴りであるが、スキルアクションであるこの蹴りは、通常のそれとは一線を駕す。
そこに電光石火状態限定の副次効果、《追撃ー雷》により、高圧電流が加われば、えげつなさはかなりのものだ。
身体が痺れ、動きが鈍くなったところで、蹴りに使った右足を軸に跳躍、スキルアクションの補助も加えて無理やり足を右脚を持ってきて、一気に振り下ろす!
「《鳳天堕》!」
あたかも、空を駆け上がった鳳凰が、急降下するかのような美しい跳躍旋風脚。
「《三連閃》!」
着地と同時に魔剣術スキルのスキルアクション、《三連閃》を放つ。
剣術スキル、スキルアクション《三連撃》の上位版であるこの技は、元のそれよりも速く、鋭い。
胴体を斬りつけられた黒鬼は一瞬よろめく。
その隙に食らいつくかのように、悠斗の武術スキルが炸裂する。
「《煌打》!」
魔力によって煌めく拳が鳩尾を。
「《烈脚》!」
補正を受けて、加速した連脚が分厚い腹筋を貫き。
「《崩拳》!」
堪らず、膝をつく所をガードした腕ごと壊し。
「《竜昇》!」
ノーガードの顎を蹴り上げ。
「《竜落》!」
足をそのまま、振り落とし、踵落としで顔面を粉砕する。
これを機と読み、一気に畳み掛ける。
体術スキルには堅牢な相手を素手で突き崩す為の技が多い。
スキルアクションの連打は確実に黒鬼を打ち倒す、はずだった。
「なっ!?」
足が止まった。
踵落としが間違いなく決まったはずの顔面で、足が動かない。
粉砕したと思った顔面から、鋭い眼光が、悠斗を捉えた。
「……っっっ!?」
急いで足を引こうとするが、遅かった。
脚を捕まれ、投げ飛ばされる。
ついでに骨を砕かれた。
受け身さえ取れず、三度目の岩壁に叩きつけられる。
「かっ、はっ……!」
体勢を立て直す、その前に、高速で迫る黒鬼の連打が悠斗に猛威を振るう。
まるでさっきの意趣返しのように振るわれる拳は、竜人化して防御力の上がっているはずの悠斗にダメージを蓄積させていく。
「がっ、くっ、あっ、ぎっ、あがっ、りゅ、『竜鱗』っ!」
僅かな隙を縫って防御魔法を完成させる。
半透明な竜の鱗が岩石すら砕く拳から術者を守り、束の間の安息を与える。
「このっ!」
一瞬で回復のポーションを煽り、盾が破られるのと同時に関節蹴りを放ち、多少ではあるが、膝関節に損傷を与える。
この程度では直ぐに治るだろうが、悠斗にとっては充分だった。
「はあああっ!!」
僅かな踏み込み、そして《飛燕》発動からの連続斬撃で黒鬼の身体を切り刻み、距離をとる。
「くっ……」
何とか無事に離脱出来たものの、現状は何も良くなっていない。
悠斗の身体にはダメージと疲労が重なり、立っているのも辛いくらいだ。
対して、黒鬼は受けた傷の全てを治し、まるで堪えた様子もなくこちらを見据えている。
(この違和感……強くなってる?)
悠斗は先のスキル連発のあとから何か引っ掛かっていた。
最初は些細なものだったが、それはどんどん膨らんでいった。
黒鬼が最初の交戦時よりも何となく強くなっているように思えたのだ。
殴った感触が、斬った感触が、殴られた感覚が、悠斗に違和感を指摘した。
(まあ、僕だって似たようなものだし……)
悠斗も、魔法とスキルで戦闘中に強くなっていく。
魔物でも、そんな切り札を持っていてもおかしくはない。
「……ちくしょう、まだやんのかよ」
痛みに喘ぐ身体を無視して、立ち上がる。
口では悪態を吐きながらも、その眼に宿る闘志は微塵の衰えもない。
黒を纏う鬼もまた、大剣を構え直す。
「とことんまで、やってやるさ」
手に持つ魔剣は、心なしか熱を孕み、脈動しているように感じた。
戦いはまだ、終わらない。
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