『愚者』 後編
遅れてしまいほんとーにすいません。
言い訳をするならば、この回は今後の布石となる大変重要な回だったので妥協せずに書こうとしたら、こうなっていました。
冒頭、なんか変なことが書いてありますがあれは作者のなんかよく分からない理屈なので特に気にせず呼んでください。
では、どうぞ。
人は何故争うのだろう?
それはヒトの本能だから。
そこには秩序があり、大義があり、主義があり、快楽があり、栄華があり、富があり、未来があるからだ。
ヒトは争いを通して何度も発展し、何度も進化し、何度も自己を見出してきた。
争いとは人間歴史である。
争いは技術を生み出し、思想を生み出し、歴史を生み出す。
何も争いとは戦争だけを指す言葉ではない。
言ってしまえばスポーツも、営業も、試験さえも、争いだ。
争いは、生み出すモノであったはずだ。
それがいつの日か、争いは『戦争』へと変化した。
生み出すモノは、失うモノへと実体を変えた。
奇しくも、戦争は争いの本質の一部を継いでいた。
すなわち、技術の発達だ。
そして人間は、争いを忘れた。
だが、今の世には擬似的な平和が存在する。
薄い氷の上を歩いているような、いつ破れるか分からない平和だ。
それをもたらしたのは、他でもない、人間だ。
戦いを始めたが人間なら、戦いを終わらせるのもまた、英雄なのだろう。
『戦争』を始めるのも、終わらせるのも、結局はヒトの意思、その集合だ。
けれども、どれだけ平和を願おうと、組織に従うことしか出来ない人間はどうすればいいのだろうか。
国という大きな一つのコミュニティの中で、ほんの小さな反乱の火種はかき消されてしまう。
それが集合となり、大火と成れば革命が成る。
だが、そんな小さな篝火が大火と成ることは奇跡に等しい。
普通は出来ないと思うことを成し遂げた者が偉人と呼ばれるが、成し遂げねばそれは意味がない。
それを理解して、諦念するのは果たして間違いだろうか?
希望よりも、願望よりも、目の前の大切なモノの為にそれらを捨てるのは間違いなのだろうか?
ヒトは弱い生き物だから、簡単に抗うことは出来ない。
『彼』もその一人だった。
平和を望みながら自分の大切なモノの為に夢も、大義も、自分自身すら捨てて、戦いを繰り返した。
何故なら彼はただの人間なのだから。
誰かと何かの為に、自分を捨てられる。
とても強くて、酷く弱い、矛盾した『個』なのだから。
そして彼は最期に、振り返るのだ。
自分が犯した、数多の罪を。
訪れるかどうかも分からない、戦いのない未来を願って。
☆☆☆☆☆
『存在交差』
それぞれ異なる人物の魔力が交わったとき、その存在が魔力を通して交わる現象。
二つの高質な魔力が混ざり合い、濁流となって意識を溶けあわせる。
そこで悠斗は見た。
ある男の、愚かで、されど格好いい悲劇を。
憐れで尊い、英雄譚を。
……
……
……
初めに見たのは、のどかな村だった。
人口は少なく、大して大きくはない村だが、村人同士の関係が良好で、活気のある良い村だ。
その村の広場の真ん中に、悠斗は立っていた。
村人達が広場を行き交い、程よい喧騒を作り上げる中で、やけにハッキリと聞こえる声が耳に入った。
『村の代名詞になれるような特産品はないけど、近くには綺麗な山や川があってね。美味しい山菜や果物、野菜が採れて、お酒作りが少し盛んだったんだ』
目の前で友達同士で遊んでいた子供の一人だ。
五歳位だろうか、それにしては似合わない落ち着きと口調だった。
『決して裕福ではないけれど、両親がいて、友達がいて、優しくしてくれる大人がいて、食べ物があって、……幸せだった』
子供達は溶け込むように喧騒に消え、代わりに後ろからさっきと少し違う……成長した声が聞こえた。
振り向くと、そこには十歳程になったさっきの少年がいた。
『でもその幸せは、まるで夢幻のように消えてしまった』
少年がそう言い切った瞬間、あたり一帯がブラックアウトし、悠斗の視界の全ては黒に染まった。
……
……
……
「ぁぁぁぁ……」
少年が泣いている。
その喉は最早機能しておらず、絞り出されるように出てくるのは掠れた、声として成り立っていないような音だけだ。
目元は紅く腫れ上がり、滴り落ちる液体すらも紅い。
不思議な風景だ。
さっきまではのどかな村にいたのに、次は村から少し離れた森の開けた所にいる。
空は黒い天蓋に覆われたかのような夜なのに、暗い所か夜にしては明るい。
祭りでもやっているのだろうか。
光源を見る。
村が燃えていた。
家も、畑も、柵も、木々も、人も、何もかも。
真っ赤な炎に包まれて、焼かれていた。
轟々と燃え盛る炎の音は、どこか悲鳴のようだ。
燃えて、灰になっていく村を見下ろして、少年はただ一人、泣き続けていた。
やがて少年は、ふらつく足取りでノロノロと歩みを進める。
俯き、表情を落として歩く少年が悠斗とすれ違った直後。
再び、世界は黒く染まり、切り取ったフィルムのように切り替わった。
……
……
……
火が燃えている。
炎が夜を焦がし、火の粉を散らす。
緋色の光は暗闇を払い、黒に染まって見えなくなったものを見えるようにした。
だがその光は、見えなくてもいいモノも等しく照らし出す。
それは赤をまき散らかす肉塊。
既に冷たく、動かなった人だったモノ。
目をこれでもかと開き、恐怖と絶望で歪んだ顔を貼り付けたまま死に行った賊の死体。
右を見ても、左を見ても、前や後ろを見てもそこには、見渡す限りの死体。
まさしく死体の山と血の川の中心にいるのは数名の騎士。
その顔からは皆一様に表情が抜け落ち、血に塗れた剣を握りしめる手は弱々しく震えている。
「殺す必要なんてなかったのに……なんでっ!こんなことにっ!」
握りすぎた拳からは血が滲み、本人すら気付かぬまま流した涙は悔恨と共に地面に滴る。
「……帰ろう」
そう呟いて、騎士の一人が手をかざし、近くの死体に火を放った。
油でもかけておいたのか、それはあっという間に燃え広がり、周りの死体達にも燃え移る。
数分後にはこの場の死体全てが焼き尽くされるだろう。
やがて炎の海に辺りは呑み込まれ、世界は燃えた。
……
……
……
飛来した矢を剣で落とし、飛び交う攻撃魔法を防御魔法や盾で防ぐ。
それでも雨あられの如く降り注ぐ攻撃全てを防ぐことは叶わず、一人、また一人と仲間が倒れていく。
隣を走る仲間に魔法が被弾しようと、後ろから断末魔の声が聞こえようと、止まることは許されない。
それは即ち、自らの死を意味するからだ。
だから走る。
任務を果たす為、敵を倒す為。
これが戦争だと自らに言い聞かせて、今にも屈しそうな足をがむしゃらに動かす。
同じ志を持った仲間を、夢を語りあった友を、命尽きた同士を置いて。
その目の端に、光るモノを浮かべながら。
そしてまた、世界は黒に塗りつぶされる。
……
……
……
薄暗くて、小汚い裏路地。
横たわるかつて仲間だった人間を無表情で見下ろす男。
ただ歯を食いしばり、渦巻く感情を押し殺し、男は慣れた手際で死体の隠蔽、つまり焼却を行う。
その火種は即座に燃え広がり、世界すらも焼け落ちた。
……
……
……
人を殺した。
最初は郊外の村を襲う盗賊を。
初めて斬った人肉の感覚を今でも覚えている。
この手に握られた鉄の塊が、柔らかい何かに沈む感覚。
間違いなく今、自分が目の前の人間の命を摘み取った感覚を、覚えている。
次は戦争だった。
どちらが先に仕掛けたのかは分からない。
ただ、駆り出された戦場は地獄と化していた。
敵を殺して、殺して、殺した。
その分味方も死んで、死んで、死んでしまった。
その先に待っていたのは、大勢の死体の上に成り立った勝利と、押し潰されそうな程の罪と悲しみだった。
一度目は正義の為に。
二度目は自分達の生存の為に。
人を殺した。
だが、戦争が終わったその後でさえも、また人を殺した。
☆☆☆☆☆
絵本の頁を進めるように、断片的に流れて行った情景の終着点は、一番最初に見た村の広場だった。
最初と同じように、悠斗はまた広場の中央に立っている。
だが、最初とは違い、あまりにも人気がなかった。
小規模とはいえ、村の割にはあまりにも閑散とした光景はいっそ恐怖すら芽生えてくる。
その恐怖から逃れようとするかのように、悠斗はアテもなく歩き出した。
振り向かず、足を止めず、ただ歩き続ける。
歩き続けるうちに、気がつけば建物の景観が変わっていた。
より都会的になっていた。
どこかの都市なのだろう。
建物は村と比べるとどれも立派で、店が溢れている。
だが、やはり人はいない。
異様な静かさに包まれた都市だ。
ふと横を見た。
いや、理由理屈は分からないが、意識が惹き付けられたと言ってもいい。
建物と建物の間の裏路地。
ただでさえ、薄暗くて不気味なのに、そこは他の路地裏と比べてより一層闇が深く見えた。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』と言うが。
だからだろうか。
一瞬で、気がつけば、裏路地の闇の中に悠斗は引きずり込まれていた。
身体は石になってしまったかのように動かない。
辛うじて動くのは眼球だけだ。
何とか周囲を見渡そうとしたところで、闇の奥から誰かが走ってきた。
『はぁはぁ、くそっ!』
男だった。
小汚い服装に身を包む、体格の良い男だ。
かなり焦った様子だ。
『なんでこんなことに……っ!?』
吐き出すように悔恨と疑問の交じった言葉をこぼす男。
だが、それもつかの間。
ヒュッ、という音が響き、見えないナニカが空気を裂いて男の太腿を捉えた。
激痛に叫ぶことなく、苦悶の呻きだけを上げて男は倒れた。
切断こそ免れたが、その傷は決して浅くない。
少なくとも、歩くことはままならないだろう。
カツ、カツ、とゆっくり近づいてくる足音。
数秒後には、また一人の男が現れた。
若い男だ。
体格は足をやられた男よりも二回り位小さい。
向こうががっしりしているのに対して、この男は少し細くて、頼りなさげだ。
だがその身から溢れる殺気とも、覇気とも違う、異質な気配は紛れもなく、その男が只者ではないことを証明している。
そして同時に悠斗は確信した。
この異様な男が、これまで悠斗が見てきた情景の主であることを。
『なぁ……助けてくれよ。お願いだ……仲間だろ?』
足を切られて動けない男が、必死に懇願する。
『ああ。俺とお前は仲間だよ。だが、それは出来ない。お前がこのまま逃げおおせて、他国に機密情報をリークすれば、大勢の人が苦しむ可能性がある。だからお前を逃がすわけにはいかない』
『い、言わない。言わないから!だから見逃して────』
異質な男は元仲間の首筋に剣を当てた。
その目は絶対零度の如く、冷えきっていた。
『その言葉は信用出来ない。例え元仲間でも、これから敵になるやつの確証のない言葉を信じる程俺は優しくない。
そしてこのまま生け捕りにするのもなしだ。お前は知りすぎた。戻っても政府にあらゆる拷問、尋問を受けた上で人体実験のモルモットか良くて処刑だ。
だからせめて……お前は俺が殺す』
全てを言い切った男に対し、元仲間はその顔にあらん限りの憎悪を貼り付けて罵声を放つ。
『ふざけるな!この国はやり過ぎた!だからこそ今一度、罪を清算するべきだ!
ああそうとも、俺が他国に情報を流せば、多くの人間が苦しむだろうさ!
だけど、そうでもなくともこの国の人間は苦しんでる!
身分が低い者は虐げられ、一部の上位権力の糧として搾取される!
それが許せるのか?俺には到底無理だ!同じ被害者として、今なお苦しんでいる人々を助けたい!
それが悪と言うのか!!!ならば俺を好きにするが良いさ!
たがな、その剣を振るった時、お前は人で無くなるぞ!
国の闇に潜む現実から目を背け、偽りの平に溺れるだけの畜生だ!!!』
元仲間の本音を聞いても、男の表情は変わらなかった。
ただ、少し震える声で言葉を紡ぎだした。
『分かっているさ。分かっているとも。でも、それでも、これ以上人が苦しむのは御免だ。
お前の言うことは正しい。それは紛れもない正義で、悪は俺だ。
だが俺は例え偽りのモノであるとしても、この平和を守りたい。
戦場に存在する嘆きがない世界のままでいて欲しい。
そのためなら俺は……鬼にも修羅にもなろう。たとえ、その為にかつての友を斬ることになろうとも、だ』
そこにあったのは確固たる意思だった。
さっきまで憤怒を宿していた元仲間の男さえも、その激情を吹き飛ばされていた。
『そうか。それがお前の選択か』
『ああ。これが俺の選択だ』
それ以上、語る言葉はなかった。
勝者と敗者、裏切り者と始末者、という構図が完成した。
そして────
『恨むぜ、戦友』
ザシュッ!
剣を持った手が見えないほど高速で振るわれた一閃は、苦しむまもなく戦友の命を刈り取った。
血は出ていない。
流血を許さず、肉体の欠損を許さないで対象を確実に仕留める技。
男の最大の敬意と礼儀を込めた剣だ。
『ああ、恨んでくれていい。その恨みも決意も、あとは俺が受け止めよう』
柄を軋む音が出るほど強く握りしめた男は最後にポツリと呟いた。
そして、男は踵を返して闇の向こうへと消えた。
それと同時にモザイクが剥がれるように闇も消え失せ、元の街道に戻った。
再び悠斗は元に戻った街道を無言で歩き続ける。
目的も、ゴールもなくただ直感に従って歩き続ける。
歩けば歩くほど不定期に場所が変わり、また死の光景が流れる。
その全てに共通するのが先の男だった。
ある時は人気のない夜の街でスパイを。
ある時は煌びやかな豪邸で悪徳貴族を。
ある時は外国で亡命者を。
ある時はスラム街を根城にしていた裏組織を。
そして極めつけは反逆軍を匿っていたり反逆そのものを企てていた村そのものを。
殺し、滅ぼした。
スパイは元男の同僚で、よく酒を共にした仲だった。
悪徳貴族は重税と圧政を重ね、領地の運営をカツカツにしていた。
亡命者は国の高位の文官で、情報と引き換えに亡命先での生活を取り付けていた。
裏組織は貧困に喘ぐスラム街の民から搾取し、より貧困にしていた。
反逆軍を匿っていた村は彼らが反逆軍なのを知らなかったり、善意から匿ったりしていた。
男が殺した人達の中には、死ぬべき悪がいた。
だが同時に、殺さなくても良い、いや、或いは殺すべきではない存在もいた。
その生涯は暗く、とてもではないが人様に胸を張れるものではなかった。
人を殺し、仲間が殺され、また一人殺す。
殺して、殺されて、殺して、最後に残ったのは仲間の遺体の上に立つ自分と、あまりにも重すぎる罪過。
それは本来、優しさ来るものだった。
一人でも多くを救いたいと、苦しむ人々を作らぬようにと。
そんな願いが始まりだった。
その果てが殺戮なのだから、最早笑う他ない。
人のためにと一人外道を進んだ男は、皮肉にも守るべき者を手にかけ、守った者から罵声を受け取った。
終わりに至るまで、ただ永遠と。
……
……
……
歩く。
誰かの記憶を見ながら、ただ歩く。
或いは果てのないかもしれない生涯を歩き続けた。
結果から言うと、果てはあった。
大きな街を歩いていた時だ。
街の雰囲気にあまりにも釣り合わない、異物感すらあるものがそこにはあった。
「断頭台……か」
「そう、ここで俺は一度目の人生を終えた」
誰に向けたわけでもなく、ポツリと零した言葉に、答えが返ってきたが不思議と悠斗は驚かなかった。
「貴方は……影騎士、ですか?」
「そう名乗った覚えはないんだがな。気がついたら前世の記憶を微かに持ったまま魔物になっていて、お前達の目の前にいた」
影騎士────、この記憶の主は以外にも明朗に笑いながら言った。
「さて少年。まずは何よりも先に感謝と賞賛だ。魔物化した俺をたった一人で打ち倒し、俺に誰も殺させないでくれた事に感謝する。ありがとう。見事だったぜ、少年」
これまで見てきた映像からの印象とはかけ離れた様子で話す影騎士。
話し方や雰囲気がクレドに少し似ている所もあり、親しみやすい。
悠斗も謙遜せずに感謝と賞賛を受け取った。
それほどに影騎士との戦いはギリギリで、それを制したことはある種誇りなのだろう。
「なぁ、少年。いや、ユウト。俺はお前の記憶を視た。
いいもんだな。争いのない、平和な国ってのは」
それまでの雰囲気とは打って代わり、どこか寂しげに本音を口にしていく。
「俺はさ、自分と同じような目にあう人々を助けたくて騎士になったんだ。
故郷がいきなり何もかも燃やされて、この身一つで生きていかなきゃならなくて、多くの人に助けられた。
だから俺も、恩返しがしたくて、誰かを助けてみたくって、騎士になった。
でもどこで間違えたんだろうな。
沢山の仲間が死んで、俺も沢山の人を殺して、そのうち俺は、人を殺すことが日常になってた。
一日一人、多い時は何十人、最初は犯罪者や裏組織の人間を、慣れてくればテロリストや敵国のスパイを、果ては裏切り者や反乱分子を抹殺した」
既に記憶で見た事だったが、悠斗はそれを言うことなく、黙って聞き続ける。
誰とも分からない人間の記憶と、誰かはっきり分かっている人間の口から聞かされる真実はその重みが違ったからだ。
「俺は守ろうと、助けようとしたかったはずだった。
なのに皮肉にも、その果てがただの殺戮者となっちまった。
最後の最後になって、俺はようやく、自分のしてきたことの罪を理解した。
俺のしてきたことと、俺の村が焼かれたことの何が違う、てな」
自嘲気味に話す影騎士の表情は、どこまでも暗い。
「ユウト、『正しさ』ってなんだ?大義か?正義か?
俺は結局、その答えを見つけることが出来ないまま死んじまった。
お前ならその答えを見つけられるんじゃないか?
頼む、俺に答えをくれ。俺を……救ってくれ」
そう言った影騎士の顔は、泣きそうだった。
彼はずっと、心の中で助けて欲しかったのだろう。
あまりにも多くの血でその手を染めてきた彼は、最後の最後まで救われることはなく、死後でさえも苦しみ続けた。
人殺しの代償と言えば、そうなのかもしれない。
だが、その苦しみは言葉では到底表しきれないほど、重く辛いものだった。
だから彼は縋ったのだ。
死後、魔物と化した彼を殺した強者。
彼が言葉を交わす最後の人間かもしれない存在である悠斗に。
その懇願するような言葉に悠斗は答えるべき言葉を持たなかった。
だが、だからこそ、悠斗は真正面から彼に対して『言うべきこと』を話す覚悟を決めた。
「影騎士、いや、ノクスさん」
ノクス。
それが影騎士と呼ばれた男の名前。
彼が悠斗の名前を知っていたように、悠斗もまた彼の記憶を見て彼の名を知っていた。
「僕は勇者でも、英雄でもありません。だから、僕は貴方のことを救えない」
悠斗の口から出たのは、『不可能』の言葉だった。
それを聞いて、ノクスはあからさまに表情を落とし、再度自嘲を浮かべた。
「ああ、そうだよな。今日初めて会った奴に俺は何を言ってん────「でも」」
ノクスが自虐を言い切る前に、悠斗が遮った。
「貴方の苦しみを、請け負うことはできる」
「っ!?」
その言葉は、彼にとって予想外なものだった。
「貴方はさっき僕に問いましたね。
『正しさとはなにか』、と。
その答えを僕はまだ持ちません。それを定めるには僕の経験はあまりに短い。
正しさの定義はないかもしれないし、あってもまだ僕が知りえないだけかもしれない」
大衆が信じる正義が本当に正しいかどうか言いきれないように、国の為という大義があろうとも人殺しが悪であることが変わらないように、正しさの定義はあやふやだ。
わかりやすいのに、分からない。
朧気で、不確かな、陽炎のような境界線。
だからこそ。
「僕が貴方の罪を、闇を、想いを受け継いで、答えを探します。
例え行先に、どんな地獄があろうとも」
「良いのか?俺とお前は、根底にある本質は違えども、性質は近い。
その選択をしたお前は、これからより多くの人を殺して、罪を背負い、闇を溜め込み続けることになるぞ」
「そうだとしても構いません。僕も答えが知りたい。
そのためならばどんな痛みも構わない。
罪も穢れも、闇も想いも、全てを受け止めてみせる」
一言一句に込められた覚悟と想い。
それを全て聞いたノクスは悠斗が本気であることを悟った。
「さあ、僕に貴方の苦しみを下さい。
僕と一緒に答えを探しましょう」
そう言って、悠斗は手を差し伸べた。
(……勇者や英雄ではないから救えない、か。ああ、そうだな。結局こいつは俺を救ってはくれなかった。
でも、新たな道を示してくれた。
なら、俺の答えは────)
「ああ、俺の全てをお前に預ける。
本来なら俺が精算すべき罪を押し付けるようで悪いが、俺も一緒に答えを探させてくれ」
ノクスは悠斗の手を固く握りしめて、自分の精一杯の想いを託した。
そしてその瞬間、魔力と記憶で構築されていた夢の世界の全てが白く染まり、崩壊していく。
どこか幻想的な風景の中、悠斗もノクスの手を握って答える。
「はい、これからよろしくお願いします」
その言葉を最後に、悠斗とノクスの存在交差は完全に終了した。
『────【魔剣ノクス】を入手しました。スキル《付与魔法》ユニークスキル《魔剣術》、《魔剣解放》、《接続》、《同調》、《魔剣創造》、を習得しました。
クラス《魔剣士》へのクラスチェンジ権限を所得しました』
☆☆☆☆☆
スキル・設定解説
《魔剣術》
・以前紹介した白刃のスキル《聖剣術》の魔剣バージョン。前回の時書いたように、聖剣術や魔剣術はユニークスキルではないので、そこはおいおい。
《魔剣解放》
・これも以前紹介した《聖剣解放》の魔剣版。聖剣・魔剣(魔法の剣ではなく魔の剣としての魔剣)には武器に付与されたスキルとは別に特別な能力が宿っており、それを解放するである。
《付与魔法》
・付与魔法が使えるようになる。付与魔法は俗に言うエンチャント。多方が術士(白)から付与士などのクラスに就くと得られる。
《接続》
・わかりやすく言うなら充電器のアダプタみたいな能力。武器に接続することで武器そのものを体の延長としての扱い、魔力強化の出力が上がったり、付与魔法がしやすくなったりする……と思う。
《同調》
・対象と同調するスキル。そもそもどんな使い方になるのかがあまりにも不明。
《魔剣創造》
・名前の通り、魔剣を創るスキル……ではあるが、思っているほど便利なものではない。剣一本創るのに魔力を大量に消費するし、即席で創ろうとすると市販の鉄剣よりも粗悪なナニカに成り下がる。創る時は時間と魔力をたっぷり込めて、極度に集中して何日も掛けて創り出す。とはいえ、世界でも珍しい武器である魔剣を創れるという時点で強力なのは間違いない。
【クラスチェンジ】
・クラス(職業)にはクラスレベルというかものがあり、1〜10まで存在する。クラスレベルが10になればクラスチェンジすることでより高位のクラス、或いは別なクラスに就くことが出来る。【魔剣士】、【聖剣士】のように特別な条件を満たさないと就けないクラスも存在する。
はい、なんか色々増えました。
クラスチェンジについては後々修正して行きます。
ブックマーク、感想、ポイント評価、レビュー等をお願いします。




